声を上げたのは、白夜様と黒耀様だった。
 どちらも声を上げるイメージはない。あんまり白夜様のことはよく知らないけどな。

 白夜様はチョコレート色の髪と目をしていて、柔和な微笑を浮かべていた。
 なのに語調は荒い。

「黙って聞いてればいい加減にしてもらえるかな、黒耀」
「お前がいつ黙ったと言うんだ、白夜」
「僕とやろうって言うの?」
「俺に勝てると思っているのか?」

 黒耀様は、最初はいつも通りに思えた。
 だがじっと見て俺は気づいた。黒耀様の目が、すわっている……!

 白夜様と黒耀様はつかみかかる勢いで顔を向き合わせる。
 そしてそれぞれが、別々の酒瓶に腕を伸ばした。

 え、飲み比べ?

 学校時代に、成人してからも危ないから、そう言うことはしないようにって、時生先生に習った気がするぞ……。

「待て、二人とも」

 慈覚様が声を挟んだ。二人が動きを止める。さすがは慈覚様だ。止めるのか!

「いっせいに、な。俺が手を叩こう。よし、開始」

 パンと慈覚様が手を叩いた。
 俺はポカンとして目を見開いた。止めるどころか、開始の合図だと……?
 嘘だろ?

 慈覚様はいつもと変わらない表情なのに。
 こうして白夜様と黒耀様は、一気飲みを始めた。
 二人のペースは、北烙様にはとても叶わない。それでも、十分はやく見える。

「今年はどっちが勝つのかな?」

 天満様が、糸のような目をさらに細くして笑った。
 今年……『は』、って……?

「知らん」

 そう言って慈覚様はふっと笑った。
 そ、そう言えば笑い上戸だったんじゃ?
 明らかに楽しそうに笑っているぞ……?

 慈覚様はそれから酒瓶を手に取ると、正面で黙々と飲んでいる磊落様を見た。

「磊落師兄、もう一杯どうだ?」
「……悪いな。貰う」
「今年もこれから大変なのは師兄だろうからな」

 慈覚様は酒を注ぎながら、吹き出すのを堪えたようだった。
 あからさまに磊落様の顔が引きつった。

 ――師兄?

 俺はこの二人が話しているところを初めて見た。師兄というのは、確か先輩の仙人につけるのだったと思う。そう言えば、慈覚様と天満様は、時生先生や兆越と同期の学校二期生で、磊落様は一期生だったと聞いたことがある。いやそれ以前に、二人共名目上は、太鼎教主様の弟子なのだから、兄弟弟子ではないか。しかし今は、そういう敬称は、形骸化しているから、滅多に使われないはずだ。

 それにしても、大変ってどういう意味だ?

「まぁ今年も僕と慈覚は手伝わなから。師兄、応援してる。きっと今回だって祀傳様は手伝ってくれると思う」

 天満様は相変わらずの笑顔だ。
 磊落様は疲れたように吐息してから、酒を煽った。

「私も手伝わないからな」

 手酌しながら、唯乙様がそこに声をかけた。するとその正面にいた竜胆様が笑った。

「安心して良いんじゃないか? 唯乙は介抱される側だし」
「竜胆様……どういう意味ですか?」
「え……? そのままだけど?」

 その後――竜胆様の言葉は的中した。
 それから一時間もしないうちに、唯乙様は潰れたのだ。
 それよりも早く、白夜様と黒耀様が潰れていた。飲み比べで、どちらが勝ったのかは見ていない。

 その時、酒瓶を抱えて、既にできあがってる教主様の所に北烙様達が行った。醒宝様が今度は「もっともっと」と飲ませ始める。しばらくしてから見かねたように、祀傳様が止め始めた。

