<5>逃避行計画は、みんなで


 ”リスナー”から”コンポタ”経由で受け取ったメモを思い出しながら、使用人達の事は、時雨の言葉を信じて一切気にせず、”ネコ缶”達は、門へと向かった。

「ほら、”リスナー”の言う通りでしょ? 僕ちゃんと伝えたんだから」

 そこには、この屋敷に来る時に乗り付けた、”コンポタ”の車があった。
 運転席にナナキ、隣席に”コンポタ”、後部座席には”ネコ缶”と祀理が座る。

 走り出しながら、一応バイトの関係で、運転にはそれなりに自信があるナナキが首を傾げた。多分、運転できる事は、”リスナー”が伝えたのだろうし、戦闘で消耗しているだろう”ネコ缶”と”コンポタ”の万が一の負傷を考えていたとしても――だ。

 早急に走り出してから、小さい頃からそれなりに住んでいたため土地勘があるナナキが首を傾げた。まぁ、土地勘があるというのも理由かも知れないが、それなら、親戚らしい”コンポタ”だってあるはずだと考える。

「あの」

 ナナキの言葉に、後ろの席で、傷口の手当てをしながら(ガムテープを何故か貼っていて、所々で、どこから入手したのか女性の生理用ナプキンを宛がっている)”ネコ缶”が答えた。

「なんだ?」

 バックミラーで、その手当て手法がよく分からないまま、更に分からない事をナナキは聞いた。

「どうしてこの席順なんですか?」

 何せ、祀理もまた、以前そば屋さんでバイトしていた頃に、バイクと車の免許を取って以来、それなりに運転が出来るからだ。土地勘が無くても、現在隣席は、”コンポタ”なのだし、ナビゲーションはバッチリのはずだ。

「ごめんねぇ、”ネコ缶”の隣に座って、手当てしたいよねぇ」

 すると、クスクスと”コンポタ”が笑った。

「え、あの、いや、その」

 思わずナナキが咳き込んだ。すると背後で、”ネコ缶”が溜息をついた。

「もうすぐ、車を変えて逃げる。こっちはそのまま別の奴が運転する。それが、祐助なんだよ。お前と身長が一緒なんだ」
「あ、確かに僕と天草先生って、同じくらいだ……え、車換え?」

 驚いたナナキの後ろで、祀理が腕を組んだ。

「その方が良いかも、確かに。だけど、もっと多くの人達を危険にさらすんじゃ……」
「”榊様”と”祀理君”の、どっちで呼ばれたいか知らないけど、あのBarに行った客は、みんな”仲間”なんだよ。気にしないで」

 友達については良く分からなかったが、最近”コンポタ”は、仲間なのだろうな、と思うようになっていたから、そう告げた。すると祀理が涙ぐんだ。

「ちなみにそっちの車の助手席には、身長隠すのと顔隠してるフリで、和服の上にスーツきて、シルクハット被った”雨”が乗る。後ろは、”灯”と、”コンポタ”だとさ」

 呆れたようにそう言いながら、今日は珍しくシャツに、黒いインナー姿の”コンポタ”を嵯峨が見据える。ジャケットとネクタイ、コートを渡す計画だ。

「え、あの二人も来てくれてるんですか?」
”ネコ缶”の声に驚いて、”黒キリン”が声を上げる。

「どころか、次の信号すぎた横断歩道の所で、”狐提灯”の結界があるから、そこだけ”灯”が裂いてくれてから来るんだよ。逆に昼でも入ってきそうな≪異形≫対策でもあるけど、メインは”狐提灯”が簡単にはそれ以上追いかけられないように、それに車を乗り換える時間が出来るように、”雨”がテグス――糸を張り巡らせてくれるんだ、その直後、に乗り換える。あの二人は最初っから、お前らと同じ色の和服着せてあるから何の問題もない。上には俺がよく知らない名前の何かを車の中で羽織るらしい。で、テグスの後ろにさらに物理的に動けないように”霙”が鎖でグルグル巻き。あの三人だけ、”流転時計”で昼でも武器が使えるんだとさ」

