ゆで卵と温泉卵は、その日の内に出来た。
 多分四時間くらいだ。
 ……お花は、二週間経っても咲かなかった……。

 ようやく花開いたのは、一ヶ月後だった。
 ピンク色の花弁を見た時、不覚にも俺は泣いてしまった。嬉しい。
 種はその後すぐとれた。

 そこへやはり見計らったかのように師匠がやってきた。

「おめでとう。とりあえずこれで基本は大丈夫だけど――せっかくだし、火風と地水もやってみようか。環は覚えが早いし、四通り覚えてしまったほうが今後を考えると良いかもしれない」

 俺は確信した。師匠は、スパルタだ。
 褒められて嬉しかったけど、基礎が大丈夫なら、俺はそれで良いのに……。
 留年しなければ、それで良いのに……!

 その後師匠は、木の棒を取り出すと俺に渡した。

「この先に火をつけて、風で鳥の形にしてみて。火をふく鳥だ。風が吹くと、その火は強くなるように。ちなみに、風が弱くなると小さな炎しか吐かない鳥。これが二行・火風」

 必死に頷く。確かに火を使うと、攻撃できそうな気がする。
 続いて師匠は、再びプランターを取り出した。今度は芽が出ていない。

「こっちには、水を与えて土に栄養を与えてみて。その状態を保ちながら、さらに水をあげて、花を育ててね」

 できるだろうか。土を目にしただけで、不安になる。
 だが頑張ると決めたのだからと、俺は頷くことにした。

「きっと環になら、できるよ」

 師匠はそう言うと帰っていった。
 が、頑張ろう。俺は、挑戦した。

 すると火の鳥は、三十分で出来た。

 次はお花だ。魔のプランターだ……。
 でも今度は、花粉を飛ばす必要はない。きっと、できるはず! 俺は師匠の言葉を信じる。それに自分の力も信じようではないか!

 信じ続けた結果、こちらも三日で出来た。

 達成感でいっぱいだ。
 俺は頑張ったと思う。思わず笑みがこぼれる。信じるって大切なことだな。

 そこへ師匠がやってきた。本当にタイミングが良い。

「良かったね。これで、基本は終わりだよ。自信を持って良いよ」
「有難う!」
「これからは毎日、今までの事を繰り返してね」
「……え?」
「全部、一分以内に出来るようになるまで」

 俺は呆然とした。想像もしていなかった……。

「今日はここまでにしよう。それとお休みの日は、そろそろ本格的に体術も勉強しようか」
「う、うん……」

 気が遠くなりそうだ。
 でも……修行をやらなかったら、師匠はがっかりするかもしれない。
 俺は師匠に、喜んでもらいたい。

 やっぱり仙人になりたいわけではないのだが、頑張る動機は十分だ。
 みんなと離ればなれにならないことと、師匠に褒めてもらうことだ。
 頑張れ、俺!

 その日の夕食は、麻婆豆腐とチャーハンだった。
 食べるとすぐに、ぐっすり眠ってしまった。

 さて翌日、俺は緊張しながら学校へと向かった。すごく久しぶりな気もする。

 ただ、あの部屋から出た後は、まるで夢でも見ていたかのように、すぐに元の時間になじんだ。あれもきっと、四行五術に分類される、いずれかの術だ。

「まずは四行・火の勉強をするぞ!」

 先生の言葉に、俺は緊張した。内心で、大丈夫、大丈夫、と、一人念じる。

「さて、ここにろうそくがある。火をつけてみよう」

 そう言って先生が視線を向けると、ろうそくに火がついた。こんなの簡単だ。
 俺はろうそくを受け取った。

「はじめ」

 先生の合図の直後、俺は先生がつけたのと同じ大きさの火をつけた。
 すると教室が、静まりかえった。なんだろうか。きょろきょろと辺りを見渡す。みんなが俺を見ていた。あれ? 失敗しただろうか。

