あんまり行きたくないが、俺は三階に向かった。三階も四区画に別れている。
 東西南北のそれぞれが、一から四の院に別れているのだ。
 『明星宮わかさぎの間』である。

 まずは東院。ここが『一の院』だ。
 『天歴の若鷺』と呼ばれている、『明星宮天歴院』である。
 多くの人は、『一の院』って呼んでるけどな。ここには、三大老が月に一度、持ち回りで一人やってくる。ご意見番をしているのだ。三大老の全員が代表最上仙として名を連ねている。この部署だけ、三人代表がいるわけだ。
 一の院には、困ったことや相談がある場合に、全ての仙人や道士が相談できることになっている。ちなみに俺は、相談に行ったことがない。
 噂では、温かいお茶を出してくれるのだとか。
 案外、相談者は多いらしい。人の姿を、ちょくちょく見かける。大勢ではないが、一の院の前の待合室が無人の所は見たことがない。大体の場合、規定日以外にも、北烙老がおいでになっている。みんな人生相談をしていくようだ。

 一方、その隣にある西院、ようするに二の院は、もっと混んでいる。待合室から外まで人が溢れかえっている。ここは、『明星宮医学広場』だ。『二院』、それよりも一番多い呼称は、『病院』だ。
 代表最上仙は玉藍様だ。
 研究もしているらしいが、ほとんどは臨床的に診察している。
 入院施設も存在する。大抵の場合、玉藍様が自ら診ることはないらしいけどな。
 底怪退治で怪我をしたりすると優先的に入院させられる。重病人や大怪我人以外は、明星宮の関係者でないと受診できないそうだ。
 大規模底怪出現時などの有事に備えて、普段は洞府で開業していたとしても、お医さんは基本的に、ここに名前を登録しているそうだ。
 もっとも俺は、師匠がいるから一度も病院に行ったことはない。だけど……師匠はお医者さんではないから、登録はしていないんだろうか。まぁ登録していなくても、医学に長けた人はいるだろう。別に未登録で何かをしては行けないという決まりもないしな。

 そしてこの二つとは対照的に、ほぼ無人なのが南院――三の院だ。
 『明星宮庶務部』が正式名称だ。通称、『天満院』である。ほとんどの人は、天満院と呼んでいる。代表最上仙は聖四大仙の天満様だ。ここの詳細は、一切不明なのだ。誰も知らないのだ。
 慈覚様あたりや南極はもしかしたら知っているのかも知れないが……。
 後ろ暗い仕事をしているとの噂もある。
 だが、南極の下僕として買い物をしているところを見た人や、迷子探しをしているのを見たという人や、ペット探しをしているのを目撃したという人にも事欠かない。
 一番ありえる噂は、離山者の動向調査をしているというものだ。
 俺は亡くなったと聞いているけど、兆越や、現在では奇染の行方を探っていたりするという話だ。嘘か本当かは知らない。

 さて最後。俺の目的地であり、もっとも行きたくない場所。
 それが北院――四の院だ。
 ここ、『明星宮運営部』は、そのまま『四院』あるいは『第二』と呼ばれることが多い。
 第二とは、『第二総務部』の略だ。
 俺が今目指している場所の主、聖四大仙の唯乙様の部署だ。彼が貰っている区画である。仕事内容は、慈覚様の総務部とほとんど同じだ。そのため、『第二』と呼ばれることがあるのだ。一応、慈覚様と仕事を分担している形ではある。ただはっきりと言ってしまうと、慈覚様でなくてもできる仕事の内、高砂でやっている余裕がない仕事を、回しているのだ。まぁ忙しい時は、かなりの範囲まで肩代わりしてもらうこともあるんだけどな。回した時に、きちんとこなしてもらえるだけでも有難い。中々慈覚様に代われる人はいないのだ。
 ちなみに唯乙様本人だけは、『唯乙院』と呼んでいる。しかし俺達は、やはり四院か第二、場合によっては『唯乙様の所』と呼んでいる……。

 なお、第二が仕事を肩代わりできる理由の一つとしては、慈覚様の補佐官が出向して、直接的に唯乙様の補佐をすることが多いためだ。
 さらには第二の事務官が、五格上の最後の一人、磊落様であることも関係している。
 磊落様は、かなり仕事がデキる。少なくとも、仕事をしている。同じ五格上の燈焔様や玉藍様は、基本的には部下に任せて暇そうにしているが、磊落様は違う。任せられている側だからなのかも知れない。

 幸い、唯乙様は不在だった。だから唯乙様の秘書官に渡しておいた。

 届けた後、俺は階段を引き返しながら、ぼんやりと考える。

 やっぱり今回の選挙には、南極が推測した通り、聖四大仙と五格に数えられる仙人が出馬することになった。燈焔様と玉藍様も出ている。

 ちょっと意外だった。

 燈焔様は、「南極様直々に言われたのに出ないわけにはいかねぇだろ」と言っていた。
 慈覚様の一番のライバル(他称)は、南極のせいで生まれたのだ。

 玉藍様はといえば、「南極様に言われたのはさ、選挙を盛り上げるために出ろって事だと思うんだよね。だから一応ね」と言っていた。ライバルその二である。南極の馬鹿!