 続いた”ネコ缶”の声に”黒キリン”が首を傾げた。

「それって、もしかして、”リスナー”の?」
「何で分かったの?」

 驚いたように”コンポタ”が言う。

「最初に会った時に、”正確に機能する懐中時計”を持ってるって言ってたから。あの時は、”夜月時計の世界では”って言ってたけど、”昼”も使えるのかな、って……」
「鋭いね。うん、今回、君達を助けるために”初めて”教えてくれたんだけど、”智徳”と、俺つまり”コンポタ”の他の三人目が、”リスナー”だったんだよね。足首に付けるのは変わらないんだけど、見えないようにしてたから分からなかったんだよねぇ、公言してた”智徳”だけは別として。四人目の、足首見えてた”雨”は兎も角」

 そう言って、”コンポタ”が溜息をついた。

「”リスナー”の方が、”夜”の世界の攻撃や防御を”昼”でも出せる、っていう能力。だからあの二人を掛け合わせると、一定範囲で、”夜”の攻撃や防御が通用するんだよねぇ。君のためなら、んー、君達、勿論”ネコ缶”入りね、公表して連携して、まぁ連携するなんて時計同士じゃ初だろうけどさ、使ってもいいって、あの”リスナー”に思わせたんだから凄いよ。勿論”祀理くん”も入ってるからね」

 ”コンポタ”の言葉に、うんうんと”黒キリン”が頷いた瞬間、丁度噂の結界を通り過ぎた。

 その時、ゾクリと怖気が祀理の背筋を這い上がった。

「あ」

 思わず声を上げると、”コンポタ”が振り返り、手当中の”ネコ缶”も視線を向けた。

「やっぱり、結界を抜けると分かるのか」
「そりゃそうだよねぇ。けど、安心して。絶対僕ら、”黒キリン”の友達を、見捨てるような事しないし、守るから」

 二人の言葉に苦しそうに吐息した祀理は、その瞬間目を見開いた。
 結界が切り裂かれたのが分かったからだ。

「うあ、あああ」
「祀理!!」

 しかしナナキが強く声をかけると、冷や汗を流しつつも、両腕で体を抱いて、何度も何度も祀理が頷いた。

「……有難う」

 言いながら、瞬時にその穴を何かが塞ぎ、そしてジグザグに、何重にもふさぎ≪異形≫が入れないようにされた事を悟ると、祀理の体から力が抜けた。嗚呼――信じよう。俺の友達なんだから。そんな風に思ったら、また泣きそうになったが、今度は堪えた。守られるだけじゃダメだと思ったから。自分もまた、友達を、親友の事を守りたい。確かに祀理はそう思ったのだ。大親友の事を。

 それから少しした所で、四つ角の直ぐ側の駐車場に、巨大なトラックが止まっていた。
 その先に、車が停車する。

 見れば、”夜”の能力を駆使して、移動したらしい”灯”と”雨”、そして”霙”がそこにはいた。瞬時に全員が着替え(ナナキと祀理は和服の上にパーカを着せられた)、先ほどとは別の車に乗り込む。

 先ほどまでは、これでもかと言うほど目立つワインレッドの車に乗っていたのが、”コンポタ”達だ。そちらには、計画通り、天草・”雨”・”灯”・”コンポタ”が乗り込む。絶対、天草祐助と”コンポタ”は離れたくなかったんだろうな、なんてひっそりと”ネコ缶”は思ったが、言わなかった。

 もう一方の車は、水色とも青ともつかない印象の薄い、ありきたりな車で、そちらには、”霙”・”ネコ缶”・ナナキ・祀理が乗った。

 どちらも、前列が最初の二人、後列が後にあげた二人である。
 一見すれば絶対に変化が分からないし、服装も変えてある。その上結界が破られ、こちらへ来るのも難しい状況だったため、変化に気づかれる可能性はかなり低い。

 だがどちらの車も、向かう先は同じ場所を指定されていた。道順は全く違ったが。

 その後、あえて緊迫した気配を消すためなのか、本当に楽しんでいるのかそれぞれの車では、お菓子を食べたり、雑談をしたりが繰り返された。

「それでさ、”霙”くんは、結局誰と、どうなったの?」

 ナナキ――”黒キリン”が問う。
 この話題は、祀理も”ネコ缶”も知っている話題だった。

「え、いや、そのっすねぇ」

 案外年上の人間には腰が低いのが、”ヤンキー”と呼ばれる”霙”の真の姿だった。
 まぁ「.っすね」が敬語にあたるとすればの場合に限るが。

「俺的には、やっぱ、”雨”は”灯”の事が好きだと思うんすよ」
「奪えば?」

 朗らかに祀理が言う。

「や、そうしようと思って、”灯”に貰うって言って、”雨”に地味に告って気づかれず、みたいな――しかもその後、”灯”が酷い目に合うし」
「じゃあ”灯”くんは、誰が好きなの?」

