<3>公園にてと、その後(☆)


 店が終わるのはいつも≪異形≫がいなくなる時間だ。
 閉店作業をしながら――本当にあの公園なのだろうかと、”リスナー”は思案していた。
 しかし他の場所が思いつかない。

 そしてそこにどんな思惑があるのかも分からなかったが、意を決して向かってみる事にした。だが、公園に着くと、やはり”芦屋”の姿はない。

 別の場所だったのかなと思いつつも、懐かしいなと思って、コンクリートの穴の中をのぞき込んだ時だった。

「!」

 瞬間、気づけば手首をもたれ、腕を引くようにしてもたれかかるようになる。
 そのまま、唇を重ねられ、目を見開くとそこには、”芦屋”がいた。

「ん、は」

 息苦しくなって僅かに口を開くと、舌が入ってくる。
 そのまま口腔を蹂躙され、気がついた時には体の力が抜けていた。
 それから体勢を変えられて、押し倒されるような形になる。

「あ、芦屋、急に何――」
「あの客、よく来るのか?」
「え、あ、え?」
「飲み代に、数百万払って?」
「あ、あれは――」
「”ネコ缶”とか呼んでたな。最近恋人が出来たんだって? それで、失恋か?」
「は?」
「俺は代わりか?」

 そう言うと、引き破るように、”芦屋”が”リスナー”のシャツを剥いだ。

「ちょ、ちょっと待って」
「待てるか」

 嘲笑するように笑っている”芦屋”に強く首元を噛まれ、背が撓る。
 その後、ユルユルと鎖骨付近を舐められ、それから吸われた。
 赤いキスマークが散っていく。

「俺に乳首触られたのが忘れられないんだったな」

 シャツを引き裂かれ、露見した”リスナー”の左の突起に、噛みつくように”芦屋”が唇を向ける。もう一方の手では、右側の乳首を撫でていた。

「うああっ、や、あ」

 痛みに、キツく”リスナー”が目を伏せるが、舌の動きも指先の撫でるような、時折はじくような感覚も止まらない。

「ふ……」

 なんとか声を堪えようとするが、呼吸する度に、声が出てしまう。
 ――そして。
 今度は、無理矢理下衣をおろされて……

「っ」

 唐突に陰茎を口に含まれた。

「や、止め――」

 拒否しようとしたが、両手の擦る指先も、先端を舐める舌も、上下する唇も止まらない。

「嫌だ、ん、あ」

 すぐに反応し、自身が硬くなっていくのを、”リスナー”は自覚していた。

「ん、フ……」

 声が漏れそうになる口元に手を当て、なんとか堪えようと頑張る。
 ――『少しは煽られるな』。
 そんな事を言った、”芦屋”の声を思い出していた。
 ならば、煽らない方が良い。

 なのに声は漏れそうになるし、何より――気持ちが良くて、目からは涙がこぼれそうになる。出そうになって、体を震わせた。

「ま、待って……んァ、や、止め……もう、出る、出ちゃうから――!!」

 必死にそう告げた瞬間唇の動きが強くなり、先ほどまでよりも強く上下した。

「うぁ」

 気づけば、”リスナー”は、精を放っていた。
 弛緩した体をコンクリートに預けながら、それを”芦屋”が飲み込んだのを一瞥する。

「なんで……」

 これが――”愛殺し”の、悦楽に堕とすという事なのだろうか?酷い、酷すぎる。
 好きな相手に――こんな風にされるのは、凄く辛い。
 苦しくなって、”リスナー”は唇を噛んだ。

「なんで? 普通好きな相手が、他の奴と話してたら、嫉妬くらいするだろ」
「え?」
「俺はお前の事が好きなんだよ。伝わってなかったのか?」

 その言葉に――、切なそうな表情に、嗚呼、こちらが”愛殺し”の本領を発揮しているのだろうと”リスナー”は確信した。酷くした後優しくする、ようは、飴と鞭という奴だ。

 ――決して、騙されるわけにはいかない。

 ただ、ただそれでも、”芦屋”に優しくされたい自分がどこかにいて、”芦屋”の優しさを信じている自分がどこかにいて、”リスナー”は、気づけば泣きそうになっていた。

 自分と一緒にいた頃の”芦屋”は、本当に優しかった。
 自分なんかに声をかけてくれた。
 それがたまたま、隣の席だっただけであったのだとしても。

「お前は?」
「え、何?」
「お前の気持ち。まぁ、イれる相手はいっぱいいるって言ってたけどな――恋人は?」
「いないけど……」
「だったら、男もイけるんなら、俺と……だから、その」

 ”芦屋”の、その時の表情がオムライスを食べに行った時とそっくりで、赤かった。
 まさか、あの時から、”愛殺し”の計画は始まっていたのだろうか?
 そう考えれば、少しだけ――寂しかった。

