<3>愛しいと気づく(★)



 目が醒めて、何度か瞬きしていると――……

「ッ」

 そこには、自分をのぞき込んでいる”コンポタ”の顔があった。
 純粋に驚いて、慌てて天草は体を起こす。

「あ、えっと……」

 何を話せば良いのか、なんと声をかければ良いのか分からなくなって、上半身を起こしたまま、天草は硬直した。

「おはよう、祐助先生」
「お、おはようございます……」
「何で敬語なの?」

 苦笑するようにそう言ってから、”コンポタ”がベッドの上にのってきた。
 そして額にキスをされた。

「っ、あっれぇ? 僕に優しくキスされたいんじゃなかったの?」

 揶揄するようなその言葉に、昨夜の事を一気に思い出して、天草は真っ赤になって俯いた。

 もっと――……もっと、体を酷く暴かれた事など多々あるのに、その言葉と、額に触れた唇が、何よりも羞恥を煽った。絶対に、あの言葉でからかわれ、しばらくは虐められるのだろう。それに――その行為に、自分が堪えられる自信が無かった。

 そう思えば、急に苦しくなって、羞恥していた顔が、今度は強ばった。

「――何それ? 一体どういう反応なわけ?」
「え、あの……」
「何? 僕を動揺させようとかして、今までの復讐だったの? へぇ」
「違」

 慌てて顔を上げたが、そこには失笑している”コンポタ”の顔があった。
 どこからどう見ても、意地悪い顔をしている。

「ふぅん。昨日一晩先生の事を考えてた、僕の心を弄んだんだ」
「え」

 ――昨日一晩? そんな事があるはずがないと思って、思わず悲しくなって、また俯いた。一晩中考えて、ほとんど眠れなかったのは、天草自身だったのだから。

「なに、その、表情」
「っ、あ、あの……ご、ごめん」
「――まぁ、良いけど。とりあえず、お仕置きが必要かな?」
「え?」

 そう言うと、”コンポタ”が掛け布団を剥いだ。
 前にボタンがあるパジャマと、ゆったりとした下衣を穿いている天草を見て、”コンポタ”が笑う。

「いつも、その格好で寝てるの」
「だ、大体……」
「全部脱いでよ。それで仰向けになって」
「!」

 息を飲んだものの、そんなのいつもの事だったので、慌てて天草は従った。
 すると”コンポタ”が溜息をついた。

「先生さぁ、誰に言われてもそうするの?」
「――そんなわけが――……」
「僕だから?」

 笑みを含んだその声に、恥ずかしくなって、思わず顔を背ける。

「ねぇ、言ってよ。”コンポタ”だから――いや、四條君だから、の方が良いかな?」
「え?」

 いつもはそんな事を言われないから、困惑して見上げる。
 すると”コンポタ”が、眼を細めて笑っていた。

「僕ね、コレでもサァ、昨日一晩本当に考えたんだよ。僕が『創助さん』の名前出すの、本当に傷つけたんじゃないかって」
「ッ」

 確かにそれは事実だった。自分の取り柄は、似ている顔の作りしかないと思っていたのだ。

「だから――……それに堪えられたのって、母さんの事考えてたからじゃないのかなぁっておもって。僕が創助さんの顔面には、確かに最初こそ、似てるって思って犯したわけだし。ならさぁ、案外、僕の母さんの事好きだから、母さん似だって言われる僕の事、母さんの事を思って体を重ねてたのかなぁとか思ってね」

 何を言われているのか良く分からなくて、天草は混乱した。
 そもそも義理の姉とは、結婚式と、一度このクリニックの開設時にお祝いに来てくれた事くらいしか会った事がないのだ。顔なんて、良く覚えてすらいない。だから嵯峨が言うように、結界が張られて居るだなんて、事実だとしたら、ビックリだ。

「そこで無言になるって事は……そうなんだ?」

 その時、嘲笑するように”コンポタ”に言われ、思わず息を飲んだ。

「ち、違、」
「まぁ別に良いけどね。今日から、僕無しじゃ今まで以上に駄目な体にしてあげるから。だって先生、今は僕の事が『好き』なんでしょ?」

 そう言って笑うと、”コンポタ”が、ピンク色のボトルに入った何かを取り出した。
 今までにはそんなものを見た事が無かったから、天草が首を傾げる。

「それは?」
「え? 何?」
「何に使うもの?」

 三本の指にたらたらとそれを垂らしている”コンポタ”を、天草が不思議そうに見た。

「……え、あれ? 僕、使ったこと無かったっけ……?」
「うん」

 首を捻ったまま頷いた天草を見て、”コンポタ”が息を飲んだ。
 ――確かにいつも、酷くするか、快楽を無理矢理強制的に突っ込んで煽るだけで、使った事は無いかも知れない。

