<4>偽りの優しさを、ばらまく者達


 エントランスから、思いの外広いキッチンを通過する程度には長い廊下。
 片側には、お手洗いや浴室がある。
 そんなマンションだった。

 目を伏せ、上半身だけを起こし、唐突に開いた鍵の音を”灯”は静かに聞いていた。
 続いて響いた足音に、布団の下でナイフを握る。
 ――”霙”の足音ではないし、”雨”のものとも違う。

 冷静に考えれば、”リスナー”がやってきたのかも知れなかったが、それが一番有り得ない事だと同時に”灯”は、考えていた。”リス

 ナー”の足音は、他の誰よりもよく知っている。気配を殺しているわけではない以上、歩く度に音がする以上、”リスナー”だとは、やはり思えなかった。

 ”ネコ缶”とも違う、”コンポタ”でも無い。”黒キリン”の足音はまだ知らなかったが、彼が己の見舞いに顔を出す理由を”灯”は知らない。ならば――誰だ? ”灯”は、死の気配に、大変敏感だった。

 誰かがリビングのドアノブに手をかけた。ナイフの柄に力を込める。
 ――その時だった。
 シャラララン、と、音がした。

 目を見開き息を飲んだ”灯”は、錫杖を持って入ってきた”智徳法師”の姿に驚いた。
 純粋に驚いていた。これまで楽しそうに、殺し合いの最中に顔を出した事はあったが、それくらいしか知らない相手だ。

「久しぶりだねぇ、”灯”。体調はどう?」
「……何で此処にいるの?」
「君のお見舞いだよ。後は、”雨”君と”霙”君の、かな」

 言われている意味が分からなくて眼を細めていると、窓の直ぐ側にある空の花瓶に、”智徳”が花を生けた。

「もう起き上がれるみたいだね」

 ”灯”の首に巻いた包帯を一瞥してから、智徳が笑った。

「”雨”と”霙”のお見舞いってどういう事?」
「ああ――」

 その言葉に、智徳が嘲笑するように口角を持ち上げる。

「君のせいで、二人の仲には罅が入りそうになっているからね。あの二人、優しいから」

 思わず目を目を瞠った”灯”へと振り返り、窓枠に座りながら、”智徳”が笑っている。

「まぁ普通に考えてごらんよ。自分たちのせいで、誰かが自殺しようとしたんだよ。普通は気を遣う。気を遣われた覚えはない?」

 そもそも此処へと連れてこられた事。
 何故なのか、もう数日の間泊められている事。
 端緒からして、”ゑル駄”を彷徨っていた自分を連れてきてくれた事。
 現在も薬の管理をしてくれている事。
 食欲のない自分に、食べやすそうなヨーグルトやらゼリーやらプリンやらを買ってきてくれる事。

 ”雨”にしても、そうだ。
 お祭りに誘ってくれた事。
 本当は自分なんて邪魔なだけの存在なのに、無理に優しくしてくれる。

「全部君のせいなんだよ、”灯”君」

 何も言えないまま、”灯”は俯いた。

 表情こそ変わらなかったが、はっきりと誰かに、あるいはこのように糾弾されたかったのかも知れない。

 自分のせいだ、自分のせい、自分の、そうだ、自分の――……ただ本当に自分勝手だとは分かっていたけれど、自分にそんな風に目をかけてくれたのだという二人の存在が嬉しかった。

「僕はね、思うんだけど。君は? ”灯”君は、本当に自分が此処にいて良いのか、分かってる? 出て行くべき何じゃないの?」

 それは、当然の事実だった。
 最初こそ”リスナー”に居場所が露見するなどと言っていたが、今では居場所をとっくに特定されているにも関わらず。

 では――自分は何処へ行けばいい?
 ぼんやりと”灯”は考えた。

「もしも行く場所がないのなら、だけど。僕の家へ来ない? ”リスナー”ですら、来ない場所だよ。”リスナー”の店よりも強い結界が張ってあるから、マンション自体が安全だし。”ネコ缶”も僕の部屋は知っているけどね、あの時は僕が招いたようなものだから、もう――入れない。僕になら、基本的に迷惑をかけないでしょ?」