「付き合ってくれ。俺の恋人になってくれ」

 急に真剣な瞳で、”芦屋”が言った。
 これが、”愛殺し”の手なのだろう。
 そう考えれば、”リスナー”は、自分に残された手段は一つきりだと確信した。

「――良いよ」

 相手に、自分が惚れていると錯覚させる、計画通り。
 ただ、嗚呼、この恋が普通のもので、本当に恋人になれるのならば、どんなに良かっただろうか。そう考えれば、それはそれで、泣きそうになる自分がいる。だが今の自分は、紛れもなく”リスナー”だ。

 ――その時から、”情報屋”と”愛殺し”の、歪な恋は始まったのだった。



 今宵も、Barは開いている。今日は、今のところ客は二人。

「いやぁ、恋って良いね」

 呟いた”リスナー”の前には、天草と”ネコ缶”がいる。”黒キリン”ことナナキは、必修のレポートがあるらしくいない。

 ”ネコ缶”は、新しく設置された、わざとらしい盗聴器を一瞥ていた。

「そうだな。俺も、今頃”恋人”が、頑張ってる姿を想像すると、心が痛い。祐助も、”恋人”の”コンポタ”待ちだろ」

 麦酒を吹き出しそうになりながら、天草が顔を赤くした。

「別に、良いでしょ?」
「悪いなんて言ってないだろ。俺達は恋人がいて、やっと”リスナー”にも、春が来たんだからな」

 わざと”恋人”という言葉を強調している”ネコ缶”を一瞥し、しっかりと意図を汲んでもらえているのだなと、”リスナー”は、安堵していた。”リスナー”と”ネコ缶”は、それだけ付き合いが長いのだ。

 ――それでも、やはり、”リスナー”が気づいていないだけで、向こうは本気なのではないかと、”ネコ缶”は時折思う。

 ”愛殺し”の悦楽主義者だなんて言われてはいるが、それとなく調べた限り、相手の顔や体躯・髪や目の色は、最低なんだろうが皆、どこか”リスナー”に似ていたのだ。

 その事実は、”リスナー”には伝えていないのだけれど、情報屋の”リスナー”ならば、そのくらい知っていそうだ。だが、逆に、『そう言うタイプが好みだから、自分に声をかけてきた』と思いかねない気がした。

「同じ歳なんだっけ?」

 その時天草が聞いた。

「まぁね。そんな感じ」
「ふぅん。若い子って、どんなところで、デートするの?」

 結構切実に天草は聞いた。
 勿論夜は”贄羊”と”贄黒羊”なのだから、この店や、所属団体の集まりにいるから、会わない。では、昼間は――?

「デートって訳じゃないかも知れないけど、サイゼでずっと話してたり?」

 ファミレスで長々と話している事は多い。

「っていうか、逆に聞きたいんだけど、天草先生と”コンポタ”は、デートとか、何処に行くの? デートって、具体的に何するの?」

 そう言えば、よく分からないなと思って、”リスナー”が首を傾げた。
 恋人のフリをしているのだから、どこそこに行きたいなどと甘えるべきなのかも知れない。あるいは、甘えさせるべきなのかも知れない。

「んー、遠出とか」
「え? 湘南とか? TDR? 富士急?」
「や、こう、なんていうの? 温泉とか、海外とか」

 通帳等々を貰ったとはいえ、一切使っていない”リスナー”は腕を組んだ。
 金銭的にちょっと、難易度が高すぎる。

「”ネコ缶”は?」

 天草が聞くと、”ネコ缶”が腕を組んだ。

「そうだなぁ……デートらしいデートはしてないけどな、買い物……まぁ今のところ、共用の部屋の家具と、基本的にはナナキの部屋の家具を揃えてる。服は年齢差が在りすぎるから、あんまり買わないけどな。後は、映画見に行くくらいだな。俺は元々好きだったし、アイツも結構見るんだよ。唯一の共通の趣味だな」
「買い物と、趣味……映画とかかぁ」

 案外(金銭的に)まともなデートしてるんだなぁと思い、”リスナー”が腕を組んだ。

「まぁ、僕は由唯君と一緒だったら何処でも良いんだけどね」

 頬を染めながら天草が照れくさそうに言う。
 その前にラムコークを差し出しながら、”リスナー”が眉を顰めた。

「何処でも良いが一番困るの!」
「ま、何処でも良いって言われてそれを察する事が出来るくらい仲良くなるのも第一歩だろ」

 クスクスと笑った”ネコ缶”には、新しい麦酒を差し出しながら、”リスナー”が溜息をついた。勿論、本気で付き合うなら、それで良いのかも知れない。それに、女性相手や女性的なネコ相手ならば、いくらでも”リスナー”だって思いついたり、察したり出来る。記念日やるとか、指輪あげるとか、お揃いのオイルライター買うとか、ネクタイ買うとか。

