<1>身代わりの体(★)


 それから――時折、四條由唯こと”コンポタ”は、天草クリニックを訪れるようになった。

 そんなある日の事だった。

「ねぇ、センセ」
「何かな?」
「前に僕と、会った事無い?」

 その日は休診日だったから、珈琲サーバーの前に立ちながら、スッと天草は眼を細めた。同姓同名だと、ナニカで知られたのであれば、誤魔化しようもある。だが、他の手段で確信されているのだとすれば、隠すのはおかしいかも知れない。

 様々な事を考えながら、もう一つのカップに珈琲を淹れつつ、天草は思案した。
 何が最適なのか、分からない。

「なんで?」

 一切感情が見えず明るい口調だった”コンポタ”に――今ではそう呼ぶようになった”コンポタ”に、天草は聞き返した。質問に質問で返すのは、卑怯な手だとは知りつつも。

「戸籍って、見られるんだね。祐助先生の家族に会ってきたよ。安心して、まだ殺してないから」

 きっと名字や下の名前を呼ぶ事で、嵯峨と同様何故なのかは知らないが兄を思い出すのが嫌なのだろう。”コンポタ”も、また天草を下の名前で呼ぶ事が多い。

義父とうさんの、創助さんの葬儀に来てたよね」
「……覚えてないな。こういう仕事をしてると、葬儀が多すぎてね」
「へぇ」

 その時、嘲笑するように、”コンポタ”が笑った。

 二つのカップを持とうとしていた天草を、足払いして、そのまま床へと押し倒す。

 着衣をそのままに、下衣だけをおろして、”コンポタ”が、腕を顔の両脇に立てて、のぞき込むように天草を見た。

「っ、何を――」

 その時だった。声を上げようとした天草の首筋を、”コンポタ”がキツく噛んだ。

「うあッ」

 そのまま噛み千切られるように、深く深く噛まれて、天草の体が震える。
 それから強制的にベルトを緩められ、ズボンの奥、下着の奥まで、片手を付き入れられた。そして痛いほどキツク握られ、無理矢理射精感を煽られる。

「い、ううッ」

 苦しくなって、思わず天草は双眸を伏せた。
 その時、耳元で”コンポタ”が囁いた。

『創助さん……』

 と。目を見開き、息が喉に張り付いたような感覚で、天草は”コンポタ”を見上げる。
 瞬間、下衣を全て取り去られて、無理矢理中を暴かれた。

「や、やめ、うあああッ」

 痛みしかなくて、無理矢理ギチギチと押し広げられる感覚がした。当然だ、そんな場所は、本来性交渉に使う場所ではない。血がダラダラと滴っていくのが分かり、ヌメヌメとした感触と痛みに、体が撓る。

「ヤダ、いやだ、あ、止め……――ッ!!」

 それからまた、無理に前をキツク捕まれ、強制的に射精感を煽られる。

「あ、ああっ……!!」

 苦しくて、圧迫感があって、痛みしかなくて、だけど血液がグチャグチャ音を立てていて――そんな中で、天草は精を放った。

『創助さんて、酷くされるのが好きなんだ』

 弛緩した体で涙をこぼしながら、天草は、そんな声を聞いたのだった。



 それから――”コンポタ”が来訪する頻度は増えた。

「ん、うぅ」

 今日は口を拘束されて、涎をダラダラ零しながら、虚ろな目で天草は”コンポタ”を見上げていた。上には白衣とインナーをまとったままで、ただ下半身だけを露出させられている。その上、M字のように開脚させられ、足を閉じられないように拘束されていた。

「今日は、気持ちよくさせて、あげようね」

 そう言って喉で笑いながら、”コンポタ”は、プラスティックの棒にしか見えないオナホールを、天草の前に填めた。それは震動し、快楽を煽るのに、男根の根本に填った金属の輪が、射精を許してはくれない。何度も何度も頭を振り、声が出せないものだから、嫌だと体で伝えようとした。

「ああ、まだ足りなかった? これじゃあ、女の人の体でイけなくなっちゃうよ。例えば――『母さんの体とかでね、ねぇ、義父さん』」
「んんぅ……!!」

 その時無理矢理、ヌルヌルとした液体まみれの太いバイブを、後孔に差し込まれた。悲鳴が上がりそうになり、体が反り返る。けれど押し殺された唇からは、ただ涎が滴るだけだ。見開かれた瞳の睫には、涙が浮かんでいる。ガクガクと体を揺らしたのは、突起の付いたバイブを最奥まで入れられて、激しく抜き差しされた時の事だった。

