問答




「仕方ないじゃん。俺も含めて、混沌がこの世界を、『無』に返すことが、嫌だったんだから。みんなもそう。結局奇染だってそうだよ。みんなの行動は、止められなかったなぁ、いくら俺でも。俺、こう見えても優しいから」
「だったら、それこそ環が天帝だと、俺に話しておくべきだったんじゃないの?」
「無理矢理隔離する案もあったよ。当然さ。だけど、可哀想でさぁ」
「可哀想? 環はまだ子供だったんだから、新しい環境にも十分に適応できたかもしれない」
「でも、森羅は大人だよね? 今も昔も。あれ、違った?」
「俺が可哀想だったってこと? それ、本気で言ってるんなら、君はどうかしてるよ」
「そうかな。だって環は、森羅に、弟子として愛されるように『創られてる』わけだしさ。どの段階で引き離しても、結局、君は愛の喪失を味わうことになったんじゃない?」
「環の性格は、ここでの成長の賜物だ。人格形成に、天帝の能力が影響を与えることは無い。天帝が創ったものじゃない」
「だけど現に、君は環を大切にしてる」
「何か問題がある?」
「問題だらけだと思うけど」
「具体的に言ってもらえる?」
「まずさ、『適応できたかもしれない』って言うけど、子供であろうが大人であろうが、基本的に隔離したら殺害するでしょ。どうして、『環が生き続けること』を前提として考えてるの? 君なら殺さない?」
「……殺すだろうね」
「だよねぇ。それにさ、性格や人格ってなに? 成長って、なに? 形成って、なに? 根本的に、子供と大人の違いは何? いつから森羅は、『人間』の時間の連続性を語れるようになったの? 死んじゃったら、どれも無くなる。少なくとも、この世界では」
「言葉で定義する必要があるの? 南極は、定義する行為が嫌いだった気がするんだけどな。俺の気のせいかもしれない。そんなもの、『感覚』で、分かるだろ。少なくともこの世界は五分前に始まったわけじゃない」
「感覚かぁ。それって、『感情』の間違いじゃないの?」
「間違いじゃない」
「森羅は、俺に反論できてると感じてる?」
「感じてない……」
「それでも声を出さずにはいられない『感覚』ってことかな?」
「かもね」
「環に『執着』しているから、ついつい言っちゃうんじゃないの? もう手遅れなんだよ。愛ってさぁ、一回知っちゃうと癖になるから。それを取り上げるなんて、『可哀想』だから俺にはできない。俺まで辛くなっちゃうからね!」
「別に俺は、愛なんて――」
「森羅自身の感じ方は、そりゃ自由だ。だけど、環なんて欠点も沢山あるし、頭悪いし、性格も疑問な部分があるのに、森羅には全部が良く見えてるよね。はぁ、羨ましいなぁ、俺も育ての親が欲しいよ!」
「環には実の父親がいる」
「人間だからね。まぁ、その実の父親である兆越のことだってさぁ、気持ちは痛いほど分かるよ。彼もまた、紛れもなく、環を愛していたはずだからね。それに彼も周囲に愛されていた。森羅だって、可愛がっていたもんね」
「その通りだ。環を引き取る前から、俺は愛情を注いでいた。俺は弟子が全員可愛い」
「それは嘘だ。だったら兆越がいなくなった時に、この世界が終わっていたはずだ。奇染の離山の場合にも、同じことが言える。それの時に世界が終わっていても、何の不思議も無かった。けれど今も、和仙界は続いている。世界が五分前に始まったわけじゃないと、君の感覚が訴えているのなら、かなり以前から和仙界は存在しているはずだね」
「待ってくれ、俺は――」
「昔、教えてあげたと思うけどな。優しさを、はきちがえちゃ駄目だよって。君、最悪なことに弟子に関しては、未だに『優しい』と『愛情』を、混ぜてない? 『全体』と『個』というべきかな。マクロとミクロ? だって森羅は、『みんな』に優しいんでしょ? 体感的には、平等に『愛してる』わけだよね?」
「……俺の愛は、間違っているって言いたいの?」
「愛の正解なんて、俺は知らないなぁ。ほら、俺さ、定義が嫌いだから! 勿論、君の気のせいじゃない。定義なんて嫌いだよ。本当だからね! だけど、うーん、愛かぁ。それこそ『感覚』で理解するしかないね! 俺にも分からないよ!」
「もし仮に、自分の感覚に従うのであれば――おそらく、環がいなくなってしまっても、この世界は滅びない。無にはならないはずだ」
「どうしてそう思うの?」
