学徒道士だろうか?
 首を傾げた時、俺をまっすぐ見ていた少年と目があった。

「おさかな洞の環さんですね?」
「おう……俺に用事か?」

 唐突に名前を呼ばれたから、目を瞠る。
 すると少年が微笑した。綺麗な顔立ちだな。

「天帝のパズルのピースは、そろったようですね」
「は?」
「後は、天帝が戯れに、はめるだけですね」

 いきなり言われて、俺は首を傾げた。
 天帝のパズルピースってなんだ?

「そうである以上、時間はもうありません。太鼎教主も悟っていることでしょう」
「何の話だ? お前、名前は?」

 確かに、俺と南極が立ち聞きしていた時、あの部屋では教主様も「時間が無い」と言っていた。何となくそれを思い出した。

「名乗るほどの者ではありません。ただ今の話が気になったのなら……明日も私はここにいます。知りたいのでしたら、もう少し早い時間に来て下さい。さぁ、どうぞ明星宮に。今日も遅刻してしまいますよ」

 ――何で昨日、俺が遅刻しかけたことを知っているんだ?
 そうは思いつつも俺は頷いた。今日は絶対に遅刻するわけにはいかない。今日以外も勿論駄目だけど。とりあえず、明日聞こうではないか。

「くれぐれも私に会ったことは、内密に」
「分かったよ。じゃあな」

 俺は頷いて、歩き出した。変な子供だな。まぁ、良い。
 俺は今日も仕事に励もうではないか。ただふと気になって、首だけで振り返った。
 洞府紋を見ようと思ったのだ。彼が誰なのか、知るヒントになるかもしれないから。

 そして歩きながら、眉間に皺を寄せた。
 少年の白い道服の背には、『龍に三つ巴』という洞府紋があったのだ。龍が体で円形を描いていて、中に勾玉のようなマークが三つあるのだ。勾玉紋の一種ということは、師匠の関係者なのかも知れない。

 しかし今は考えている場合ではない。俺は先を急いだ。

 ――そしてその日、俺は無事に遅刻せずにすんだ。

 帰る頃には、仕事のこと、主に選挙のことで頭がいっぱいになっていた。
 だから洞府紋について考えるのを、忘れた。

 翌朝は、俺が食事をする前に、師匠が声をかけてきた。

「じゃあ、先に行くね。戸締まりはしなくて良いから」
「おう。いってらっしゃい」

 師匠にそう告げるのは、思えば初めてのことだった。今日は、いつもよりも朝食が早く用意されている。理由は、師匠が明星宮に行くからだ。一緒に行こうかと思っていたのだが、思いの外、師匠が出かける時間が早かったので断念した。まだ朝の五時だ。
 ただ気配で起きてしまったのである。だけどそのおかげで、俺は幸い、冷める前の朝食にありつけた。出て行く師匠の扉の音を聞きながら、牛乳を飲む。

 その時になって、ようやく昨日のことを思い出した。
 そういえば、不思議な少年と出会ったな。
 何時から彼がいるのかは分からないが、早く来いと言っていた。丁度良い。

 それから身支度を調えて、俺は早々に洞府を出た。
 すると昨日と同じ場所に少年の姿があった。

「おはようございます。来ると思っていました」
「おはよう。それで、昨日の話って、何だっけ?」
「どうやらあまり興味が無いようですね」

 言われて思わず顔を背けた。実際その通りである。むしろ暇だから来たようなものだ。

「――和仙事変の真実を貴方に伝えたかったのですが」

 しかし響いてきた苦笑するような声に、思わず顔を上げた。

「それって、兆越の事か?」
「ええ。貴方には、知る権利がありますから」

 無意識に腕を組んで、俺は頷いた。結局現在までに、俺は詳細を聞いたことがない。だが、俺よりずっと若く見える少年が知っているというのも不思議だ。

「兆越が、太鼎教主様を殺そうとしたんだよな? そして自分が教主になろうとしたんだろ?」

 知っている知識をフル動員して、俺は告げた。すると少年が半眼になった。唇には笑みを浮かべているが、呆れたような眼差しに見えた。俺の返答が、お気に召さなかったのだろう。

「……犯罪者なんだろ?」
「なにをもって罪と見なすのかにもよりますが、私には、必ずしも兆越が悪だとは言い切れません」

 笑み混じりに響いた声に、俺は首を傾げた。少なくとも、と……俺は考える。

「何があっても他の人間の命を奪うことは悪だ」

 すると少年が微笑して、首を傾げて俺を見た。

「あなたは兆越が命を奪った者を、誰一人として知らない。違いますか?」
「それはそうだけど、大昔の話だし……」
「兆越は、非常に幻術に長けていました。血が流れたのは事実ですが、果たして歴史の授業で教えるような、大虐殺は起こったのでしょうか。あなたにそれが証明できますか?」
「何を言って……」
「まぁじきに分かることでしょう。それに大切なのは、兆越の動機です。元々この土地は混沌氏が所有していた土地です。その事実が、大きく関わってきます。彼の術の成否にも大きな影響を及ぼしました」

 不意に話が変わったような気がして、俺は目を細めた。しかしそうではなかった。

「だからこそ兆越は、混沌氏こそが、真の教主になるべきだと主張していたのです」

 混沌氏とは、醒宝老もいると言っていたし、教主様も先日の話の中で慈覚様に対して、その名を告げていたから、神様じゃなくて、多分実在するのだろう。

「兆越が主張したのは、正確にはこうです『混沌氏こそが世界を統べるべきだ』と。もっとも、混沌氏を神話上の存在だと考えている人間が多い現状だったため、世間は兆越が新たに混沌氏を神とする宗派をたて、自分が教主になろうとしたと結論づけたのでしょうが」

 これまでには聞いたことがない話だった。だから思案しつつも、尋ねる。

「お前もそう思ってんのか? 混沌氏って奴が治めるべきだって」
「いえ私は、天帝の創ったこの世界が好きですよ」

 しかし俺の問いに、少年は笑顔のまま首を振った。
 天帝がこの世界を創ったという神話は座学で幼い頃に習った気がする。だけど、それこそ神話じゃないんだろうか。まぁ混沌氏が本当に存在するのであれば、天帝がいてもおかしくはない気もする。ならば神農もいるのだろうか。ちょっとよく分からない。

 その時、少年が今度こそ話を変えた。

「貴方は、自分が天才である事をどう考えていますか?」