 ちなみに燈焔様の応援演説は、黒耀様がするそうだ。
 慈覚様は演説を、三大老の醒宝老に頼んだらしい。あの二人は、どちらも森羅様にならった縁があるしな。
 玉藍様は、和仙界医師連合会の会長が演説をするらしい。その人も最上線だと聞いた。

 そう、最上仙は十二玉仙以外にも存在する。
 例えば、南極府の事務官だとか。
 無論数はかなり少ない。

 昔は、兆越も最上仙だったらしい。
 これに関して、師匠はどうなんだろうかと思って、俺は以前呟いたことがある。

「万象院……様って、最上仙?」

 すると補佐官室で俺のことを、数人が見た。

「万象院様は天仙だろう……」

 呆れたように補佐官筆頭の長嵜様に言われた。長嵜様も最上仙だ。頭が禿げている。耳の両脇には毛が残っている。

「実在するのか?」

 それを見ていた大海様が言った。大海様は、俺の補佐官時代の直接の上司だ。渋いおじさんだ。食堂のおばさんと外見年齢が同じくらいである。

「いるでしょう」

 そこへ声を挟んだのが、俺が一番顔なじみの補佐官で、よく捕まえる那霧様だ。大海様と那霧様は高仙である。

「だって教科書を書いてるし!」

 この那霧様が、補佐官の中では、一番仕事をしている。
 見た目は慈覚様と同じくらいの年齢だ。背がちょっと低い。
 常々那霧様は慈覚様を尊敬していると言っている。

 ちなみに俺は、全員の実年齢は知らない。高仙以上になると、年齢による優劣はほとんど無いのだ。かわりに仙格による優劣が生まれる。だから秘書官になったが、まだ許仙の俺は、一番の下っ端だ。
 三大老くらいになると、生きている年月でも徳が変わってくるらしいが、数百年程度の年齢差は気に留めるほどでもないらしい。
 どうやらあの三人は、推定千歳以上だ。俺よりもかなり年上だ……。三大老よりも、もっと年上の教主様……さらには、師匠と南極って、一体何歳なんだよ……。

 なお、最上仙は数が少ないとはいえ複数いる。だが、中でも特別で、この和仙界を直接的に運営しているのは、やはり十二玉仙なのだ。太鼎教主様の十二人の弟子である。

 俺はそれぞれの顔を思い出した。
 やはり一番に浮かぶのは、聖四大仙というか……慈覚様だ。

 聖四大仙は、その名の通り、四人いる。
 十二玉仙の中での実力上位の四人であるらしい。印象としては、燈焔様が入っていないのが不思議だ。

 聖四大仙は――慈覚様、唯乙様、竜胆様、天満様だ。

 まずはなんといっても慈覚様。
 ろうそく山卯月洞の洞主であり、俺の同期の泰岳の師匠だ。
 和仙界一の幻術の使い手だと言われている。他も色々できるらしいが、特に幻術が得意らしい。勿論太鼎教主様の弟子だが、南極の紹介で、森羅様に鍛えてもらったのだという。だから繰り返すが、俺は、個人的には兄弟子だと思っている。桃源仙道宮の二期生でもあったそうだ、時生先生と、兆越、後は話によると天満様が同期だそうだ。

 次が唯乙様。いわずもがなで慈覚様と教主の座を今回争っている。自称だけどな。周囲は唯乙様がライバルだとは一言も口にしない。
 たつまき山睦月洞の洞主だ。
 俺が立ち聞きした話によると、人間界から来たのに太鼎教主様の血を引いているらしい。南極と仲が悪いんだよな……。慈覚様とも良くなさそうだが、慈覚様の場合は、彼を相手にしていない……。慈覚様は、関心が無い場合のスルースキルが比較的高いのだ。
 聖四大仙の中では、一番最後に最上仙になったらしい。奇染と同期だという噂だ。彼は、和仙界一の、風の使い手である。

 それから竜胆様。彼は、宝貝の匠だ。
 なんでも変わりすぎていて誰にも理解できない宝貝から、汎用宝貝まで、自在に造るらしい。和仙界一の宝貝職人だ。宝貝研究者でもある。
 俺も許仙になった時に、自分のオリジナル宝貝を作るべく、彼の著作を読んだ。その時に、『尊敬する万象院様に捧げる』と書いてあった。師匠に聞くと、面識はないと言っていたが、南極に聞くと「ああ、彼、森羅のこと尊敬してるんだよね」と話していた。師匠は、会ったことはないらしいが、竜胆様は会いたがっているらしい。
 なんでも、師匠が学校の先生を引退した翌年に学校に入ったらしい。
 慈覚様と天満様の次に年上みたいだ。
 遠くから、ちらっと見た限りでは、慈覚様と同じくらいの歳に見えた。

 最後が天満様。天満院の天満様だ。
 何をしているのかは不明だが、ながるる山如月洞の洞主で、和仙界一の水の使い手だと言うことは分かっている。
 ……それしか分からないんだけれどな。
 一回も俺は、見たことがない。
 噂では、目が糸のように細くて、終始笑顔らしい。「笑いながら殺生が出来そう」と、誰かが言っていた。

 彼らが聖四大仙だ。宝貝総合本部である『砦の西』にひきこもっている竜胆様と、常日頃から不在の天満様が教主戦に出ることは無かった。
 聖四大仙からは、慈覚様と唯乙様だけだ。
 唯乙様の応援演説は、ときわ一族の族長がするらしい。