俺達は、師匠達の雑談を聞きながら、先程から黙っている。泰岳でさえ黙っている。
 絶対泰岳だって興味があるはずだ。だって時折慈覚様の方を見ている。自分の師匠の動向は、そりゃあ気になるよな。

 扉が開いた時、俺達は一気に入り口を見た。そして硬直した。

 店に入ってきた仙女や女の子の道士に目が釘付けになる。呆気にとられるほど、皆が美しかったのだ。店中の視線が集まっている。
 こんなに間近で女の人を見るのは、おばさん以外、和仙界に来てから初めてだ。そんな俺でさえ、美しいと分かる。目を瞠った。すごい……玉藍様の伝手のおかげか? 本当にモテるのか? 正直俺は、疑っていたのだ。信じていなかった。

 席順は、入り口側から燈焔様、玉藍様、慈覚様、師匠だ。
 それから自己紹介が始まった。
 なるほど、合コンでは自己紹介をするのか。

 燈焔様と玉藍様は手慣れた様子で笑顔で述べた。
 慈覚様の番が来た。なんて言うんだろう。

「ろうそく山卯月洞の慈覚だ。よろしく頼む」

 それだけだった。簡潔だ。他の二人は、五格がどうとか、得意な分野とかを、長々とおもしろおかしく話していたから驚いた。短くてもいいのか。俺がやる時は、どっちを参考にすればいいんだろう。

 最後は師匠の番だった。退屈そうな顔をしている師匠を見て、俺は思わず聞き耳を立てる。少し沈黙が生まれた。一気に俺は不安になる。モテないらしい師匠に、自己紹介するスキルは、存在しているのだろうか……?

 しかし直後――俺は目を見開いた。

 師匠が、これまでに見たことの無いような、柔和な微笑を見せたのだ。目を疑った。呆気にとられる。他の三人が霞んで見えるほどの、ぐっと来る表情で、それから穏やかな優しい声を紡いだ。

「森羅と申します。隣にいらっしゃるお三方に比べると名乗る事が躊躇われる名もない洞府を開いています。ですので洞府名はご容赦下さい。この度は、燈焔様にお声をかけて頂き恐縮ながら参りました」

 ゆっくりとした丁寧な言葉遣いとその口調に、俺は呆然とした。こんな師匠は見たことがない。燈焔様に、きちんと敬称を付けている。無名山だし、名もないという点は事実ともいえるけど、違う意味合いに聞こえた……。ほ、本当に師匠なのだろうか? 幻術か? 他の男仙三人の顔を立てている。嫌味じゃないよな?

 目をこらしていると、小さく玉藍様と燈焔様が息を飲んで、笑顔を硬くしているのが分かった。慈覚様は俯いて目を閉じていた。何も反応がない。

 それから料理が運ばれてきた。そんな中で、今度は女性陣が自己紹介をはじめた。

 まずは、燈焔様の前に座っている、美しい茶髪をセミロングにしている仙女だった。

「あかね山地陸洞の洞主広瀬と言います。お見知りおき下さい」

 慈覚様と同系統の、簡潔な挨拶だった。しかし印象は、全く違う。慈覚様の場合は、特に何も感じなかった。だが彼女の声に気品に溢れている気がした。大人っぽい。少し低めだが綺麗な声音だった。首の後ろでリボンを結ぶ形の、スカートのような長い道服姿で、足は網タイツだ。

 次は玉藍様の前に座っている背の低い小柄の道士だった。

「あたしは、地陸洞門下で、広瀬様の弟子の葉月と言います! よろしくお願いします!」

 元気で明るい声だった。外見年齢は俺達と変わらない。ピンクの花柄の道服が可愛い。

 続いてその隣、慈覚様の正面でやわらかい印象の仙女が儚く笑った。
 後ろで髪を一つにまとめている。
 俺は目を見開いた。胸がすごく大きかったのだ。その上、胸元が広く開いている。四人の中で一番太めだが、くびれは細い。女の人らしい体型だ。

「私は、こうよう山火煙洞で師の補佐をしている若輩者の許仙で、名を楓と言います。そ、その……あまりこういう場に慣れていなくて緊張していて……よ、よろしくお願いします」

 後半は俯きかげんで、恥ずかしそうにしていた。愛らしい!

 最後は師匠の前の、背が高い仙女だった。長く、つややかな黒髪をしている。
 一見すると、きつそうな顔立ちだ。
 彼女は女性全員の中で圧倒的に美しいが、その美貌もどこか作り物めいている。

