この修行だけは、他の修行とは異なり、一日二時間と限定された。
 他の修行は、ちゃんと終わるまで、時間を止めて全部やるんだけどな。

 同時に始まったのは、幻術だ。
 師匠は、これが難しいと言っていたのだが、そんなことはなかった。
 ただの脅しだったのかも知れない。

「この鏡に、自分じゃなくて、俺の姿を映して。強く俺の姿をイメージするんだよ」

 本当に簡単だった。目をきつく閉じて、鏡に映る師匠を想像した。
 それから目を開くと、そこには師匠が映っていた。

「できた。できたぞ!」
「……おめでとう」

 振り返ると、師匠は何故なのか目を細めていた。どうしてだろうか。

「じゃあ次は、この部屋に音楽を流して。好きな曲で良いよ。曲が流れているところをイメージするんだ」
「おう!」

 これも楽勝だった。すぐに部屋には、明るいテンポの歌が流れた。お花の歌だ。

「毎日この二つを繰り返すこと」
「え、これだけでいいのか?」
「うん。十分だよ。さぁ、夕食にしよう」

 師匠は、無機質な表情に戻ると、俺と一緒に地下から一階に戻った。

 ちなみに幻術は、慈覚様が得意だと泰岳から聞いたことがあった。
 和仙界一番の使い手らしい。
 慈覚様は、他もすごいらしいけどな。泰岳の師匠だ。

 泰岳の言葉を思い出しながら、その日は、親子丼を食べたような気がする。

 一方学校では、具術を真剣に学び始めた。渡された初級剣で、青鼠と戦っている。模擬戦だ。人同士では戦わないと俺は習ってきたから、最初は驚いた。だけど、青鼠も愉楽先生も当然だという顔をしていて、二人とも楽しそうな目をしていた。

 その内に俺も、打ち合い自体は面白いと気がついた。

 青鼠の方が力が強いから、いつも押し切られて負けてしまう。
 すると先生は言う。「ちゃんと仙気をこめれば、元々の体力は関係ないんです」と。
 頷いて俺は頑張った。その内に、たまに勝てるようになった。

 だが、青鼠はさらに、仙術で剣に火をまとわせることが出来るようになった。
 す、すごい。見た目が派手で格好いい。
 感動しながら俺がそれを見ていたある日、愉楽先生が言った。

「青鼠くんは、本当に火の扱いが上手いですね。流石は、和仙界一の火の使い手、燈焔様の弟子です」

 青鼠が誇らしげな顔をした。彼は常々、燈焔師匠のことを「馬鹿師匠」と言っているが、本当は好きなんだろう。絶対に本心では、俺の師匠と交換したいなんて思ってないはずだ。

「環くんも、そろそろ得意な属性を見極めましょうね。五術の内、得意な術もです」

 その日は、それで解散になった。歩きながら考える。

 最初は地が苦手だと思っていたのだが、今はそんなことはない。
 四行が、全て同じくらいなのだ。それだけではない。体術も具術も血術も幻術も同じくらいの習得具合であるような気がする。
 しいて言うなら、座学は苦手だけど、それはあんまり関係ないしな……。

 考えながら進んでいくうちに、洞府についた。
 もう、初夏だ。この季節のぐるぐる山は、和仙界全体とほぼ同じ景色になる。
 いつも同じ季節の和仙界と、ぐるぐる山も同じ色合いになるのだ。

「おかえり。どうしたの? 考え込んで」

 出迎えてくれた師匠が、首を傾げた。
 一緒に中に入りながら、俺は聞いてみることにした。

「師匠は、四行五術の中で、何が得意なんだ?」

 すると師匠は、淡々と答えた。

「特に無いかな」

 無いのか。それは、苦手なものも無いと言うことだと思う。
 確かに俺は、師匠なら何でもできる気がした。

「俺って何が得意なんだろ」
「環。必ずしも、得意なものを選ぶ必要はないんだよ」
「どういう意味だ?」
「好きなものを探求するのも良いものだと俺は考えてる」
「好きなもの……」

 そもそも仙人になりたいと思っていない俺は、当然好きなものと言われてもピンと来ない。

「ゆっくり考えればいい。こればかりは、一生かかっても見つけられない人もいるから」

 そうなのか。俺は頷いた。見つかるのか、ちょっとだけ不安になる。するとポンポンと俺の頭を叩くように師匠が撫でてくれた。その感触が気持ち良い。

「師匠、俺、頑張るから」

 俺が笑ってみせると、師匠が穏やかな目をした。
 こういう師匠の表情が、大好きなんだと、俺は改めて思った。