「”雨”と”霙”を引き裂くような、ね」
「全部全部君のせいなんだよ、”灯”君」
「君が自分勝手な行動を取ったせいで、みんなが迷惑したんだよ」
「誰も君の事が心配なんじゃない」
「心配なんかするわけ無いだろう?」

 淡々と、それでも笑顔のまま続いていく”智徳”の声。
 それらは当然の言葉のはずだったのに、何故なのか≪異形≫の爪よりも深く深く、抉られ、欠けていくような感覚に陥った。

「家賃も何もかも、僕と一緒に来るなら心配はいらないよ――ただね、僕だって、”タダ”で、”親切”で、そこまでしてあげるほど、君の事を大切に何て思っていない。当然条件を一つ、飲んでもらうよ」

 喉で笑うように”智徳”の声が響いていく。

「条件?」

 ”灯”は、漸く自分自身の喉が、発声をきちんと出来る事を自覚していた。

「君には、僕の”犬”に、なってもらおうかな」

 犬――……?
 最早、花の香りで蒙昧とした”灯”には、正確にはその声が理解できなかった。

「例えば何をするの?」
「そうだな――……基本的には今と変わらず、みんなを殺してくれればいいよ。”ネコ缶”とか、”黒キリン”とか、”リスナー”は、ちょっと難易度が高いかな? 他には、”狐提灯”だとか”眼球虫”とかね。簡単な事だよ」
「……そう」
「変化が一つあるとすれば、君は僕に飼われるんだから、僕に従ってもらう。僕は、僕に忠実な犬が好きだからね。例えば、君には黒い鉄製の首輪を付けて貰ったり――……僕に抱かれてもらおうかな。”雨”君にのられて、タチが出来たんだから、僕が犯せばネコも出来るんじゃない? 嫌なら別に良いけどね」

 ”智徳”の声が、”灯”の耳をすり抜けていて、ただやはり正確には理解できない。
 ただただ花の甘い香りに、惑わされていくようだった。

「どうする?」
「……」
「僕と一緒に来る? 来るんなら、”リスナー”にはちゃんと、こちらから連絡しておくよ。何も心配はいらないから」

 頷く以外の選択肢を、その時”灯”は、思いつかなかった。
 すると笑顔で歩み寄ってきた”智徳”が、和服の袖から、法師の服には不似合いな注射器を一つ取り出した。

 ”霙”が無理矢理に着せた、ぶかぶかの白いパーカから、”灯”の白い腕が覗く。

 注射針の痛み。痛いだなんて思ったのは何時振りだろうと思いながら、己の関節付近に浮き上がった血管を、静かに”灯”は眺めていた。

「これ、何?」
「”灯”君の体に、少しだけ元気をくれる”お薬”だよ」
「そう」

 それからまた錫杖の音を聞いた気がしたが、もう”灯”には、よく分からなかった。




「けどさぁ、なんだか、三角関係が大混乱してる感じだよね」

 ”リスナー”のそんな言葉に、概要を聞いていた”ネコ缶”がジョッキを置きながら、目を細めた。

「お子様の恋愛に何か興味ないな」

 淡々と気怠そうに言った”ネコ缶”を見て、馬鹿にするように”コンポタ”が笑った。

「高校生以下の恋愛してるくせに。SEXで仲直り……」
「うるさい」

 眉間に皺を刻んでから、”ネコ缶”が”コンポタ”へと視線を向けた。

「中学生以下の恋愛してるのは、何処の誰だ?」
「うあぁ、そう言われちゃうとねぇ。だってさ、祐助先生、本当に可愛いんだもん」
「お前の歳で『だもん』とか言っても可愛さなんて無いぞ。ただキモいだけだ」

