そう思えば――プレッシャーをいきなり感じた。
 だけど同時に、嬉しくなった。

 だって俺は、絶対に誰かの信頼を裏切ろうなんて思わないからだ。何があっても、俺はこの大好きな世界で生きていく。例えば、師匠の隣を歩きながら。

「ちなみに、いつから明星宮に父さんはいたんだ?」
「ああ、お前が和仙界にきてすぐに、混沌院で目が覚めたよ。それからずっと、南極に匿ってもらっていたんだ。そして天帝の時計の針が止まった、綿雪が降ったあの日、俺は慈覚と再会した。南極の手引きでな。あの日の記憶を、俺も慈覚も持ってる。南極は当然あるけどな。ちなみに燈焔にもある。これはヒントだ。理由が分かるか?」
「忘れずの鏡だろ?」
「知ってたのか?」
「まぁな」
「ちなみに――これが、元々考えていた次の策だったんだ」
「え?」
「信じてはいたけどな、保険ってやつだな。俺は、慈覚とは違って、慎重派だからさ。環を信じていたから別に必要なかったんだけどなぁ、一応さぁ。何もしてなかったわけじゃないんだ。父親としては、仮に子供が失敗したら、フォローしないとならないからな」
「結局、信じてなかったんだろ……!」

 俺が目を細めて言うと、兆越が吹き出した。

「俺がお前を信じていたってことを、環は信じてくれないのか?」

 そう言われると困ってしまう。
 正直納得できなかったが……兆越の目が、嘘をついているようには見えない。

「……信じるよ。瞳が本気だからな!」
「瞳? へぇ。お前は確かに森羅が鍛えた――慈覚の弟弟子らしいな」
「なんで?」
「慈覚もよく言うんだよ。俺の目を見て、嘘をついてないって、な。なんでなのか、見破られる」

 そう言われると、なんだか……嬉しくなってしまった。
 他者評価で、慈覚様と兄弟弟子だと言われたのは、初めてかもしれない。

「環。お前はさ、これから、これからも、森羅のこと、弟子として、支えてやれよ。それに、慈覚のことは、俺の大親友だから改めて頼む。ちゃんと右腕になってやってくれ」
「慈覚様の本当の右腕は、父さんだろ。前に慈覚様は、嬉しそうに父さんの話をしてた。なんていうか、対等で――」
「ああ、これからも、俺は慈覚とは対等でいるつもりだ。けど、それは右腕じゃぁない。しいていうなら、相談役ってところだな」
「慈覚様の相談役は、師匠じゃないのか?」
「森羅はこれから幸せになるべきだから、そんな暇はない。もっと、もっと、あいつは幸せにならないとな。ただまぁ、勿論そのためには、お前も必要不可欠だ。それに、俺の幸せにもお前は必要だ。きっと慈覚にも、その他にも。だからお前はこれからも頑張ればいいんだよ。俺が、全力で応援してやるからさ」

 その言葉に、思わず俺は頬を持ち上げた。

「頑張るよ。けどな、俺の幸せにも必要な要素があって、それには勿論師匠は入ってる。上司で兄弟子の慈覚様も。今日ここにいたみんなも。つまり、父さんも。父さん、絶対逃げるなよ。俺の幸せのために!」
「――おう。あたりまえだろうが。これからは、沢山時間があるからな」
「ちゃんと明日も明後日も一緒にいて、それから色々教えてくれ。俺がちゃんと頑張れるように。約束だからな!」

 そんなやりとりをしてから、俺達は室内に戻った。いつのまにか初日の出は、とっくに顔を出していた。いつ出てきたのか、わからなかった。だけど紛れもなく、俺は門出を祝われたような気がしたものである。

 まぁこんな感じで、俺の新年は、始まった。

 リビングに戻ると、すぐに兆越は上の階に引き上げていった。
 俺も寝ようかなと考えていると、天帝犬が歩み寄ってきた。
 そばには猫混沌がすました顔で立っている。

「混沌氏のパズルは、弟子――家族みんなが一堂に会する幸せか。くだらぬ、実にくだらぬ。こんな完成図、退屈すぎるパズルだ」

 天帝犬の不機嫌そうな声に、俺は苦笑した。
 家族という言葉に、みんなに会う前のことを思い出したのだ。
 師匠が寂しいと思うか否か、である。

 天帝の言葉を聞いたら、たった今、俺は答えに気づくことができた。ここに集まった全員が、師匠の家族なのかもしれない、と。少なくとも俺と同じように、弟子は全員、そう感じていると思った。だから微笑んだ。きっと、師匠は寂しくないはずだ。天帝犬から、一つ教えてもらったことになる。お礼を言っておこうではないか。

「ありがとうな、天帝」
「なにがだ?」
「俺達みんなが、家族だってわかった気がする」

 すると天帝犬が、虚をつかれたような目をした気がした。

「まばたきをした瞬間に過ぎ去るような、人間のたった一日でも、実際に過ごすと面白いよね。天帝にもこの楽しみがわかればいいのに。そうしたら、僕が人の世界で覚えたお雑煮を直接振舞ってあげるのもやぶさかじゃない」

 その時、高い声がした。驚いて息を飲むと、しっぽを揺らして猫混沌が歩き始めた。

「な、なんだと?」

 驚いたのは天帝犬も同様だったようで、猫を追いかけていく。
 二匹のそんな姿に、思わず俺は、苦笑した。

 そこへ、師匠が起きてきた。本当に、早起きだな!

「あけましておめでとう。もしかして、徹夜?」
「おめでとうございます。まぁ……大晦日だったし」
「少しは横になった方が良いよ。部屋に行くべきだ」
「そうだな――なぁ師匠、あのさ」
「どうかしたの?」
「俺達って、家族だよな? 全員。この洞府に今いる人、みんな」
「――うん、そうだね。少なくとも、俺はそう思っているよ」

 その言葉を聞いたら、俺は安心した。

 とっても幸せだ。そして俺の幸せを構成する要素に、必要不可欠な師匠が目の前にいる。きっと今後もいつまでも、それは変わらないだろう。
 実際には、変わるかもしれないけど、変わらないと信じるのは、俺の自由である。俺も仙人なのだから、心に余裕を持って、信じてみよう。父さんから、余裕を持つという言葉を習ったのだから、早速応用しよう。

 これが、この幸せが、あるいは師匠が描いて築き上げた混沌氏のパズルなのだとしたら、仮にいつか壊れることがあるかもしれない。そうなったとしたら、俺は何度でも挑戦して混沌氏のパズルを完成させてやろう。そう誓ったのだ。完成させることができると、俺は信じることに決めたのだ。