 ナナキが首を傾げると、”霙”が複雑そうな顔をした。

「嫌もうソレが、全然分かんなくて。俺が、”雨”貰う宣言したら、他に好きな奴いるって言って泣き出して……まぁ、”リスナー”から話聞くとその頃だか手前だか後だか忘れましたけど、クスリ飲み忘れて不安定にはなってたらしいから、あの時なんか泣いたのは、それのせいだろうって何となく分かるんですけど」

 その言葉に、後部座席に座っていたナナキと祀理が顔を見合わせた。

「”霙”君て鈍いって言われない?」
「僕、”霙”君の事全然知らないけど、確実に鈍いと思った」

 二人の言葉に、”霙”が首を傾げる。
 そうしながら”ネコ缶”に眠気覚ましのブラックガムを手渡した。

「俺、”霙”君のそう言う配慮凄く優しいと思うな」
「僕も」
「は?」

 こんな事当然だろうと思いながら、”霙”が眉間に皺を寄せた。
 そんな話しをしている内に、無事に彼等は目的地へと着いた。

「あ」

 祀理が声を上げる。

「何か急に体が楽になったんだけど」

 驚いたような祀理の声に、ナナキが左右を見渡す。

「ゴメン、僕にはさっぱり分からない」

 すると運転していた嵯峨も頷いた。

「俺にも全く分からん。けどな、話は聞いてる――というか、”リスナー”のメモでみた」

 そう言って、隣席に座っていた”霙”を”ネコ缶”が一瞥した。

「ああ、俺ん家の結界に入ったんですよ」

 その声に、ナナキと祀理が息を飲む。これまで、深く話した事もないから、全然”霙”の家族の事など知らなかったのだ。

 しかも”ヤンキー”と渾名される程なのだから、家族と仲が良いのだなんて言うのも知らなかった。何せ、祀理には弟の舞理しか近しい親族(安倍九尾は当然本人的には除外)はいなかったし、ナナキなど家族全員と縁が切れていると思っていた(こちらもまた、安倍九尾は除外思考)。

「お前の家、父親が”魔術師”で、母親が”錬金術師”で、特に母方が大金持ちで、父方は貧乏で魔術研究に没頭してるらしいが、凄い力と知識の持ち主なんだってな。名字聞いた事無かったから知らなかったが、俺も”灯家”と”朝霞”の名前くらいは聞いた事がある。灯家が婿養子に入ったんだってな。って事は、”リスナー”が引き取ったも同然で”灯家”の前代の弟、つまりお前の叔父の所に連れてって、養子になった”灯”と、お前――”霙”は、義理のイトコか」

 駐車場へと向かい、運転しながらつらつらと”ネコ缶”が言う。
 すると”霙”が腕を組んだ。

「”朝霞”の方は、伯母さんの旦那さんが”椎名雪”さんて言って、こっちも婿養子で、そっちの一番下が、”雨”だから、”雨”とは、ガチでイトコですよ。男同士は結婚できねぇけど、イトコ同士は結婚できるんすよ」
「後半はただの一般常識だな。何で今俺に言うんだよ――ガム、もう一つくれ」
「あ、はい」

 ”ネコ缶”と”霙”のそんなやりとりが続く内に、待ち合わせ場所の駐車場に着いた。

「良かった、無事について」

 店を休んだのか、”リスナー”に言われた。最近休暇を覚えたらしい。隣には、何故か照れている”芦屋大(あしやたいき) 樹”がいた。まぁ恋人同士に本当になったらしいのだから、どうせ芦屋が尻に敷かれているのだろうなと思いながら、”ネコ缶”が”リスナー”を見る。

「助かった」
「俺と”ネコ缶”の仲じゃん。ああ、芦屋は存分に嫉妬してくれて良いからね」
「しねぇよ……」

 疲れたような顔で芦屋が溜息をついた。
 いや、案外芦屋が尻に敷いてたりして、と、”ネコ缶”は変な直感を覚えた。まぁ、そんなのどうでも良かった。ワインレッドの車と、車内にいる面々を確認して安堵する。