 嬉しそうに惚気を開始した”コンポタ”と、辟易した様子の”ネコ缶”。
 殺されまくっていた相手と、殺しまくっていた相手。
 この二人が、こんな風に、恋愛事で話をする仲になったのが、少しだけ”リスナー”は、誇らしい。――常連さん同士が仲良くなるって、何か新鮮。

 そんな事を考えていたら、”コンポタ”が両肘をカウンターについて、組んだ手に顎を乗せた。丁度その時、”雨”が扉を開けた。”

 コンポタ”と”ネコ缶”の視線が同時に向く。

「いらっしゃい。何飲む?」

 ”コンポタ”の隣に座るなり、”雨”が辛そうな表情で、ポツリと言った。

「ジントニック」
「あれ、珍しいね。お茶割りとか、割ものじゃないの」
「……”灯”が好きだったから」

 その苦しそうな顔に、”コンポタ”と”ネコ缶”が視線を交わす。それから手を組んだまま、カクテルが出てきたのを確認しつつ”コンポタ”が、空笑いをした。

「そんなに好きなんだ?」

 ”雨”は、泣きそうな顔で、頷いた。その表情自体が、天候の雨に似ていた。

「もういっそさぁ、そんなに好きなら、三人でヤっちゃえばいいのに」

 そんな”コンポタ”の声に、呆れたように”ネコ缶”がジョッキを傾ける。

「三人で?」

 すると”雨”が顔を上げた。

「後ろの孔に”ヤンキー”がぶち込んで、前は”雨”が責めるとか」

 高校生相手に何を言ってるんだよと、”ネコ缶”は顔が引きつりそうになった。

「後ろに”ヤンキー”がイれて、”雨”が前にのっかるとか」
「……」

 相変わらず泣きそうな顔のまま、”雨”が”コンポタ”を見上げる。

「逆に”ヤンキー”が口でして、”灯”の後ろを”雨”がヤっちゃうとか」
「……――3Pって奴?」

 ポツリと”雨”が言うと、大きく”コンポタ”が頷いた。

「そ。これなら、みんな幸せじゃん。それに何て言うの? ”灯”だって、二人がかりだったら、快楽に籠絡されるかもよ? 言うじゃん、ほら。痛みに強い分快楽に弱いとか。”灯”はそう言う話は聞かないけど。だから、逆に”ネコ缶”とか”雨”みたいに、痛み
……? うーん、現実が辛くてヤりまくってる場合もあるのかもしれないけど」

 その言葉に、勢いよく”雨”がグラスを置いた。

「俺の”灯”への気持ちはそんなんじゃなくて、大切なの。”コンポタ”や”ネコ缶”と一緒にしないで」

 怒りを含んだ様子の”雨”の声だったが、とうとう”ネコ缶”は麦酒を吹き出しそうになった。

「俺は今は一途だぞ」

 確かにそうした過去はあるが、今は”黒キリン”――ナナキの事しか、考えられないのだ。

「今は惚気とかいらないから」

 苦笑しながら、”リスナー”が、空になった”ネコ缶”のジョッキを見て、二杯目を差し出す。そうしながら、”リスナー”が考えるように、顎を撫でた。

「ただガチな話、歳近くて、高校生から見れば大人で、恋愛相談できそうなのって、”黒キリン”と”榊様”くらいだよね、考えてみると。あの二人を召喚してみる?」
「「……」」

 確かに自分たちでは、いくら恋をしていようが、若い”雨”の参考になるような事は言えないかも知れない。

「その場合、”黒キリン”は”ネコ缶”がいたら話しづらいだろうから、帰ってね。どうせ同棲してるんだから、良いでしょ」

 続いた”リスナー”の声に、一気に二杯目を飲み干してから、”ネコ缶”が立ち上がった。

「まぁそれもあるけどな――別に仲が良いとは思わないし、恨みの方が強いけどな、”灯”の事は、俺だって気になる。寧ろ”雨”より”灯”の近況が。自殺するくらいなら、相手を殺しそうな奴なのに。まさか逆だとは思わなかったし――……恋してるとは思わなかったよ、アイツが。だから、なんだ? 応援、ともまた違うんだろうけどな、上手く行くと良いな。後、”黒キリン”はタクらせてでも、ちゃんと家に帰って来させろ」

