料理がそろってからは、みんなで飲んだり食べたりした。
 俺はお酒を飲んでないけどな。
 やっぱり俺は酔っぱらいは嫌いだけど、なんだかお酒が飲めるみんなが羨ましかった。

 俺より年下の外見の、奇染でさえ、飲めるのだ。
 醒宝老は、「わしはおぬしの歳の頃から酒豪じゃったぞ」なんて言って俺に勧めてきたのだが、師匠が怖い顔で俺からコップを奪ったので、未だに俺は、お酒を飲んだことはないのだ。

 慈覚様は、今まで見た中で、一番ペースが早い。まるでこれまではセーブしていたかのように、グイグイとお酒を飲んでいる。
 兆越も、慈覚様と同じくらいのペースだ。

 大丈夫なのだろうか?

 俺の不安は的中し、最初に慈覚様と父さんが酔っ払ってしまった。
 最初は和やかな空気だったのが、今現在、二人とも睨み合っている。
 どちらも頬が赤い。

「なんで何も言わずに一人で全部やろうとしたんだこの馬鹿!」

 最初に怒鳴ったのは、慈覚様だった。それまでの二人のやりとりは知らないが、思わず俺はそちらを見た。慈覚様は、まるで森羅様を相手にしている時のように感情的に見える。慈覚様のこんな顔を引き出す人間が、師匠以外にもいたことに、俺は驚いていた。

「言ったら、お前信じたか?」
「あたりまえだろうが!」

 兆越の言葉に、慈覚様が即答した。慈覚様は、完全に怒っている。
 笑い上戸じゃなかったのか?
 全然笑っていないぞ……?

「だからだ馬鹿! 和仙事変の真相を話せば、お前は俺を信じてついてくる自信があったから、絶対に言えなかったんだよ! 分かれよ!」
「当然ついていっただろうな。そうするべきだった! お前は俺に言うべきだった!」
「俺も慈覚もいなくなってたら明星宮がどうなってたと思うんだ! 一体、お前以外の誰が、明星宮で仕事をするって言うんだよ! あきらかに醒宝師兄にも奇染にも無理だろ!」
「仕事よりも天帝の処理の方が大切に決まっている!」
「誰も仕事をしなかったら、天帝なんか関係なしに、和仙界は混沌の渦だ! 無より達が悪すぎるだろ! 大体俺が馬鹿だと? 馬鹿は慈覚だ! 昔から馬鹿はお前なんだ!」
「いいや、馬鹿はお前だ。どうしていつも、全部一人でやろうとするんだ! 相談しろ、相談を! ホウ・レン・ソウ!」
「は? ホウ・レン・ソウができてないのはお前だろ! 絶対環は、お前の部下で苦労してるな!」
「まさか! ありえんな。俺の部下で喜んでる!」
「どこから来るんだその自信は! 根拠が無ぇだろ!」
「うるさい! 俺ほど優しい上司なんかそうそういないぞ! 適宜だめだしをしてやってるんだからな! 環に限らず、全員の仕事ぶりをしっかり見て、改善点を指摘している!」
「お前は間違ってる! 無能な働き者のクビは切れ! 注意なんか必要ない! 慈覚は甘すぎるし優しすぎるんだ。森羅の優しさを悪い意味で受け継いでるんだよ! お前が、そんなんだから、俺だって頼れないんだよ!」
「森羅は関係ないだろうが! そもそも、お前こそ天帝のことを森羅に相談しなかったな? 森羅を信頼していなかったということだろう! 森羅を信頼しないなんて、一体どういうことだ!」
「よく言うよ! お前こそ、森羅を疑ってばかりいたくせに!」
「お前が森羅に相談していると考えていたんだから、あたりまえだろうが! 兆越を大罪人だと考えていた俺が、協力者の可能性が高い森羅を疑うのは当然だろう! 森羅は優しいからな! 俺よりもお前に!」
「慈覚は表面しか見てないよな! 森羅が優しいって、どこに目が付いてるんだよ? まったくなぁ、お前がもっと腹黒ければなぁ! 純真無垢で羨ましいな!」
「腹黒さで勝っても嬉しくない! お前は真っ黒だな! よく知っている!」
「第一慈覚は、森羅のことも、俺のことも、とにかく仲間のことを信じすぎなんだよ! はっきり言って、足でまといだ! 全部疑ってかかれ!」
「やっぱり馬鹿だろ、兆越、お前は、本当に馬鹿だな! 俺が信じているのは、仲間の行いじゃない! だからお前らが間違う可能性を常に考慮している! そういう意味では疑っている。きちんとな! 実際森羅を疑った! お前もさっきそう言っただろう!」
「じゃあ何を信じてんだよ!」
「俺が信じているのは、俺自身のことだ! 俺は必ず、仲間を正しい道に引き戻す自信があるだけだ!」
「正しさってなんだよ!」
「全員で顔を合わせている、今のこの瞬間だ! 俺が幸せだと感じるために用意された道こそが、正しい道だ! そんなもの見れば分かるだろう! 直感で悟れ!」

