師匠と神楽様の会話はその後も続いた。

「森羅さんは、ご趣味は?」
「ピアノと油絵を少々。読書も好きです。恥ずかしながら、室内にこもってばかりいます。今は研究に集中していますが」

 俺は眉を顰めた。師匠、それ、嘘だろう? それとも俺の仕事中にやっているのか? 
 少なくとも俺はそんな姿を見たことはないぞ。笛はふけるみたいだし、師匠なら何が出来ても不思議ではないが。室内にこもっているという、ヒキコモリの遠隔表現だけが適切だ。ほかは、全部偽りだ!

 それからしばらくした時、神楽様が視線を左右に揺らしてから囁くように言った。

「お花を摘みに言って参りますわ」

 は? 今から? 俺が怪訝に思った時、道士の葉月さんが声を上げた。

「あたしもトイレ!」

 トイレ? この店は、トイレに花が咲いているのか?

「では、私も御手洗いに」

 俺が首を傾げていると、広瀬様も燈焔様の前で立ち上がった。

「わ、私も……」

 おずおずと楓様もいう。みんなでトイレ……。
 これも合コンのしきたりなのだろうか?

「おい、聞きに行こうぜ」

 青鼠が意地の悪い顔をした。なにをだろうかと思っていると、泰岳が頷いた。

「ああ。絶対裏がある」

 それから俺達は、女性陣がトイレに消えた後、その扉の前に陣取った。そこで直接耳をすます。後をついていったのだ。俺達、なにしてるんだろうな……。

 だが俺は、ついていって良かったと、すぐに理解した。

「やっぱり慈覚様でしょ」

 テンションの高い声で、葉月さんが言った。すると、広瀬様の声が続いた。

「葉月の言う通り。格好良すぎ!」

 ポカンとした。そこには、気品など無い。

「私、楓が本当に羨ましすぎる」
「広瀬様、恨みっこは無しですよ、席順はくじ引きで決めたんですからね」

 くじ引き? しかも楓様の口調は早くなっていて自信たっぷりで、愛らしさなど欠片もなかった。え? トイレで何があったんだ?

「席替えしましょ! 今化粧を直したし、今度は私が慈覚様とお話する!」
「あたしだって慈覚様の前が良い!」

 すると余裕そうな笑い声が響いてきた。低い声だ。

「分かってないわね、あなた達」

 俺は思わず、手で口を覆った。神楽様の声だ。

「そう言えば話し込んでたけど、あの森羅って仙人どうなのよ? 顔は良いけど」

 淡々と広瀬様が聞いた。すると、神楽様が鼻で笑った。

「最高よ。そこそこの学もあって、見た目も良いし、何より温厚そうですもの。鍛錬披露会では慈覚様にも勝利したと仙女の間でも噂になっていましたし。それなりの実力もあるんでしょうね。ですがおしに弱そうで、扱いやすそう。きっとわたくしの仕事にも何も口出ししてきませんわ」

 言い切った彼女は、さらに続ける。

「知識をひけらかすわけでもないので、そこも良いですね。知ったかぶりは、わたくし嫌いなの。でもそれなりに教養があるのは伝わってきました。話しやすいし機微に飛んだ会話をするのだから、頭の回転もそう悪くはなさそうね。私、頭の悪い人が嫌いなの。それにあの体つきは、体術もそれなりにいけるでしょうし。噂は真実だったのよ。理想の結婚相手ね」

 繊細さなど欠如していた。怖い。やっぱり最初の印象は当たっていたのだ。意地悪そうな声だ。すごい上目線だし。花が舞ってみえたのは、きっと幻覚だったのだ。無理矢理植物で例えるならば、食虫植物しかないだろう……。

「ずーるーいー! そう言うことなら、あたしだって話してみたい!」

 葉月さんが不満そうに声を上げた。すると広瀬様が同意した。

「確かに独り占めも抜け駆けもずるい!」

 子供っぽく怒っている。テーブルでは大人っぽい印象だったのに。俺は呆気にとられた。

「そう考えると私の席って本当最高。だって正面は慈覚様だし、すぐそばに森羅様もいるわけだし。第二ラウンドでは、話してみようかな」

 第二ラウンド? 合コンは、戦いなのか?
 ま、まぁ聞いている限り、確かに戦場のようだ。

「黙りなさい小娘ども。私はあなた達より圧倒的に格上の仙女なのよ」

 神楽様の声が、よりいっそう低くなった。それから、叫ぶような声が響いた。

「それにわたくしは絶対に、四百歳までに結婚するって決めているの! 後三十年しかないのよ! 十年は付き合いたいし! 残るは後二十年。今日に賭けてるの!」

 すごい……スケールが違う。俺なんてまだ生まれて十数年だしな……。

 しかし、師匠……馬鹿にされているぞ。騙されている気がするぞ。
 大丈夫なんだろうか。
 俺は、師匠が、肉食獣に追いつめられている草食動物に思えてきた。

 それから俺達三人は足早にテーブルへと戻った。
 あれ以上聞いていたら、恐怖で動けなくなってしまっていたかもしれない。

「女って怖いな……」

 泰岳が呆然としたように呟いた。青鼠は顔面蒼白だ。俺も体に震えが走った。
 席に座り直し、師匠達を見る。すごく不安だ。
 慈覚様でさえ、時折笑顔を浮かべるのだから、騙されているのかも知れない。