 つらつらとそう言うと、”ネコ缶”が出て行った。

「僕はいても良いよね?」

 ”コンポタ”の言葉に頷いてから、”リスナー”が電話をかけ始めた。
 それから”黒キリン”と――この店に初めて、”榊様”こと”阿部祀理”がやってきたのは、一時間ほど経った頃だった。

「はじめまして」

 祀理の声に、柔和な笑顔で”リスナー”がメニューを差し出す。

「噂って言うのかな、ナナキ君と仲が良いって聞いてたんだ。サービスするから、ゆっくりしてってね」

 ――食事のメニューあったんだ。
 そんな思いをしつつ、”コンポタ”も、やはり初めだから”コンポタ”という通り名を名乗る事は避けた。

「僕は此処の常連で、由唯って言うんだ。宜しく」
「よろしくお願いします」

 にこやかにそう告げた祀理には、何処にも威張りきった様子は見られなくて、”榊様”にしては、随分と腰が低いんだなと、四條家の末子である”コンポタ”は思う。これならば――安倍九尾に好き勝手にされているのも分かるかも知れない。顔立ちも悪くないし、身長だって、ナナキよりも少し低いくらいだ。

「俺はさ、いつも唄聞いてるから”リスナー”とか呼ばれてるんだ。この店のマスターなのにさ。だけど、そっちの呼び名の方に慣れちゃったから、良かったら”リスナー”って呼んでね。何飲む?」

 朗らかにそう告げた”リスナー”に向かい、おずおずと祀理が、麦酒を指した。

「じゃあ僕も」

 珍しく、ナナキもそう続けた。
 二人揃って並んでいると、ナナキが気怠そうな学生、祀理が穏やかな学生に見える。
 情報でこそ知ってはいたが、やはりナナキも、気を許した”親友”の前では別の顔を見せるのだろうか何て、”リスナー”は、考えていた。

「それでね、ナナキ君。今日は聞きたい事があってさ」

 ”雨”とは逆側の位置に、一つ席を空けて、ナナキと祀理は座っている。
 祀理とナナキの前に、お洒落なジョッキを置きながら、”リスナー”が苦笑する。

「勿論本音で、ナナキ君の顔が見たかったり、その友達の顔が見たいって言うのはあったんだけど――……ちょっとね。今回は、高校生の恋愛相談に乗って欲しいんだ。とりあえず通報されたら困るから、”雨”くんなんだけど。仮称ね、仮称」

 その声に、祀理とナナキが顔を見合わせる。
 ”雨”は、と言えば、ふてくされたような表情で、ジンライムを飲んでいた。

 それから、”リスナー”が濁しつつも、二人に概要を語った。

 素直に言葉を聞きながら、二人は麦酒を飲んでいる。
 ”リスナー”の話が終わった時、ポツリと祀理が言った。

「初対面でこんな事を言うのも、悪いと思うんだけどさ。俺的に、はっきりいって、体だけは反対だよ。それ目当てな気がして、誰の事も好きになれない」

 大きく頷いて、ナナキも続ける。

「僕もセフレじゃないかって悩んだし」

 ナナキの声に、祀理が苦笑しているのが分かる。また、いつもより大人びた口調に聞こえるナナキの言葉に、やはり彼には自分の知らない人間関係や世界が、きちんと構築されているのだろうなと”リスナー”は思った。それを――”ネコ缶”は知っているのだろうか?

