リモコンを操作して、俺はその後も見守った。

 変化はと言えば、テーブルに一つ椅子が追加されていて、今度は南極も含めて三人でお茶を飲んでいることだろうか。師匠は沈黙したままだ。無表情だ。だが教主様は、今度は心からお茶に夢中になっている。大量に飲んでいた。そんな中、南極だけが様々なことを語っていた。

「――というわけなんだ。とりあえずそんな感じ。それにしてもお腹空いたなぁ」

 一呼吸おき、南極がカップを傾けた。

「何か食べるものない? そろそろ食事にしようよ。俺、今日はいっぱい働いたから疲れちゃった! あっさりしたものでがっつり食べたいな。うん、お刺身と白米か、親子丼が良いな」

 師匠は何も言わない。ただその視線が太鼎教主様に向いた。どちらのメニューが良いか決めて欲しいという顔だった。すると教主様が首を傾げた。

「『おさしみ』とはなんですかな? 『おやこどん』も聞いたことがない」

 そ、そうなんだ。この時代はメジャーじゃなかったのだろうか。
 それを聞いた南極が笑顔で答えた。

「お刺身はねぇ、生魚。薄く切ってあるの」
「……なまぐさはちょっと、私は食べられません」

 その言葉に、師匠がポツリと言った。

「味覚嫌悪条件付け?」
「じゃあ親子丼にしようよ、あっちは鶏肉と卵を加熱してあるし」

 しかし南極が構わずに言うと、ふるふると教主様が首を振った。

「火を通せばいいというものではなくて……私は、動物の血肉を食べないようにすべきだと考えているのです。そう言う教えだ」
「えー……」

 教主様の答えに、南極が不満そうに声を上げた。師匠がどうでも良さそうに頷いている。

「……か、固い固い! 教えって言うのはさ、ある程度の自由さが無いと広まらないよ! 動物性タンパク質を取る取らないなんて、すごいどうでもいい問題だし!」
「しかし……」

 教主様が渋っている。だが南極は懸命に続けている。
 要約すると、『肉を食べても良いよな』と言う脅しだった。
 全然どうでも良くなさそうだった。

 まぁいい。なるほど、南極のおかげで、今の俺達はお肉が食べられるんだな……。
 その時、教主様のお腹が鳴った。ぐるぐるぐると響いてきた。

「これ」

 師匠がテーブルの上に、時空間術で取り出したらしき大皿を置いた。そこには、りんごジャムをはじめとした、様々な種類の果物のジャムと、バジルソースと、トマトソース、そして、白く薄いクレープに似た食べ物があった。なんだろ、トルティーヤともナンともちょっと雰囲気が違う。

「卵も使ってないから食べられると思うけど」
「感謝いたします」

 教主様が手を伸ばした。もぐもぐと食べながら彼は続けた。

「とにかくきちんとした食生活が重要なのじゃ」
「そんなにパクパク食べながら言われても、俺には説得力がないように思えるんだけど。じゃあさぁ、こうしようよ。それは教えじゃなくて、教主一人の好みにしよう。教主は食べなくて良いよ」
「そ、それは」
「そんなに重要なの?」
「私だって食べたい。一人だけ食べられず周りの者が食べているのを見るのなど苦痛だ」
「それが本音? じゃあもう、良いじゃん。その教え、無しで! 混沌、刺身定食二つね! 混沌も食べる?」
「うん」

 こうしてその日三人は、お刺身と白米、茶碗蒸しと味噌汁、漬け物と小鉢を食べていた。

 それから時間を進めると、南極が言った。

「とりあえず混沌。教主の寝るところ用意して。それと、天玄教の総本山をここにするとして、そうだって分かるモニュメントを一つお願い。ま、社でも建てておいて」
「……」
「名前は俺達で決めておくから。何か質問はある?」

 南極がそう言った隣では、教主様がじっとテーブルを見ていた。紙が広がっている。教主様は、その上に大きな筆の先を向けていた。そして落書きを繰り返している。しばらく見守っていると……あ! 俺にも見慣れたマークが描かれた。『弓形月に丸二つ』だ。明星宮の洞府紋である。

「できた!」

 満足そうに教主様が声を上げた。おじいちゃんの瞳がキラキラしている。

「私の洞府紋を、『弓形月に丸二つ』とする。月と日と星……!」

 それを眺めて、南極が呟いた。

「混沌、折角だからこのマークを入れてさ、教主に服作ってあげてよ。ついでに俺にも作って……!」

 師匠は無表情で、何も言わない。師匠は、ぼんやりと、『弓形月に丸二つ』を眺めている。すると慌てたように教主様が首を振った。

「そんな、恐れ多い……!」
「教主、こういう時は、遠慮しちゃ駄目だ! 混沌に任せよう!」
「だが――立派な門と玄関と台所と居間と修行場と神事場と温泉と書斎と寝室と物置と厠を作ってもらった上に、道服までとは……!」
「教主、俺、そんなに頼んでないからね。さりげなく付け足して俺のせいにしないでよね?」

