「プチ鍛錬披露会です。まずは、教室内で『披露』から行って頂きます。お手元の用紙に、『披露』と『鍛錬』のどちらに参加するか、お書き下さい。仙人の皆様は、ペンは必要ありませんね? 好きな手法でご記入ください」

 俺は生徒なので、素直にペンケースから筆記用具を取り出した。

「なお、鍛錬は、後ほど校庭に移動して行って頂きます。仙術の場合一行は披露扱いとします。そちらは教室で、二行以上の場合は『鍛錬』とみなして、校庭で行って頂きます」

 ペンのかわりに、仙人達は思い思いの術で記述している。しかし師匠は、俺達生徒と同様に、ポケットからペンを出していた……。確かにそのほうが早いよな……。
 それにしても師匠は、なにをやるんだろう?

 その後、時生先生が、生徒と仙人から紙を回収して、二つの箱に分別していく。
 それから箱を持って教卓へと戻った。
 片方の、『披露』の箱を受け取った愉楽先生が、そこに手を入れる。

「順番は、くじ引きです。はじめは、朱李くん」

 こうして授業参観が始まった。

 朱李は緊張した顔で前に出ると、コップを持った。そして四行の水を行う。
 コップから水が溢れた。
 玉藍様が拍手すると、室内にそれが広がる。朱李は照れくさそうな顔で席へと戻った。

 そのようにして、仙人と生徒が混合で、一人ずつ発表を始めた。
 玉藍様は、最新の医学理論について語っていた。『MRIの画像診断について』という、俺にはさっぱり分からない話をしていた。つまらなかった。

 他の人々の発表を見ながらも、俺は、師匠がどちらに出るのか気になっていた。
 ちなみに俺は、二行・水火でゆで卵を作ることにしているので、外だ。

 実は学校でも、洞府と同じこの修行があったのだ。

 内容が重なったのは、これが初めてだ。珍しい。ただ、これが意外と難しいらしく、青鼠は未だにできていない。だからゆで卵を作るのは、俺のちょっとした特技だ。

 ――師匠の番は、最後だった。

「じゃあ俺は、笛を吹きます」

 無表情で前へと出た師匠が、気怠そうな声で言った。笛? 俺は、師匠が音楽をしている所なんて一度も見たことがない。師匠が袖から横笛を取り出した。きっと袖の中で、有象無象図を使って取り出したのだろう。寧ろそっちを見せればいいのにな。
 直後、教室には華麗な調べが響いた。ちょっとポカンとした。すごく胸に響いてくる。
 師匠にはこんな才能もあったのか。笛の音以外、室内には何の音もしない。皆が聞き入っているのが分かる。

「終わりです」

 師匠の言葉でようやく我に返った時、俺は狐に摘まれた気分を味わった。
 なんて上手なんだろう。
 誰かが拍手をした。それが漣のように広がっていく。俺も手を叩いた。後ろへと戻っていく師匠は、相変わらずの無表情だ。やる気が見えない。なんとなく吹いてみただけだという顔をしていた。気迫がないのだ。あんなに素晴らしい演奏だったのに。

「すごい上手だね……私、ちょっと感動しちゃったよ!」

 玉藍様の声が響いてくる。俺も小さく頷いた。
 すると、玉藍様の隣から溜息が聞こえた。そこでは黒燿様が腕を組んでいる。

「確かに笛の腕前は認める。だがここは、学芸会の場じゃないんだぞ」

 黒耀様は、呆れたような顔をしていた。師匠は何も言わない。

 教室の後ろの扉が大破したのはその時のことだった。
 なんだ?
 息を飲んで身構えた俺は、胸を張って入ってきた青年を見る。

 橙色にも深紅にも見える不思議な色合いの道服を着ていた。縁取りは金色だ。帯も金色。道服の上着は短めで、帯のすぐ下で終わっている。下衣は、薄い黄色だ。正面に刺繍はないが、見ていると背中に模様が見えた。
 六角形が大きく描かれている。その中には、一回り小さな六角形。さらにもっと小さいもの、と、六つ並んでいた。六角形のそれぞれの線の部分には、小さな点が刻まれている。
 確かこれは、『火将紋』だ。青鼠に、この紋の名前を聞いたことがあったのだ。

