教室に入ると、俺の他には、三人しかいなかった。俺を入れて四人だ。
 俺は、ほくろがあった子供がいないことに気づいた。俺以外みんな連れて行かれたのに、どういう事だろう? 頼み込んだのは、俺だけなのに。

「みんな遅れてくるのか?」

 疑問に思って尋ねると、呆れたように赤い髪の少年に睨まれた。

「合格者は俺達だけだ」
「え」
「お前、名前と洞府は? 俺は、泰岳。ろうそく山は卯月洞の慈覚様の弟子だ。出自は、ときわ一族だ」
「えっと……環だ。ぐるぐる山のおさかな洞の……」
「ぐるぐる山だと? 馬鹿にしているのか? あそこは、お伽噺の架空の山だろ?」
「な! 本当だ!」
「……へぇ」

 声をあげた俺のことを、うさんくさそうに泰岳が見ていた。出自があると言うことは、彼は両親が仙人の、仙界で育ったエリートだ……。

「まぁ選ばれたことにかわりはないしな」
「他に連れて行かれた奴らは?」
「連れられて人間界に戻されたんだろう。ぬか喜びした人間も多いだろうな」

 では、必ずしも、連れて行かれなくて良かったのか……。

「選ばれて本当に良かったよね!」

 そこへ声がかかった。視線を向けると、薄い青緑色の髪をした少年が微笑していた。こんな毛の色の人間がいるのか。正直驚いた。

「僕は朱李。よろしくね。たつまき山は皐月洞の玉藍様の弟子だよ」

 真っ白な手を差し出された。陶磁器みたいだ。
 おずおずと握りかえすと、やわらかかった。
 それを見ていた最後の一人がポツリと言った。

「……俺は深愁。ろうそく山の葉月洞門下で黒耀様の弟子」

 黒髪の少年だった。
 俺と同じ色なのに、もっと暗い色に見える。

 そんなやりとりをしていると、教室の扉が開いた。

「よし、そろってるな!」

 入ってきたのは、選ばれる前の一年間もお世話になった先生だった。

「時生先生! 俺、選ばれたぞ!」

 嬉しくなって俺は精一杯笑った。すると先生が嬉しそうに頷いてくれた。

「また会えて嬉しいぞ」

 それからその日は、改めて自己紹介をした。
 ちなみに時生先生は、時生真人というのだそうだ。
 他には、教科書である巻物を沢山配られた。その多くには、『万象院』という著者名が記されていた。

 これから俺達は、様々な基礎を学んでいくことになる。
 飛び級もあると説明された。しかし四行五術を極めるのは、並大抵のことではなく、留年する生徒の方が多いと聞いた。

「じゃあ、最初に、仙格について話すぞ。よく覚えるように。最初のテストで出すからな」

 俺は気合いを入れた。そして、泰岳と深愁が当然のごとくノートを取り出したのを見て、まねした。これまで師匠に色々教えてもらっていた時は、メモなんてしなかったから、初めての体験だ。

「まずは、一番偉い仙人だ。神様とも呼ばれる。これは、『神仙』と言われる至高の存在だ。有名な神仙を知っている者は?」

 先生の言葉に、泰岳が手を挙げた。先生が彼の名を呼ぶ。

「天帝様、混沌様、神農様です」
「その通りだ。ただしこの方々は、いると言われてるけど、見たって言う話は聞かないな。唯一南極様は会ったことがあるとも言われている。実在しているかは賛否両論だ。ただし、天数を定めているのは、天帝様だとされる。そして天帝様に唯一匹敵する実力者が混沌様だ」

 すごい人と注意書きして、俺はメモした。

「次が、『天仙』だ。この瞠若山では、太鼎教主様と南極仙翁様のことだ。これは、天界にあがって、神仙に会うことを許可されてるレベルと言われてる。仙人宗の各流派の開祖や教主様、とても偉い人の事だ。一般的に存在が認識されている者ともいえる。実在しているのは間違いない」

 南極ってすごい人だったのか。俺は始めて知った。

「次が、『最上仙』。これは仙人のごく一部。教主などになることが許されるレベルの人だ。ここにいるみんなの中にも、師匠が『最上仙』の者もいる。実質、四行五術の最高の使い手の集まりだ。皆、見習うように」

 誰の師匠なんだろう。俺は首を捻った。俺の師匠の森羅様が、最上仙だとは聞いたことがない。

「その下が、『高仙』だ。ここまで到達するとすごいと言われてる。洞府を開いたり任されるレベルだ。基本的に、この仙格を目指すこととなる」

 カリカリとペンの音がする。それとなく見渡せば、みんな真剣にメモをしていた。
 俺も頑張らないと……!