 兆越が言葉に詰まった。
 俺は、終始言葉に詰まっているけどな!

 そして、てっきり俺は、慈覚様は理性的な人だと思っていたのだが、どうやらそれは勘違いだったらしい。だって、すごく感情的に言葉を紡いでいる。
 慈覚様は……直感で生きているのかもしれない。だって確かに、慈覚様が言ったように、今のこの瞬間は、幸せだ。その直感は、当たっている。

 その後、年越し蕎麦を食べた。

 今はみんな寝てしまっていて、ソファや床に横になっている。師匠だけは、さらりと自室に帰っていったんだけど。俺はなんとなく、まだ部屋に戻る気分にはならなかった。

 俺は慈覚様が眠っている姿をはじめてみた。ソファで座ったまま眠っている。完璧に見えるけど、こういう一面もあるんだな。むしろ、本日は、完璧という概念が消えてしまったかもしれない。ただ決して、それは悪いことじゃないと思うけど。

 奇染にいたっては、ダイニングのテーブルにつっぷしている。体が痛くならないのだろうか。まぁ、リビングのソファに空きはないんだけどな……。途中で、俺が撮影した写真のアルバム鑑賞会が始まったせいで、ほとんどの場所には、アルバムがのっているのだ。

 ちなみに一番酷い姿勢なのは、醒宝様だ。リビングのテーブルの下で寝ているのだ。床だ。あそこはいくらなんでも寝る場所じゃない。だけど醒宝様が眠り始めてすぐに、その時はまだ起きていた慈覚様が、「醒宝老は狭いところが好きなんだ」と笑いながら言っていたから放置しておくことにした。この頃には、慈覚様は、まず間違いなく笑い上戸としか言いようがなかった。

 さて、俺の父親である兆越はといえば、一番最初に潰れた。父さんはあんまりお酒に強くないのかもしれない。年越し蕎麦を食べた直後に、横長のソファに転がったのだ。きちんとアルバムを片付けて空間を用意していた手際を、ひっそりと尊敬した。

 なんとはなしに、俺は歩みよってみた。まじまじと見る父の顔に、色々な感情がこみ上げてくる。こうして見れば、顔を忘れていたのが不思議なほどで、俺は、彼の様々な表情を脳裏に描くことができた。