「す、すごいな、環。完璧だ」

 呟くように先生が言った。最初はその言葉の意味が分からなくて首を捻ったが、理解すると同時に嬉しくなって俺は笑った。先生に褒められたのは、初めてだ。俺は、座学では、どちらかというと怒られていたのだ。予習をしろと言われていた……。
 予習は、しておくべきだと、やっと俺は理解した。これからは理論も予習してみよう。

 それから、毎日、ろうそくに火をつける授業が行われた。

 そうして、約一ヶ月が経過した。
 二十八日目で、泰岳が小さな火を灯した。
 二ヶ月目に入った時には、いきなり巨大な火柱が上がった。朱李が呆気にとられるサイズの火をつけてしまったのだ。

「二人とも、ちゃんと大きさを調整するように」

 それからさらに一ヶ月。
 この頃には、二人は普通サイズの火をつけられるようになっていた。
 そしてやっと深愁も火をつけた。

 俺は毎日最初に火をつけると、後は自習させられていた。
 教科書をずっと読んでいた。
 先生が、「環は座学が苦手だ」と言って、読ませたのだ。

 た、確かにその通りだった。
 相変わらず歴史などが、全然分からない。
 結果的に、教室で読むため、予習の必要も特に無かったことは幸いだったけど。

 俺はろうそくに向かう代わりに、自由に一人で、教科書を読み進めるように言われたのである。みんなとは、やることが変わったので、予習することが無かったのだ。ちなみに帰宅後、復習をした日も、一日も無いのだが、それは黙っておいた。

 家に帰ってからは、毎日師匠に教えてもらったことを繰り返した。時を止めた部屋で。
 開始して三ヶ月も経ったから、一行の各四つは十分くらいで行えるようになった。
 二行の四つは三十分くらいで出来るようになった。

 他にも、休日の度に、新しく体術を習い始めた。

 体術の鍛錬は、四行仙術の鍛錬の時間が短くなると、かわりに毎日行うようになった。 何をやっているかというと、床の中央に立てられた棒の後ろに回って、掌で触るのだ。
 初日は、師匠がやって見せてくれた。

「こうやるんだよ」

 師匠の姿は、一瞬で俺の目の前から消えた。気づくと、棒の後ろにいて、掌をついていた。棒が静かに倒れる。

「足に仙気をこめて走る。それから、手に仙気をこめて押す。これだけだよ。だだし、三秒以内に移動すること」

 はじめは、一メートル離れた場所から始めた。
 今は十メートル離れた場所から行っている。これがなかなか難しい。
 秒数も、二秒、一秒と減った。今は、一秒以内に移動しなければならない。

 学校でも体術は習っている。だけど学校では、校庭を走ったり、腕立て伏せをしたり、鉄棒をしたりしているだけだった。最近やっと、受け身の取り方を習い始めたところだ。
 全然印象が違う。

 さて、学校では、三ヶ月半経った時から、水の練習になった。

「今配ったタオルを湿らせること」

 やっぱり簡単だ。俺はこれも初日にクリアした。
 水は、全員二ヶ月ほどでクリアした。

 この期間、俺は洞府で、今度は跳んでくるボールを避ける練習をした。ひたすら避け続けた。それも、顔の正面に来るまで避けてはならないという制限付きだった。

「避けることを相手に悟らせないようにすること」

 師匠はそう言うと、ボールが出てくる棒を今度は設置した。
 こちらは十メートルからはじまり、今は三十センチの場所から跳んでくるようになった。
 毎日気が遠くなる程の時間をかけ練習して、なんとかできるようになった。

 師匠は、「下手に手で防御するより確実だからね」と言っていた。
 学校では、逆に腕でガードする方法などを習ったんだけどな。
 この頃には、一行も二行も、なんとか一分以内に出来るようになった。良かったと思う。

 授業では、続いて、天井からぶら下がった紐を揺らす、風の鍛錬が行われた。
 これは思いの外簡単で、みんな二週間ほどでクリアした。
 一行の感覚を掴んできたからかもしれない。属性の雰囲気を、体で覚えたんだと思う。