「まぁ、高校生なんてヤりたい盛りかも知れないけどさ」

 祀理がジョッキを空けながらそう言ったので、”リスナー”が、またそれとなくメニューを差し出す。

「あ、ナナキはツマミどうする?」

 現在二人の前には、Barには不似合いな、切り干し大根が出ている。

「僕は此処で、お通し以外食べた事がないんだ」
「いつもじゃん、それ。何処に飲みに行ってもさ。じゃあ適当に頼むよ。すいません、このチーズとサラミの盛り合わせと、ブルストと、フィッシュ&チップスを下さい」
「はいはい」

 久しぶりの料理の注文に嬉しくなりながらも、カウンターの会話が聞こえるように、”リスナー”は機械を操作した。

「祀理が言いたい事も分かるけど、肉体関係無しだとしたら?」
「え? あったんでしょ?」
「けどさ……難しいところだ。けどな、今までそう言う関係だったのに、急に優しくされても、正確に意味なんか伝わらない」

 まずは盛り合わせを用意して、カウンターに置きながら”リスナー”が苦笑する。
 すると”コンポタ”が笑みを吐息に乗せた。
 彼は先ほどから、”雨”の表情を観察するように無言で、時折笑うだけだ。
「経験者は語るって奴?」

 ”リスナー”が声をかけると、あからさまにナナキが咽せた。
 祀理が礼を言ってチーズの載った皿を受け取った後、ナナキへと視線を向ける。

「あーでもそれ、分かるかも。この前妙に、一宮さんとか二葉さんとか……って名字で呼ぶと怒る人達が居るんだけど、なんか変な方向で優しくて、俺は途惑ったし」

 ――完全に、”狐提灯”の計画失敗に終わってるじゃん。
 兄の事を思い出しながら、”コンポタ”は漸くそちらに視線を向けて苦笑した。
 次にブルストを茹で、戻りながら、”リスナー”が話を戻す。

「優しくって言うけど、”灯”と”ヤンキー”をくっつける優しさとかは?」

 祀理には、”灯”は本名、”ヤンキー”は渾名だと説明してる。当然”ヤンキー”の本名が”霙”だとも伝えてある。飲酒していない二人だから、(仮名)だとも言わなかった。

 その言葉に、「カルーアミルク」と応えてから、ポツリと”雨”が言った。
 初めて視線が、ナナキと祀理に向く。

「……”霙”が既に、俺と”灯”をくっつける計画してる」

 その声に、ナナキと祀理が顔を見合わせた。
 溜息をつきながら、”リスナー”が頷いた。
 隣では、”コンポタ”が呟く。

「愛だね……」

 そうした様子を見守ってから、ナナキが二杯目の麦酒を頼みながら、溜息をついた。

「直球で告白してみれば?」

 その声に、大きく祀理も頷いた。

「まぁどうせ一・二年すれば、高校の時の恋なんて忘れるよ」
「だよな。恥ずかしいとか思わず行っちゃえばいいんだよ」

 続いたナナキの声に、そんな事を聞いたら、”ネコ缶”は怒り狂うだろうと思ったから、”リスナー”は心底帰宅させておいて良かったと感じる。”ネコ缶”だって散々遊んでいたのだから、不条理だけれども。

 ただ一つだけ――……大学生二人の言葉に、僅かに”リスナー”の胸が疼いた。

「そうかなぁ。俺は今でも、高校生の時の片思いが忘れられないけどね」

 過去を語る”リスナー”が珍しすぎて、”コンポタ”が視線を向ける。
 丁度ブルストが茹であがったようで、それを確認しに”リスナー”が厨房へと姿を消した。それから、ポテトや魚を揚げる音が響いてくる。

 暫しの間をおきながら、四人は歓談した。
 自分より大人であるはずの、三人の言葉――だけどきっと、大人になんかこの気持ちは分からないと、”雨”は思っていた。自分たちの関係性だってそうだ。何も知らない癖にと、そんな思いが強くなる。

