<2>偽りと本音の愛(※)


 ガンガン先ほどから強い酒をあおっている”雨”を見て、”リスナー”が苦笑した。

「飲み過ぎ何じゃない?」
「だってさぁ、飲まずにやってられる?」
「んー、でもまさか、あの感情無さそうな”灯”に好きな人だもんね」

 その声にガンとジョッキを置きながら、”雨”が眉を顰めた。

「別に俺のこと好きだと思ってたわけじゃないよ? けどさぁ、ヤってたんだよ? それくらいには、相思相愛だと思ってた」

 ウーロンハイの濃い物を空けていく”雨”を眺めながら、”リスナー”が首を傾げた。

「でも、うん、君と一番会ってたと思うよ。殺し合いだけど」
「どうせ”リスナー”でしょ。”翡翠”呼びされてるし」
「それは無い」
「何で分かるわけ?」
「こっちにも色々事情があるの。えー、でも、本当、誰だろう。俺も”雨”だと思ってた」

 二人がそんなやりとりをしていると、扉の鈴が鳴った。
 そこには今まさに二人で噂をしてた”灯”が立っていた。

「とりあえずジントニック」
「はーい」

 ”リスナー”が直ぐに応えると、椅子を一つ挟んだ席に”灯”が座った。
 ここまで来たら直接聞こうと、酔いも手伝って、”雨”が”灯”を見る。
 丁度差し出されたばかりのジントニックを飲んでいるところだった。