「それから『許仙』。これは、仙人を名乗ることを許された者。仙人免許取得者だ。一番多い」

 あ、森羅様はこれかもしれない。そんな気がする。

「さて、お前達は、『道士』だ。いわずもがなで、仙人を目指して修行している人々の事だ。ちなみに余談だが、『客仙』という存在もいる。これは一般的に他の宗派から来ている仙人の事で、仙格とは関係ない。よし、次からが特に試験に出るところだ」

 先生が、一度言葉を句切った。

「道士で一番くらいが高いのは、『高等道士』だ。ここまでくると、後は仙人目指して自分の力を磨くだけになる。修行を積んだ認定道士の事を指す。よし、次」

 先生が、黒板にチョークで書いている。

「『認定道士』だ。道士免許を取得した者の事だ。ここからが一人前の道士と認められる。大体は、学校の卒業生の事だ。身近な目標だな」

 俺は頷いた。とりあえず、免許をもらう試験があると覚えておいた。

「さて、お前達は、『学徒道士』が正式名称だ。これは、ここ、道士学校の生徒のことだ」

 全然知らなかった。師匠は、こういう事は教えてくれなかった。

「なお、一番下が、『幼門道士』――学校に入る前の道士の事だ。師匠のもとで入学前に習う期間の道士だ。これは既に経験済みだな」

 そう言う名前だったんだな。今までの日々を回想しながら頷いた。
 じゃあ、選ばれる前は、何だったんだろう?
 疑問に思ったが、先生が黒板に書かなかったので、俺は忘れることにした。

「今日は初会だし、ここまでだ。みんなお昼ご飯を食べたら、瞑想をするように。洞府で瞑想訓練をしていない者はいるか?」

 俺は一応習った。誰も声を上げない。みんな習っているようだった。先生が笑顔で頷く。
 こうして、午前中の授業は終わった。結構難しいな……。

 お弁当は、みんなで食べることになった。ダントツで、俺のお弁当が美味しそうだった。一番豪華なのは、泰岳のお弁当だったけどな。

 瞑想は、各自行った。みんな黙っていた。まぁ瞑想中は、普通喋らないけどな。

 帰りは……朱李と深愁は師匠が迎えに来ていた。俺と泰岳は一人だ。
 先に帰る二人を見送っていると、ぽつりと泰岳が呟いた。

「俺の師匠は忙しいんだ。なんていったって、最上仙だしな」

 そういって泰岳は一人で帰っていった。相変わらず険しい表情だったが、本当はちょっと寂しいんじゃないかな。
 ちなみに俺の師匠は、基本的に洞府にいる。外出しているところを一度も見ていない。
 時に俺を連れてお散歩に出てくれたくらいだ。
 ようするに暇なのだろうが、迎えには来てくれなかった。

 ――坂を登るのも修行だって言ってたしな。

 俺はぎゅっと手を握った。人間界に戻ることを考えたら、あそこで孤独になるくらいなら、一人で帰ることくらい、全然寂しくない。
 道を歩き、ぐるぐる山の入り口に入ると、必死に坂を登った。
 そして頂上に着くと、洞府の前で、師匠が花に水をあげていた。シャワーという宝貝でまいている。小さな虹が出来ていた。綺麗だな。

「おかえり」
「た、ただいま!」

 俺は帰る家があることが無性に嬉しい。
 師匠に抱きつきたくなったけど、やめておいた。

「学校はどうだった?」

 師匠が水を止めた。そして玄関へと歩きながら俺を見た。

「んー、難しかった。後、四人しかいなかった」
「そう」
「教科書をもらってきたんだ。ほとんど、万象院って人が書いたみたいだ」
「へぇ」

 頷いてくれたけど、師匠はあんまり興味が無さそうに見える。
 中に入ると、もう三時をすぎていたけど、師匠がおやつを用意してくれていた。今日はパンプキンタルトだ。生クリームが添えてある。見ただけで頬がとろけそうになる。

 なんとなくだけど。
 新しい日々も、上手くやっていけそうな気がした。

 なにより、師匠はずっとそばにいてくれる気がする。

 俺は、布をまいた左手の甲を右手で撫でた。
 もうちゃんと俺は、ぐるぐる山はおさかな洞の森羅様の弟子だ。頑張ろう!

 これが、俺の仙人への道の第一歩となった。