 いいや、でも考えてみると、これらはプレゼントがメインではないか。
 やはり、デートらしいデートなんてした事がない。

「いっそさぁ、ここに呼べば?」

天草の言葉に、”リスナー”がポカンとした。

「温泉とか行けない理由はさ、貯金が出来ないとかって言うより、ここが年中無休なのが問題なんじゃない? 僕も会ってみたいしさ」
「良い案かもな。嫉妬深そうな相手だし」

 二人の声に、”リスナー”が息を飲んだ。

「え、だけど……」
「”会わせちゃいけない相手”が、この店にいないって事も分かるだろ」

 ”ネコ缶”は、そう告げた後、”リスナー”にしか、聞こえないように囁いた。

「相手が潜入調査をしてくるにしろ、都合が良いだろ」

 そうして”ネコ缶”が、席へと戻った時だった。
 丁度扉が開いて――……そこへ、”芦屋”が入ってきた。

「芦屋……」

 その声に、天草が目をキラキラさせながら、唇で弧を描いた。

「芦屋君って事は、噂の”リスナー”の恋人!?」
「え、あ」

 他者に初めてそう言われ、偽装のはずなのに、”リスナー”は思いの外照れてしまった。
 だって、だってだ。ずっと片思いしていた相手なのだから。

「その、はじめまして――男同士なんですけど」

 おずおずと”芦屋”が言うと、”ネコ缶”が喉で笑った。

「俺も、そこに座ってる天草祐助も男と付き合ってるから、気にするな。勿論”リスナー”とそう言う関係には一回もなった事がないぞ。ま、座れ。”リスナー”の普段、聞かせてくれよ」
「あ、僕も聞きたい。後、僕は先生って言われる事あるんだけど、学校には勤めてないから、流して」
「は、はぁ」

 二人に促されて、”リスナー”の正面、”ネコ缶”と天草の間に”芦屋”が座る。

「あ、あの、えっと……とりあえず、麦酒を」
「俺と一緒だな。やっぱり一杯目は麦酒だよな」

 うんうんと”ネコ缶”が頷く。

「あー、俺は”ネコ缶”とか呼ばれてるけど、それでも良いけど、本名は嵯峨」
「はぁ。俺は、芦屋です」

 そんな風にして自己紹介が一段落したところで、芦屋の前に一杯目、嵯峨の前に二杯目の麦酒を置く。

「で、二人の出会いは?」

 天草が聞くと、芦屋が真っ赤になった。

「その、高校生の頃で……ずっと俺が片思いしてました」

 逆だろ、と、思いながら、笑みが引きつりそうになった”リスナー”は、スカイダイビングを振る。

「え、お前振れんの?」

 すると驚いたように、芦屋が声を上げた。

「まぁね」
「かっけぇ」
「ハハ」

 何となくそれが作り笑いに見えて、思わず天草が嵯峨を一瞥する。
 すると嵯峨は視線に気づいた様子で軽く頷いていた。
 ”リスナー”はと言えば、コレが”愛殺し”の手なんだろうなと思っていた。

「で、えっと、出会い出会い」

 天草も何かを悟ったようだったが、あえて続きを促した。

「ああ、その、隣の席になって嬉しくなっちゃって、ガンガン話し振ってたんですけど反応薄くて――そうしたら、この前、先輩に着いてきたら再会して」

 不登校の部分は流した芦屋を一瞥し、”リスナー”は苦笑した。

「なるほどぉ。で、告白はどっちから?」
「告ったのは、俺です」

 きっぱりと芦屋が言う。まぁそれにOKした”リスナー”には、何らかの思惑があったのだろうと”ネコ缶”は思ったが……なんとなく直感が、この二人は上手くいきそうだなと訴えていた。

「さっきまで、”リスナー”、嗚呼、改めて言うけど、ここのマスター……お前の恋人の渾名、な。お前と何処にデートに行けばいいのか真剣に悩んでたんだぞ」

 喉で笑いながら嵯峨が言うと、こちらも微笑しながら天草が大きく頷いた。

「そうそう。ちなみに、芦屋君だっけ? 芦屋君は何処に行きたい?」

 その言葉に、また芦屋が真っ赤になった。
 こんなに照れられると、恋心を錯覚しそうになって、”リスナー”は辛くなった。

「えっと……そうだな、温泉とか。後は、北海道とか沖縄とか」

 そんな声に、”リスナー”は酒を飲みながら、眉を顰めた。
 やっぱり、温泉や旅行などはメジャーなのだろうか。

「で、でもさ、ほら、お店休めないし、夜は≪異形≫が出るし」
「そうだよな」

 すると芦屋が寂しそうに笑ったから、胸が痛くなった。

「わ、分かった。お店はどうにかするから……別の地域で結界はってあるところ探して? 温泉があるところで」

 あくまでもコレは、付き合っているフリをするためだと自分に言い聞かせて、”リスナー”は、そう答えた。

 そんな表情を呆れたように、天草と嵯峨が視線を合わせて見ていたのだった。