仕事終わり、俺は慈覚様の所に立ち寄った。

 丁度一段落したところらしく、慈覚様はお茶を飲んでいた。
 本当に最近、少し仕事が減ったのだ。以前よりは慈覚様も、適宜休息をしているように見える。俺の視線に気づいて、慈覚様がこちらをみた。ちょっと緊張した。

「どうかしたのか?」
「慈覚様、あの」
「なんだ?」
「今度空いている日はいつですか?」

 おずおずと尋ねると、慈覚様がじっと俺を見た。翡翠色の瞳は、俺を気遣ってくれているように見える。だが、今は俺が、慈覚様の幸せを気遣うべき時に違いない。

「どうしたんだ、改まって。なにかあったのか? 木曜日の夜、七時以降なら時間を作れるぞ」

 俺は意を決した。そして叫ぶように言った。

「そ、その日! 合コンに行って下さい!」
「……なんだって?」

 慈覚様が眉を顰めた。耳を疑っているという顔だった。俺は力一杯繰り返す。

「合コンだ!」
「何で俺がそんな低俗な場に行かなければならないんだ。仕事をしている方がマシだ」

 疲れたように溜息をついてから、慈覚様が片目を細めた。冷たい声だった。

「……やっぱり、仕事が恋人って噂は本当なのか?」
「誰がそんなことを? 否定はしない。俺は仕事が好きだ」
「あ……も、もしかして」

 俺はハッとした。なるほど!
 そう言うことか。間違いない!

「今度は何だ?」
「やっぱり食堂のおばちゃんの事が好きなのか?」
「は?」

 怪訝そうな顔で、ポカンと慈覚様が口を開けた。こころなしか動揺している気がした。やっぱり間違いないだろう。

「やっぱりって、何がどういう事だ?」
「食堂のおばちゃんが好きだから、他の女の人がいる合コンには行けないんだろ?」
「断言してそれはない。彼女は人間としていい人だと思うが、個人的に特別な感情はない」「隠さなくて良いから!」
「いやお前な、本当にちょっと待て」

 慈覚様がこめかみを指で解している。本当に違うのだろうか? 照れているようには見えない。そこで今度は、俺は玉藍様の言葉を思い出した。

「そうか、そうだったのか」

 俺は目を見開いた。瞬時に理解したのだ。今日の俺は、冴えている。
 しかし……こんな結末になるとは……。
 今度は俺が動揺してしまった。だから思わず大きな声で言った。

「おさかな洞の居心地がすごく良かったから、師匠が万能だったから、師匠以外の人に興味が無くなっちゃったんだな!」

 慈覚様がお茶で咽せた。咳き込んでいる。

「ようするに慈覚様は男の人が好きなんだな!」
「ばっ、環。お前、お前な……! そんなはずがあるか!」

 慈覚様が怒鳴った。机の上に掌をのせて、指先で五回叩いた。苛立っているのが分かる。照れ隠しだろうか?
 ……怒っているようにも見えるが。

「良いだろう。そこまで言うのなら、合コンに行ってやる」
「え、本当か?」
「ああ。だからそろそろ口を閉じろ」

 引きつった笑顔で慈覚様が言った。
 結果的に来てくれるのだから良いだろう。

 洞府に帰ると燈焔様が来ていた。
 待ちかまえていた様子の燈焔様に、俺は慈覚様の承諾を得たことを伝えた。
 すると驚いたように、彼は腕を組んだ。

「まさか本当に慈覚を来させるとは思わなかったぞ! 環、お前すごいな!」

 今考えてみると、俺もどうして、いきなり来てくれることになったのかは、よく分からない。はじめは嫌そうだったのに。

「燈焔様はどうだったんだ?」
「勿論森羅に約束を取り付けた」
「どうやったんだ?」

 師匠が行くとは思っていなかったので、俺はむしろそちらに驚いた。

「秘密だ。ただし森羅には合コンだって言うなよ」

 ……燈焔様は、隠して呼びだしたのか……。だまし討ちか!

 そのようにして合コンの日時はすぐに来た。

 他人事ながら、朝から不覚にもドキドキして、定時になるとすぐに帰った。
 師匠は服に気を遣うでもなく、ごくごくいつも通り、出迎えてくれた。自分磨きをした様子はない。合コンだと知らないからだろうか。それって不利じゃないのかな?

