「ところで二人は?」

 恋愛について考える上で、サンプルは沢山あった方が良い。

「ん? 僕はな、モテるからなぁ。タイプは僕を好きじゃない相手だな。おされると、僕は、ひいちゃうんだよなぁ」
「え? モテる?」
「何驚いてんだよ……」

 純粋にびっくりして俺が首を捻ると、不服そうに燈焔様が眉間に皺を寄せた。

「まぁ腐っても五格だしね。客観的に見ても燈焔は、背も高いし、男らしいし、話も面白いし、結構人気だよね。仙女は力強い男仙好きが多いから。ただ、モテるアピールはいらなかったけど」

 玉藍様がクスクスと笑った。それを一瞥して、燈焔様が低い声で言う。

「褒めてんのか? けなしてんのか? 事実だろ? 大体、五格って……同じ位で比較するなら、僕より玉藍の方がモテんだろ」
「まぁねぇ。私の方が、女性に会う機会も多いし。結構女の患者さんって多いからね。それにほら、確かに燈焔は頼りになりそうだけど、私の方が優しいじゃん。優しいと好意的な人は増えるよ」
「僕の方が絶対優しいだろ……」
「優しさの定義が私達は違うんだろうね。ええと、まぁ、それに道士の女の子には学校がないし、そもそも仙女は少ないから基本的に出会いは無いけど――それは向こうも一緒だからね。多分私のように気軽に話せる相手って彼女達にとって貴重なんだよ」

 玉藍様が笑顔で続ける。余裕そうな表情だ。自信が見える。

「ほらな? 玉藍なんて好き放題だ。僕らのように容姿端麗だと特だろ?」
「環くんも元は悪くないから、自分磨きを頑張った方が良いよ。いつ女の子に会う場面があるか分からないからね」

 そういうものなのか。恋をするためには、自分を磨かなければならないのか……。
 二人の言葉に思案する。確かにこの二人の顔は、どちらかといえば良いのかもしれない。だが、それだったら、間違いなく慈覚様の方が整っている。そして一番格好良くて綺麗なのは師匠だと思う。だが、師匠がモテている所は見たことがない。なので除外しつつ俺は聞いた。

「顔が大切なら……じゃあ慈覚様はすごくモテるのか?」

 俺の言葉に、二人が顔を見合わせた。
 それから苦笑するような表情をそれぞれ浮かべた。

「慈覚はなぁ、近寄りがたいだろ」
「だよね。高嶺の花? 男相手に言うのか分からないけど、多分そういう感じ。慈覚はさ、ファンは多いけど、恋人になりたいって言う猛者は少ないよね」

 そんな場合があるのか。俺には分からない世界だ。

「仙女なんて、ガツガツくる肉食系ばっかりなのにな。あいつらでさえ、慈覚には手を出さないよな」
「まぁ牽制し合ってるのもあるんだろうけどね」
「僕は、仙女は怖いな。道士がいい。絶対」
「あ、何か分かるかも」

 二人が頷き合っている。俺の仙女様のイメージは、大人で優しい人だからピンと来ない。
 ただしっかりと玉藍様と燈焔様の言葉を、心の中のメモ帳に書き留めておいた。

「ちなみに師匠は何でモテないんだ?」
「ヒキコモリだからだろ」

 燈焔様から、明瞭な回答が返ってきた。玉藍様が腕を組みつつ頷いている。

「洞府から出なきゃ、出会いも何も無いからね」
「洞府から出たら、案外人気でるんじゃねぇの?」

 揶揄するように燈焔様が言う。ただ、一理あるなと思った。
 ここは、比較するための対象が欲しい。
 では洞府の外によく出ていて整った顔立ちの人と言えば……。

「じゃあ……南極はモテるのか?」

 俺の言葉に、二人が顔を見合わせてから首を振る。
 呆気にとられた顔をしていた。

「南極様なんて恐れ多くて、普通は話しすらできねぇんだぞ? 僕達ですらな」
「南極様が相手じゃ、恋する前に、一緒にいるだけで呼吸が止まりかねないよ」

 二人の言葉に、俺は首を傾げて眉を顰めた。
 これでは師匠と比較できない。師匠は、口数が多いわけじゃないが、話を振ればきちんと答えてくれる。話せる相手だ。

 悩んでいると、呆れたような燈焔様の声が響いてきた。

「大体、南極様を呼び捨てに出来るのなんて、公的には慈覚と教主様くらいだろ。三大老ですら場合によるだろうな」
「まぁようするに、おさかな洞の出身者は、不敬ってことだね。きっと師匠の背中を見て育ったんだろうね」

 玉藍様の言葉に、思わず俺は視線を彷徨わせた。そんなことを言われても困る。

「え、でもさ……南極が俺をここに連れてきてくれたんだけど、その時からずっと呼び捨てにしてるし。別に師匠のせいじゃない」

 そう、昔からなのだ。出会った時から『南極』と、名前で呼んでいる。それが一番、しっくりくるのだ。理由は分からないけど。一人俺が頷くと、二人が今度は息を飲んだ。今度は、なんだ?