 その時、”リスナー”が戻ってきて、祀理達の前に、二つの皿を置く。
 そうしながら、不意に”雨”を見た。

「けど、”雨”と”ヤンキー”に優しくされたら、”灯”死んじゃいそう」

 祀理はそれを耳にして、苦笑しながら、ポテトを一つ手に取った。

「それはないよ」
「なんで?」

 純粋に疑問に思って、”リスナー”が問う。
 すると祀理がジョッキを傾け、次の酒を所望した。そうして続ける。

「死にたいとかって、高校生特有の、思春期特有の脆さだと思うよ。学生になっても、長い間ひきずる人もいるけど。一回やったら、もうやらないよ。やっていいなら、俺もやってる」

 苦笑するように響いた声に、ナナキもまた頷いていた。

「祀理の境遇なら、僕も死にたくなるだろうけど、確かにやらないかも。代わりに、≪異形≫殺しをしまくるとか、死なないから≪贄羊≫や≪贄黒羊≫を殺しまくる気がする」

 酔っている様子がナナキにはないから、≪贄羊≫の話などを、祀理は知っているはずだと”リスナー”は判断した。

 だから、知らんぷりをして、続ける。

「んー、≪異形≫は兎も角、≪羊狩り≫はするかなぁ。逆にわざと殺されそうな気がする。嗚呼見えて、内側に衝動が向くタイプな気がするんだよね」

 そこには、祀理の知識を確認するという理由もあった。
 丁度その時の事だった。乱暴に扉が開き、”霙”が姿を現したのだ。

「おい」

 緊迫感が滲みだしているその声に、何事だろうかと皆の視線が向く。

「”灯”、戻ってきてるか?」
「来てないけど」

 ”リスナー”が驚いて声をかけてから、眉を顰めた。

「まさか――」
「居なくなってた。何処にも居ない」

 続いた”霙”の声に、”雨”が息を飲んでいる。

 ――あの体調では、動くのはまだ無理だ。

 慌ててスマホで電話をしようと”リスナー”が手に取った時だった。
 着信を告げる音がする。
 息を飲んでから、”リスナー”は電話に出た。周囲に声が聞こえないように、厨房の奥まで移動し、小声で電話を続ける。

『久しぶりだねぇ、”リスナー”』
「”智徳”……どうかした?」
『そろそろ探されてる頃かと思ってね。”灯”君は、僕が引き取ったよ。僕の部屋にいる』
「っ、なんで――」
『さぁ? まぁ、悪いようにはしないよ』

 それだけ言うと通話は途切れた。”リスナー”は、冷や汗が垂れていくのを実感していた。続いて、焦った様子の”霙”と、険しい顔をしている”雨”を一瞥する。

 ――何処まで伝えるべきか?

「……場所は見つかったよ。ただ君達には行きずらい所。何も心配はいらないから」

 作り笑いで告げる事、”リスナー”にはそれが精一杯だった。
 とりあえず安心したのか、”霙”がごく自然な動作で、”雨”の隣に座った。

「俺にも麦酒」
「こらこら未成年」

 呟いた”リスナー”は、動揺を悟られないようにしながら、”霙”の前にジョッキを置く。持つ手が気づけば震えていた。

 ――何があった?

 ”智徳”が絡んでいるとなれば、自分にも手出しが難しい事は、”リスナー”には分かっている。恐らく正面から対峙して、どうにか出来るとすれば、”ネコ缶”くらいしかいない。

 考えても考えても考えても、答えなんて出てこなかった。その時、不意に扉が開いた。鈴の音が鳴る。

「ちょ、ナナキさんも祀理さんも酷いっすよ。俺の事も、最近ナナキ先輩が行きつけの店に連れてってくれるって言ってたじゃないですか」

 入ってきたのは、学生だった。
 しかし目があった瞬間、思わず”リスナー”は息を飲む。
 あるいは――……これも”智徳”の策略なのではないかと思いながら。

 ――それは、ある夜の情報屋の記憶である。
 ともかく、この日から”灯”は、行方不明となったのだった。