「”灯”の好きな人って誰?」

 すると”灯”が咽せた。
 それから暫くして眉間に皺を刻んだ。

「”霙”から聞いたの?」
「うん。ホテルに連れ込まれそうになってた所まで全部」

 本当に仲が良いんだなぁと思いながら、”灯”がカクテルを飲み干す。
 ペースが速い。もしかしたら、それなりに動揺してるのかも知れないなんて、”リスナー”は思った。

「マンハッタン」
「はいはい」

 ”リスナー”が応える。このお店は、戦闘行為が禁止だ。だから、此処に限っては、二人も普通の会話をする。

「”灯”って下もイけるの?」
「さぁ。ヤったこと無いけど。まぁ上も君に乗っかられるまで無かったけど」

 今度は”雨”が咽せた。

「話戻すけど好きな人は?」
「――僕の事を嫌いな人だから言いたくない。ただ君じゃないから安心して」

 全く安心できないし、泣きそうだと思いながら、”雨”がジョッキを煽る。

「いつから好きなの?」
「”雨”と会う少し前かな」

 出てきたマンハッタンのサクランボを”灯”が手に取る。
 最早この発言は、”雨”以外に好きな人がいるので確定だろう。

「――どこを好きになったの?」
「ふとした時に優しいんだ」
「何歳?」
「少し年上」
「男? 女?」
「どっちでもいいじゃん」

 カクテルを飲みながら、”灯”が首を傾げた。

「何でそんな事聞くの?」
「そ、それは、その……」

 ”雨”が口ごもると”灯”が酒をまた飲みほした。

「ジンライム」
「おっけ」

 ”リスナー”の声を聴きながら、”灯”が呟いた。

「それに相手には好きな人がいるんだよ。片思いみたいだけど」

 それを聞きながら”リスナー”が言う。

「片思いなら、奪っちゃえば?」
「無理だよ。僕はその二人のことを応援してる」

 酒を差し出しながら、”リスナー”が肩を竦めた。

「俺、分かっちゃった。”灯”の好きな人」
「「!」」
「すっごくまさかって感じだったけど、なるほどねぇ」
「誰!?」

 ”雨”が食い下がるが、ニヤニヤと笑いながら”リスナー”は”灯”を見るだけだ。

「秘密秘密。お店のマスターはそう言うことは言わないの」

 それから”灯”が頬杖をつく。
 すると”リスナー”が歩み寄ってきて、囁いた。

「”ヤンキー”……”霙”くんでしょ?」
「っ、なんで?」
「反応的にやっぱりね」

 肩を竦めながら、”リスナー”はカウンターの奥へと戻っていった。
 呆然として、”灯”が、それを見ている。

「ちょっと待って、本気で誰? 俺の知ってる人?」

 少し年上、と言うことは”ネコ缶”や”コンポタ”等は除外できると思う。そうするとやはり、”リスナー”しか思い当たらないが、

 ”リスナー”と”灯”の反応からして、それも無さそうだ。”雨”が思いっきり険しい顔をする。

「誰でも良いだろう……それとも、僕が誰かの名前を出したら、その人を殺すつもり?」
「え?」
「僕のこと、嫌いなんでしょ? それくらい――」

 淡々と告げた”灯”の言葉に、唇を噛んで、”雨”が立ち上がった。

「馬鹿」

 そしてそれだけ叫ぶように言うと、店を出て行った。
 何事だろうかと、ただぼんやりと”灯”は、それを見守っていた。

「あーあー」

 苦笑するように”リスナー”が、新しい酒を出す。
 ただ”灯”は、首を傾げているだけだった。



 ”霙”の元へと訪れて、”雨”が酒のプルタブを捻った。

「――そんなに、そこまで荒れるほど、ショックだったのか?」

 複雑な心境で”霙”が笑う。

「別に」

 淡々と答えて酒をあおる”雨”だったが、誰が見たって苦しそうなのが分かる。
 諦めてくれたら、そんな思いで”霙”は”雨”に、”灯”の話をしただけだったのが、此処まで辛そうに、泣くように怒っている姿を見ると、胸が痛んだ。――好きな相手のそんな顔、見たくない。

「……俺じゃ、ダメか?」
「は?」

 呆れたような怒ったような顔で、”雨”が”霙”を見た。

「――その、ヤれば、少しくらい気が晴れるんじゃねえの?」

 告白できない自分を、”霙”は呪った。

「……かもね」
「後は……その、俺と付き合ってるとか言ってみたらどうだ?」

 本当に”灯”が、”雨”の事を好きではないのだとすれば、きっとそこに動揺なんて見られないだろうけれど、さも嫉妬を煽れと言う風に”霙”は言った。”灯”の気持ちの確認にもなるし、口約束だけでも良いから、”雨”と付き合ってみたかったのだ。

 暫しの間沈黙し、”雨”は”霙”を見ていた。

 ――”霙”?

 自分よりも少し前に知り合って、自分たちよりも少し……一つ年上で?
 たまに優しい?
 まさか――……そんな思いが、”雨”の中に生まれた。

 自分と殺し合う時とは違い、考えてみれば、”灯”は確実に”霙”相手には、かなり手加減しているように見える。あの時ならば、余裕で殺すことが出来るくらいに。勿論、自分の時だって、雨が降れば手加減はしてくれる。その理由は分からないけれど。

 だとすれば、今、嫉妬させようかとしているように”霙”は言ったけれど、そもそも”雨”が自分とヤった理由だって……”霙”を嫉妬させるためではないのか?

「良いよ」

 気がつくと、”雨”は笑っていた。
 好きな相手が、自分以外と恋に堕ちることなど、”雨”には許せない。
 それならばいっそう、殺してしまうくらい愛しているのだ。



 その日”灯”は、昼間の街をぼんやりと歩いていた。

 ここも、”霙”が好きなショップが並んでいると知り、気づけば足を運ぶようになっていた場所だ。流行の服が多いから、それを理由に、自分が此処にいたとしても、きっと”霙”は気にもとめない。

「――あれぇ、”灯”?」

 その時だった。
 不意に声をかけられそちらを見ると、”霙”の左腕に自分の腕を絡めた”雨”が居た。
 表情が強ばりそうになったが、つとめて”灯”は無表情を保つ。

「何してんの?」
「……そっちこそ」
「デート。ね? 俺達付き合うことになったんだ」

 ”雨”の言葉に、照れるように”霙”が笑っている。そんな表情はじめて見た。
 ただ、別にショックは受けなかった。
 いつかはこうなるだろうと、”灯”は、ずっと前から、考えていたからだ。

「そう」
「うん」
「じゃあね」
「待ってよ。それじゃあなんか、追い帰したみたいで悪いじゃん」

 ”雨”の言葉に視線を向けてから、”灯”は短く吐息した。

「――向こうに」
「え?」
「ソフトクリーム屋さんがあるよ。行ってみたら」

 それだけ伝えて、無表情を装ったまま、”灯”は踵を返した。
 その姿を見送りながら、暫く笑っていたものの、見えなくなった途端に”雨”が側にあった自動販売機を蹴りつけた。側部が凹んでいる。

「やっぱり、ね」

 ポツリと呟いた”雨”を、困ったように”霙”が見る。

「その、悪かったな。計画失敗っていうの?」
「ううん。別に良いんだ。成果はあったから」

 あの”灯”の、いつもと変わらない無表情から、一体”雨”が何を見て取ったのか、さっぱり”霙”には、分からない。しかし”雨”は、その”灯”の無表情の中にも、何処か悲しそうな瞳を見て取っていた。僅かだけの変化だったが。――もう、”霙”を好きなのは、確定的だ。

