<5>犬の存在意義(※/☆)


「ほら、ね。誰もお見舞いに来ないでしょ?」
「本当に君が大切なら、みんな此処を特定しようとするはずなのにね」
「君は”イラナイ”存在なんだよ」
「――そう、僕にとって以外はね」
「僕は、君を大切にしてあげるよ」


 漆黒の首輪を、包帯の上から填められて、もう随分と経った。
 随分と言っても多分、数日だとは思うが、緩慢に過ごしてきた”灯”にとってみれば、毎日”霙”の帰りをいつの間にか待っていた自分や、”雨”が顔を出すのを何時しか待っていた自分を思い出せば、やはり、随分と時が流れた気がする。

 その前には、何時だって≪異形≫を殺したり、”雨”や”霙”と戦ったり、”ネコ缶”を怒らせたり、ここのところは、”リスナー”の店にいた記憶があるから、数日がとても長いものに思えたのだろう。

 鎖を強く引かれ、前にうつぶせに倒れ込んだ。
 その首輪から繋がる鎖は、”智徳”が握っている。
 それで柱に繋がれているが、昼間、”智徳”が居ない時は、その先端が外されて、右の足首にだけ、それが填っている。それもやはり黒い輪で、だけれども、室内を移動するには何の差し支えもない。

 浴室にもトイレにも行ける。ただ、外へと出られないだけだ。
 ”智徳”には、何故なのか、学校指定のシャツを着させられ、ズボンもそうだった。

「クスリ……」

 ポツリと”灯”が言うと、”智徳”が注射器を取り出した。
 それを”灯”の白い肌に打つ。初めこそ、一度だったが、今では、二度・三度と増えていく。注射される度に、体が楽になっていき、意識が鮮明になる。自分自身で思考する事の苦しさは相変わらず一緒だったけれど、その注射をされると――されないと、体が辛くなってくる。

 何時しか鬱血痕が増えていき、日に五度は、注射針を刺されないと、体が震えて仕方が無くなった。もう――何もかもを忘れたかのように、クスリが欲しいと、それだけを考えている。だがそれは”灯”に、とっては、幸せな現実だった。体を追い詰める苦しさも辛さも、何も考えさせないでくれるからだ。

 思い出したくなど無い数々の現実を、消してくれるから。

「う、ッあ」

 小さく呻いて、虚ろな瞳を”灯”が向ける。
 その暗い眼差しに、”智徳”が笑みを零した。

「もっとッ」

 さらなるクスリを求めて、”灯”が体を揺らす。ギシギシと鎖と首輪が音を立てた。
 ソファに座り、机に頬杖をついて、”智徳”は、そんな”灯”の姿を愉悦まみれの表情で眺めている。

