<4>恋敵、三つ巴(※?)


 その頃、まさに、榊様と七木亮は、祀理とナナキは顔を合わせていた。同じ部屋で。久しぶりに二人であった時間だった。

「元気だったか?」

 ナナキの言葉に大きく祀理が頷く。

「ずっと連絡しなくてゴメン」
「本当だよ、心配して、京都まで嵯峨さんと来ちゃったよ」
「そうだったの!?」
「うん。けど気がついたら、此処にいたんだよ」
「え、俺も何だけど。何俺達、もしや、記憶喪失!?」
「そんな、まさか」

 そう言って苦笑するようにナナキが笑ったのだけれど――それは、事実だった。
 ”黒キリン”――”殺戮人形”は、”榊様”を守るために刀を振るった記憶を覚えていない。同時に、”榊様”である祀理も、≪雪消気≫を放ち、夏の夜に≪異形≫を消滅させる力を放った事を覚えていないのだ。

 その理由は、二人とも知らない。そもそも、記憶を失っている事すら、知らないのだ。
 暫くの間は、近況を話していた。

 ――二人が共通して知っている、”コンポタ”と”天草祐助”の恋愛模様。
 ――”灯”と”雨”と”霙”の三角関係。
 ――愛なんてどうでも良いと言っていた(らしい)、”リスナー”に恋人が出来た事。

 二人とも、自分たちが倒れたという話は聞いていた。
 だから体調を考慮して、一時間だけ、面会する事になっていたのだ。
 その為、あと十五分ほどで帰らなければならない――……その時襖が勢いよく開いた。

「え、あ、嵯峨さん!? それに”コンポタ”!?」

 驚いたように、ナナキ――”黒キリン”が声を上げる。

「久しぶりに里帰りしたから、どうしても”黒キリン”の元気な姿が見たくてさ。祀理君も、この前Barで会ったけど、覚えてる?」
「あ、はい」
「俺の事は覚えてるか? ナナキの『恋人』の嵯峨だ」

 盗聴器や周囲に聞かれている事など何もかも無視して、『恋人』である事を強調して、嵯峨が言い放った。瞬間的に、ナナキが真っ赤になる。

「勿論です。だって、同じマンションですし、頻繁にナナキから話聞いてますし」

 頷いた二人の前に、嵯峨が恋人宣言をしている間に、さっと”コンポタ”が紙を差し出した。カメラもあるが、気にしない。確認時間よりも、逃亡時間の方が速いのを計算していたからだ。

「「!」」

 それを見て、祀理とナナキが揃って息を飲んだ後、顔を見合わせた。
 ――二人が同意するか。
 それだけが、嵯峨の不安事だったが、彼は、ナナキを信じる事にしていた。何せ、”殺戮人形”を止められたのだから。止められるのは、恋人である自分だけなのだからと、必死で自分を叱咤した。

「行きます」

 ナナキが立ち上がった。そして祀理へと強い視線を向けた。

「どうする? 強制はしないけど」

 そんな”黒キリン”の配慮に、これが”友達”って奴なんだろう何だろうなと、”コンポタ”は見守っていた。

「……――嵯峨さんは恋人だから別として、これからも俺の友達だよな、ナナキは。一緒にいてくれるんだよね? 俺がどんなんでも」
「当たり前だろ」

 祀理の言葉に手を差し出し、震えながら返ってきた祀理の手をナナキがキツク握り替えした。そして立ち上がらせる。二人は視線を交わしてから、静かに頷いた。

 それから、嵯峨を見る。

「行きます」
「そう言うと思ってた」

 本当は不安で一杯だったのだろうに、いつも通りの気怠い瞳でいる”ネコ缶”。

 確かに些細なそんな表情変化が分かるようになったから、自分たちも、”黒キリン”と”榊様”とは、また違った形なのだろうけれど、友達なのかも知れないなと思って”コンポタ”は、気づけば苦笑していた。

 それから――”ネコ缶”を先頭に、間に二人を挟み、後衛を”コンポタ”に走り出す。

 途中に何度も呆気にとられた様子の使用人など、「榊様を外出させず安静にさせるように申しつかっております」だとか「亮様のお具合がよろしくなるまで外へは出してはならないと申しつけられております」だの、なんだかんだと叫んでいる人々の言葉を全て聞かなかった事にして、四人は走った。”巨大な銃”を出現して構えている”ネコ缶”と”巨大なぬいぐるみ”を何体も従え、さらに後ろも全員の横も守っている”コンポタ”を、使用人達が止められるはずもない。手を迂闊に出せば確実に負けるか――死ぬのは、わかりきっていた。ここは、”昼”の世界だ。