 どことなく硝子細工のようだ。ちょっと怖そうだと思っていた瞬間――周囲に花が舞った気がした。視線を絡め取られる、可憐な笑みが浮かんだのだ。

「わたくしは、しすい山明鏡洞の神楽と申しますの。よろしくお願いいたします。お招き頂き光栄です」

 穏やかな声だった。理知的で、聞いているとドキドキした。

 それにしても女性陣は、全員「よろしく」と言ったのだが、全くそれぞれの印象が違った。自己紹介だけでも、こんなに色々あるのか。俺に、できるんだろうか……。

 見守っていると、それから雑談が始まった。
 燈焔様と玉藍様が会話をふり、葉月さんというらしい道士が明るく場を盛り上げている。

 それとなく師匠が皿と箸を配り始めたのはその時だった。師匠の前に皿があったことが理由ではないと思う。俺の師匠は気配りの人だからな……。

 だがほぼ同時に神楽様が、白魚のような手を伸ばした。俗に言う白魚の手とは、彼女のような手に違いない。すごく白い。

 ――直後、神楽様と師匠の指先が触れた。

 すると慌てたように、彼女は手を引く。最初に俺が抱いた印象とは違い、こうして見ていると、彼女は大変気弱そうに思える。きつそうには、全く見えなくなった。話し方や表情で、イメージって変わるんだな。気を付けないと。そう考えながら俺が見ていると、少ししてから神楽様が、おずおずと口を開いた。

「わたくしがお取りいたしますわ」

 その声に、師匠がいつも通りの顔で視線を向けた。
 それから不意にまた、ポカンとするような人目を惹く微笑を浮かべる。え? 誰? 本当に師匠? 同一人物か?

「いえ、貴方のように美しい方は、声を耳にするだけでここにいる我々が華やいだ気持ちになりますので、どうぞお気遣いなく。素敵な声をお聞かせ下さい」

 な、何を言ってるんだ、師匠? 凝視していた俺は、あっけにとられた。
 息を飲んだ神楽様は、目を見開いた後、動揺したように頬に朱を指している。

 俺には、師匠の台詞は、恥ずかしくしか思えない。
 だが、彼女は別に笑いを堪えているわけではないようだ。
 て、照れているようなのだ……! 信じられない!

「では……森羅様のお料理は、どうぞわたくしにとらせて下さいませ」
「有難うございます。とても、嬉しいです。森羅で結構ですよ」

 師匠って女好きなのか?
 咄嗟にそんな思いが脳裏を過ぎった。

 ちらちらと玉藍様と燈焔様も、師匠を見ているのが分かる。二人は素早く視線を交わしていた。俺もその気持ちがよく分かる。びっくりした。ただ慈覚様だけは、師匠の様子を気にしていないみたいだ。慈覚様は、全く表情が変化していない。

 それから料理が配られてしばらく経った。お酒が届いた。

 師匠が飲む姿を俺は見たことがない。
 酒に詳しくない俺の前で、小声で青鼠が解説した。
 師匠達が飲み始めてしばらくしてからのことだ。

「燈焔様は噂通り酒豪だな。ビールのジョッキが空くペースが速すぎる。玉藍様もペースは同じだけど、あっちはロングカクテルだからそれほど度数は強くないな。慈覚様はそこそこ強い酒をそこそこのペースで飲んでるし。あれくらいが格好良いよな。それにしても森羅様は、大人っぽいな。かなり強い酒をゆっくり飲んでる。へぇ」

 俺にはやっぱりよく分からなかった。だからあちらの全員のやりとりを見守る。お酒の種類より、彼らの言動に興味があった。

 燈焔様と玉藍様は正面の二人と話している。
 慈覚様も一対一で正面の楓様と話しをしているようだった。楓様は、俺から見ても必死に、会話をふっている。珍しいことに、至極珍しいことに、時折慈覚様が微笑していた。あんな顔も出来るのか……。意外な姿を見てしまった。

 だが、意外というなら、意外すぎる一番は、師匠だ。

 師匠は、他の三人とは違い、それほど話すわけではない。
 正面に座っている神楽様はといえば、俯きつつ、時折上目づかいに師匠を見ている。睫が長い。目が大きい。二人の会話は、ぽつりぽつりとだった。しかし途切れることはない。

 イヤホン越しに耳を澄ましていると内容が聞こえた。

「わたくしは、『泰然自若』という言葉が好きですの」
「老子ですか」
「ええ。太上老君様を敬愛いたしておりますわ」
「『聖人処無為之事、行不言教』という言葉は良いですね」
「まぁ! ご存じなのですね」

 神楽様が目を丸くして、頬に手を添えた。それから再び花のように笑った。繊細な美がそこには広がっている。深い青の道服を纏った体は、とても華奢だ。

「森羅さんは博識なのですね」
「いえ。恐縮です」

 なにやら難しい話をしている。師匠は、頭が良いからな。その時ボソリと青鼠が言った。

「確か、しすい山の明鏡洞って、かなり有名だよな。天才仙女がいるって。確かそれが神楽様だろ。才色兼備で温厚な性格の、男子の憧れって言う噂のさぁ。確かに綺麗だよな」

 俺は腕を組みながら頷いて、視線を戻した。
 噂になるほどの美を誇る神楽様は、師匠のことしか見ていない。
 時折玉藍様や燈焔様が、師匠達にも会話をふるのだが、それに一言二言答えるだけだ。

 師匠なんて、玉藍様達には、頷いて返すだけのことも多々あった。しかし師匠も、神楽様相手には、きちんと受け答えをしている。もう……師匠達の間には、二人の世界ができあがっているように見える。