 いつだって、何があるか分からないから”コンポタ”は、それを持っていたのだけれど。
 鞄の中に常備していたのだ。

「あのさ、センセ。今更だけど……僕以外と、シた事なんだよね?」
「……う、うん」
「その間は何?」
「だって……」

 照れるように時折沈黙を挟みながら、上目遣いで天草が恥ずかしそうに”コンポタ”を見た。

「女の子とも……もう、こんな歳なのに」

 童貞だったのか。そんな事を気にしていたなんて、なんだか意地悪したい気分になってくる。

「先生って、お医者さんなんて言うステータスも高いしお金も持ってるのに、モテないんだね。やっぱり顔のせいかなぁ? 創助さんと違って、表情硬いし、ずぼらだし? そんなんで、よく僕に告白なんか出来たよね。僕、モテるんだよ」
「っ」

 その言葉に、目をキツク伏せて、天草が顔を背けた。
 ――やっぱり、兄さんのことが好きなんだろう。

 そう思えば苦しくなって、胸が疼いた。実際――”コンポタ”の言葉は正しいのだろう。全くコレまでに、モテた経験など無いし、年の差だってあるし。きっと気まぐれで、自分のことを考えてくれていてくれたなんて言っていたのだろう。

「……え?」

 いっきに本気で悲しそうな表情になった天草を見て、”コンポタ”は息を飲んだ。
 勿論今のはただの意地悪というかイヤミで、傷つける意図など全くなかったのだ。

「先生……?」
「い、いいんだよ、無理に僕の相手なんかしなくて……その、”コンポタ”には、もっと相応しい人が」

 泣きそうな顔で笑っている天草を見ていたら、コレまでの罪悪感と、たった今の自分の何気ない一言で、辛そうにしているのがありありと分かった。

「あのさ」
「……何?」
「ごめんね」

 やっぱりフラれるのだろうと確信して、天草は何度も何度も頷いた。
 その表情を見て、やはり何か、確実に勘違いをしているのだろうと考え、思わず”コンポタ”は、溜息をついた。

「良いんだ、大丈夫だから」

 泣きそうな顔で相変わらず笑っている天草を見据え、嗚呼もう限界だと思い、”コンポタ”は苦笑した。

「そう――良いんだね? 大丈夫なんだ」
「……え?」

 首を傾げた天草の菊門を、ローションまみれの指先一本で、静かに突く。

「!」

 すると、驚いたように、ビクリと天草の肩が震えた。

「あッ」

 そのまま第一関節まで入れて、ユルユルと周囲を撫でる。
 考えてみれば、こんな風に慣らすのは、初めてだった。

「ひ、ぁ、ああっ」
「大丈夫なんでしょ?」

 そう告げて天草の表情を確認すると……そこには怯えたような顔があった。
 確かに己のコレまでの行為を振り返れば、怖がられても仕方がないのかも知れないと、”コンポタ”は思う。ローションまみれの指を、痛くないように、抜いたり引いたりする。

「っ、ぁ」

 天草の体が震えている。コレまで見たことの無かった上半身は、やはり細くて、鎖骨が浮き、肋骨さえ見えそうだった。きちんと食事を取っているのかさえ不安になる。

 そのまま第二関節まで進めて、それから指を少しだけ折った。

「ンぁああッ」

 声を上げた天草の反応に、コレまで酷くしていたとはいえ、感じる場所はしっかりと把握していた”コンポタ”が囁くように告げる。

「ここ、好き?」
「ン、う、ぁ」

 コクコクと必死に頷いている天草を見ていると、双眸を伏せて、睫が震えていた。
 ――痛くしなくても、怯えているのが分かる。

 これはただ、義務的に頷いているだけだ。

「もう一本、入れても良い?」

 そう聞けば、また必死に頷いているのが分かった。
 ――そんな風にしたのは誰だ?

