<1>”灯”という生き物(※)



 右手の指を一本ずつ切り落とされていく。

 コレは初めての経験じゃないから、淡々と眺めていた。最初は悲鳴を上げた気がするが、痛くないと思い始めたのは、いつからなのだろう? 一本ずつ指は無くなっていき、肉や脂肪に塗れた骨が、黄色を纏って現れる。なのに、窓の外に日の光が満ちると、僕の体は元通りになるんだ。また指もはえている。それが当然であるかのように。肉と脂肪だけそがれ骨だけにされたこともあるけれど、結果は変わらなかった。

「うあああああああ」

 僕が最後に声を上げたのは恐らく、右目から無理に眼球を引き抜かれた時だった。
 そこに、ウネウネと動く白くて細い何かを持つ丸い物を無理矢理填められて、僕は嗚咽し吐瀉物を撒き散らしたんだ。今振り返れば正確な単語でそれを表せる。

 アレは――恐らく人工的に創られた”贄黒羊”が持つ眼球だった。

 僕の眼窩に侵入したそれは、まるで脳をかき混ぜるかのように触手を伸ばし、バターと苺ジャムを塗りたくるように動いた後、朝が来たから潰れて消えた。失血以外で意識を失ったのも、多分アレが最後だ。

 次に覚えているのは、頸動脈を切られたことだ。
 赤と黒の血が噴水みたいに飛び出して、僕の頬も、床も汚したんだっけ。

 だけど僕はもうその頃には、痛覚を多分失っていた。
 煙草の火を押し付けられても何も思わなかったから、熱すら感じないのかも知れない。

 ただ、ただね、冷たいって言う感覚だけは今もあるんだ。

 冬になったら寒いってちゃんと分かる。
 そんなんだから一生に一回で良いから、かき氷って言うのを食べてみたい。

 だから僕は色々調べてみたんだ。
 そうしたら、着色料の違いだけで、全部同じ味なんだって。
 でもね、好きな人と食べると美味しいんだってさ。
 ――僕にはもう、一生無理だって分かってるけど。

 どうして僕は01なのかな?
 お腹を裂かれ胃を取り出されている時に、一度だけ思ったことがある。

 こうして考えてみたら、案外僕は色々と考え事をしていたのかな。
 どうして最初にここに来たのかな?
 そんな疑問は直ぐに解決した。

 ――”贄羊”だって聞いたから、両親に一億も払ったのに、役立たずか。

 ああ……僕は、赤ちゃんの頃に、何も知らない頃に、売られたらしい。
 今なら、売られたの意味が分かる。
 実験する価値として、きっとその位の費用が出せたんだろう。だけど役立たずの僕には、存在価値なんて無かった。

 だから、早く誰かに殺されたい。それは、その思いは、”翡翠”と一緒に外へ出た後も変わらない。ただ一つだけ叶うなら――好きな人に殺されたいんだ。

 だから。
 だから、だから。
 だから、だから、だから。
 僕はそれまでの間は、生きていても良いのかな?

 ”翡翠”に連れられるがままに、僕は初めて街へと出た。
 そこは、”黄色い月”と”紫色の月”が、あった。何もかもが初めて見る者物だったから、特に疑問にも思わなかった。

「うーん、やっぱりこの時間だと≪異形≫がいるね」

 彼は、少しだけ険しい顔をした。だが、その理由が僕には、分からなかった。もっと沢山いる場所に、何度も何度も放り込まれた事があるからだ。あれらは人間よりも、率先して”殺す物”だと習ってきた。何故なのか、アレを前にすると、僕の右手には、ナイフが出現するのだ。僕は跳び、全ての首を刎ねた。緑色の体液が僕の体を汚していく。

「っ」

 何故なのか”翡翠”が息を飲んでいたけれど、僕にはその理由が分からない。

「――凄いね」
「?」
「行こう。ここからなら、一番”灯屋”が近い」

 そう言われ僕は、彼と共に走った。
 これが、僕の始まりだった。






 血塗れで、よく”彼”がいる、”ゑル駄”の側へと僕は向かってみた。
 別に、相手が強かったわけでも何でもない。
 ただ……今の僕のことならば、彼は殺してくれるんじゃないかと思っただけなんだ・

