若道の芽(慈覚×森羅★)




 ――この和仙界には、女性はいないに等しい。
 正確には、終南山より向こうに隔離・保護されている。

 それもあって、そもそも不老長寿故に、滅多に子を成す必要性も無い仙道は、比較的性差の区別なく、同性と情事を交わす事もある。珍しい事ではない。それは暗黙の了解であり、女性との恋愛と区別される事も多く、肉体的な関係のみを続ける者も少なくはない。

 時には、遠方にいる仙女を妻や恋人としながらであっても、肉体関係のみを持つ者もいる。そればかりは人それぞれであり、男女を問わない。浮気という概念とは異なる。

 遠方の華仙界においては、生臭とされる肉類を食さないせいなのか、数千年に一度訪れる殺界の時期でなければ、性欲自体、仙道は高まらないとも、慈覚は学んだ事があった。

 しかし、特に若い道士の性欲は、人間界の青少年と変わらないし、外見はともかく年老いて以後も、仙道には男女問わず、普通に性欲があるのが、この和仙界である。特に若い者に多いこともあり、そういった同性間の関係は、若道とされ、恋愛とは一つの区別がなされている。

 無論、同性を愛する事も、認められていないわけではない。

 ただし、複数と関係を結ぶものが多いから、肉欲の昇華方法の一つとして認識される事の方が、圧倒的に多いのが実情だった。特に多いのは、師弟間や同期同士の、接触数が多い人々の関係であるが――修行に差し支えるからと、多くの場合は配慮が成される。

 その一例は、未成年者には手を出さないというものだ。
 ただしそれは、あくまでも建前である。

「……建前、か」

 執務机に座した慈覚は、森羅が弟子にした少年――環の事を思い出していた。
 彼はまだ幼いし、ストイックな森羅が手を出すとは思えない。
 それでも――寝食を共にしているのだと漠然と考えた時、言い知れぬ感覚が募った。

「……」

 慈覚もまた、周囲にはストイックだと思われているようだが、過去に彼は、複数の同性と、相応に経験があった。一人は、今は忌むべき兄弟弟子であるが――もう一人は、いつも心のどこかにいて、決して消えてはくれない人物、そう森羅である。最後までした事は無いが。

 ――慈覚が、最初に森羅を、『対象』として意識したのは、紛れもなく今の環と同じ年頃の事だった。よって、森羅にその気が無いからといって、何も安心など出来はしない。


 過去。
 懐かしいあの日、十三歳だった時分。

「師匠」

 意を決して、勇気を振り絞り、慈覚は後ろから森羅を抱きしめてみた事がある。
 二次性徴を迎えつつあって、ようやく森羅に身長が近づいた頃だった。
 恐る恐る、緊張しながら、師の体に両腕を回したものである。

「慈覚?」

 すると森羅は、不思議そうな表情で振り返った。どこか無機質さを感じさせる白磁の肌は、ひきこもっているからというよりも、生来的なものだろう。夏の日差しの中でも汗ひとつ書いている様子は無かった。

「どうかした? 怖い夢でも見たの?」

 直後、森羅はそう言って、振り返りながら――慈覚の髪を撫でた。
 ……完全なる子供扱い。それが無性に辛かった。


 あれから、幾星霜。
 あの日の記憶が色濃くて、今尚慈覚は、森羅を再び抱きしめる事が出来ないでいる。
 今も、師匠は自分を幼子だと思っている気が、ひしひしとしていた。

「はぁ……」

 時に思い出しては憂うつになることを、この日も考えていた時、部下が資料をもって入ってきた。顔を上げると、『無』に属する底怪が出たと言う。これは――『迷宮図書館』の資料を閲覧しなければならないだろう。それは客観的に考えれば、職務上の雑事が増えて好ましくない現実だったが、森羅に会う名目が出来たから、慈覚にとっては嬉しかった。

 翌日の昼過ぎ――慈覚は、森羅の洞府へと向かった。
 学校へと環が出かけているのを意図して、この時刻にしたわけではない。
 昼食時の休息時間を用いて、懐かしい南極府へと訪れたのである。

「……」

 洞府の前に着くと、森羅は紫陽花を眺めていた。青と紫の色に変化する理由を、幼少時に慈覚は教わった覚えがある。森羅は、己の来訪を気づいているのだろうに、視線を上げるでもない。だから、暫しの間、慈覚は師の横顔を見据えていた。

「必要そうな文献は、リビングのテーブルの上に出しておいたよ」

 その時、森羅がそう言った。
 ――持って、早く帰れ。
 そのように、慈覚には聞こえた。

「茶のひとつも出ないのか?」
「――君の好きな、いつもの珈琲を用意してはいるけれどね……慈覚が俺と話をしたいとは思ってもいなかったというのが本心だよ」

 淡々と森羅に言われて、慈覚は地面に視線を落とした。
 本当は、ずっと、いつだって、森羅の声を聴いていたい。
 けれどそれは――一切、師匠には伝わらない。

「結構だ。すぐに帰る」

 そして己もまた素直にはなれない。
 嘆息してから、慈覚は、嘗ては見慣れていた洞府へと入った。
 今もほとんど変化は無い。

 察しが良い森羅が用意してくれていた資料を確認しながら、慈覚は鬱屈とした気分になった。いつからか――森羅の前で、昔以上に素直になれなくなった。その理由を遡った時、勿論和仙事変も契機の一つではあるが、やはり最古の記憶は、『子供扱い』されたあの日が理由だと騒ぎ立てる。

 僅かに苛立ちながら振り返ると、そこには無表情で珈琲の浸るカップを手にした森羅が立っていた。その端正な顔を見て、慈覚は胸が苦しくなった。唇に、視線が吸い寄せられる。