 ならば――どこまでも、苦しめてやろう。

 一人、そうして”雨”は笑った。嗤ったのだった。

 それからは、頻度を増すように、”雨”は”灯”の元を訪れるようになった。

「”霙”と今日はね、ちょっと喧嘩しちゃったから、相手してよ」
「”霙”はね、俺のことを、いつも首筋にキスしてくれて、それでね――」
「”霙”だったら、そういう時は、こうしてくれるんだ――」
「”霙”なら、そこじゃなくて、もっと深く――」
「”霙”は、さぁ、本当に俺のことが好きらしくてね、この指輪をくれたりさぁ」
「”霙”と、この前、遊園地に行ってきたんだ。それでね――」
「”霙”は、俺の乳首を弄りながらイくのが好きみたいでね――」
「”霙”とのキスはぁ――」
「”霙”はね、」
「”霙”は、」
「”霙”」

 ”霙”、”霙”、”霙”、”霙”、”霙”、”霙”、”霙”――……”灯”の上にのりながら、”雨”は、ひたすら繰り返した。初めこそ、無表情の中にも、眉を僅かに顰めたり、悲しそうな目をしたり、そんな感情が見て取れたが、その内に、何も見えなくなっていく。

 ”雨”は、いつも嘲笑を押し殺しながら、それを眺めていた。

 だからといって、殺し合いが止むわけでも無かったのに、今では、はっきりと”雨”は、”灯”が自分に手加減してくれる理由を悟っていた。一つは、”雨”が降って結局中止になったお祭りの日に、”灯”が初めて、そして一度だけ、恐らくもう二度と無かったようだが、”霙”を誘った事があるからだ。もう一つは、言うまでもない。”霙”が自分を好きだと知っていて、『”雨”が死んだら”霙”が悲しむ』と思っているからだ。

 ――そもそも本当に、”灯”の中には、俺への執着なんて無かったみたいだね。

 そう思えば、”雨”は、何時だって嗤わずにはいられない。



 そんな、ある日の事だった。

 不意に、一人きりの”昼”の世界で、”雨”は”灯”を見つけた。
 目があった時、明らかに自分を待っていたのを悟った。
 ――とうとう、怪我が治らない世界で、愛する”霙”を奪われた嫉妬から、俺に攻撃するのかな?

 それはそれで良いと”雨”は、考えていた。
 激昂は人に隙を生むから、負ける気はしない。例えそれが、”灯”相手であっても。
 同時に、殺されるほどに嫌われ、執着されたのだと思えば嬉しさがこみ上げてきた。

 ”夜”の世界ではないから、テグスは使わない。代わりに、護衛用に持っているナイフを引き抜いた。勝手に、”灯”が昼でも夜でも持っているナイフとそっくりの物を買って、一人でお揃いだなんて思っていた。

「何か用?」

 わざと口角を持ち上げて、あるいは本音で笑いながら雨が聞く。
 その時だった、”灯”が地を蹴り、ナイフを振るった。
 慌てて避けたが、頬に傷が付く。
 浅い傷だったが、少しだけ血が滲んだ。

 まだ本気じゃないのか、様子見なのか、それとも怒りだけで動いていて本当は殺す気なんて無いのか。まぁ、どれにしろ、関係も問題も無かった。

 ”灯”なら、余裕で避けられるだろうと思い、左首にナイフを下ろし――そして。

「……え?」
「っ、あ」
「”灯”?」

 思わずナイフを捨て抱き留めると、白い肌にダラダラと血が線を作っていた。
 首から流れ落ちていた。

 自分の手もまた、”灯”の血が汚していく。
 ”灯”は、目を見開いたままの”雨”を、ぼんやりと見上げて、苦笑するように笑っていた。普段は感情なんて見えないくせに、何で、何で何で何で。

「ねぇ、何で? ねぇ……ッ」
「殺し……て……」
「え?」
「お願……ッ」

 そう言ったのを最後に、”灯”は意識を失った様子で、”雨”の腕の中でぐったりとした。

 丁度その少し後、まだ”灯”が生きている内に、”夜”の世界がやってきた。
 本来ならば、そんな力の使い方など、消耗が激しすぎて出来ないのに、気づくと”灯”を抱き留めたまま、”リスナー”の店へと移動していた。

「いらっしゃ――……え? え!? ちょ、何があったの!? その傷……っ、うわ、ひどい……」
「俺、俺……っ、ああッ、何で”灯”避けな……ッ」

 気づけば嗚咽が漏れている”雨”の手から、”リスナー”が”灯”の体を抱き起こし、険しい顔で、二階へと運ぶ。大人しく”雨”は、ただついていった。

 相変わらず埃っぽい部屋には、ボロボロと錠剤が落ちている。

「何、コレ?」

 包帯を巻き、棚から引っ張り出したらしい縫うための道具やら、点滴やらを、手際よく”リスナー”が用意している。そうしながら、静かに呟いた。

「最近、”灯”眠れなかったみたいでさ。放っておくと、何十錠も薬のんで、危ないから此処にいさせたんだよ。だから君も大体ここに”灯”を呼びに来たでしょ」
「……いつから?」
「最後にこの部屋に”雨”が来た後からだね。チラッと聞いたけど、”雨”の家でヤってたんでしょ?」