「欲しいんだ?」
「ンぁ」
「言ってごらん?」
「ほ、しい」
「何が欲しいのかな?」
「ク、スリ」
「あーあー、不正解」

 馬鹿にするように笑いながら、”智徳”が下衣をおろした。

「欲しいのは僕の、コレでしょ?」
「ああッ」

 朦朧とした意識で、”灯”は”智徳”の陰茎を両手で掴み、無我夢中で唇の奥深くへと含む。

「っく」

 その苦しさゆえなのか、体がクスリを求めるゆえなのか、”灯”の瞳には涙が浮いていく。”灯”の喉を蹂躙するように、奥までイマラチオをさせながら、”智徳”が失笑した。

 わざと奥深くまで突き入れ、苦しそうに唾液を零している”灯”の虚ろな瞳を眺める。
 一通りそうしてから、中で精を放ち、”智徳”は苦笑した。

「こんな姿――”霙”君が見たら、何て思うかな?」
「っ」
「変態。気持ちが悪い。気色が悪い」

 クスクスと笑いながら、”智徳”が言う。
 それでも、”霙”の名前を出した時だけは、薬漬けの”灯”の瞳が僅かに動くのを、”智徳”はよく分かっていた。

「あ」

 注射針を、体力が落ちるのと同時により細くなった、”灯”の首もとへと突き刺し、”智徳”は笑う。

「”霙”君は、”雨”君のココにキスするのが好きなんだっけ?」

 体を震わせ、注射針の痛みになのか、心の痛みなのかは分からなかったが、”灯”が震えた。

 クスリを中へと押し込むと、”灯”がグッタリしたように吐息する。その後孔へと、”狐提灯”の二葉家に伝わる媚薬を手に纏い、”智徳”が突き入れる。

「ッ」

 ビクリと”灯”の体が反応したが、わざと奥まで指を突き入れ、バラバラに”智徳”が動かした。しかし”灯”の最も感じる場所には触れない。

 そのまま、鎖を柱に再び縛りつけた。

「あああっ」

 中に熱がこみ上げてきたようで、柱に拘束された”灯”が腰を揺らす。
 この媚薬は、朝まで効果が切れない。
 それが分かっているのに、ただ眺めるだけで、”智徳”は何もしない。

「やだ、ぁ、いやだぁッ」

 朦朧とした意識の中で、”灯”が泣きながら嬌声を上げた。未だかつて、”智徳”は指以外で、”灯”の中を暴いた事は一度もない。”灯”のシャツ越しにも分かる細い腰が揺れていて、半分ほどおろされた”灯”の下衣が、ガクガクと震える太股の存在を露見させている。

「あ、あ、ああああ!!」

 このどうしようもない悦楽が朝になるまで続く事を、既に”灯”は理解していた。
 背筋を熱が這い上がっているのに、ただ嘲笑するように”智徳”は、いつも眺めているだけなのだ。

「どうして欲しいの?」

 わざとらしく耳元で囁き、吐息を吹きかける。

「んぁああっ、嫌、嫌だぁッ!!」
「言ってごらんよ」
「止め、止めて、ク、クスリ」
「良いよ」

 体の熱を煽るように鎖骨を撫でてから、首元に注射針をさされる。最早”灯”は、”注射される”のが気持ちいいのかすら、分からない。

 いつも意識は朦朧としていて、体は疼きを訴えるのだ。

「嫌、嫌ぁああッ」
「嫌なの?」
「は、はやく、クスリっ」
「良いよ」

 苦笑しながら、”智徳”がわざとらしく再び突き刺した針を動かし、いたぶりながら、中の薬液を押し込んでいく。既に張り詰めていた”灯”の陰茎からは、制服を汚すように、ダラダラと雫が零れている。

「あ、はぁ、っ」

 涙をこぼしながら、”灯”が、頭を振る。

「ねぇ? ”灯”君」
「ああっ」
「君は大分体が熱いみたいだけど、誰にどうして欲しいのかな?」
「うあああッ、は、あ」
「教えてくれない?」
「――ッ、うう、あ、”智徳”ねぇ”智徳”っ!!」
「んーだめだめ。僕は入れてあげないよ」
「ンぁああああ!!」

 内部の疼きが極端まで達し、最早何も考えられなくなっていく。
 だと言うのに、ユルユルと、”智徳”がシャツの上から、”灯”の乳首を摘んだ。
 優しく撫でては、はじいて、また摘んで。

「ひゃ、っ、あああっン――やぁッ、あ、あ、苦し……っ」
「本当は、”霙”君にこうされたいんじゃないの? こう、っていうか、中をグチャグチャにして欲しいんじゃないの?」
「違、違うっ、ああッ」
「嘘は良くないよ」
「ンあ――!!」

 キツク乳首を摘まれて、”灯”は拘束されているにも関わらず、思わず背を反らせた。
 ――……だって、嘘なんかじゃなくて、本当に違うのだ。
 ただ、ただ一度で良いから、一緒にお祭りとかに行ってみたかっただけなのだ。

 涙がボロボロとこぼれていくのが分かる。
 けれど、体の疼きは止まらない。
 でも、だとしても、きっと”智徳”は信じてくれないだろうし――何よりも、あの二人の幸福を自分が壊してひびを入れてしまったのだとしたら、そんな事を口にするわけにはいかない。一緒に、お祭りに行きたかったなんて、絶対に。