「灯」

 やはり彼はそこにいた。
 僕を見据え半眼になると、金髪が揺れた。

「話したいことがある」

 彼――”霙”は、僕の怪我にも何もかもに興味がない様子だ。
 瞬きをすると、僕は無表情になった。
 それ以外の表情が、彼の前では出てこないのだ。

「お前が、”雨”に本気じゃないんなら、俺が貰うぞ」

 胸の奥というのかな、何処なんだろう、よく分からない場所がズキズキと疼いた。

 ”雨”は、何時だって僕のことが嫌いだというのに、”霙”は、”雨”が僕のことを好きだと思っている。そして僕もまた、”雨”の事を好きだと思って居るんだ。

「俺は、”雨”と寝てる」

 真剣な強い瞳で”霙”が僕を見る。
 そもそも”雨”が僕の上にのってきた時、僕はきっと最低だけど、これで”霙”が僕のことを気にしてくれるだなんて思っていた。お祭りに誘った時だってそうだ。”雨”が来ると言えば”霙”も来てくれるんじゃないかなんて思ってたんだ。結局来なかったけど。

 ”霙”は”雨”の事が好きなんだ。

「好きにすれば」

 僕はそれだけ告げると、”ゑル駄”の中へと向かった。

 もう話していたくなかったし、”霙”の顔を見ていたら、きっと泣いてしまう気がしたんだ。別に抱きたいわけでも、抱かれたいわけでもない。ただ、ただ、一緒にかき氷を食べてみたいだけなんだ。コレって我が儘なのかな。僕には、そんな資格なんて無いのかな。

 ”ゑル駄”の端まで歩き、僕は、お地蔵様の前に膝を抱えて座った。

 僕ら”贄黒羊”は”贄羊”に存在がバレないように暮らしているから、僕に声をかけてくる人なんて誰もいない。だから此処でなら、存分に泣けるんだ。

 膝に顔を押し付け、僕は泣いていた。辛かった。

 何この三角関係。”霙”が言うには、”霙”→”雨”→”僕”って事になっていて、僕しか知らないけど、”僕”→”霙”なんだよ? 全員が片思い。辛い辛い辛い。

 やっと人間らしく生きられると思ったのに、なのに、やっぱり僕にはそんな資格無いのかな。

「お兄さん一人?」

 その時声がかかった。見れば、僕より年上の大学生くらいの茶髪の青年が立っていた。

「何か悲しいことでもあったの? 俺で良ければ聞くよ」
「……」

 誰かに相談してみたいのは間違いなかった。

「静かな場所が良いよね。って言っても、そうだなぁ、この辺だとラブホしかないし。そこでもいい?」

「良い訳ねぇだろ、さっさと消えろ」

 そこに聞き慣れた声が響いた。
 驚いて顔を上げると、さすが”ヤンキー”と渾名されるだけはある、険しい顔の”霙”が立っていた。眉間に皺が寄っていて、半眼だ。

「え、あ」

 狼狽えたように、青年が走っていく。
 それを見据えてから、こちらを見て、”霙”が溜息をついた。

「あんな悲しそうな顔して消えるくらいならな、”雨”の事が好きだってはっきり認めろよ、この馬鹿」
「な、んで……ここにいるの?」
「んなもん、探しに来たに決まってんだろ」

 当然のように”霙”が言った。僕は、彼のこういう所が好きなんだ。
 好きなんだよ。
 もう――何を言って良いのか分からなくなって、必死に言葉を探した。

「……その、僕は」
「あ?」
「す……」
「は?」
「そ、その、だから……ッ」
「はっきり言えよ、まどろっこしいな!!」
「好きな、その、だから、”雨”じゃなくて、好きな人がいるんだよ。最低だって分かってるけど。”雨”と、僕もシてるのに……」

 僕の言葉に、ポカンとしたように”霙”が目を見開いた。

「それ――……って、本心か? 俺に気を使ってるんなら――」
「違う、違うんだ。僕、ずっと……」

 また涙が出てきてしまった。慌てて拭う。

「”雨”が羨ましいよ。”雨”の事が好きな……”霙”に思われてて。僕には、一生そんな日なんて来ない」
「っ、んな事ねぇよ。じゃあ、それが本心なら、俺達のこと応援してくれるか?」

 僕に出来るのは、ただ何度も何度も頷く事だけだった。
 だって、他にどうしろっていうの?

 一度僕は、心臓を抉られたことがある。
 あの時よりも、ずっとずっとずっと、痛い気がした。
 爪を一本一本引き抜かれた時よりも、キツイ。