翌日の昼も、第一食堂に向かった。
 本日は予定通り、燈焔様と来ている。やはり事前に食事を注文した。
 最近ではお弁当じゃないのだ。

 今日も、「あいよ!」と注文を受けている、恰幅の良いおばさんは、威勢が良い。
 見ているだけで、明るい気持ちになる。

 それから俺が慈覚様のかわりをつとめて、燈焔様と打ち合わせをした。最近では、こうやって代わることが出来るようになったのだ。そうする機会も増えてきた。そのため、打ち合わせの最中に食べることが増えたから、お弁当ではなくなったのだ。

 打ち合わせが終わり、資料を受け取った時、燈焔様が笑った。

「それで、恋愛考察は終わったのか? 青少年」

 青少年って俺のことだろうか?
 子供扱いされたのがよく分かる。別にいいけど。実際に多分、俺はまだ子供の部分があるし。最近は、それを認められるようになってきた。だから細く息をつきながら、俺は素直に首を振った。

 そして昨日の師匠の言葉を、燈焔様に告げた。「誰かを愛することは難しい」と言っていた事を伝えたのだ。俺なんて、『愛』が何かよく分からない。愛って何だろう。気づけばまずは、そこからだった。

 悩んでいると、静かに燈焔様が言った。

「分かる気がする」

 驚いて、俺は身を乗り出した。

「どういう意味なんだ?」
「『本当に私のこと好きなの?』って聞かれるやつかもな。あいつそういうの面倒がりそうだし」

 意味が分からない。
 ただ昨日の師匠の表情は、面倒だとかそういう感情を宿してはいなかった気がする。
 なんだか深く考えさせられるような声だったのだ。

「師匠は、もっと哲学的に言ってた気がする」
「じゃあ分からん」

 あっさりと、燈焔様が首を振った。
 その時、俺の食事が早く届いた。持ってきてくれたのは、おばさんだ。
 ふと、トレーを置いて去っていくおばさんを見て、俺はハッとした。

「俺、慈覚様の好きな人が、分かった!」
「え? そんな相手がいるのか?」
「いる! いた! 自分を持ってて仙格を気にしない人!」
「誰だ? 僕が知ってる人か?」
「うん。あそこ! あそこにいる!」
「どこだよ?」

 燈焔様が俺の示した方向に振り返った。
 俺は自分の答えに満足して、大きく頷いて続けた。

「食堂のおばさん!」

 すると燈焔様が黙った。たっぷりと間をおく。それから俯いて吹き出した。

「た、確かに、その条件に当てはまるな」

 そして昨日と同じように、激しく笑い始めた。

「けどでも、さすがにそれは無ぇだろ。あの人は、女って言うより、いや」

 彼は一人で笑ってる。何故だ。
 俺が首を捻った時、燈焔様の後ろにおばさんが立った。燈焔様の分のトレーを持っていた。あ、聞かれてる……。燈焔様は気づいてない。

「確かにここのおばさんは、良い人だとは思うけどな! お母さんって言うか、おばあちゃんって言うか、珍獣というか、女としては見られねぇだろ」

 おばさんが怖い顔で笑っている……。俺は思わず青くなって口走った。

「う、後ろ」
「え? あ……」

 ようやくく気づいた燈焔様の笑顔が引きつった。

「誰が珍獣なのさ!」

 おばさんが怒鳴った。バシンと音がした。おばさんが燈焔様の頭を殴ったのだ。そしてドシドシと足音を立てて去っていく。燈焔様が怒られた。俺は自業自得だと思った。

 帰宅して、そんな燈焔様のことを師匠に話すと喉で笑われた。
 師匠もおばさんの事を珍獣だと思っているのだろうか?

「おばさんに失礼だろ!」

 俺が眉を顰めて声を上げると、師匠が首を振った。

「いや、そうじゃなくてね。慈覚、そんなこと言ったんだ」
「え?」

 師匠の言葉の真意がよく分からなかった。おばさんについて話す時に、慈覚様の好みについての話はした。だけど、どういう意味なんだろう? 俺は師匠の言葉の続きを待った。

「偉くなったね、慈覚も」
「どういう意味だ?」
「あの子昔はね、面食いだったんだよ。好みのタイプは美人だったね」
「ほ、本当に?」
「そう。一定以上のレベルの顔と体型じゃないと受けつけなかったみたいだよ」

 師匠がそう言って楽しそうに笑った。慈覚様を「あの子」なんて呼べるのもすごいと思った。それからしばらくの間、師匠は一人で思い出し笑いをしていた。よく分からない。

 翌日は玉藍様と軽食店で打ち合わせをした。
 今日のテーマは、『医療器具の在庫確認と注文手配』だ。事務的にこなした。
 それからお昼ご飯になった時、燈焔様が顔を出した。