 一瞥しながら、”灯”の首の傷を、”リスナー”が縫い始める。

「後はねぇ、”ネコ缶”が飲んでる薬あるでしょ? アレと似たようなの、飲んでないとまずいんだけどね。そう言うのは、飲むの全部拒否してた。あれ飲んでなかったら、何時両方の世界が混じっちゃうか分からないし、その前段階では、何も聞いたり判断したり、出来なくなっちゃうんだけどね。ただ、逆に、嫌なことが在れば、聞かないようにする、ッていう使い方が出来ない訳じゃないから……まだ限界が来てない内は、俺はそっちは止めなかったんだけど」

 ――多分、俺のせいだ。

 唇を噛みしめながら、意識がない”灯”を見据える。
 どこかで――”灯”は、強いと思っていた。そう、誰よりも。

 本当は……傷ついていたんだろう。傷つけたのは、自分だ。傷つけたいと思っていたはずなのに、死ねばいいのにと思っていたはずなのに。なのに、”雨”は、苦しくて、もう嗚咽が堪えきれない。

「んー、ギリギリ大丈夫だとは思うけど、”雨”が、やっちゃったって分からなければ、本当は、救急車を呼びたいな。まぁ、それを今呼んだら、≪異形≫に殺されちゃうだろうけど」
「……助かる?」
「うんうん。安心して……多分としか言い様はないんだけどさ。天草先生も呼ぶし、落ち着いて」

 その日、”灯”は眠ったままだった。


 翌日。
 目を覚ましたと聞いて、”雨”は顔を出した。
 ”灯”の顔が、どうしようもなく見たかったのだ。

 すると、上半身を起こした”灯”が、いつもの通りの無表情で、雑誌を眺めていた。
 それから目が合う。

「……の?」
「え?」
「……どうして殺してくれなかったの?」
「っ」

 さも当然だと言うように、ぼんやりと”灯”が”雨”を見据えた。
 ――嗚呼。嗚呼。暗い。名前に反して、”灯”の中に広がっているのは……闇だ。
 胸が疼いて、”雨”は踵を返した。

 そして、”霙”の元へと向かった。

「大丈夫か?」

 心配そうに”霙”が歩み寄ってきたが、それは”灯”ではなく、自分に向けられた言葉だと分かる。

「ダメだよ」
「え? そんなに酷いのか?」

 初めて”霙”の声が、”灯”を心配するものへと変わった。

「俺は、もうダメだよ。ダメなんだよ」
「自暴自棄になるなよ。助かったんだろ?」

 慰めるように、”霙”が頭を撫でてくれる。
 それを振り払うようにしながら、”雨”は言った。

「”灯”の所に行ってあげて」
「今のお前を一人になんて出来ない」
「良いから、早く」

 ”雨”の剣幕に、おずおずと”霙”が頷いた。


 が、その日、”灯”は”霙”に、何も言わなかったそうだ。

 そして翌日、”灯”が、ため込んでいたらしい、様々な錠剤を飲んで、再び死のうとしたことを、”雨”は聞いた。

 もう、何も出来ることがないと、”雨”は悟った。
 それでも可能なら、同じ空間にいたくて、”リスナー”の店へと顔を出す。

「いらっしゃい」
「うん」
「何飲む?」
「お茶割りの、濃い奴」

 ”リスナー”は、直ぐに濃い酒を、”雨”に出してくれた。

「ねぇ」
「んー? どうしたの、”雨”」
「俺は、どこで間違ったのかな?」

 ”雨”の言葉に、”リスナー”が静かに笑った。

「”雨”が気にする事なんて無いよ」
「別に慰めて欲しい訳じゃないんだ」
「違うよ。元々”灯”は、ずっとずっとずっと、俺と出会った時から、多分死にたがってたんだよ。それすら出来ない世界で生きていたみたいだから。それでね、その時、何も出来ない場所の直ぐ側で出会った時に、俺が”翡翠”って名乗ってたから、今でも”灯”はそう呼ぶんだ。正直に言えば、本当は、今回の事もただのきっかけだと思うよ」
「何、それ」
「んー、ただ一つだけ言えるのは、”灯”は暫くの間、大分落ち着いてたのに、多分”雨”が、あくまでも”灯”が最初から持ってた闇を引き出しちゃったのかもね。ただ、それは、俺の推測だけど」

 自分が作った酒を飲みながら、”リスナー”が天井を見上げる。
 心地の良い音楽が流れていて、その日降っていた外の雨の音をかき消すようだった。