「俺は環がいる、『この世界を愛しているから』だよ。環に限らず、弟子全員を愛している。そして彼らがいなくなってしまっても、彼らが生きていた歴史を持つこの世界を、愛しているからだ」
「大きく出たね」
「俺が愛する対象は、そもそも一個人では無かったんだ。俺にとっては、『全体』で正解なのかもしれない。人間が歴史を刻んでいくこの世界全体を、愛しているんだろうね。俺が喪失する愛とは、結局のところ、この世界を失うことみたいだ」
「――そして、一個人であろうが大勢の人間であろうが、人間ですらなくても、この世界に存在しているあらゆる動植物全ては、『天帝』でもある。天帝が宿っている。天帝が創ったものだ。『混沌氏との賭けのために、生み出された』とも言えるね。生み出されなければ、この世界に在ったのは、混沌氏を除けば、天帝のみだった」
「つまり俺が愛する相手とは、天帝ということか」
「俺が知っている限り、ずっと変わらずそれが真理だ。混沌氏が唯一執着した相手は天帝であるし、森羅もこの『天帝が溢れた世界』が好きなんだから、矛盾しない。『無』をもってして、それを消してしまうのは、実にもったいないことだと思うよ」
「天帝が溢れた世界? その表現は的確なの?」
「全てに天帝は存在しているんだから、そこそこ的確じゃないかなぁ」
「だとすれば、この世界の大部分が天帝であると言える。ならば――『世界を無で消去し、新しく創造する』ということは、『天帝自身の消去』だ。『自殺』じゃないか」
「その理解で合ってると俺は思うんだけど」
「天帝は……死にたかったの?」
「神様相手に、その表現は的確なの? 森羅こそ、もっとよく考えてよ」
「……消えたかったの?」
「既に『天帝』である環は、森羅を害した『天帝』を『消してしまった』と記憶しているけど。ただしどちらも『天帝』だし、『どちら』なんていう、二つみたいな、数は無意味だろうけどね。それは天帝犬を数えて、三つでも同じことだ」
「天帝は、この世界が嫌いだったの?」
「そんなことはないと思うよ。単純に、賭けに勝ちたかったんでしょ。『自分自身を消去して、愛の喪失を教える』という方法だ。天帝は、これが可能だと考えていたみたいだ。俺は、無理だと思ったんだけどなー!」
「自分が消えてしまったら、勝ちもなにも無いだろ?」
「いいや、この方法は、全く天帝には被害を与えない。だって、『天帝は全てに宿る』わけだから、『混沌氏が愛を喪失した時に抱いた感覚』にも、宿ることができる」
「そんなにすぐに、天帝は、なにかに宿ることが可能なの?」
「少なくとも天帝の顕現速度のほうが、君が『無』になるよりは早いはずだ。だってそうじゃないと、『無になった混沌氏を観測する者』が、世界からいなくなってしまう。誰もいなければ、君が『無』になったかどうか、分からないじゃないか。天帝以外、誰が目をこらすって言うの?」
「天帝がいなければ、俺は『無』にもなれない。そもそも、存在しない。それはそうだけど……じゃあ俺は、永遠に天帝と一緒じゃないと、生きられないの? 南極が言うところの正確な表現というものが、どうにも見つからないんだけど、『生きてる』で、伝わる?」
「『感覚』では、理解できるよ。けど、愚問じゃない? 生きるって、この世界で、だよね? それって、天帝と必ず一緒にいるのと同じことだ」
「だったら、賭けは俺の勝ちでいいの?」
「いいんじゃない? 君には、失いようがないんだから。泣き落しをするまでもなかったんだよ」
「俺が『無』では無くなった瞬間から、もう結論は出ていたんだね。俺が存在する限り、天帝は、自分自身を消去できないんだから。絶対に、賭けても俺に勝てない」
「だから俺は、沢山の人に、何度も何度も『天帝はいつも混沌氏との賭けに負けてる』って説明してきたんだけどなぁ。どうやら天帝は、その事実を認めたくないようだけど」
「天帝はできもしないくせに、自分自身の消去を試みているのか」
「そういうことだね」
「ここまでの話が事実だとすれば、どうして環が天帝だと、みんなが考えたのか、よけいに分からないな」
「君が今一番愛しているように見えたからだろうね。森羅が大切にする相手こそが、天帝なんだよ。誰でも天帝になり得る。だけど、今現在、天帝は環だ。そして環は優秀な才能を持つ仙人だし、不慮の事故でもない限り、ほとんど君と同じくらいの寿命になるだろうから、きっとこれからも、天帝なんじゃない」
