どのタイミングで、なんて言って渡せばいいだろうか。

 思いつかない。俺は巨大な紙袋を見下ろす。中にプレゼントが三つ入っているのだ。
 とりあえず良い案が浮かぶまでは、仕事道具のふりでもしておこうかな。
 そんなことを考えながら洞府に戻ると、玄関で師匠が気象宝貝を見ていた。これは洞府の周囲のみに影響する宝貝だ。

「ただいま。何してるんだ?」
「調子が悪いみたいなんだよね。天気予報を見たら、今日の夜から雪になっていたから、確認してるんだ。壊れているようには見えないんだ」

 確かにまだ雪の季節には早い。
 しかし宝貝の不調よりも、師匠の冷たそうな指先が気になった。俺には、寒くなってきてすぐに手袋をくれたくせにな。自分の分はどうしたんだよ。

「中に入ろう。別に雪だって良いだろ」
「ああごめん、すぐに夕食を作るね」

 別にお腹が減っていたわけではなくて、師匠が凍えてしまいそうで嫌だったのだが、言わないでおいた。こういう姿を目にすると、俺は師匠が、師匠自身のことには無頓着なのかもしれないと考える。

 昔はそんなことには全然気づかなかったのだが。

 とはいえ師匠は、何でも完璧にこなしてしまう。その事は、知ってるんだけどな。俺も長生きしたら、できるようになるんだろうか。できる気がしない。

 それから二人で食事をした。
 その間も、俺は、リビングに置いた大きな紙袋のことがずっと気になっていた。

 ――この際、渡してしまおうか。
 どうせ待っていても良い案が浮かぶとは限らないしな。

 今は二人でリビングにいる。
 師匠はソファに体を預けて、両手でカップを持っていた。

 俺は座り直して、意を決した。

「なぁ師匠。あのさ、これ」
「どうしたの? 仕事の荷物? 例の選挙運動の?」
「いや、そうじゃなくて……やる」
「え?」
「だ、だから。その、いつものお礼」

 恥ずかしくなってしまい、師匠の顔が見られなかった。驚いたように息を飲む気配がする。おそるおそる視線を向けると、師匠が微笑していた。

「どうしたの、改まって」
「別に。たまたま、店に行ったら、目についただけ」

 言ってから後悔した。俺はたまたま店になど行かないのだ。しかも商店街は、帰り道からは遠い。
 しかし師匠はそれについては何も言わず、嬉しそうな顔をしている。
 買ってきて良かったなと、安堵して吐息した。

 それからまずは、時計を取り出した。三つの中では、もっともプレゼントっぽいような気がしたからだ。

「最初はこれ」
「最初?」
「三つあるんだよ。あけてみて」
「有難う環」

 師匠がニコニコしながら、丁寧に包装をはがしていく。見守っていると、師匠が白い箱をあけた。そして嬉しそうな顔のまま、懐中時計を手に乗せた。指の間から、金色の鎖が見える。

「へぇ、天帝瑞獣図かぁ。明星宮で貰ったの?」

 なんでもらい物を渡すんだよ!
 反論したかったが、やめておいた。
 他の二つを見れば本当に買ったのだと分かってくれるだろう。そう祈ろう……。

 それにしても、天帝瑞獣図?

 なんだそれ。まじまじと優しい顔をして、師匠が懐中時計の文字盤を眺めている。その後、すぐに蓋を閉じて、今度はそこに刻まれている意匠を見据えた。おそらく天帝瑞獣図とは、惹き付けられるけど、何が描いてあるのかよく分からない蓋の絵を指しているのだろう。聞いてみたいが、知らないで渡したとバレるのは気がひける。すると師匠が、時計を見たまま続けた。

「こんな高価なものを貰って良いの?」

 その言葉に、俺は顔が引きつりそうになった。全然高価ではないからだ。何せ俺に買えたんだからな。あれ、いくらだっけ?
 だが、師匠の口から、『高価』なんて言う言葉が出るとは思わなかった。師匠は芸術品に詳しそうだが、値段が分からないとしても不思議ではないからだ。見る目がないわけじゃなくて、買い物に行かないからだ。
 驚いたのは、お金のことなど全く気にした様子がない師匠が、そんな言葉を使ったことだ。俺の懐を気にしてくれるなんて……ちゃんと、金銭感覚を持っていたのか!