 そのまま指もねじ込まれて、快楽を教えられた箇所を、何度も刺激される。

「ン――!!」

 その内に、バイブ自体も震動を始めた。

「っ、く、ン」

 しかし声を出す事も、イく事も許されない。
 するとその時顎を持ち上げられ、拘束を解かれると、唇をかみ切るようにキスをされた。

「ふぁああああああ!! や、止め、も、もう、あ、ああっ、もうイきたッ……!!」
「『創助さん』は、はしたないなぁ――それに、イきたい時は何て言うか、教えたよね?」

 必死で、もう必死で、快楽だけに支配された体で、泣きながら天草は言った。

「ぼ、僕の大切な、ぎ、義理の子供の由唯く、ん……君の、肉棒で、突いて、ぇええ!!」
「『創助さん』は、そんな風には言わないよ。泣きじゃくりながら、何て。先生は、そんなに僕に、強く入れられたいんだ?」
「う、ァああっ」

 もう訳が分からないほどの快楽で、天草は必死で息をしながら――泣いた。
 そしてそのまま意識を失った。

 定休日にも関わらず、そんな事はお構いなしに、嵯峨が”天草クリニック”へと訪れた。

 最近では、嵯峨の話と似たような話を四條由唯や、他の人間から聞く事もあり、伝播妄想にしては詳細が似通いすぎている上、その治癒能力から、本当に別の世界があるのかも知れないと天草は考えている。だがそんな事を口にすれば、医師免許は剥奪されるだろう。

 だから誰にも相談できないまま、ただ、効きそうな薬や、ようやく見つけ出した薬を渡している。

「顔色が悪いな」

 入ってきた嵯峨は、ソファに座り、正面に天草が座った途端に眼を細めた。

「ちょっとね。体調が悪くてさ」
「――無理に、体力的に無理なら、俺達に付き合う必要はないんだぞ。基本的に夜の仕事だしな。昼に仕事をしているお前にはキツイだろ」
「ううん。患者なんて滅多に来ないから、お昼寝はし放題なんだ」

 思わず事実を答えてしまった後、その通りだと言って誤魔化せば良かったと天草は後悔した。だから静かに、コーヒーカップを傾ける。褐色の熱が、喉を癒してくれた。

 ――体調が悪いというよりかは、恐らく気分が悪いのだろう。

 それを天草は、よく自覚していた。

「それなら、良いけどな。俺達の事で、困った事があったら言えよ」
「っ」

 思わずその言葉に、天草は息を飲んでしまった。

「――祐助」
「いや、その、別に」
「隠すな」

 真剣な瞳で嵯峨に言われ、天草は俯いた。

「……困ってるって程じゃないし、怪我をしてたら治療はするんだけど、その」

 気づけば誰かに、この気持ちを伝えたくなっていた。苦しかったのだ。

「――僕は、多分”コンポタ”が苦手なんだ。まぁ、あんまり関係がある訳じゃないんだけど」

 つとめて、ただの苦手意識だという風に、天草は告げた。
 その言葉に息を飲んでから、嵯峨が一枚の名刺を差し出した。

「もし会いたくないんなら、夜はこの店に行け。ただまぁ、結界があるから、シャッターでも良いから、鍵は開けておいてもらえると助かるけどな」
「分かった。治療は出来なくなるかも知れないけど」
「どうせ朝には治る」