 最後は、土の授業だった。俺はこれが一番不安だった。

「いいか。地面から、小さな土の壁を出現させるんだ。これは防御にも役立つ」

 先生がそう言うと、土で出来た平べったい四角が現れた。
 立方体って言うんだったか。俺は、あんまり算数も好きじゃない。
 俺はこれも初日にクリアできたのでホッとした。

 しかし地は、やっぱりみんなも苦戦した。
 俺も本当に苦手だったしな。
 みんなが出来るようになったのは、約一ヶ月後のことだった。

「よし、これで一年目の授業は終了だ」

 先生に言われて、俺は驚いた。
 気づけば、学校が始まって、一年ほど経っていたのだ。
 俺はもう、七歳になっていた。誕生日が過ぎたことに、気付かなかった。

「もう春休みの終わりに突入しているが、二年目は通常と同じように始まる。今年も頑張ろうな」

 留年とは言われなかった。嬉しくなったが、俺はふと思いついて聞いた。

「先生、二行はやらなくて良いのか?」
「……二行は、この学校の卒業試験の課題だぞ。焦らなくて良い」

 はっきりいって、驚いた。師匠は基本だと言っていたのに。
 もしや師匠は、この学校自体を基本だと思っていたのだろうか……?
 俺が一人そんな風に考えていた時、先生が難しい顔になった。なんだろう?

「環……お前、二行を覚えているのか?」
「おう!」

 勢いよく俺は返事をした。褒めてもらえると思ったのだ。
 すると先生が、腕を組んだ。じっと俺を見ている。
 どう見ても、褒めてくれる顔つきではない……。

「――環は、二年生の教室には来なくて良い」
「え……?」

 まさか、留年だろうか。俺は青ざめた。背筋が寒くなる。
 確かに俺は、あまり座学が得意じゃない。一年たっても苦手のままだ。
 それが原因か?

「座学は復習クラスに入って貰う」

 復習と言うことは、やっぱり留年だ。目の前が真っ暗になる。
 褒められることを期待していた俺は、本当に馬鹿だ。悲しい。

「復習クラスは、本来は十歳以上が受講できる卒業までのクラスだ。一年時から三年時までの座学を復習する。お前にとっては初めて聞く授業ばかりになるだろうが、頑張るんだぞ」
「は? え、えっと、どういう事だ?」
「基本的に座学は、三年時までで終わりなんだ。それ以降は、認定試験に向けて苦手分野を克服するために存在するんだ。お前はまぁ、中の中の成績だったから、ついて行けるだろう。丁寧に教えてくれるからな。それから――」

 よく分からなくて、俺は首を捻った。

「四行と宝貝の扱いは、仙術・具術特化特別クラスで学んでもらうことになるだろうな。全校生徒の中で、お前をいれて、二人だけだ」
「……」
「もう一人も、復習クラスも受講している。同じカリキュラムのはずだ。仲良くするんだぞ。五年生だ。留年していない数少ない生徒だ。環ならさらに飛び級をして、一緒に卒業できるかもしれない。体術次第だろうけどな。体術も復習クラスで習う」

 俺は何も言葉が見つからなかった。それから、やっと先生が笑顔になった。

「頑張ったな。これからも、期待しているからな。お前は自慢の教え子だ」

 泣きそうになってしまった。そうか、俺は、留年するわけじゃないのか。
 それに最終的には、褒められた。
 しかし、ハッとした。

「じゃ、じゃあ、みんなとは、お別れなのか?」

 声が震える。すると、泰岳が鼻で笑った。

「同じ学内にいるんだぞ? いつでも会える」

 先生も頷いた。

「その通りだ。お前達は、何があっても、いつまでも同期だ」

 俺は安堵して大きく頷いた。
 そうだよな、これからも会えるよな。

 その日から、春休みになった。