 なお三大老と入れ違うようにして、少し前に燈焔様と玉藍様が、慈覚様達の方にやってきた。

「いやぁ、この顔ぶれ見ると、明星宮で働きだした頃のこと思い出して鬱だなぁ、僕は!」

 燈焔様が朗らかな声で言った。だけど、鬱って……。その隣では、玉藍様が大きく頷いている。

「未だにトラウマ過ぎて、私夢に見るから!」

 玉藍様にトラウマを植え付けるとは……一体何があったんだろう。

「けど、君達二人は恵まれてる方だと思うけどなぁ」

 竜胆様がそう言って笑うと、さかずきを傾けた。この人は、素面なんじゃないかと思う。全然酔っているようにはみえない。それに変人という噂だが、そうもみえない。

 その時天満様が吹き出した。

「確かに僕達が入った時は地獄だった。そうだよね、慈覚」
「まぁな。淡々と仕事をしている磊落師兄を見た時、最初は状況が飲み込めなかったな」

 慈覚様が懐かしそうな眼差しで、微笑する。すると磊落様が苦笑した。この人の引きつった顔と無表情以外を、俺は初めて見た。

「……俺だって、まさかこうなるとは思っていなかった。俺の中での最上仙のイメージは、格好良く派手に底怪退治をしているというものだったからな」
「当たらず遠いよな、そのイメージ」

 燈焔様が大きく頷く。確かに明星宮にそういうイメージはない。

 その後も暫く見ていたが、ずっと飲み会が続いた。
 俺、酔っぱらいってあんまり好きじゃないかも……。

「さて、宴もたけなわ! 皆、良い年越しを。また十年後に集おうぞ!」

 唐突に太鼎教主様が叫んだ。一同の視線が向く。その前で教主様が横に倒れた。寝てしまったらしい。

「じゃ、わしは帰るでのう」
「待て、醒宝! 今年こそ手伝え!」

 教主様の体を支えながら、祀傳様が声を上げる。しかし醒宝様はさっさと立ち上がった。
 北烙様も立っている。北烙様にも酔っている気配はない。

「じゃあのう、祀傳老。さぁて北烙、飲み直すとしよう」
「いいのう、醒宝」
「あんたらなぁ……!」

 教主様を支えているため動けないらしい祀傳様を残して、二人は敷物から降りた。すぐに姿が見えなくなる。醒宝様の血術で移動したらしい。残された祀傳様は肩を落としている。醒宝様達二人は、まだ飲むのだろうか……。

「じゃ、僕も失礼します。あ、慈覚様、教主就任おめでとうございます」
「ああ。竜胆、これからもよろしく頼む」

 次に立ち上がったのは、竜胆様だった。慈覚様が言葉を返す。その声に頷き、微笑しながら竜胆様は帰っていった。

「じゃあ私達も失礼します。また十年後に!」
「僕も今日は楽しかった。じゃ、特に慈覚教主は頑張れよ!」

 玉藍様と燈焔様がほぼ同時に立ち上がった。慈覚様は小さく笑っている。

「本当に帰るつもりなんだな、今回『も』……」

 磊落様が目を細めた。
 二人はあからさまに顔を背けて、雑談しながら帰っていった。

「では、磊落師兄、後はよろしく頼む」

 慈覚様が続いて立ち上がった。磊落様は、眉間を指で解している。

「ほら、やっぱり今年も祀傳様が残ってくれてる」

 天満様がそう言って視線を向けながら立った。
 そのまま慈覚様と天満様も帰っていった。
 残された磊落様は、溜息をついた後、器や瓶の後かたづけを始めた。

「何でわしがこんなことを!」

 イライラするように、ブツブツと不満を漏らしながら、祀傳様が酔い潰れた人達を、敷物の外に放り出していく。太鼎教主様と唯乙様、それに白夜様と黒耀様が、砂利の上に落ちた。

 このようにして、その日の飲み会は終わったようだった。

 鏡の映像が途切れた後、俺は暫くぼんやりとしていた。
 生温かい気持ちになる。
 ――とりあえず、南極はここに呼ばれていたのだが、行かなかったのだろうな。

 あるいは行かなくて良かったのかも知れないだろう。俺にはそもそも、南極に『気を遣っていかない』なんていう概念があるのかを知らない。

「昔は、大晦日から新年一日にかけて、太極府の新年会もあったようだ。そちらにも南極は出ていない。仲間はずれというやつだ。いいざまだ」

 天帝犬が笑っている。
 よく知っているな。天帝犬は、もしかしたら出たかったのだろうか?

 それから俺は、ふとポケットに入る『混沌鏡』の存在を思い出した。

「なぁ天帝」
「なんだ?」
「こっちの『混沌鏡』では過去がみられるんだっけ?」
「いかにも。試しに見てみるとするか? そこの空いている方のソファに鏡を置くと良い」