 ”コンポタ”は、自分以外の回答が見つからない。だが、ゆっくりと、もう一本の指を、今度はそれなりの速度で中へと入れ、その指先を揃えて、天草の感じる場所を突いた。

「ああっ、ふぁ、あ、嫌、そ、そこはぁッ」

 嫌がるように腰を揺らして逃げようとする天草を、もう一方の手で引き寄せ掴む。
 そして重点的に、感じる場所を刺激した。

「うう、ぁ、あア」

 嬌声が寝室に響き渡る。しかし、”コンポタ”には、止める気はなかった。

「あ、あ、あ」

 喉を振るわせ、ガクガクと肩も揺らして、何度も何度も涙をこぼしそうになっている天草。上気した頬など、コレまで気にしたこともなかったというのに、今は何故なのか愛おしい。

 ――本当は、本当は、だ。自分を好きだと言った天草を、調教でもしてやろうかとすら思っていたのに。甘い言葉をかけて、もう逃れられないようにして、利用しつくしてやろうとすら、思っていたのに。なのに、改めてみた天草も、その怯える姿も、何もかもが、愛おしく思えてくる。そして、そして――どうしようもなく苦しくなり、傷つけた自分のことを呪った。呪っていた。漸く”コンポタ”は気づいたのだ。本当に大切なのは、誰だったのかを。

 ”ネコ缶”への執着? そんなの、天草が仲良さそうに話していたから嫉妬していただけではないのか。

 ”怪我をすること”? いつも心配そうにしてくれる天草の瞳が嬉しかっただけじゃないか。

 ”創助さんの名前を出すこと”? それこそ、天草祐助が辛そうな顔をしているのが見たかっただけではないか。

 ――ああ、なんて自分は最低だったのだろう。

「うあ、ああっ、やぁああ!! も、もう、や、やめ――っ」

 感じる場所を刺激され続けて、天草はこれまでに感じたこともない、どうしようもない優しい快感を知ってしまった。入ってくる指は細く、何かを纏っているせいで、痛みもない。

 それに激しく突かれるわけでもなかったから、ただ快楽だけが募っていく。

 腰こそ逃げられないようにされているが、その手も、撫でるように静かに動き、もどかしい。ああ、もどかしかった。

「ああ、ああっ、うあ、あ」

 こんな気持ちの良い感覚を、天草は知らなくて、怖くなった。
 涙がこぼれ落ちていくのが止まらない。
 ただそれは、辛いからではなかった。

「もう、いやぁああッ」

 快感に慣らされた陰茎が立ち上がり、タラタラと先走りの液が零れていく。

「先生、辛い?」
「う、あ、ああっ、そ、んな事、無い、無いからぁあ!!」

 天草はそう言って頭を振った。
 気持ちいいだなんて口にすれば、快楽で訳が分からなくなるほど責められることを知っていたからだ。あるいは後孔を、何度も何度も激しく犯されるのだ。そんなの、嫌だった。

「……先生……ッ」

 ガクガクと震えながら、懇願するように天草が言う。その様にさせたのは、自分自身だと”コンポタ”は知っていた。苦しくて苦しくて、唇を噛む。

「大丈夫だから、正直に言って? 絶対に――酷くしないから」
「え、ああっ、あ、あああ」

 天草はぼんやりとしたように、涙で歪む瞳で、”コンポタ”を眺めている。
 蕩けたようなその眼差しに、自身の男根が熱くなっていくのを感じて、大きく”コンポタ”が、吐息した。

「まだ、その……入れたら痛いと思うから、指、もう一本増やすよ」
「うっッ!!」

 ローションまみれの三本目をゆっくりと、他の指を引き抜きながら、一緒にイれる。
 その衝撃になのか、背筋を撓らせ、天草が嬌声を上げた。
 今度はあまりにも辛そうだったから、感じる場所を避けて、バラバラに指を動かす。
 そしてもう一方の手を腰から離し、天草の陰茎を撫でた。

「ひゃ、ああっ!! ン――!!」
「ゆっくり息して」
「ふぁ、ン、あああああ!! ヤだ、いやだ、これッ!!」

 痛くはないはずだと思いながら、広がった菊門を確認する。
 それから一気に指を引き抜くと、一瞬天草の体が弛緩した。
 そこへ――勢いよく、”コンポタ”が陰茎を差し入れた。

