<2>告白――嫌いという結果


 それは、雨が降りしきる日の事だった。
 きっと雨宿りにでも来たのだろう――”コンポタ”の姿を、天草は久しぶりに見た。
 どうせ”コンポタ”にとっては、それが久しぶりだなんて意識がない事を知りながら。

 ――いつも待つのは自分だけなのだ。

 その日、精一杯の勇気を出して、天草は告げた。
 羞恥にかられたから、条件だなんて言いながら。

 結果。


「――先生のことが、大嫌いだ」


 嫌い、嫌いか。

 それが胸へと突き刺さり、天草はその回答が返ってくるのも予測していたはずなのに、辛くて痛くてどうしようもなく痛くなった。

 どうせ、どうせ、だ。

 兄の事が好きで、本音ではやはり、今は”ネコ缶”――嵯峨の事が気になっていて。自分が入る余地など何処にもないとよく知ってはいた。けれど、せめて普通にフラれたかったというのは――贅沢なのだろうか。そう、か。嗚呼。

「ああ、嫌い、か……」

 本当にその言葉も、予想していなかった訳じゃない。だけど。
 体が震えそうになる。
 下におろしていた手をギュッと握って、なんとか堪えようとした。

 けれど――涙がこぼれ落ちそうになって……そっか、嫌い、か。嫌いなんだ。興味すらないのだろう。ズキズキと胸が疼くのに、どこかに空虚感がある。だけど。笑って流さなければ、きっとこの関係は、永遠に途切れてしまう――それが何より、辛かった。

 顔を見られなくなるのが、何よりも嫌だった。いくら自分の事が嫌いでも、だから痛い事や酷い事をするのだとしても、何でも良いから、だから、だから、会いたいんだ。

 だから頑張って天草は笑う。笑った。苦笑するように。

 けれど――一筋だけ涙がこぼれてしまったから、慌てて拭う。気づかれていない事を祈った。それからまた笑おうとしたのに、それが上手くできなくて、両目に浮かんできた涙をせめて隠そうと、天井を見上げる。

 告白して振るなんて、きっと彼にはウザい事だろうから。めんどくさい事で、重くて、怠い事だろうと思うから。それも嫌いな相手に、言われるなんて。

 なんとか涙を抑えて正面を向いてから、天草はいつもの通りに笑う事にした。

「寝台は、奥のを使って」

 今日は――今日だけは、泣いてしまいそうだったから、精一杯頑張って笑いながら、天草は告げた。そして、足早に去ろうとした時の事だった。

「っ」

 急に腕を引かれて狼狽える。

「……何?」

 声が震えそうになるのを、声帯を叱咤して止める。
 今度こそきちんとフラれるのかと思いながら、”コンポタ”を見据えた。

「まだ、条件聞いただけなんだけど。それも前提条件。報酬は高いらしいけど、何?」

 呆れたような声だった。
 そう言えば、恥ずかしくて、告白する時に、抱かれるには条件がある、なんて言葉を使ったのだったなと、天草は思い出した。

 あんなの、必死に考えた、戯れ言だ。
 だけど――もし一つだけ叶うのならばと、思わず苦笑しようとした。

 苦笑を浮かべようとしたのに、けれど、涙が出そうになったから、唇を噛んだせいで上手くいかない。しかし、もう断られても良いと思いながら、天草は静かに告げた。

「笑わない?」
「うん」

 一応同意を得たので、意を決して言ってみる。
 涙がこぼれ落ちそうになったが、頑張って苦笑して見せようと思った。
 冗談だと思ってもらえたなら、良いなと感じる。

「キスして。優しく」

 その瞬間だった。不意に抱きしめられて、天草は目を見開いた。柔らかく髪を撫でるようにして、だが力強く後頭部を、彼の胸に押し付けられていた。

 これまでずっと、上の服を捲られた事が無くて、天草は、自分より体格が良かった兄や嵯峨と重ねられているのだと感じていた。重ねているから貧弱な己の上半身など見たくもないのだろうと考えていたのだ。

 なのに、そんなのお構いなしだというように、もう一方の手では背を抱き寄せられてから、ギュッと腕に力を込められる。そして。

「――けどなんでなんだろ、僕は今、そんな顔で僕を見る先生のことを、どうしようもなく抱きしめたくて、キスがしたい」
「っ」

 そんな事を言って笑った”コンポタ”を見て、思わず天草は息を飲んだ。
 思わず目を瞠ったまま、今日は奥の寝台で寝るといった彼を見送る。



 ――それが、二人の恋の始まりだった。