 俺達は、それぞれイヤホンをはめた。
 すると溜息混じりの玉藍様の声がした。

「やー意外、森羅ってそういうキャラだっけ?」
「どういう意味?」

 見れば師匠が、尋ねてからグラスを傾けたところだった。
 師匠は、玉藍様を一瞥している。
 その時、燈焔様が頬杖をついた。笑っているのだが、どこか不機嫌そうに見える。

「てめぇさ……女の前で変わりすぎだろ」
「だって玉藍の友達なんでしょ? 友達の友達の印象は悪くしないに、こしたことはないし」
「二度とお前とは合コンしねぇ」
「合コンね。燈焔……俺をはめたね」
「あ、いや、その」

 燈焔様が焦ったような声を出した。
 思いっきり顔を背けて、ジョッキを傾けている。
 その時、それまで黙っていた慈覚様がボソリと言った。

「お前達は報復されてるんだ。気づけ」
「え?」
「は?」
「お前らが狙ってたあの女を惹き付けてたんだよ、森羅は。お前ら二人は、最初からあの女を気にしすぎだったから、すぐに狙いがわかったぞ。露骨すぎだ。まぁ、そもそも、俺は合コンになんて来たくなかったから、いいざまだと思って、お前らを見ていた」
「慈覚もさぁ、神楽様みたいな仙女好きだよね」

 師匠が笑うでもなく、感想を述べた。すると慈覚様が目を閉じて眉を顰めた。

「うるさい。お前こそどうなんだ?」

 あれ、慈覚様、ちょっと酔ってるのか? 頬が赤い気がする。

「まぁ俺は、ああいう自分を取り繕ってて下手な小細工をする腹黒そうなタイプに興味は無いけど」

 響いた師匠の言葉に、俺は息を飲んだ。
 師匠……気づいていたのか?
 すると、慈覚様が聞く。

「お前が興味ある相手なんて存在するのか?」
「さぁね」
「ちょ、ちょっと待って。別に神楽様は腹黒くないと私は思うよ?」

 その時師匠達に対して、玉藍様が声をかけた。
 動揺したような玉藍様を、呆れたように慈覚様が見据える。
 師匠は前を見て細く吐息してから、静かに口を開いた。

「彼女の動きは全部計算だ。入ってきた時から、ずっとそうだよ。足運びから、指一本動かすのも、料理や皿を取るタイミングも、声のトーンも。目線は基本だから兎も角、息づかいすらね。見ていて分からないの? みんな似たりよったりだけど」

 少なくとも俺は分からなかったぞ。しかし師匠は言い切った。

「おそらく次の台詞はこうだ。『酒が弱い』『ミルク系』『子供っぽいか』『じっくり話しがしたい』だよ」

 抑揚のない声で、つらつらと師匠が続けた。

「おいおい、嘘だろ……僕の抱いていた理想が音を立てて瓦解した!」

 燈焔様が険しい表情で、うらめしそうに師匠をみる。

「似たりよったりって、全員か?」
「俺はそう思ってるけど」
「女怖っ、やっぱり仙女怖い。もうやだ僕は!」

 燈焔様が声を上げた。すると隣で、玉藍様が呟いた。

「いやいや、純真無垢な振りをしていた道士の葉月ちゃんの方が私は怖ろしいよ」
「もはや底怪の一種だろ! 僕は人間不信になりそうだ。最低だな!」
「本当に怖いね……私はもう帰りたい」
「森羅がここまではっきり断言する上に、考えてみると心当たりがありすぎて、僕はもう何も言えねぇよ!」

 その時、玉藍様が引きつった笑顔を浮かべた。

「慈覚も分かってたの?」
「当たり前だろう」

 慈覚様は、小刻みに頷きながら微笑した。心なしか楽しそうだ。

「慈覚はまだ笑い上戸が治ってないの? さっきから俺の話それとなく聞いて笑ってるけど」

 師匠が気怠げな声で言った。慈覚様は吹き出しながら大きく頷く。

「酔っていなくとも、自分の師匠が女を口説いているところを見るのは楽しいだろう」

 その声に、俺達は顔を見合わせた。
 慈覚様も、いつもとは違う師匠の様子に、しっかり反応していたのだ。むしろその結果、笑っていたのか。楓様の話に笑っていたわけじゃないのか……。それはそれで残酷だ。

「まったくだな……」

 泰岳が呟いたので俺は我に返った。
 慈覚様は、自分も弟子の泰岳に見られていると気づいたら、どうするんだろう。
 だが確かに、こうして見ていると、俺も師匠のやりとりは聞いていて面白く思えてきた。