学校で四行の実技が本格的に始まることになったのは、半年が過ぎた頃だった。

 今はまだ、四行の各属性に触れ合い、感覚を掴む勉強をしている。
 例えば、火だったら、ずっとろうそくを眺めているのだ。

「よし、明日からは、一歩進んだ鍛錬をするぞ」

 先生の言葉で、その日の授業が終了した。俺は、正直胸がドキドキしていた。

 本当に俺にも、仙術が使えるのだろうか? なんだか実感がわかない。

 とぼとぼと坂を登って帰る。
 すると師匠が、玄関の前で、色づき始めた楓に手を伸ばしていた。
 もうぐるぐる山は秋だ。少しだけ寒い。

「おかえり。今日はどうだった?」
「うん……明日からさ、四行の授業が難しくなるって聞いた」

 中に入りながら俯くと、師匠が振り返る気配がした。

「難しく? どんな事をするの?」
「それは聞いてない」

 それからリビングに行き、師匠が淹れてくれたココアを受け取った。本日のおやつは、スコーンだ。クロテッドクリームに手を伸ばしながら考える。上手くできなかったら、留年するんだろうか。そうしたら、朱李達とは離ればなれになる。そう考えると寂しかった。

「不安そうだね――少し、予習してみる?」
「え?」

 今まで師匠の口から、予習なんて言う言葉が出てきたことは一度もない。驚いて顔を上げると、師匠は静かな眼差しで俺を見ていた。思わず俺が大きく頷くと、師匠が微笑した。

「じゃあ早く食べて」
「お、おう!」
「それから、修行用の道服に着替えておいで」

 急いで食べた。それから部屋に戻る。
 普段の俺は、師匠が作ってくれたYシャツやTシャツと、ちょっとゆるめのズボンをはいている。チェック柄だ。
 そしてあまり着ることはないけど、渡されているのが修行用の服だ。こちらは、首まで布があって、長袖。だっぽりとしたフードつきのパーカーだ。逆に、下衣は細身だ。上が白、下が黒だ。
 着替えてリビングに戻ると、師匠が指で、鍵をクルクル回しながら立ち上がった。

「よし、着いておいで。地下に鍛錬場があるから」

 それまで俺は、この洞府に地下があることを知らなかった。師匠がキッチンの床に敷いてあった布をめくる。その下には、持ち上げる形の扉があった。
 はしごを下りると、薄暗い地下室に出た。棚があって、漬け物などが並んでいる。
 キョロキョロしている俺の前を、師匠が進んでいく。
 そこを通り抜けてから、師匠が奥にあった白い扉に鍵をさした。

「うわぁ」

 その先に広がっていたのは、大きな正方形の部屋だった。壁は真っ白、床も天井も白い。すごく明るかった。
 中央には円が記されている。さらにその中には、三つ巴のマークがあった。
 洞府紋の一つだと習っている。

「この部屋はね、時間が止まるんだ」
「時間が?」
「そう。空腹も睡眠欲も排泄欲も感じない。時折、汗をかいたり、喉が渇くくらいだ。ここで、思う存分鍛錬しよう」

 ほ、本格的だ……! 俺は小刻みに頷いた。

「四行だから、まずは仙術か」

 師匠はそう言うと屈んだ。すると床の上に、どさりと茶色い土が現れた。どこから出てきたんだろう? 不思議だ。

「見ていて。まずは、土で器を作る。これが、四行・地」

 師匠が両手を広げると、洗面器のような容れ物が現れた。

「この形を維持して。水漏れがおきないくらいきっちり作ること。この土は、水には溶けないから、そこは安心して良いよ」

 おずおずと頷いた時、師匠が持っている器から水が溢れた。

「水を溢れさせるのが、四行・水。ちょっとこの水を触ってごらん」
「温かい……」
「四行・火で温めたんだ。お湯にしたんだよ。最後、よく見ていて」

 すると今度は、水面がグルグルと回転し始めた。渦を巻いている。

「これが四行・風だよ。器を維持して、水を溢れさせて、それをお湯にして、回転させる。全部一気にやって、その状態を維持する事」
「おう!」

 面白そうだった。俺は、土の前にしゃがむ。そして両手を向けた。
 しかし――何も起こらない……。

「しっかりとやりたいことを、頭の中でイメージするんだよ。それから手に、仙気をこめるんだ。この部屋では時間は経過しないけど、一応時計は機能する。ここの床に置くね。じゃあ、俺はまた後で来るから、頑張って鍛錬して」
「わ、分かった!」

