子供のように泣いてしまった記憶から早三年が経とうとしていた。
 俺は現在、十五歳だ。次の冬で十六歳である。
 今日は久方ぶりに、同期の三人と青鼠を入れて四人とお茶をすることになった。

 ぐるぐる山では梅雨の季節だが、待ち合わせた燈焔様と青鼠の師走洞の周囲は、真夏のように熱かった。師走洞は、年中夏なのだ。師走の季節は、ぐるぐる山では冬なんだけどな。各洞府の周囲の気候は、管理している仙人の宝貝で様々なのだ。最近知ったんだけど。

「背が伸びたね」

 朱李に言われて、嬉しくなって俺は頷いた。
 俺にもやっと二次性徴の兆しが見えたのだ。今もまだぐんぐん伸びている。
 せめて青鼠と同じくらいの身長になりたい。青鼠は百七十六センチだと言っていたな。

 青鼠は二次性徴が終わってから大分経っている。老化も止まったそうだ。
 先日誕生日が来たため、彼はもう二十歳だ。学校時代と比較すると、かなり大人びた雰囲気になっている。青鼠は、今は高等道士だ。

 俺が早かっただけで、青鼠の歳で高等道士になるというのは随分すごい事らしい。
 他のみんなは、まだ学校に在学している。学徒道士だ。

「僕も早く伸びないかな。今はまだ、カノジョの方が背が高くて」

 嘆くように朱李が言った。俺は首を傾げる。
 ――カノジョ?
 すると、青鼠が身を乗り出した。
 席順は、俺と青鼠、朱李と深愁、右手に泰岳が、テーブルを囲んで座っているか達だ。

「カ、カノジョ! え、お前、カノジョいんの? まじで? 嘘! 羨ましい……」
「付き合ってもうすぐ半年になるんだよ」
「恋人……俺も欲しい」

 青鼠が溜息をついてうなだれた。全然知らなかったので、俺は驚いた。恋人……。
 俺は今のところ、恋愛をしたことがない。絵巻で、白雪姫と王子様の恋や、人魚姫の恋には、昔から親しんでいたから、憧れがないわけでもない。
 だが、これまで身近な例を見たことは無かった。

 そもそも周りに女の人もいないしな。せいぜい明星宮の第一食堂のおばさんくらいだ。
 俺の隣では、青鼠があれこれ聞いている。するとそれを見て、呆れたように深愁が深く息をはいた。最近彼は、太い黒縁の眼鏡をかけている。

「青鼠、お前成長速度と一緒に中身の成長まで止まったんじゃないのか?」

 最近の深愁は、物言いが黒耀様に似てきた。
 青鼠が咽せた。
 苦笑した泰岳がタオルを渡している。

 その後俺達は雑談をして、解散した。
 メインは最後まで、朱李の恋愛話だった。

 それにしても、恋か。

 洞府に向かいながら、じっくりと考えてみる。
 俺はともかく、師匠にも恋をしている気配は無い。少なくとも恋人はいないと思う。
 だって仙女様が訪ねてきたことは一度もないし、師匠が出かけることもないのだ。ごく稀に外に出る時は、行き先を教えてくれる。俺が仕事に行っている日中に外出する場合でも、それは変わらない。別に恋人の存在を隠している気配もない。だから多分いない。

 洞府に戻った俺は、師匠に直接聞くことにした。

「なぁ、師匠。師匠の好きなタイプってどんな人だ?」
「タイプ? そうだね、家事が完璧で優しい人かな」

 思いの外すんなりと回答が返ってきた。考え込んだ様子は微塵もない。

「具体的には――」

 だが、続いて響いた声に、俺は目を瞠った。

 その翌日俺は、慈覚様と共に、燈焔様及び玉藍様との打ち合わせに出かけた。
 ここ最近は、以前ほど忙しくない。
 本日は、『明星宮に隣接する鍛錬場の拡張案』が話し合われている。

 多忙な時期は、こういう内容の仕事はない。
 底怪が出現したりすれば、それに集中することも多い。
 ちなみに明日の予定は、燈焔様から『底怪討伐隊に推薦できる人材』の資料をもらうことになっている。実力ある高仙の一覧表だ。