 そう言って、嵯峨は苦笑したのだった。
 それがなんだか、心地良かった。

「ねぇ、先生」

 ”コンポタ”がやってきたのは、嵯峨が帰った後、直ぐの事だった。

「”ネコ缶”と仲が良いの?」

 入ってきた”コンポタ”の声は、険しかったのに、表情だけは、笑っていた。

「”ネコ缶”?」

 だが、何の話なのか分からずに、天草は首を傾げる。
 ――その時だった。

「嵯峨旭、刑事さん」
「あ」

 答える前に壁に押し付けられ、片手で首を絞められた。
 そうして、もう一方の手では、壁にナイフを突き立てられた。

「っ。う」

 息苦しくなって、両手を首に当てる。だがその傍らで、頬に傷を付けられた。痛みと共に、血が滲んでいくのが分かる。

「ひッ」
「ねぇ……先生?」
「は、あ」

 その時、首を絞めていた手が離れ、耳元で囁かれた。

「――もう一つ、先生に利用価値が生まれたよ。先生を殺したら、”ネコ缶”は、どんな顔をするのかなぁ」

 クスクスと失笑してから、無理に後ろを向かされて、壁へと手を突かされる。
 そして手でズボンを下ろされ、白衣をまくり上げられた。

「う、ああっ、あ、あああああ!!」

 慣らすでもなく入ってきた、”コンポタ”の陰茎に貫かれ、血液が滴る。

「僕、血を見ると興奮するのかな、祐助先生なんかの血濡れの体でも、”ネコ缶”の気をひくだけの相手でしかなくても」

 そのまま壁に手をつかされ、ガンガン後ろを抉られて、天草は泣いた。多分その涙は、色々な感情がこちゃまぜで、自分でも良く分からないものだった。

 次に会った時には、ひたすら左耳の奥へと舌を入れられながら、前を拘束され達せないまま、数時間乳首を嬲られた。

 その次に会った時は、手首を拘束され、四つんばいにさせられて、ひたすら鞭で打たれた。

 それからまた顔を出した”コンポタ” は、今度は無理に覚えさせられた感じる場所を久方ぶりに突きながら、首を絞めてきた。

 次は、その次は――……

 ……――ただいつも、同じ言葉を彼は言う。


『創助さん、愛してるよ』
『ねぇ、義父さん。今、何処で何をしてるの?』
『会いたいよ』
『――最近僕ね、気になる人が出来たんだよ。”ネコ缶”って言うんだ』
『殺されたいほど執着してる』


 ……――嗚呼。




 どんなに体を重ねても、酷くされようが快楽に堕とされようが、彼の口から、自分の名前が出る事はない。天草が知っている事はと言えば、彼が”コンポタ”と呼ばれている事と、本当は”四條由唯”だと言う名前だけ。

 初めは――代わりにされるのが、当然なようで、だけどそれは犯罪じみた嫌悪するような行為だとすら思っていた気がする。受け入れ、誰にも言わなかったのは恐らく、いつか自分が『土の下の骨壺の中じゃない?』なんて言ってしまった、悔恨からなのかも知れない。

 ――きっと彼は、自分が死んでも悲しまないだろう。
 ――だけど僕は、彼がいなくなってしまったら、生きてはいけない、

 そんな気がした。
 それは、きっと、馬鹿げていて、滑稽なはずだった。
 自分よりもずっとずっと年下の、義理の甥。

 己の価値は、兄に似ている顔と、嵯峨君とそれなりに仲が良い事だけ、だと天草は理解していた。確実に、確実に、何時だって”コンポタ”は、兄の名前を、天草の耳元で囁くのだ。そして、愛とは違うのかも知れないが、”ネコ缶”に執着していると、自分でも口にしていた。

 そんな事実に、胸が疼いて痛い理由を、天草は理解したくなかった。

 きっとただ、経験が無かった自分は、体を絆されただけのはずだ。なのになのになのに、どんなに酷くされようとも、痛くされようとも、兄の名前を耳元で囁かれるのが一番苦しい。体を重ねなくても、同じ空間で珈琲を飲んで話しをしているだけで、胸が高鳴る自分が居た。別に、体の関係がその日無くても構わないと思う自分が居た。ただ、一緒にいられれば、それで良かった。

 ある日来ていて、そして何とはなしに話しをしたのが辛すぎて、行くのを止めた。普通の会話が苦しかった。自分との関係など明かさずに『はじめまして』と言った彼。

 嵯峨に紹介されたBarには何度か足を運んだが、”コンポタ”が矛盾しているのは分かっていた――会いたいのに、こんなにも会いたいのに、会いたくないのだ。そんな内に、”コンポタ”は、姿を見せなくなった。

 きっと、これで良かったのだろうと天草は思う。

 次に顔を見たら――……告白してしまいそうだったから。
 この苦しさを、愛を。