 出て行く師匠を俺は見送った。それから――時計の針が十二時をさす所を、な、なんと八回も見てしまった。
 もう四日も経ったのだ……。
 ひとりぼっちだから、少し寂しい。

 その日、やっと器が出来た。歪な形をしているし、所々に隙間が見える。
 これでは、水が漏れてしまう。
 それから実に十日間、計二週間、俺は器を作り続けた。相変わらず外側の形はちょっと変だったが、なんとかできた。

 いつの間にか集中していて、一人でも気にならなくなった。

 次は水だ。溢れさせればいい。俺はきつく目を閉じて、念じた。水、水水水!
 すると、すぐに手が濡れた。驚いて息を飲み、目を開くと、水が溢れていた。
 歓喜に震える。

 これは、時計を見ると、二時間ほどで出来た。俺は、ゆっくりと器を床に置いた。手を離しても、形が崩れない。
 そこに手首から先を入れてみた。ちゃんと温かいか確認しようと思ったからだ。
 ……ただの水だった。冷たい。

 俺は師匠がやって見せてくれた温度を忠実に再現しようと頑張った。
 それから三日経った時、無事にお湯になった。

 最後は渦巻きだ。これが意外と難しかった。
 また俺は、何度も十二時になるのを見た。
 それでも器作りよりは早く、八日目で完成した。

 達成感でいっぱいになり、俺は床に大の字で寝た。つ、疲れた。
 すると丁度良く、師匠が入ってきた。見た瞬間、俺の体が弛緩した。
 体感的にだけど、すごく久しぶりに顔を見た。すごく、ホッとしてしまった。

「できたぞ、師匠!」
「頑張ったね。今までやっていたのは、それぞれの属性をのばす修行。一つの属性を扱うことを一行と言うんだよ。さて、次は二行」

 終わりかと思っていた俺は、情けない顔で起きあがり、座り込んだ。師匠は、持っていたお鍋を床に置くと、卵を二つ取り出した。

「二行・水火の鍛錬をしよう。お湯を沸かして、ゆで卵と温泉卵を作って」

 師匠が手本を見せてくれた。
 なんにも食べていないのに、不思議とお腹は減っていない。

「それが出来たら、二行・風地の鍛錬だよ」

 有象無象図を取り出した師匠が、プランターを出現させた。中には土が入っていて、植物の芽が出ている。芽は二つある。

「この花の種をとるんだよ。花を咲かせて風で花粉をとばしてから。外界では、虫が運ぶんだけどね」

 難しそうだ……。
 そもそも一行と二行の違いもよく分からない。
 不安になりつつ俺は尋ねた。

「三行もあるのか?」
「三行は、好きな属性を柱にして、二属性で補助する仙術なんだ。ちなみに四行は、全属性を使う。四行を使うためには、まず三行を覚えなきゃならない。三行を使うためには、補助する二属性の同時使用――つまり二行が必須になる。だから基礎としては最低限、二行までは習得する必要がある」
「俺はまず、二行を覚えれば良いってことだよな? そうすれば、基礎ができるんだな?」
「そうだよ。基本的には二行までを覚えておけば良い。二行の組み合わせは、風地・地水・水火・火風だ。基本中の基本としては、風地と水火か、火風と地水のどちらかの組み合わせを覚えればいい。まずは、ね。勿論最終的には、四通りの全て覚えるべきだけど」
「頑張る……!」
「環の場合は、地と風の感触がまだつかめていないみたいだから、これをやってみよう。恐らく風地が出来るようになったら、他はすぐにできるはずだよ。それから長所を伸ばすことも大切だから、水火。まずはこの二つに絞ろう」
「はい!」
「――本来であれば、最初は火風を学ぶ人が多いんだ。攻撃に転用しやすいからね。だけど二行を覚えたからといって、無理に戦う必要はないことも知って欲しいから、苦手分野の克服と得意分野を伸ばすことからはじめよう」

 まるで俺の一行の練習を、見ていたように師匠が言う。

 とにかく俺は、必死で組み合わせを覚えた。
 こういう時、ノートがあると良いのにな。

「じゃあ頑張ってね」

 師匠はそう言うと、再び出て行った。俺は、気合いを入れ直した。