「俺のせいなの? 結局は、そうなるの?」
「君は間違いなく加害者だね! ただし同時に、被害者だ。だって、逆に言えば、君だって天帝に大切にされてしまったからこその、森羅なんだから。環がいる限り、君は一生、森羅として生きることになるんだ。ただの、森羅、だ。人間だということかな」
「かなり良い一生じゃないかな」
「森羅がそう感じるなら、それでいいじゃないか! 俺は絶対嫌だけどね! 人間になるなんて! まぁ俺は君じゃないし、応援くらいはするよ。人間の友達も、俺には沢山いるから、安心して」
「だけど全然実感がない。だって、別に力が損なわれたわけでもないし。仙気に限らずね。知識も記憶もある。何も欠落してない。寿命だってほぼ無いわけだろ」
「天帝である環に、森羅という人間だと観測されたというだけだから、本質は変わらないんだよ。だから、俺は定義が嫌いなんだ。人の見方で変わるなんて、定義するのいちいち面倒になるんだよ。まぁでもほら、俺の中では、好きも嫌いも紙一重なんだけどね! 時には、定義が役に立つこともある! 人間と猫と神様の区別とかに!」
「その理屈でいうと、猫混沌こそが、今現在の本物の混沌氏になるの? 環は、あの仔を混沌氏だと考えているようだけど」
「間違いないね。実際にあの猫は、『混沌氏』じゃないか」
「俺は猫じゃないよ」
「君は森羅だからね。人間だ」
「だけど混沌氏は、俺だ」
「俺が知ってる混沌氏は、愛を知らなかったけど、君は知ってるでしょ。違うものだ」
「もう俺は、混沌ではないの?」
「目も鼻も口もあるよ! 誰かが描いたわけでは、ないみたいだ。おめでとう! 感情を持ったら、秩序も生まれたというのも奇妙だね。感情なんて、逆に混沌としていそうなのになぁ。嬉しい?」
「まだよく分からない。あの猫と俺は、無関係なの? いや――混沌氏としての神格が入ってるんだから、それはないか。それに……猫にも顔はある」
「無――すなわち混沌をよく見ると、森羅万象があったんじゃなかったっけ?」
「あの猫は、俺を生み出したの? いいや、俺を創っているのは、天帝の意識だ。観測結果だから……猫混沌をじっと見た結果、俺がいたってことになるのかな。ならばあの猫は、俺よりも先に生じていたことになるね」
「見た目は小さな猫だけど。俺が知る限り、仙人よりも寿命が短い霊獣は、いないかなぁ」
「いつどこで誰があの猫を観察して、俺を発見したの?」
「とりあえず、和仙界に来た時、既に環は、『猫』と『犬』と『鳥』を知っていたようだね。人間界には、そんな動物は存在しないのに。そういえば森羅は、どうしてペットを飼うためには、家族の同意が必要だと思ったの? 世話が大変だから?」
「いつか死ぬからだよ。家族みんなで受け入れるべきだと俺は思う」
「霊獣が? 死ぬ? それって、いつごろ?」
「……死なないね」
「うん。そもそも、死んでしまうとしても、その死を、一緒に悲しむ約束をしてから飼うっていうのも、俺はどうかと思うけど。それはそうと、永久の冬がきた時、君は無になったよね。天帝がいるのに。いいや天帝がいたんだから、本当は『無にはなれなかった』と考えるべきだ。だけど雪のような白いなにかが、降り積もった大地が確かに存在している。何が起きたんだろうね?」
「あるいはその日、南極の考えでは、一匹の飼い猫が死んでしまったということ? それが悲しくて、不毛の白で、すべてを覆い隠したと言う気?」
「きっとそうなんじゃない。それでさ、新たに生じる時に、混沌氏の神様部分の猫と、森羅万象の――お仕事を司る君に別れたんだ! 普通、神様が、必死に残業したりしないよ!」
「それもそうだね。悲しんだのが、俺だったとしても、天帝だったとしても、結果は今の世界だ。変わらない。俺はもう、仕事はしたくない」
「おそらく二人共、すごく悲しんだはずだ。森羅が働いてくれないと、三人目として、俺まで悲しくなっちゃうんだけど」
「泣いていいよ」
「いやいやいや、悲しませないようにしてよ! 涙を流させないで! 泣かせないで!」
「まぁいいや。不要な神の世界の記憶なんて、全て猫にあげてしまうよ」
「聞いている環には、別のイメージを与えておくことも忘れないようにね」