「し、師匠! 今日は出かけるんだろ?」
「うん、まぁ。少し燈焔達と会う約束はしてるけど」
「そ、そうか」

 燈焔様は、合コンだと最後まで言わなかったのだろうな……。
 ちょっとずるいと思う。

「それより環も出かけるんじゃないの?」
「あ、うん。このまま行ってくる」

 同じ時間に、俺と青鼠、それから泰岳で、こちらの合コンの打ち合わせをすることになっていたのだ。深愁は来ない。宝貝製作で洞府にこもっているらしい。
 朱李の場合は恋人がいるから来ない。何でも相手は、元々は玉藍様の患者さんだったと言っていたな。幸せそうな朱李の笑顔が脳裏を過ぎった。
 師匠も幸せを見つけてくれると良いのだが。勿論慈覚様も。ちなみに師匠達の合コンの話を伝えると、泰岳は「くだらない」と言っていた。

 さて待ち合わせは夜の七時だった。
 俺達は、お酒も提供している掘り炬燵のお店に行く。合コンの下見も兼ねているのだ。

 それから料理を頼みつつ雑談をした。
 まず、朱李に頼んで、彼のカノジョの女友達を三人紹介してもらおうと言うことになった。終始、泰岳は興味が無さそうに、窓の外を見ていた。

 ちなみに俺は話しつつ、物珍しい料理に夢中になった。明星宮以外では、ほとんど外食をしたことがないからだ。いつも師匠の手料理だから、はじめて目にするメニューは新鮮だ。師匠のご飯が一番美味しいけどな。

「おい、あれって」

 その時、泰岳が呟いた。彼の視線を追い、俺はポカンと口をあけた。

 今日合コンのはずの、四人が入ってきたからだ。

 最初に入ってきたのは玉藍様で、すぐ後ろから顔を見せた燈焔様が隣に並ぶ。それから、不機嫌そうな様子の慈覚様と、ぼけっと立っている師匠の姿を見つけた。

「馬鹿師匠達の合コンってこの店だったのか」

 青鼠が呟いた。俺達は、座る四人を眺める。俺と青鼠は反射的に、机に上半身をのせて、身を隠した。そして、しばらくひっそりと師匠達を観察した。その後、青鼠がポケットから小型の宝貝を取り出した。

「なんだそれは?」

 泰岳の声に青鼠が片側の口角を持ち上げた。

「いやさ、面白そうだから、朝、燈焔師匠の道服に仕込んだんだよ。風の宝貝で、声が拾えるんだ。このイヤホンから聞こえる」

 俺と泰岳は顔を見合わせて、イヤホンを受け取って片方の耳につけた。青鼠もひとつつける。イヤホンは四つあった。ひとつ余っている。

 早速、声が聞こえてきた。視線を向けると、唇の動きと声が一致していた。

 師匠達の姿は、この席からよく見える。だが俺達は咄嗟に屈んだので、向こうからは見えないだろう。屈まなかった泰岳の位置は、一番奥だし、あちらは俺達には、気づいていないようだ。すぐに話し声が聞こえてきた。

「何が楽しくて森羅がいる合コ――」

 慈覚様があきらかに『合コン』と言いかけた。その口を、玉藍様が咄嗟に覆った。とても早い動作だった。まるで体術だ。この位置からだと、それがよく見えた。

「どうしたの?」

 そんな二人に、師匠が首を傾げている。それから奥の方を見て口にした。

「ちょっと御手洗いに行ってくるよ」

 師匠の姿が消えた時、慈覚様が玉藍様を睨め付けた。

「なにをするんだ」
「森羅には合コンだって言ってないんだって!」
「お前ら……」

 慈覚様が呆れているのが手に取るように分かる。それにしても、やっぱり燈焔様は言っていなかったのだな。

「ちなみに燈焔、なんて呼びだしたの? 私、知りたいんだけど」

 玉藍様が首を傾げると、淡々と燈焔様が答えた。

「ああ、弟子達が今日出かける店が酒を出してるらしいから、心配だし、見に行かないかって言ったんだ」
「え、この店にいるの?」
「知らん。あいつらも今日出かけたらしいけどな、場所までは聞いてねぇよ」

 燈焔様の声に、疲れた顔で慈覚様が目を細めている。
 そこへ師匠が戻ってきた。
 すると腕時計を見ながら、玉藍様が言った。

「そうだ森羅、私の友人達がね、七時半頃合流したいんだって」
「へぇ」

 興味がなさそうな声で、師匠が頷いていた。

 すぐに七時半になった。