「う、ああっ、あああっ、んあぁあ!!」

 衝撃に萎えたらしい前を、静かに撫でる。

「大丈夫?」

 囁くように言うと、涙をボロボロとこぼしながら、虚ろな瞳で天草が言った。

「気持ちいいよぉお、アアアあっ!! も、もう、ぎ、義理の息子の、由唯君じゃなきゃ、イ、イけな……ひああああ!!」
「!」

 その言葉に息を飲み、思わず”コンポタ”は動きを止めた。
 すると、天草の腰が動き、双眸を伏せながら上を向いて、動きが早くなった。

「いやぁあっ、あっ、あ、ああっ、う、動いて……ッひ、あ、ああッ、由唯君じゃなきゃ、僕は、四條創助はもう、イけなっ、ひ、アアアア!!」

 泣き叫ぶような声だった。

 ――そう、そう言うように仕込んだのは、誰だ? 確実に自分だ。

 唇を噛みしめ、”コンポタ”は泣きそうになった。逆に、逆にだ。
 創助を抱いているようで、決して、天草祐助をもう、もう、抱けないような恐怖に駆られる。嗚呼、手放したのは、僕の方だったのだ

 ――……”コンポタ”が、そう気づいた瞬間だった。

「ひ、やぁあ、な、なんで、あ、ああっ」

 震えながら、泣き叫ぶように、天草が腰を揺らす。

「動いてぇええ!! やああっ、ヤん、ぁあああ!! お願、あ、ああっ、何でもする、何でもする、ひ、あ、何でも言うから、だから、もう許して、ふぁ、気持ちい、い、から、ねぇ、あ、本当に、気持ちい、ふぁ、だからぁああ!!」

 明らかに嘘だと分かる声だった。だが、コレまでには、嘘だなんて考えたこともなくて、ただ本当に悦楽に飲まれているのだろうと、馬鹿にしていたはずの声だった。苦しそうに喉を揺らし、辛そうに、天草は泣いていた。泣いていたのだ。

「先生……先生?」
「え、あ、うあッ」

 苦しくなったのは、胸が痛くなったのは、今度は”コンポタ”の方だった。紛れもなく、”コンポタ”だった。虚ろな瞳で、正面にいる”コンポタ”を、ぼんやりと天草が見ている。

「ごめんね、先生。コレまで、酷いことして」
「ふ、ぁ、ああっああああ!! や、やっだぁあッ、お願い、お願い、動いて、動いてっあ、淫乱な、義父さんが、頼んでるんだよ……ふああああ!!」

 辛そうに、今度は左右ではなく、上下するように天草が、涙をボロボロこぼしながら動く。

「淫乱なんかじゃない、ないよ……それに、先生は僕の義父なんかじゃないし、創助さんじゃなくて、祐助先生でしょ? 今、先生を抱いているのは誰? 先生は、誰? 僕の……何?」
「やっぁ、違、ぼ、僕は淫乱で、ひ、酷い事されるのが好きで、ああ、ああああ、大好きで、ちゃ、ちゃんと、由唯君の、義父さんだからぁあああ!! お願、もう、もう、苦しいよ、嗚呼あっ、こんなの僕知らない、気持ちいいよぉ、うあ、気持ちよすぎてもう、もう、う、ああああ!! 違う、違う、僕は、創助でぇッ、ゆ、由唯君の、本当に、義父さんだよぉッ、あああっ、だから、だから、も、もう、許して……ふ、ぁあ、も、もう、あ、ああっ、こんな風にされたら、お、おかしくなっちゃ、あ、ああっ、由唯君、ねぇ、嗚呼、う、あ、僕の子供のっッッ、ああっ、あああっ、ヤだぁ、ヤダよぉ、も、もう許して、動いて、ねぇ、嗚呼あっ。ぼ、僕を抱いてるのは、うう、由唯君で、僕は、創助でッ、由唯くんっは、ぼ、僕の、大切な、義理の子供だよぉおお、アアアあっ!!」

 涙がこぼれてくるのも、なのに唇が弧を描くのも、止められないまま、激しく”コンポタ”は、腰を打ち付けた。本当は、本当に、優しくしてあげたいと思っただけだったのに。なのに――……嗚呼、嗚呼、どうしようもない闇を、己は天草祐助に作ってしまったのかも知れない。そう思えば、思考が絡め取られるように暗くなり、胸が疼いた。