「悪い悪い、遅れた! あれ、もう青鼠は終わったか?」
「遅ぇよ馬鹿師匠!」
「うるせぇ馬鹿弟子が!」

 なるほど、青鼠のお師匠様か。
 ならば、燈焔様という名前のはずだ。
 和仙界で一番、火の扱いが上手いと聞いた事がある。

 袖をまくった若い仙人は、綺麗に筋肉がついた手をしていた。師匠や玉藍様に比べると、少し日焼けしている。この室内で、一番背が高い。

「青鼠くんはまだみたいだよ。それより君さぁ、普通に入ってこられないの? いつものことだけどさ。直す愉楽達が可哀想だよ」

 呆れたように玉藍様が言った。するとニッと燈焔様が笑った。

「ま、それも同期のよしみって奴だ」

 どうやら燈焔様も同期らしい。確かに三人とも同じくらいの歳に思える。
 同期になると、壊したものの修繕も請け負うことになるのだろうか……?
 そちらを見守っていると、不意に黒耀様が顔を引き締めて頭を下げた。

「ご無沙汰致しております、燈焔様」
「燈焔で良いっていつも言ってるだろ? 同じ最上仙で、五格の一人なんだからな」
「いえ、俺はまだまだ五格下の若輩です。五格上の燈焔様には遠く及びません」

 これまでとは違い、黒耀様は腰を低くして挨拶をしている。
 その後彼は、燈焔様を見上げると微笑した。

 五格というのは、最上仙の中でも和仙界の運営にも携わる実力者の集まりだ。
 四行五術それぞれの一番の使い手が選ばれているらしい。

 他にも実力者には、三大老と聖四大仙がいるそうだ。

 聖四大仙は、五格よりもすごい仙人であるようだ。
 三大老は、一戦は退いたが、長生きしている仙人だと聞いたことがある。
 どれも青鼠に聞いたのだ。

「ちょっと。ねぇ、私も五格上なんだけど!」

 声を上げた玉藍様には、黒耀様は何も言わない。

「所でこの授業参観って、何やってんだ?」
「プチ鍛錬披露会だってさ」

 その時、燈焔様が思い出したように手を叩いた。

「そういや今、すげぇ笛の音しなかったか? 上手すぎ。なんだあれ、幻術か?」
「ああ、森羅が吹いたのさ。物理的に」
「確かに流麗でした」
「黒耀……君、さっきは森羅に対して、学芸会とか言ってなかった?」

 玉藍様が目を細めたが、黒耀様は知らんぷりしている。燈焔様はといえば、まっすぐに師匠を見た。師匠は前を向いている。

「見ない顔って事は、お前が、ぐるぐる山のお菓子仙人だな! 玉藍から話は聞いてる。なんでも極上の菓子を作るらしいな!」

 ……お菓子仙人? 青鼠は以前、『きんぎょ洞』なんて言っていたし、師走洞の師弟は名前を覚えるのが苦手なのだろうか。
 燈焔様の声に、やっと師匠が視線を向けた。

「今度食べさせてくれ。僕は燈焔。よろしくな」
「森羅です。いつでもいらして下さい」

 名乗った師匠は、そう言って会釈した。それを見ていると、すぐに愉楽先生が手を叩いたので俺は黒板側に視線を戻した。前を向くと、愉楽先生は笑顔だった。だけど少し、頬が引きつっている。大破した扉をあからさまに見てから、愉楽先生は続けた。

「では、続いて『鍛錬』を見せて頂きます。校庭へ移動して下さい」

 こうして俺達は、移動することになった。俺は、師匠の隣を歩く。
 その一歩前を玉藍様と燈焔様が歩いている。燈焔様の前を青鼠が早足で進む。
 朱李達三人は、俺達のずっと後ろを歩いてくる。

 正面で楽しそうに話している玉藍様達を眺めつつ、俺は外へと出た。

 すると今度は、時生先生が、『鍛錬』と書かれた箱を持っていた。

「ええ、『鍛錬』では、模擬戦や二行以上の仙術を行って頂きます。なお、模擬戦の相手は、好きな方をご指名下さい。既に発表を終えられた方や、模擬戦を終えた方を指名するのも自由です。好きな相手と戦い、敗北宣言を得るか、審判である我々が一方の負けを判定したら終了です。円から出ても敗退となります。お一人目は――」
「わしがやる」

 すると時生先生が紙を取り出す前に、壮年の外見の仙人が名乗りを上げた。渋い。あごひげが生えている。大人の男という感じだ。

「では、黄禄様、どうぞ。お相手は?」
「ふん。では、噂のお菓子仙人に相手をしてもらおうか。目をつぶっていても勝てる。腐っても俺は、高仙だからな」

 前へと出た黄禄様は、ニヤニ後笑っている。
 ――え、師匠が相手?
 お菓子仙人と黄禄様が言った時、その場に忍び笑いが溢れた。嫌な空気だ。