「あれ、こっちに来るの珍しいね。いつも食堂なのに。どうしたの?」
「ちょっと気まずくて、向こう行けねぇんだよ」

 燈焔様が苦笑いをした。恨めしそうに俺を見ている。俺は知らんぷりを決め込んだ。気まずい理由は、昨日の件だろうからな。すると不意に玉藍様に聞かれた。

「ちなみに環くんは、どんな人が好みなの?」
「考えたこと無かった」

 だから今、色々な人に聞いているのだ。恋愛とは本当に難しい。
 そう考えていると、俺にはよく分からない話題になった。

「うーん、おさかな洞にいたら、居心地良すぎてどうでもよくなるかもね」
「まぁ家族としては理想的だよなぁ。女だったらなぁ」
「まぁね。森羅ってすごい家庭的みたいだけど、あんまり干渉してこない気がする」
「それ考えると、他に目がいかなくなるのも分かるな。恋愛は寂しさをきっかけに始めるやつも案外いるし。でも、おさかな洞にいたら、寂しく無いだろうしな」

 確かに師匠といると気が楽だ。誰といるよりも心が安まる。師匠は紛れもなく、俺にとっては、既に家族といえるのかも知れない。だが、それと恋愛が何故繋がるのだ。全くの別物だと思う。俺が悩んでいたその時玉藍様が言った。

「環くんもさ、合コンでも行ってみたら」
「合コンって何だ?」

 初めて聞く言葉に首を捻る。すると燈焔様がサンドイッチを持って続けた。

「合コンって言うのは、同じ数の男女が集まって酒を飲んだり話したりするんだよ。ま、出会いの場だな。勿論、ただ楽しくその場限りで話をする場合もある。そういう目的で出かける僕みたいなのも行くわけだ。下心無しに」
「燈焔、嘘は良くないよ」
「どういう意味だよ? 僕ほど紳士的な仙人はちょっといないだろ」

 それを聞きつつ俺は考えた。

「俺まだお酒は飲めないし」

 和仙界では二十歳で成人するまで、お酒を飲んではいけないのだ。煙草も勿論禁止だ。だから二十歳になった青鼠はもう飲んでも大丈夫らしい。

「そこはジュースで構わないだろ。うちの青鼠とでも行ってこい。青鼠には言っておいてやるよ。気軽に参加できるのが良いんだ、こういうのは、な」
「お、おう」

 燈焔様の声に、おずおずと俺は頷いた。出会いの場か。そう考えて思い出す。

「そういえば師匠も、機会が無いって言ってた」
「モテない人の言い訳筆頭だけど、森羅が言うと事実としか思えないよね。おさかな洞に出会いがあったら奇跡だ」
「師匠こそ合コンとかに行った方が良いのかも」

 俺の言葉に二人が顔を見合わせる。この二人は、いつも似たようなタイミングで視線を交わすのだ。息がぴったり合っている。それを眺めながら、俺は浮かんでくるままに考えを告げた。

「それに慈覚様も、合コンに行ったら、見た目よりは話しやすいって事が分かって高嶺の花って言われなくなるかも。そうしたら、タイプの人が見つかるかも!」

 俺はすごく良いことを思いついた気がした。
 すると、玉藍様が考え込むような顔をした。
 燈焔様は対照的に目を輝かせている。

「久しぶりに良いな」
「私も興味あるかも」

 二人の意見が一致した。
 見守っていると彼らは真面目な顔になり、囁くように言葉を交わし始めた。俺には、内容が聞き取れないくらい、小さな声だ。

 その後玉藍様が、今度は笑顔になった。
 燈焔様は手に顎をのせて静かに玉藍様を見ている。それから言った。

「まぁ慈覚が来るんなら、参加希望者多数だろうな。そうじゃなくても玉藍なら、いくらでも伝手があるだろ」
「一応ね。選りすぐりの女の子を集めるよ。ちゃんと燈焔の好みも踏まえてさ」
「問題は、慈覚と森羅をどうやって誘うかだな」
「森羅なら普通に頼んだら来てくれるんじゃない?」
「そうかぁ? 来ねぇだろ。『興味ない』で終わりだろ。『知らない相手と複数人で酒を飲むのは苦手だから』とかな。わかってねぇなぁ、玉藍」

 燈焔様が声まねをした。そっくりだった。確かに師匠は、そんな風に言いそうだ。

「そこまで言うんなら、燈焔が森羅を誘ってよね」
「まぁそっちはなんとかしてやるよ。問題は、慈覚だな」
「私は誘うの嫌だからね。絶対来ない上に、機嫌を悪くさせるなんて苦行だよ」

 玉藍様の声に、少し考えてから、燈焔様が俺を見た。ニヤリと意地の悪い顔で笑っていた。いやな予感がする。

「環。お前が誘え。日程は、慈覚の空いてる日に僕達が合わせる」

 それから彼は、半眼で笑った。心なしか、声が低くなる。

「昨日の件は、それでチャラだ」

 不当な八つ当たりだし、嫌がらせである。
 しかし言い出した手前、俺は断れなかった。