それからすぐに、女性陣が戻ってきた。

 すると師匠達四人が、そろって笑顔になった。
 俺は、はっきりと分かった。
 全員作り笑いだ。それを見て思う。

 ――女性陣も怖いが、男性陣も怖ろしい。

 表情を取り繕った彼らには、仙女達の前で動揺を見せる気配はいっさいない。彼女達に対する感想で、結構酷いことを言っていたのにな。

 そして、さらに驚いた。間をおいてから、神楽様が言ったのだ。
 俯きがちに、はにかんでいた。

「わたくし、お酒に弱くって」
「そうですか。どのようなカクテルがお好きですか?」
「ミルク系です……子供っぽいですわね」

 照れるような神楽様の小声が響く。師匠はそれから、難しい名前のカクテルを頼んだ。

「オリジナルカクテルだそうですよ。神楽様によく似合う淡い色合いのカクテルだったので、すぐに覚えてしまいました。幸いミルク系です。可憐な神楽様にはぴったりです」
「本当にそう思って下さいますか?」

 瞳がうるうるしている。相変わらず綺麗だが、俺はもう騙されない。それにしても、よく考えると、師匠は会話を操作し、誘導している気がする……。でもどうやってミルクを当てたんだ?

「今度、もっとじっくりお話させていただきたいです。その……ご迷惑でなければ……」

 最後は消え入るような小声だった。しかし、そんなことより、ここまでの神楽様の台詞が、全部師匠の言った通りだった事実に、俺は狼狽えていた。師匠、すごすぎるだろ!

 それから気恥ずかしそうに、唇を両手の指先で神楽様が覆った。
 そしてさも勇気を出す風に続けた。

「今度、もっと詳しくうかがっても宜しいですか?」
「ええ、勿論です」
「ご都合の宜しい日取りを教えて下さいませ」
「大抵は洞府にいますよ。いつでもいらして下さい」

 師匠は頷きながら、やはりこれまでには、少なくとも俺には見せたことがないような、優しい眼差しで微笑していたのだった。あの笑顔……作り物とは、とても思えない。神楽様もだが、師匠の表情筋を疑う。

 このようにしてその日はお開きとなった。

 合コンって怖い。俺は、自分は絶対に、合コンをしないと誓った。青鼠と泰岳も同じ心境らしい。

 先に帰った女性陣を見守っていると、イヤホンから声が響いてきた。

 師匠達は、まだ残っているのだ。

「ねぇ森羅。次に会う約束してなかった?」

 玉藍様が、おそるおそるという風に聞いた。

「いつでも来て良いとは言ったけど、洞府に入れるとは、一度も言ってないよ、俺は」

 するとそう言って師匠は、残りの酒を飲み始めた。

「え、いやでも、てめぇ……もし来たら、追い返すのかよ?」

 狼狽えたように燈焔様が声を上げる。すると慈覚様が頬杖をついた。

「お前達は、どこまでも頭が悪いな。森羅が本気を出した場合、無名山の円環迷宮を通り抜けられる仙道が一人でもいると本気で考えているのか? 俺でさえ、本気で結界をはられたら不可能だ。そしてこいつは、その執着地点の虚空洞にひきこもってるんだぞ。そもそも、入る以前に、洞府までたどり着けるわけがない」

 その言葉に、玉藍様と燈焔様が顔を見合わせる。

「後で報復されない? 一応演技できちゃうくらい神楽様ってキレ者ってことでしょ?」
「あること無いこと言われたら、どうすんだよ?」

 俺もそれは怖いと思った。俺は震えそうになったのだが、二人を一瞥した師匠は焦るでもなく静かに言う。余裕そうな表情だ。

「それは無いね。あの手のタイプはプライドも高いから、自分の汚点になる『振られた』ような事は、絶対に言わない」
「全部計算済みかよ……」
「そうだけど」

 辟易したような顔の燈焔様に対して、大きく師匠が頷いた。
 それを見て、わずかに慈覚様が首を傾げる。

「しかしお前が、ここまで意地の悪いことをするのも珍しいな。お前はこういう事をすると女がよってくるのが分かっているから、いつも適当に会話をして終わらせていただろう? 俺は、お前ほどモテる人間を知らない」
「別にモテないけど――うん、実は最近、環が恋愛について悩んでいるみたいだったから。手本を見せようと思ってね。特に、騙されないように。今回の相手はうってつけだったよ。そうじゃなかったら早々に帰ろうかと思ってた。それこそ、本当に理知的で穏やかで優しそうで家庭的でおしとやかな相手がいたらね」

 師匠がそう言うと、ハッとしたように慈覚様が息を飲んだ。
 慈覚様が燈焔様の道服を一瞥して、険しい顔になった。宝貝に気づいたのだろう。
 しかし燈焔様自身は気づくでもなく、眉を顰めているだけだ。

「いるわけねぇだろ、そんな女」
「そう? どうだろうね」

 師匠が薄く笑った。その時、玉藍様が首を捻った。

「でもさ、環くんの手本って、彼はここにいないのに、どうやって?」
「いるじゃないか。そこの席に」

 俺達は、体を固くした。
 き、気づかれていたのか……?
 師匠は、俺達に気づいていたのか……!

 青くなって、俺達は、師匠達に向かって引きつった笑みを向けた。目が合った。

「――何? 嘘だろ? は?」

 燈焔様が動揺した声を上げる。青鼠の姿に気づいて、彼は掌で顔を覆った。
 慈覚様が疲れたような顔で溜息をつく。泰岳から視線を逸らそうとしているようだった。現実逃避だな。玉藍様だけは、ここに弟子がいないから、気楽そうだけど。

 師匠がその時、いつも通りの表情になり、つらつらと続けた。

「そもそも、俺は環がお酒を飲まないように見に来たんだよ。目的は、最初から一貫してる。さっきの神楽様との会話は、そのついでだよ。環がお酒を頼んだ場合でも、帰ろうと思ってた。勿論、どちらの場合も、二人でね」

 丁度、師匠のグラスが空いた。静かに立ち上がり、師匠が笑った。

「帰ろうか」

 俺は、師匠はやっぱりすごいなと思った。
 でも、性格が悪い……。振られるのも分かる。
 同時に俺は、自分には恋愛が、無理かも知れないと悟った。

 絶対師匠がモテないって嘘だろう……。
 慈覚様が言った通り、師匠は、本当はモテるに違いない。きっとあの神楽様でさえも手玉にとって、コロコロと転がすに決まっている。そう確信した一日だった。

 ――だけど、それって恋愛なのだろうか?

 愛することが難しいって、そういう意味なのかもしれない。