 二人がそんなやりとりをしていると、立ち上がって師匠は姿を消した。そろそろこの二人の傍若無人っぷりに、師匠は怒って良いと思うのだ。だが俺には何となく分かる。多分師匠は、注文通りに作りにいったのだろう。

 そうだったらしく、数時間後に師匠は戻ってきた。
 二人は相変わらず紙に落書きをしている。

「おかえり、混沌。できた?」
「とりあえず太鼎教主の家を造ったよ。これ、鍵」
「私の……洞府!」

 嬉しそうに教主様が鍵を受け取る。それを見てから、テーブルの上に、師匠が箱を出現させた。見るとそこには、大量の道服が入っていた。あ、これ、今でも本当に大切な場所なんかに教主様が着ていく、最高に神聖な道服の一つだ。神仙より授かった道服なんて聞いたことがあるが……そうか、師匠が作ったのか。ならば嘘ではないのか。

 おじいちゃんは頬を紅潮させて服を手に取る。
 その隣に、師匠がもう一つ箱を出した。
 そちらを南極がのぞき込んだ。南極も満足そうな顔をしている。

 見れば南極が手に取ったものは、今でも南極が着ているのをたまにみる服だった。南極はいつもおろしたてのような服を着ているのだが、種類は結構決まっているのだ。

 そんな二人の横で、地面の内一番高いところを師匠が見下ろした。
 瞬間、ズンッと音がした。
 南極と教主様が動きを止める。

 いつの間にか、三人がいる場所は、巨大な一階建ての建物の屋上になっていた。テーブルなどは残っているが、足下は木製の床に代わり、周囲には柵がある。

「最も高い場所、頂上がここなんだ。ここで教えを開けばいい」

 師匠が言った。言われてから俺は、よく見るとその建物が、明星宮の六階部分に似ていることに気がついた。

「なるほど……最も……頂上……最上の宮……」

 教主様が呟いた。名前を付けるのが好きなんだろうな。

「中を見てきても良い?」

 南極がそう言って、近くの扉から、降りていった。教主様も追いかけていく。ゆっくりと師匠もついていった。階段の下は、もう間違いなく、俺も見たことがある場所だった。南極の居室の一つだ。全く変化がない。

「あー、良いね、ここ。最高に上質なベッドもあるし。俺はここに住むよ!」

 しばらくの間、現在の『南極府』を見て回った南極は、それから寝室でバシバシとベッドを叩いた。すると教主が呟いた。

「まさしく最上宮。ところで、私の部屋は? ここには無いのですか?」

 教主様の言葉に、師匠が扉を開けた。
 視線で次の部屋を示している。
 そこには、見慣れた回廊が映った。

 そして予想通りの場所に『太鼎教主室』の、今と変わらない扉を見つけた。そこには『弓形月に丸二つ』が刻まれている。愛おしそうにそれを撫でてから、教主様が中を一瞥した。

「洞府紋は、月と日と星なのだから……明星宮と名付けよう」

 一人頷いた後、教主様が振り返った。

「あちらの部屋は?」
「社って言ってたから……祀る場所にでも、と思って。ただの空き部屋だよ」

 教主様の視線を追い、師匠が答えた。その先にあったのは、『天帝院』だった。空き部屋って……。天啓を受けた場所とかじゃないんだな、あの部屋。

「して、混沌氏のお部屋はどちらじゃ?」
「ここからずっと遠くの山で過ごしてる」
「では、ここにはお部屋は無いのかの?」

 そう言って教主様は、床を指さした。

「ならば、ここよりそちらは全て、『最上宮・頂上』――陰陽の間として、混沌氏のものとする。私からの精一杯の感謝だ。好きに部屋を作り、自由に過ごすと良いです」

 聞いていた南極が小さく笑った。

「まぁ結局部屋を作るのは混沌なんだけどねぇ。ただ俺も、混沌がしばらくは近くにいてくれた方が嬉しいな。ご飯一つとっても、俺と教主じゃ不安だから」

 その通りだなと南極を眺めて俺は考えた。だけどこれって、暗に師匠にやらせようとしてるよな。確実にご飯を作らせる気だ。