【番外】イマドキの癒し(嵯峨&リスナー)


 仕事が多忙を極めると、その最中は、没頭しているものだが、終わった後に奇妙な脱力感がある。仕事中は死ぬ程会いたいのに会えない恋人を想うのだが、終わった直後、最初に行うのは、まず麦酒をいっぱい飲みに出かける事である己――嵯峨旭は、自分に対して矛盾を感じていた。尤も、飲みに出かける先の”リスナー”の店では、隣に座る予定のナナキと、当然のように待ち合わせをしてはいるのだが。

 大学は現在、テスト期間らしい。あと三日もすれば、それも終わるそうだ。
 丁度良く、九課の仕事も片付いたため、二人で何処かに出かけようと話している。

 店に入り、飛んできた生卵を交わしながら、煙草を銜え、座ると同時に出てきたジョッキを一瞥する。美味そうな生ビールである。申し訳ないが、先に頂く事に決め、飲みながら恋人を待つと嵯峨は決めた。

 くたびれた緑の外套を椅子にかける。夏だというのに長袖の分厚い代物だ。
 そこまで愛着があるわけではないが、常に着ている。
 それよりも――”今年は”、どこに行こうか。付き合ったのは、今年のはずなのだが。
 己の思考に、嵯峨は微苦笑してから、それを忘れる事に決めた。

「”ネコ缶”は、今年はどこかに行くの?」

 その時、”リスナー”に丁度良く聞かれ、嵯峨は顔を上げた。

「そうだな……オススメの行き先はあるか?」
「……俺が逆に聞きたくて」
「幸せそうでなによりだ」

 互いに恋人の事を脳裏に描いている様子の、店主と客。
 そんな関係性に変化しても、意外と雑談は楽しい。

「イマドキの大学生のデートスポット、か」
「”イマドキ”ねぇ」

 ”リスナー”が、自分の分のジンライムを飲みながら、片目を細めた。

「思うんだけどさ、学生とかこだわってるけど、学生だって行き先を、ネットで検索したりするんじゃないの? そうしたら、同じような事を検索してたら、同じ所にたどり着かないかな? 悩むよりむしろ、テレビとかを俺達は見るべきなんじゃない?」

 その言葉に嵯峨が薄く笑った。

「俺は別にこだわっていないけどな。ナナキが行きたいと言う場所に行くだけだ」
「……あ、ああ、そう。へ、へぇ……」
「問題は、行った後だ。俺の歳では、体が持たない。その点、お前は良いだろう。同じ歳なんだからな」
「ひきこもり的な夜型バーマスを舐めるな」
「だったら一夏プールにでも二人で通って鍛えてきたら良いだろう」
「……想像しただけで、行きたくない……」

 同感だなと心中で笑いながら、嵯峨がジョッキを傾ける。
 口の中で広がる泡の感触に癒される。疲れが溶け出していく気分になる。

 それでも恋人の方が癒し成分は高いようで、付き合い始めてから、来店頻度は格段に減っている。それは嵯峨本人にもよく分かっていた。年甲斐もなく、恋に浮かれている自覚が有る。

 ――ナナキが隣に座ったのは、それから十分後の事だった。
やはり、顔を見たら癒されたから、嵯峨は麦酒がより美味しくなった気分で、口を開く。そんな夜もあった。