その後、なんだかんだで祀傳様は弟子になり、無事に天帝院で祭事が行われた。
 恐らくこれが、現在の『まつり一族』の祭祀の歴史の幕開けなのだろう。

 それから俺は、リモコンを操作して、適当に早送りした。

 しばらくはずっと、四人がお茶をしている風景だった。
 時折南極はふらりと姿を消す。
 この頃になると、原初の浮島の様々な場所に、時折人影が見えるようになった。

 南極が、人間界で、「修行しない?」と声をかけて、道士を連れてきているらしい。ちなみに連れられて来た人々は、道士と呼ばれはするが、特に師匠もなく、それぞれが岩の上で瞑想したり呼吸法を練習したりしていた。

 師匠もいないし、学校もない。ここまでの間に教主様が書き留めた四行五術の理論を、わかりやすく解説した絵巻が配布されているみたいだ。原本を渡したのは教主様だが、絵巻にして大量に複製したのは、師匠である。配っているのは南極だ。師匠が一番大変に思えたが、南極が一番働いているように見える。
 祀傳様は時折絵巻を読むものの、基本的には何もせずにお茶を飲んでいた。

 その席に、ある日南極が二人の子供を伴って現れた。

「紹介するね、北烙と醒宝だよ」

 その言葉に、俺は鏡を見て目を見開いた。ち、小さい。今の老人姿とはかけ離れている。
 北烙様は、祀傳様と同じで十二歳くらいにみえる。琥珀色の髪と大きな目をしていた。
 一方の醒宝様は、さらに幼く十歳くらいにみえる。今と変わらない銀色の髪をしているが、白髪には見えない。伸ばした髪を、後ろで一つに縛っていた。一見すると、女の子みたいだ。ちょっと驚くほど、愛らしい。

「この子達は、二人ともかなり強い仙気を持ってるから、こっちに連れてきたんだよね。それにまだ、本当に子供だし。二人とも、教主直々の弟子にどうかなと思ってね」

 南極様はそう言ってから、ポンと北烙様の頭に手を置いた。

「ただ、実際には、教主は面倒を見なくて良いよ。子供の面倒を見るスキルとかないでしょ」

 教主様は何も言わなかった。祀傳様は鼻で笑っていた。
 祀傳様って、何歳なんだろうな?
 少なくとも和仙界に来た時点で、『本当に子供』では無かったようだ。

「北烙には、預血の能力があるから、俺が天数の見方もついでに教えるよ。結構この仕事面倒だから、誰かに前から任せたかったんだよね」

 南極はそう言ってから、醒宝様と師匠を交互に見た。

「それで今は、雑用……事務作業を混沌に頼んでるけど、今後の雑用……和仙界の運営を考えると、雑用係……いや、その、正式な事務係も欲しいじゃん。いつまでも混沌に雑用……事務をしてもらうわけにはいかないしね。だからそれを教えるのも含めて、混沌は醒宝の面倒を見てね!」

 明らかに南極は、雑用と言いたいようだった。もう言っていたようなものである。事務と雑用は全く別だと俺は思うんだけどな。

 その言葉に醒宝様をじっと見た後、師匠が南極に視線を戻した。

「どこから拉致してきたの?」
「いやだなぁ、人聞きの悪い」

 南極が笑って誤魔化した。否定はしなかった。
 その後、師匠は立ち上がり、醒宝様の隣に立った。
 しばしの間見おろした後、師匠がスッと細めて南極を見た。

「南極。新しい名前を与えたのはどうして?」
「別に縛り付けるつもりで、名前をつけたんじゃないから安心して。空の上の浮島では、名前で仙気を安定させないと、人間界から来たこの子達には辛いんだよ」
「だったら元々の名前を再び与えればいい」
「俺、人の名前を覚えるのが苦手でさ」

 南極は笑っていた。師匠はそれ以上は何も言わなかった。自分の師匠から名前をもらうことには、何か理由があったのか。全然知らなかった。
 その後師匠が醒宝様の肩に手を置く。すると、二人の姿が不意に消えた。どこに行ったのだろう。俺は首を傾げつつ、リモコンを手に取った。今度は、『せいほう』と入力してから、数字を弄った。
 すると鏡には別の風景が映り始める。しかしそれは、俺には見慣れたものだった。
 おさかな洞のリビングが映っていたのだ。
 ……確か始めて玉藍様が来た時、彼はこの洞府が『最先端』だと言っていた。だが、この当時から変わっている様子はない。

「座って」

 師匠がそう言ってソファに促した。座った醒宝様の前にジュースを置いてから、師匠も座る。師匠の正面には、紅茶のカップが現れた。醒宝様は特に驚いた様子もなく、楽しそうな顔をしている。この光景は、先程の続きらしい。

「南極は、君に色々と教えるようにと俺に言ったけど、君は知りたいの?」

 師匠が尋ねると、醒宝様が視線を向けた。

「わしは、他にやることがないのじゃ」

 子供の口から放たれたのは、老人口調の言葉だった。当時からこの言葉遣いだったんだな。祀傳様も『わし』と言っていたし、この当時は、これが主流だったのかも知れない。単純に教主様と祀傳様が年を取っていたから、わしと言っていたわけではないような気がする。

「わし以外はみんな、底怪に飲み込まれて消えてしまったのじゃ。よって、帰る場所も行く場所も、既に無い。それで歩いていたら、北烙を連れに来た南極仙翁様にお会いしたのじゃ。そこでわしには、みんなよりも強い仙気があったから生き残ることが出来たと聞いた。その力、いままでいた場所で今後も一人では、どうにもできぬ。だからここで少し知りたいとは思っているのう」

 静かにそれを聞いていた師匠は、カップを置くと頷いた。

 そこから二人の師弟生活が始まった。

 今と違って全然笑わない師匠は、起床も就寝も食事や入浴の時間も、全く定めず、ただそれらの場所だけを醒宝様に教えていた。後は絵巻を渡して、放っておいた。

 二人の間には特に会話もない。食事も寝室も別々だ。

 師匠は、朝になると外出し、夜になると戻ってきた。
 多分屋上に顔を出しているのだ。

 醒宝様は、たまに新しい巻物をねだっていた。師匠はその度に、袖の中から巻物を取りだしていた。有象無象図に似ているが、ちょっと違う黒いカードを師匠はいつもしのばせているようだった。最初の頃は、道服を渡したりもしていた。しかし日が経つにつれ、食事のメニュー以外の変化がほとんど無くなった。

 その後大体毎日が同じ光景になったので、俺は少し早送りをした。

 そして二年目のある日、師匠が珍しく声をかけたのを見た。
 醒宝様は十二歳くらいになっていた。

「最上宮の屋上でやるお茶会に、君を連れてくるようにと言われたよ。行く?」

 絵巻を置いて、醒宝様が頷いた。嬉しそうな表情になる。