「いつものお礼だから」
「有難う。こんな天界縁の品を貰っちゃうなんて、なんだか悪いけど。まさか本物を見るとは思わなかったよ」

 いや、多分模造品だと俺は思うんだ……。冷や汗が浮かんでくる。

「天帝瑞獣図は、模倣することが不可能な、天界の門の紋なんだよ。今じゃもう、オリジナルを彫れる仙人はいないだろうから、和仙界でもほとんど手に入らないんだ」

 俺は別の意味で冷や汗をかきそうになった。師匠はこういう事を間違ったりしない。ということは、もしかしてあのお店、間違っておいていたのではないのか……。少なくとも値段は間違ったんだろうな。

「こうして懐中時計に描かれている時、それは、『天帝の時計』って呼ばれるんだよ。知ってた?」
「天帝の時計?」
「天帝は時間を超越した存在なんだけどね、時に戯れで人間界に降りるんだ。そして貴重な人間としての一生を体験する際に、持って行くとされているんだ」
「人間としての一生?」
「うん。ただ本来は、『天帝の時計』が指す時間っていうのは、天帝が人間に与えた猶予を確認するために見るものだとされている。どちらにしろ、本当に貴重なんだ。一説には、天帝が人に許した残り時間を指すとも言うんだ」

 師匠が、嬉しそうに薀蓄を語っている。しかし俺は、混乱していた。

 ――天帝の時計に、天帝の人間としての残りの時間……天帝が人に許した残り時間?

 時間が無いと言っていた奇染の声が脳裏を過ぎった。
 天帝なんて言う名前を聞いたせいかもしれないけどな。あの時は、ずっと奇染の口から、天帝と混沌氏についての話を聞いていたんだし。

「どうかした? あ、ごめん、嬉しくて話しすぎたね」
「いや、良いんだけど。喜んでもらえて嬉しいしな。で、えっと、次はこれ」

 続いて俺は、パズルを取り出した。雰囲気がある日記は、最後に渡すことにしよう。
 懐中時計の鎖を早速つけて、時計自体は道服にしまってから、師匠がパズルの箱を受け取った。包装をむいていく。これには、どんな反応が返ってくるんだろう。さすがに薀蓄は返ってこないだろうな。

 こちらは、灰色のケースで、パカリと被せる仕様の白い蓋がついている。
 師匠が中を見た。そして無表情になった。

 ――あれ、あんまり気に入らなかったのだろうか?

 唾液を嚥下しながら見守っていると、いくつかのピースを指でつまんで見てから、師匠が顔を上げた。首を傾げている。

「これは、何のパズル?」
「実は俺もよく分かんないんだよ。なんていうか、真っ黒だった」
「真っ黒?」

 思案するような顔をした後、蓋をしめて、師匠が箱の周囲を見渡した。最後に持ち上げて、裏側の底を見た時、師匠が僅かに目を細めた。

「師匠? あ、別に気に入らなかったら、無理にとは」
「……このパズルは、カオスというみたいだよ。知ってた?」
「カオス? いや、知らない」

 聞いたことのない言葉に、俺は目を伏せて首を捻ってみる。どういう意味なんだろう?
 それから目を開けると、師匠が俺をじっと見ていた。

「ねぇ環。本当に知らなかった?」
「え? おう。なんかまずかったか?」
「――奇染から何か聞いたんじゃない?」
「は? なんだよいきなり」

 た、確かに、聞かなかったわけではない。しかし少なくともプレゼントに関して助言をもらったりしてないぞ……。兄弟弟子だとお互い認識したからと言って、即一緒に買い物に出かけたりしないだろ。

 怪訝に思って師匠を見る。すると俺から視線を逸らしつつ、師匠が微笑した。

「ごめん。ちょっと昔のことを思い出しただけだよ。気にしないで」

 いや……気になるだろ。しかしひとまず忘れて、気を取り直すことにした。