 ただ無我夢中で首を振り、快楽に堪えながら、一人で”灯”は泣いた。

「”灯”君。僕は、”霙”君と君の仲を応援してるんだよ? これでもね」
「え、あ?」

「だってね――……僕は、”雨”君の事が好きなんだから」

 響いた声に、続いたその言葉に、息苦しくなったままで、思わず”灯”は目を見開いた。

「だから君には、僕の忠実な”犬”になってもらわないとね」

 嘲笑するように”智徳”が言う。

「雨君とシてるだけでも、それを聴いただけでもイライラしたけどね。君が後ろを覚えて、”霙”君とそう言う仲になってくれたら、もう何の心配もなくなるからね」

 どうしようもない体の奥から響いてくる熱に、身悶えながらも確かに”灯”は、切なそうな”智徳”の声を聴いた気がした。

「だけど、”雨”君と関係を持っていた君を許せるはずがないだろ」

 そう言うと、”智徳”が、指の先端だけを”灯”の中へと押し込んだ。

「ひッ」

 だが、そんな刺激では到底体は堪えられなくて、無我夢中で腰を動かそうとする。

「僕は君の事が大嫌いだったんだよ、最初から。知ってた?」
「あ、ああっ、あ」
「勿論、”霙”君との仲は応援するけど、それは僕自身のためなんだよ。君には、復讐心しかない」

 入り口付近を、探るようにユルユルと指で”智徳”が撫でる。
 その感覚が辛すぎて、”灯”は瞼を伏せ、そして涙をこぼした。
 強すぎる快楽――クスリで感度が増している、だけど。
 それ以上に、みんなに愛される”雨”が羨ましかった。
 自分には、誰もいないのだから。


 それから”灯”が我に返った時、そこは既に”夜”の世界だった。

「今日は”騎士団”の渋谷事務所を壊滅させてきてくれるかな?」

 シートからプチプチと十五錠ほどの錠剤を取り出しながら、”智徳”が笑った。
 頷いて薬を飲んだ”灯”の右袖をまくり上げ、一気に7回、”智徳”が注射をする。

 その後、虐殺が始まったのは――一時間後の事だった。

 血塗れで一人、”灯”は、吹き抜けの窓から、紫色の月を眺めていた。
 ぬるぬるとしていて、血は気持ちが悪い。
 周囲には、首だけになった”贄羊”が数多いる。

 最早そうした行為が、クスリのせいなのか、”智徳”の命令で犬になったから従っているのか、元々の自分がそう言う死臭を漂わせている人間だからなのか、”灯”には分からなかった。

 水たまりのような紅い血を踏みながら、今年のお祭りは、雨が降らなかったのかな、だなんてぼんやりと考える。けれどあれは、ただの”雨”の優しい言葉だったのだろうから、自分がそれを楽しみにして良い理由なんて何処にもきっと無かった。どうせ浴衣なんて着てみたところで、それが血で染まる未来以外、”灯”には想像も出来なかった。

 誰かの生首を拾いながら、考える。
 自分が殺したこの人には、愛してくれる人がいたのだろうか?
 ならば余程――自分よりも生きる価値があったはずなのに。
 それでも、それを床に落として踏みつぶした。そんな考えをいだけば、”灯”はただ、辛くなるだけだったからだ。

「さすがだね。これなら、”殺戮人形”にも、勝てるかも知れない」

 その時、錫杖の音が響いた。
 いつも、一体何処で見ているのか、全てが終わると”智徳”がやってくるのだ。
 そして、”灯”が告げる言葉も変わらない。

「クスリ」
「良いよ」

 いつもはなんだかんだと理由を付けて、帰宅するまでクスリをくれない”智徳”が、珍しく、微笑してすぐにそんな事を言った。

 疑問に思っていると、抱きしめられて、直ぐに首筋に注射針を突き立てられた。
 痛みよりも直ぐに、体に染み渡っていくような、注入された感覚に体が楽になっていく。体の何処が楽になっているのかは分からなかったけれど、多分、心みたいな名前をした、心臓の辺りにあるものだろうと”灯”は思っていた。