「え、てめぇ南極様に人間界で声かけられたのか?」
「すごっ、めったにないことなんだよ。環くんの天数を見てみたい」
「そうなのか?」

 俺にとっては自然なことだったし、みんなそうなのかと思っていた。
 だから首を傾げていると、その前で二人が大きく頷く。

 そういえば、慈覚様も醒宝様も、南極の紹介で森羅様に会ったって言ってたな。俺も和仙界にきたきっかけは、南極だから、大きく見れば南極に紹介されたことになるのか? だとすれば、もっと感謝しないとな。

 ただ……腑に落ちない。

「南極ってそんなに怖いのか?」
「てめぇら師弟が例外なんだよ」
「そうそう。大体、南極様の仙気なんて強すぎて、そばにいると頭痛がしてくるし」

 俺は一度も頭痛なんかしたことがない。だからよく分からなかった。

「それに南極様が相手じゃ歳の差がいくらなんでも、すさまじいことになんだろ」
「だよねぇ、南極様くらいになると、そもそも恋愛どころか世俗への興味がいっさい失せてそう。言葉を悪くするなら、枯れてるんじゃない」
「だよな」

 俺には、二人の南極に対するイメージが理解できなかった。

 それから休憩が終わったので、会計をしに向かう。
 恰幅の良い食堂のおばさんが、今日も「こんにちは」と声をかけてくれた。この人は、みんなを快活な笑顔で迎えてくれる。時にはからあげなどをサービスして豪快に増やしてくれる。

 俺の母さんはこういう感じではなかったような気がする。おぼろ気にだけど。ただ俗に言う母親とは、こういう人なのではないかと、たまに感じる。母性とでも言うのか。ちなみに、おばさんの実年齢は知らない。おばさんは、みんなに「おばさん」と呼ばれている許仙だ。

 この第一食堂と、二階の軽食店は、許仙の人々が経営しているのだ。
 それから俺は、仕事に励んだ。

 終わってからはまっすぐに洞府に戻る。
 師匠に聞きたいことがあったのだ。
 南極を枯れてるって二人が言っていたけど、もしかしたら師匠もそうなのかもしれないと考えたのだ。直接聞いてみようではないか。

 師匠は庭でしゃがんで、スミレの花を見ていた。俺はその場で尋ねた。

「師匠はもしかして、恋愛に興味とか無いのか?」
「また昨日の話? まだ考えてたの?」
「べ、別に良いだろ!」

 なんだか照れくさくなって、俺は顔を背けた。すると師匠が立ち上がった。

「まぁ良いけど。そうだね、あんまり考えたことが無いかな。機会も無いしね」
「やっぱり師匠はモテないのか?」

 俺はこれまでの間に導き出していた仮説を述べた。間をおかず師匠が言う。

「俺はモテないよ」

 師匠はこちらを見るでもなく、どうでも良さそうに中へと入っていく。
 それから二人で、リビングでお茶を飲んだ。
 ソファに寝そべって、師匠は本を眺めている。

 本のタイトルは、『友人を泣き落としする台詞ランキング』だった。
 なんだこれ。ちらりと目に入った本文には、「俺達の行き先は違うんだね(ここで涙する)」と書かれていた。似たような台詞がいっぱい並んでいる。

 それを横目で見ながら考えた。
 玉藍様と燈焔様がモテて、師匠がモテないのはおかしい。
 恋愛をしたこともないのだろうか?

 その時、俺の視線に気づいたようで、師匠がポツリと言った。

「それに俺は、続かないんだよね」
「え?」

 不意に響いた言葉に、俺は思わず声を上げて、目を見開いた。

「長続きしないんだ。大抵振られて終わるしね」
「恋愛経験はあったのか」
「まあ長く生きてるからね」
「どうして振られるんだ?」

 師匠が本をパタンと閉じた。そして俺を見て、二度ゆっくりと瞬きをした。無表情だったが、どこか真面目に見える。

「誰かを心から愛すると言うことは、とても難しいことだよ。俺には向いていないんじゃないかな」

 俺にはよく意味が分からなかった。

「さて、食事にしようか」

 師匠が立ち上がって、キッチンへと消えた。俺はただそれを見ていた。