「向こうも何も問題は無かったのか?」
「いやぁ、問題だらけで、五回くらい式神喰らって、十回くらい本物で銃撃されてたよ。でも、俺、本気で凄いと思ったの初めてってくらいビックリした」

 ”リスナー”の言葉に、”ネコ缶”が眉を顰めた。
 何があったのだろうかと不安になる。

「それがね、式神は、さも最初から乗ってました風に”コンポタ”が全滅させちゃったんだよ。恋人の天草先生がいたのと、九尾の当主が出てこなかったのも良かったのかも知れないけどさ。ま、有名な言葉、所謂、想定の範囲内、ッては言えるけど」
「銃撃は?」
「それがねぇ……なんかさ、これが一番驚いたんだけどね」
「なんだ?」
「”雨”と”灯”が攻撃したら、計画がバレるじゃん?」
「まぁな。それを覚悟して、こっちも銃の気配を消しながら走ってた」

「うん――……それで、ま、まさかって感じなんだけど……途中で、天草先生がさ……運転を式神の攻撃が終わった段階で、それ見計らってたんだろうけど、後部座席に移ってさ、無理矢理”コンポタ”に運転させて……全部の銃撃してきてたタイヤ撃ったんだよ。タイヤって言うか、たまには窓硝子とか……なんていうか……ただ、人は一人も殺してもないし、怪我もさせてないんだ。横転すらさせなかった。的確に静かに、バスンバスンて撃ってたよ。監視カメラで見てた俺、唖然。”コンポタ”すら唖然。勿論、”昼”の戦闘なんて、俺とか”コンポタ”みたいなバカと違って、純粋だから今日くらいしか本当に経験無いだろうし、精々動物殺した事ある”灯”とか、雨が”夜”の力を公園で試したぐらいだろうお子様達もポカン。話聞いたら、よく気分転換に海外旅行に行って、撃ってるんだってさ。そりゃデートで海外行くとか言うよね。日常的に行ってたらしいんだからさ……」

「……そうか」
「けどまぁ、”コンポタ”が、『僕のために……っ、先生大好き愛してる!!』とか言ってたから、まぁ別に良いんじゃない」
「頭おかしいんじゃないのか?」
「やだなぁ、そんなの前から分かってるし、”黒キリン”と付き合ってる実はドMなのかと疑う”ネコ缶”に言われてもねぇ」
「撃ち殺すぞ」
「ああっ、芦屋、怖いよぉ助けて」
「自業自得だろ……」

 ”リスナー”の、ちょっと驚くほど常識的な発言をした恋人の姿に、とりあえず”ネコ缶”は安堵した。それから駐車場から斜め左に振り向き、首を傾げた。

「――所で、あの城は、なんだ?」
「ああ、うん。”霙”の家」
「ぶ」

 思わず吹き出し、”ネコ缶”が咳き込んだ。

「一応今夜一晩は、結界もあるし、確実に安全だから泊めてもらう事になってるんだ」
「なんだよ、そのツテ……」
「だって、あそこの、前の次男に――つまり”灯”を養子にしてもらったのも俺だし。比較的仲良かったんだよ。まぁ一時期アイツは家出して”狐提灯”にいたこともあるんだけど、ダリィとか言ってサクッと止めちゃってサァ。しかもあそこの、”霙”君の両親、”魔術師”と”錬金術師”なんだけど、”玄米茶”と大喧嘩したらしくてあの組織も嫌いみたいで、同時にもう他の組織も全部嫌いらしくて、あの人達の弟の件もあるし、完全に”狐提灯”も、この敷地に入るのは無理。あそこよりも縦と横の繋がりも権力も強いしね――要するに、組織に入ってない≪贄羊≫とか、一般人との関係って意味でね。で。向こう、”狐提灯”を軽く越えちゃうくらいの大金持ちだから、何の心配もないよ。流石錬金術師、とか言うといつも殴られるんだけどね、錬金術はそんなんじゃないって言われて。ま、それに、日本のじゃなくて西洋のだけど≪結界≫の威力も確認済みだし」

 このようにして、彼等は、無事に東京へと戻ったのだった。
 祀理のマンションは、嵯峨が数多持つ別のマンションへと移り、現在では紆余曲折を経て、と言うか、単純に暮らす持ち家がなかった”灯”が護衛として共に暮らす事になったのだった。

 そんなこんなでこの逃亡劇は幕を下ろしたのだった。