「どうぞ」

 森羅が慈覚の正面にカップを置いた。
 立ち上がり、慈覚は半ば無意識に森羅の隣に立っていた。
 ――もしも今、抱きしめたならば。師匠はどんな顔をするのだろう。

「慈覚?」

 手ぶらになった森羅が、不思議そうに、傍らに立つ慈覚を見た。
 その表情が存外子供らしく思えると同時に、慈覚の中で悪戯心が沸き上がる。

「森羅」

 気づくと――慈覚は、森羅の腕を引いていた。

「なに?」
「もしも俺が――お前を抱きたいと言ったら、どうする?」

 そのまま抱きしめて、慈覚は森羅の耳元で囁いた。

 腕のぬくもりだけでは、森羅には届かないと、既によく知っていたから、そんな言葉を紡いだ。そして返答を想像していた。『冗談』と、そう言って流されると考えていた。

「君は、モテるだろう?」
「――それが?」
「俺を若道の相手に、選ぶ必要性を感じない」
「今、シたい」
「そう――じゃあ、寝室に行こうか」

 すると、腕の中で、実にあっさりと森羅が答えた。
 息を呑みかけた慈覚は、必死でそれを押し殺す。
 ――森羅とて、別段身持ちが硬いわけでは無い事を、慈覚は知っていた。

 己ではない誰かに抱かれ、抱く、そんな師匠について考えて、嫉妬で気が狂いそうになった過去もある。

 そのまま二人で、二階にある森羅の寝室へと向かった。
 生活感の無い室内で、慈覚は――既に昂ぶる己を感じていた。
 だから、貪るように口づけをした。

「ッ……ン……」

 キス自体は、初めての事では無い。
 過去には、森羅の道服を途中まではだけさせた事もある。
 しかしそうした戯れとは異なり――もう、止める気は無い。

「ぁ……」

 慈覚に舌を甘く噛まれた時、森羅は声を漏らした。


 覚悟の上ではあったが――慈覚の手が自身の顎に触れ、上を向かせられた時、森羅は少しだけ困惑していた。翡翠色の瞳に覗き込まれる。その真剣な眼差しを見て、少しだけ困惑した。

 ――弟子の性欲が溜まっているらしいから、解消を手伝うか。

 森羅の中にあったのは、単純にそんな意識だったからである。
 だからあまりにも真剣に見つめられて、呆然としてしまう。

「ン」

 するとそのまま再度唇を奪われて、森羅は目を見開いた。あまりにも深く口づけられたものだから、息苦しくなって必死に押し返そうと試みる。だが、鍛えている慈覚の腕が、力強く腰に回ったため、離れられない。募ってきた羞恥から森羅がギュッと目を伏せた。結果更にキスが深くなり、森羅は舌を絡め取られ、引きずり出された。

「っ」

 そして再び甘く噛まれたものだから、ピクンと体を揺らしてしまった。緊張と混乱で涙ぐみそうになった時、ようやく唇が離れ、肩で息をする。

 慈覚は、そんな森羅を両腕で抱きしめなおした。
 それから、『愛する相手』の耳元で囁く。

「本当は、嫌か?」
「え……?」
「俺に抱かれるのは嫌か?」
「そ、その――……ン……!!」

 何か言おうとしていた森羅は、再び熱くキスをされて、言葉を失った。


「ぁ、ァ……っ……ン」

 押し倒され、陰茎を口淫され、森羅は片手で唇を覆う。声が漏れそうになるのが恥ずかしい。慈覚は(今では)玄人らしく、ねっとりと舌を動かし、カリ首を重点的に嬲る。それだけで森羅は果てそうになった。森羅の知る『子供』では、既に無い。

「あ……ああっ……」

 また、慈覚の右手は、香油をつけて森羅の中を暴いている。ゆるゆると動く指は、次第に動きを早め、そして――森羅の感じる場所を刺激した。

「! あ、ああっや、やめ……」

 射精感が募ったものだから、涙ぐんで森羅は静止しようと試みた。だが意地悪く慈覚は、そこばかりを刺激する。前と後ろを同時に刺激され、森羅は震えた。気持ち良かった。慈覚の陰茎が入ってきたのは、その直後のことである。

「っ、ひぁ……ン……ああああああ」

 ゆっくりと、だが容赦なく押し入ってきた慈覚の陰茎が、森羅の感じる場所を突き上げた。同時に体を起こされ、抱きしめるようにして、下から突き上げられた。揺さぶられ、乳首を甘く噛まれて、森羅は咽び泣いた。久方ぶりに他者から与えられた快楽は、衝撃的で、思考を絡め取っていく。

「や、や、ぁあああ、待って、あ、動かな――うあああ」
「悪い、俺はもう我慢できそうにない」

 そのまま、激しく突き上げられて、森羅は放った。だが、慈覚は止まらない。

「ま、待って、もう出来ない――ぅ、ァ、ああっ」
「綺麗だ」

 そう言って慈覚は……その日、思う存分森羅の体を貪った。



 目が覚めると、森羅は全身が怠い事に気がついた。体が汗ばんでいた。大きく吐息し――それからハッとした。慈覚が自分を抱きしめるように横になって、隣にいたからである。体の中が綺麗になっていた。目を伏せている慈覚を見て、森羅は白い頬に僅かに朱をさした。

「……何を見ているんだ?」
「べ、別に……君も、大人になったんだなと思っただけだよ」

 目を開けた慈覚を見て、反射的に森羅はそう告げていた。

 既に大人であることなどは知っていたし、こういう形で知りたいと願った事はなかったのだが。

 ――だが、その一言が、慈覚にとってはどうしようもなく嬉しかった。

「また、来る」



 以降、慈覚は何度か、懐かしいぐるぐる山へと足を運ぶようになる。