「――どうかしたのか?」

 不意に兆越が目を開いた。思わず息を飲む。起きていたのか?
動揺していると、静かに兆越が笑った。呆れたような笑みだった。

 そして――体を起こした父さんは、俺に抱きついた。
 抱きつき魔というのは、本当らしい。

「本気で会いたかったんだ!」
「うん、俺も、多分」
「良かった、ああ、良かった!」

 そのまま額にキスされ、俺は辟易した。
 もっとかっこいい父親を想像していたのだが、それは間違いだったらしい。

「喉が渇いた。水を持ってきてくれないか?」
「今持ってくる」

 思わず苦笑しながら、俺は水を取りに行った。
 これからは、親孝行しようかな。

 リビングに戻り、俺は水の入ったコップを渡した。
 するとそれを受け取りながら、兆越が、周囲を見渡した。

 それからしばらくして、再びまじまじと俺に視線を合わせてきた。何気なく見ていた俺は、すぐに硬直した。兆越の表情が、先程までの酔っていた時とは、まるで違う、冷静な顔になっていたからだ。

「お前が無事で良かったと思っている。これは本心だ」
「……俺も、父さんが生きていて、本当に良かったと思ってる」
「ありがとうな。ああ、でも、本当に良かった。俺は、大罪を犯すところだった。無論、それは神殺しのことじゃない。こんなに大切なのに、お前を手にかけようとしたことだ」
「父さん……」
「こうやって再会できて、勝手だが、俺は嬉しくて仕方がない」

 囁くような声だった。兆越は苦笑しているのだが、少しだけ涙ぐんでいる気がした。本当は、父さんは、酔っ払っていないのかもしれない。なんとなくそんな気がした。

 彼は、俺にだけ聞こえる声で続けた。

「さて、森羅の頼みを叶えてやるか」
「師匠の頼み?」
「後片付け。いつも新年会の後片付けは、俺がやってたんだよ。ま、俺が一番酒には強いんだ。慈覚は、てんで駄目だな」

 予想外の言葉に、俺は複雑な気持ちになった。
 そういえば開始前に、師匠が片付けについて嘆いていたな……。

 本日師匠は、お皿などをそのままに部屋へと戻った。兆越をあてにしていたからなのか、まだみんなが飲み食いしていたからなのかは不明だけど。父さんに頷きながら、俺は近場の皿に手を伸ばした。確かに片付けておいた方が、師匠が明日楽だと思う。立ち上がろうとしている兆越を一瞥しながら、ふと俺は聞いた。

「でも父さんは、抱きつき魔の上にキス魔なんだろ? それなら、強いって言っても、慈覚様の前でも、酔っ払った姿を見せたことがあるんだよな?」
「そりゃある。酒は、酔っ払うために飲むんだよ。酔わないのに飲んでもつまんないだろ」
「そうなのか? 師匠は昔俺に、成人してお酒を飲むようになったら、お酒をみんなで飲む『空間』とか、みんなで飲む『雰囲気』とかを、楽しめって言ってたけど」
「森羅はざるだからな」
「ざる?」
「師匠は酔わないんだよ。少なくとも、俺は見たことがない。ただ、空気感を楽しむ気持ちは、俺も分かる。自分以外の人間と飲んでるだけで、楽しかったりするんだよなぁ。俺は、一人で飲むのも好きだけどな」
「よくわかんない」
「そのうち分かるさ。後まぁ、一つ言うなら、『酔ったふり』は、良いぞ。抱きつき放題だし、キスだってやりたい放題だ」
「え? それって、セクハラってやつじゃないのか?」
「相手と状況を見極めれば、罪には問われない。さっきお前を抱きしめて、額にキスしたけど、現に環は、俺を警邏仙につきだそうとはしてないだろ?」
「う、うん」

 なんだか、言いくるめられた気がした。しかし、反論も思いつかない。
 その後二人で、お皿やコップを、ダイニングの流しへと運んだ。

 兆越はテキパキと残り物を、別の皿に移し替えて、冷蔵庫に入れていく。
 かなり手馴れている……。
 眺めながら、俺は皿洗いをした。

 話していると兆越は、すごくフレンドリーだと気づいた。
 俺はそれにホッとしながら、師匠のことや慈覚様のことを、色々話した。
 父さんは、現在の二人の様子を、あれこれ俺に質問してきたのだ。

 後片付けが一段落してから、俺達はリビングへと戻った。
 まだみんな、眠っている。