「いい機会だから、環には、父親のことを教えてみるよ。後は、明日の新年会のことかな」
「心の準備は大切だからね! 環から見たなら、事態は急展開なんだろうから」
「世界の観測者である環が読み解いた世界は、破綻気味だろうね。伏線も何もなくて」
「少し前までは、世界の読者は俺だったんだけどなぁ! 俺にはとても理解できなかったから、だから俺は定義が嫌いになったんだ。だって君ってどうかしてるよ! 全てに意味がなかったって気づいた時の、俺の絶望感が分かる? 本当に、君の日常は、非常に混沌としてた。もちろん、今もね! せめて君がヒーローならなぁ! 全く、人間業ほど辛いことはないね!」
「ヒーローどころか、テーマもストーリーも不在のこの世界で、何かを見出す努力をして生きていかなければならない人間を、俺はそれでも嫌いにはなれない。俺が森羅万象であることを観測してくれる、世界の読み手がいなければ、結局は無なんだから。混沌でいられなくなってしまう。だから主人公は人間であり、読者であり、それはすなわち、天帝であるし、勿論南極、君でもある」
「それって俺に対する愛の告白? 残念だけど、俺、女の子のほうが……!」
「君は一度、玉藍に頭の具合を見てもらったほうがいいみたいだね」
「ところで、森羅。人と話をする時は、本を手放そうよ」
「環の前では、読まないよ」
「それ、面白いの?」
「友達を泣き落としするために読んでいるわけじゃないから、少なくとも、あの本よりはましかな」
「どんな内容なの?」
「意味不明」
「つまり、森羅よりも、わかりやすい内容ってことだね!」
「南極、前から言おうと思っていたことがあるんだけど」
「なに? やっぱり愛の告白?」
「ぶっ飛ばしていい?」
「冗談だって!」
「いや、俺は本気だから」
「え?」
「前から一度、君を殴り飛ばしたいと思ってたんだ。昔と違って、俺は煙草を止めたから、今は、なかなかイライラを解消するすべがなくてね」
「DV反対!」
「俺達、いつから同じ家庭で暮らしていたんだっけ? そんな記憶はないんだけど」
「和仙界なんて、同じ家みたいなものじゃん! さて――そろそろ俺、迎えに行ってくるよ!」
「今度は誰を迎えに行くの?」
「もちろん、次の『環』だ」
「南極、言葉は正確に使うべきだ。君も同じ意見なんだろ?」
「――天帝が宿る、一人の人間を迎えに行ってくるよ。すなわち一人の読者、世界を読み解く者、ようするに、仙人の候補をね。世界の理を読み解く者をね! 今頃、彼はパズルのピースがはまる音を聞いているはずだから。おそらく、時計の針が進む音も」
「もう俺は、しばらく弟子は、いらないんだけど」
「わかってるよ。弟子をとるのは、次は環の番だ。今回は、正確な言葉だよ?」
「環には、まだ早いんじゃないかな?」
「だから過保護すぎるんだよ、君!」
「――だってね、いつか、猫が死んでしまったことがあるんだよ。以来、ちょっとね」
「えー? それって、俺の推測じゃないの? レンジの中にでも入っていたの?」
「ううん。画面の中に、入ってた」
「つまり?」
「現実ではなく、虚構に広がる無秩序は、果たして、混沌と言えるのかな?」
「俺は言えると確信してるね!」
「根拠は?」
「君の頭の中だ。俺には、それを理解するすべは、空想という虚構を頼りにするしかないけど――だって、俺達、友達でしょ? 君が混沌としているのは、そして混沌氏であることは、君を深く知る友人であり、観測者だった俺が保証するよ!」
「この本の内容、知ってるの?」
「本というのは正確なの? 迷宮図書館にある書籍は、ほとんど君がネットから拾ったものなんだから。君がその体裁にしたんだよね? あの時代には、もう紙なんて、ほとんど残ってなかったし」
「俺、平成初期以降の記憶、全部封じてるから、あんまりよく覚えてないんだよね。なにそれ? ネットって、なんのこと? 網?」
「さぁねぇ?」
「うん、またね」
「また!」
「うん」
「じゃーねー、また!」
「うん?」
「ばーいばい! またね!」
「しつこいよ、早く帰ってもらえる?」
「だって、これで終わりかも知れないからね!」
「なにが?」
「別にー! 『そういって、俺は、パタンと本を閉じた』って感じ!」
「ああ、もういいや」
「森羅冷たいよ!」
「That's All」