 それにしても――……抱きしめられたのなど初めてで、思わず顔を上げた。

「何かあったの?」
「……君は黙ってて。嗚呼、そうだね。もしも、『僕の事を――”智徳”の事を愛しているのか』と誰かに聞かれたら、Yesって答えてもらえるかな? そうしたら、帰ったらクスリをあと10本あげるよ。それにそれが……”雨”と”霙”のためにもなるよ」

 僕が誰を愛していようが、気にする人など居ないだろうと思いながら、”灯”はそれでも頷いた。――なんだろう。一瞬そんな事を考えた後、”灯”は気がついた。

 周囲に張り巡らされているテグスと、鎖に。
 目を凝らせば、恐らく”コンポタ”の物だろう、巨大なテディ・ベアが、二階のフェンスからこちらを向いて座っていて、その前後には、腐った巨大な果実が浮かんでいる。

 その時、靴の音が聞こえた――嗚呼、”ネコ缶”の足音だ。
 そこまで理解した時、やはり”ネコ缶”が姿を現した。

「どうやって懐柔したのかも知らないし、興味もないが、”贄羊”狩りに利用するのは見過ごせないな。まぁ、今更だけどな、警察官として」

 淡々と気怠そうな顔で、”ネコ缶”が言った。
 多分本当は、どうでも良いと思っているのだろう。

「懐柔なんかしてないし、自傷行為を止めるために”贄羊”を斡旋していただけだよ、僕は」

 笑いながらも溜息をついて、錫杖を”智徳”が床に突く。
 シャラララランと音がした。

「だったら、そういうのはこっちで用意するから、”灯”の事を返してもらえるかな」

 その時、”ネコ缶”の隣に”翡翠”が立ったのを、”灯”は見た。
 滅多に表には出てこないから、”翡翠”の姿を意外に思う。

「別に僕は、”灯”に一度も、僕の側にいる事を強要してないよ。僕の所にいたのは、”灯”の意志だ」
「クスリ漬けにしてか? その首輪は何だ?」

 淡々と”ネコ缶”が言う。――その時だった。
 伸びたテグスが、”智徳”の首に絡まったのと、飛び出してきた”雨”を見た。
 気づけば”灯”は、走り出していて、それをナイフで裂き、”智徳”の前に立っていた。

「っ、なんで」

 動揺したような”雨”の声を聴きながら、ほぼ同時に放たれていた”ネコ缶”の銃弾を腹部に受けた。ダラダラと血が零れたから、それが分かる。

「そんなに――本気で、”智徳”の事を愛してるの?」

 泣き叫ぶように、”雨”に言われた。朦朧とした思考で、嗚呼、言わなければと思いだした。

「……そうだよ」

 答えた瞬間、”灯”は倒れ込んでいた。
 驚いた様子で、”智徳”がその体を支える。そしてその焦ったような表情を見ながら、もう一つ言わなければならない事を思いだした。

 今度こそ――”雨”と”霙”の関係にひびを入れてしまった時のように、何も出来ない自分自身を”灯”は呪っていたから。

 のぞき込んできた”雨”を見据え、朦朧とした意識を叱咤して、無理に”灯”は笑って見せた。笑うために表情筋を動かすなんて、久方ぶりの事である気がした。

「……っ、あ……”雨”」
「な、何?」
「”智徳”『も』ね、”雨”の事が好きなんだって」

 伝える事が出来た事に安堵して、僕は俯きながら、血を吐いた。
 胸が苦しい。まだ、血は止まらない。どうせ朝には治るけど。

「「!」」

 ”智徳”と”雨”が同時に息を飲んだのが分かる。
 けれどそれを理解できるだけの力が、もう”灯”には、残ってはいなかった。

「馬鹿、本当に、馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿っ」

 何故なのか”雨”は泣いていたけれど、それが綺麗に見えた”灯”は思わず笑ってしまった。嗚呼――いつか、お祭りに行けたら良かったな。