今よりも若い。十代後半くらいの年頃にみえる。背丈はそんなに変わらないけど、どことなく幼くみえる。この前見た猫混沌の姿にそっくりだった。真っ白でゆったりとした道服が上で、だぼっとした濃い灰色の下衣をはいていた。太極魚を模した巨大なボタンが並んでいて、上着をとめている。靴は大きく真っ黒だ。口元までを覆うような、布地つきの道服姿である。

「やぁ混沌」
「……」

 師匠は何も言わない。南極を見上げている。南極は師匠に向かい説明し始めた。

「――ということで、この土地を貸して欲しいんだ。良いよね? どうせ使ってないでしょ?」

 南極の言葉に、師匠は、瞬きをしてから太鼎教主様を一瞥した。
 するとばたりと教主様がぶっ倒れた。再び気絶したのだ。

 その後教主様が目を覚ました時、師匠が頷いた。

「別に構わないよ」
「ありがとうね、混沌! 流石、混沌だね」

 二人の声に、教主様が呟いた。

「混沌氏……天帝様に唯一匹敵するお力を持つと言われる……神仙」

 それを聞いていないのか無視したのかは知らないが、南極が師匠に向かって言った。

「太鼎教主が普段いる場所を作って欲しいんだよね。とりあえず、さ。やっぱり一番偉い人がいるっぽい感じの所に」

 師匠は無言でそれを聞いていた。それから暫くぼんやりとしていた後、不意に足元を見た。そうしながら両手を合わせた。そして、パンと手を叩く。

 直後足下が隆起した。
 ――え?
 見ていた俺までポカンとしてしまった。

 な、なんと、師匠が手を叩くと、その場に山がいきなり出来たのだ。これならば、気を失う気持ちも分かる。

「――あ、うあ、わ、私は……突然現れた若い山に目を瞠るしかなかった……そう記そう……」

 教主様が震える声で呟いた。南極が吹き出した。

「じゃ、ここは、『瞠若山』で良くない? それとも混沌、ここって何か名前あるの?」
「特に無いよ」
「後ついでにお願いしたいんだけどね、天玄教っていうのを開くんだけど、四行五術があるらしいんだ。それで、四行仙術を代表するものも欲しいんだよね。面倒だから山でいいや。後四つ山を作って!」

 南極が、実に簡単なことであるように言った。いや、普通無理だし。しかし師匠は断らなかった。無言で師匠が両腕を広げて、少し持ち上げると、浮島の各地から地響きが聞こえてきた。一番高い場所にある瞠若山から見下ろせば、四つの巨大な山が出来ていた。

 現在の四神山だ……。

 勿論他にもいくつもの山がある。まぁ瞠若山を含めて確かに山なのだが、正確には高くなった地面のスレスレの所に、巨大な山が浮いている感じだ。浮島の上に山が浮かんでいるのだ。だから、元々の地形も少し隆起しただけでほとんど変わっていないようだった。

「じゃ、俺ちょっと様子を見てくるから、二人はここで待ってて」

 南極はそう言うと、爆雷雲を呼びだして、それにのって見に行ってしまった。
 残されたのは若い師匠と、教主様である。二人とも何も言わない。

 師匠に何かを喋る気配はない。鉄壁の無表情だった。
 一方の教主様は、額に汗をかいていた。焦っているのが伝わってくる。

 そのまま一時間くらい二人は沈黙しあっていた。

 何度もチラチラ教主様は師匠のことを見ている。
 師匠は何を考えているのかよく分からない。

 いいや……俺には分かった。師匠も困っているようだった。俺は知っている。師匠は困ると、服の裾を指先で撫でるのだ。思いっきり撫でている。表情は変わっていないが、困惑しているのは間違いない。

「の、喉が渇きましたなぁ……!」

 その時、教主様が無理矢理言葉をひねり出した。
 師匠は唇を閉じたままだった。だけどそれから、一拍間を置き、師匠は右手の腕を折って、指先を少し動かした。するとその場に丸テーブルが出現した。その上には、ティカップが二つのっていた。お茶だ……! 師匠、本当に気遣いの人だな!

「これは……?」
「……」
「お茶……?」
「……」
「せ、せ、せっかくですしな、ちょ、ちょ、ちょ、頂戴しますぞ」

 教主様が震える指先をカップに伸ばした。
 声が震えすぎていて奇声になっていた。

 小さく頷いた師匠も手を伸ばす。
 その場にずるずると教主様がお茶を飲む音が響いた。
 ちなみに師匠の方からは、音がしない。

「美味い……!」

 太鼎教主様が感動するように呟いた。師匠が心なしか、ホッとしたような顔をした。
 しかしそこから再び、お茶を飲む音以外はなんにも聞こえない時間が続いた。
 南極が帰ってきたのは、大分たってからだった。

「何? この気まずいお見合いみたいな空気」

 南極が笑顔で感想を述べた。確かに気まずい感じの空気だったのは間違いない。お見合いかどうかは、俺には分からないけどな。

 それを最後に、鏡の中の風景は消えた。

 俺は無言で暫くの間瞬きをしていた。
 なるほど……?
 これが、この和仙界のはじまりなのだろうか。師匠、昔は人見知りだったんだろうか。

「あまり得られるものは無かったな。もっと時を進めよ」

 天帝犬が鼻を鳴らした。俺は曖昧に頷いたのだった。