以前と変わらないようで、新しい日々が訪れた。
 何が新しいかというと、師匠が混沌ではなくなった事じゃない。
 師匠に対する俺の見方が変わったことだ。

 改めて考えてみると、喜怒哀楽が少ないと思っていた師匠だが、決してそんなことはない気がした。案外顔に出やすい。よく観察すれば、本音が顔に出ている。全然隠れていなかった。これまでは、俺の目が節穴だっただけなのだ。

 そして師匠は……気配りの人であることは代わらないが、やっぱり己のことになると、あんまり気が回っていないようなのだ。これは前にも思ったことだけどな。具体例をあげるならば、ぐるぐる山はどんどん寒くなっていくのに、俺を薄着で出迎えたりするのである。

 この日帰ると、師匠は雪の舞い散る庭で、ホースに触っていた。
 見ているだけで、俺の方が寒くなる。思わず溜息が出た。

「師匠、何やってるんだよ」
「ああ、ちょっと除雪用の放水機の調子が悪くて」
「そうじゃなくて」

 俺は師匠の手を取った。そして冷たくなっている指を見た。

「手袋! ほら、こんなに冷たくして。風邪ひいたらどうするんだよ」
「俺はもう何百年も仙人風邪には罹ってないよ」
「そういうことじゃない!」

 呆れてしまいそうになった。前は何とも思わなかったのだが、今は気になると、いちいち言ってしまう。師匠は、俺がそういうことを口にすると、何故なのか嬉しそうに笑う。俺は心配しているというのに、なぜ笑うんだよ!

 笑う前に、手袋をはめろと言いたい。俺は、もっと注意して、師匠を見守るべきなのかもしれない。本当に、これからはちゃんと支えよう。決意を新たにする。

 それから俺達は夕食をとった。すると再び、溜息が漏れてしまった。

「師匠、それしか食べないのか?」
「いつも通りだと思うけど」
「だからそんなに細いんだよ! 食べろ! 背が大体一緒になって確信した。師匠は痩せすぎだ。俺の方が背は高いけどな!」

 俺は自分の方が背は高いのだと強調した。

「筋肉は必要最低限はあるし、別になんの問題もないよ」
「そう言う問題じゃない。それから、ゆで卵。なんで師匠の皿には入ってないんだ!」
「……環、卵が好きでしょ?」
「違うよな。師匠が卵を嫌いなんだろ。特に黄身!」
「それは、まぁ……」

 師匠があからさまに視線を逸らした。

「食べろ」

 俺が通達すると、今度は師匠が溜息をついたのだった。
 このようにして――今では、俺は師匠を守ってやる気でいる。
 勿論四行五術は圧倒的に師匠の方が強いわけだが。

 ちなみに、俺の背が伸びるのは、止まったらしい。でも、俺は師匠よりも二センチとちょっとだけ大きくなった。百七十七センチちょっとになったのである。自称百七十八センチと言っている。無事に青鼠の背も越した。

「良いから残すなよ」
「分かったよ」

 ふてくされたように師匠が言う。あんなに大きくてずっと前を歩いていた師匠が、なんだか隣に並んだ気がした。それが少しだけ、嬉しかった。

「……俺も、弟子離れの時期かな」
「黙って食べろ」

 響いた言葉に、思わず焦りながら続けた。師匠離れできていないのが、俺の方だと自覚できたからだ。まぁ、離れるつもりもないのだが。

 ただ、それでも、何度も考えた。

 本当に夢ではなかったのだろうか、と。

 そんなことを思いながら、ある日、俺は南極の執務室に向かった。
 書簡を持って行くことになったのだ。

 南極に届けると聞いたら、補佐官のみんなは恐れ多いと言って辞退したのである。誰も行きたくないようだった。ここまで来ると、南極も不憫だ。「失礼します」と声をかけて、俺は堂々と中へと入った。俺は、南極のもとへ顔を出すのが、勿論嫌ではない。

 本日は一人きりの様子で、南極が窓の外を見ていた。

「それにしても雪がやんで本当に良かったよね」
「雪? 和仙界は、いつも初夏だろ」

 首を傾げた俺に振り返り、南極がスッと目を細めた。口元には微笑が浮かんでいる。

「君は見たはずだけど。あの日、混沌が振らせた綿雪を。ついにこの世界も終焉を迎えるのかと俺は思ってたよ。ここにも永久の冬が来たんだと考えていたよ。混沌がまた世界を包んで壊して、そこに天帝が新しい世界を創造するのかなって」

 南極の声に、俺は硬直した。目を見開く。