 勿論、仕事は仕事である。仕事は、簡単な内容でも大切だ。
 三人は、真剣に話していた。俺は議事録を作る。

 その後、昼の休憩に突入した。事前に頼んであった食事が届く。

「座って良いぞ」

 慈覚様のお許しが出たので、それまで立ってメモを取っていた俺は、やっと着席できた。

 俺は慈覚様の隣、燈焔様の正面に座った。燈焔様の隣が玉藍様だ。
 二人が来ているのは、鍛錬上の管理者が燈焔様で、そこの医学管理者が玉藍様だからだ。

 ただ俺は、食事のことよりも、椅子の座り心地よりも、他のことに気を取られていた。
 ――昨日からずっと、考えているのだ。

「環くん……随分と難しい顔をしているけど、どうかしたの?」

 すると玉藍様に聞かれた。俺は俯いてしまった。

「師匠ってナルシストなのかな?」

 俺が言うと、その場に奇妙な沈黙が流れた。
 慈覚様は無言でお茶を飲んでる。その音だけが響いている。
 俺が視線をあげた時、玉藍様と燈焔様は顔を見合わせていた。それからそろって静かに俺を見た。

「どうしてそんな風に思うんだ?」
「別にナルシストには見えないけど」

 そんな二人に、俺は真剣に相談する事にした。

「だって師匠の好きなタイプは、三食きちんと料理を作ってくれて、洗濯も得意でアイロンもビシっとかけてくれて、掃除好きで特にお風呂掃除をきちんとやる、優しい人らしいんだ。それって、師匠みたいな人ってことだろ? 師匠は自分自身のことが好きなのかもしれない……」

 俺は昨日、タイプを聞いただけで、女の人って言わなかったのだ。他者だとも言わなかった。大失敗である。師匠はたまに常識が無いのだ。

 その場に再び沈黙が生まれた。いたたまれない。
 彼らは既に、師匠の恋愛に関する常識の欠如に気づいていたのだろうか。
 直後、間をおいてから、三人が吹き出した。え?

 俺は面白いことを言ったつもりはない。

 背を椅子に預けてお腹を抱えて玉藍様は笑っている。
 肘をついて身を乗り出し燈焔様なんて、声を上げて大笑いしている。
 慈覚様まで俺とは逆側に顔を向けて、唇を掌で覆って吹き出している。

 何でだよ。俺は真剣に悩んでいるというのに。
 俺は唇を尖らせた。

「だってそうだろ? どう考えても」

 すると慈覚様が笑ったまま目を伏せた。
 笑いをおし殺そうとしているのが分かる。
 しかしこらえきれない様子で、肩が震えていた。

「――森羅がナルシスト」

 それから呟いた慈覚様は、再び吹き出した。

「確かに全部森羅に当てはまる気はするなぁ。だからってナルシスト! その発想は無ぇよ」

 何とか笑いがおさまってきたらしく、俺を見て燈焔様が首を振る。
 自然な発想だと思うのだが。
 俺が目を細めた時、玉藍様が頬杖をついた。

「案外森羅って家庭的な人が好きなんだね。意外」
「確かに意外だな。男女平等が好きそうなのにな」
「いや、あいつは昔から案外古風だったぞ。封建的なところもある」

 慈覚様が言うと、燈焔様が頷いた。

「そういや慈覚って、万象院様の所にいたんだもんな」

 そこでふと思いついて俺は聞いた。

「ところで慈覚様はどんなタイプが好きなんだ?」
「――自分を持っていて、仙格などを気にしない相手が好きだ」

 答えてから慈覚様が席を立った。
 慈覚様は、俺達とは違い、執務室で軽食を食べるらしい。

「先に戻っている、休憩時間が終わったら帰ってこい」

 頷いて、出て行く慈覚様を俺は見送った。ここは明星宮の第一食堂だ。
 すると食事に手をつけながら、燈焔様が口を開いた。

「慈覚に躊躇なく聞けるって、てめぇすげぇな」

 頬杖をついたまま、玉藍様も頷いている。

「慈覚もあっさり答えるなんて驚いた」
「まぁな。サクッと答えたよな」

 二人の声に、俺は首を傾げた。

「何に驚いたんだ?」
「慈覚ってあんまり恋愛とか興味なさそうじゃない?」
「全くだ。仕事が恋人みたいな奴だしな」

 仕事が恋人……。仕事は人間ではないぞ。いくらなんでも、それはないだろう。
 それよりも、折角なので俺は二人にも尋ねることにした。