 ――その時だった。

「亮」

 強い声がした。気づけば、振り返る間もなく、”コンポタ”の”ぬいぐるみ”は、全て切り裂かれていた。そこにいたのは――七木家当主の弘だった。険しい顔つきで、しかし冷たい表情で、刀を持っている。嗚呼、”黒キリン”よりも少しだけつり目で、鋭い眼差しをしているな、だなんて感想を”ネコ缶”は抱いた。

「弘……」

 驚いたように、”黒キリン”が目を見開いている。

「七木家当主として命じる。この屋敷から出てはならない」

 そう告げた瞬間、一気に間合いを詰め、刀を逆に持ち、その柄で”コンポタ”の鳩尾を突いていた。

「う、ッあ」

 胃が反り返り、嘔吐感を堪えながら、”コンポタ”は呻いた。
 本当に一瞬の出来事だったのだ。
 ”贄黒羊”でも、”ネコ缶”に、あるいは匹敵するほど強い実力を持っているのではないかとされる”コンポタ”を、”狐提灯”最強と言われる七木家当主は、何のためらいもなく攻撃した。それから刃を首筋に突きつける。

「ッ」

 その時、何のためらいも見せずに、スッと細い眼をして、”ネコ缶”が銃を撃つ。
 それは対≪異形≫用のモノではなく、明らかに≪人間≫を殺傷する拳銃だった。

「公務執行妨害、ああ、そうだな監禁、他様々な容疑で逮捕してやる。いいや――その前に、攻撃されたから、撃ち殺したという事にするか」

 淡々と”ネコ缶”が呟いた。
 すると口角を持ち上げ、七木弘が失笑した。
 その場に緊迫感があふれかえる。

「好きにしろ。ただし、俺が撃ち殺せるんならな。亮は連れては行かせない」
「なんだって?」
「亮は、俺の弟だ。大切な、弟だ」

 そんな事を言われたのは初めてで、”黒キリン”が目を見開いた。
 兄がまさかそんな事を口にするとは思わなかったのだ。

 いつも蔑まれているとしか、兄弟愛なんて何処にもなくて、自分は邪魔な存在だと思われているのだとしか、考えていなかったのだから。

 ――ギュッ。

 その時不意に首から肩まで腕と手で捕まれ、ナナキは嵯峨に引き寄せられた。
 そして強く抱き寄せられる。

「ナナキ。お前、俺の事が好きなんだよな?」
「あ」
「一緒に来るんだろうな、勿論」
「え、あ」
「迷ってるんなら、今ココで殺してやる」

 嵯峨が冷たい目で、ナナキを見た。
 嫌だ――嫌だ、嫌だ、嫌だ。嵯峨さんに嫌われるのなんて、嫌だ。
 それだけが、ナナキの確固たる思いだった。すると。

「俺は、お前の事、愛してるぞ。ちゃんと、な」
「っ、うあ、ぼ、僕も――ッ!!」

 泣きそうになっているナナキのその表情を確認して、髪の毛に口づけしてから、改めて”ネコ缶”は七木弘を見据えた。

「大切な弟なら、幸せを願ってやれよ」
「っ、ん、なの」
「あ?」
「そんなの願えるわけがないだろうが――ッ、俺だって、俺だって、亮を、」

 睨め付けるような顔で、しかしどこか苦しそうに、弘が叫んだ。

「愛してるんだからな!!」

 瞬間斬りかかってきた弘から、”コンポタ”は庭に降りて、体をかわす。あのまま立っていたら、恐らく首を刎ねられていたのが分かって冷や汗が垂れた。

 しかし――”ネコ缶”は、”黒キリン”を抱き寄せた状態だというのに、余裕そうに、そして意地の悪い笑みを浮かべていた。

 弘の刀を巨大な銃の側部で受け止めた後、それが切り裂かれた次は、掌で掴み、そして手を切り落とされそうになる直前に肩を前に出して、わざと切られた。それから再び、切っ先を掴み直す。

「――じゃ、恋敵だな。渡す気はないけどな」

 失笑してから、”ネコ缶”が、弘の鳩尾に膝蹴りをいれる。喰らった弘が、衝撃を和らげるように、後ろに後退した。

「祀理様」

 その時、”ネコ缶”と”黒キリン”が居る背後から響いた声に、庭にいる”コンポタ”と、壁にピタリと背を当てて、戦闘を見守っていた祀理が息を飲んで視線を向ける。

 そこには、険しい顔をして、クナイをいくつか握っている”茶丘時雨 ”が立っていた。

「貴方は、”榊様”です」
「ッ」

 その声に、祀理が唇を噛みしめ、苦しそうな顔をした。

 七木弘だけならば、”ネコ缶”には勝機もあるだろうが、”安倍九尾家最強”の名を誇る”七木家当主”と、後ろから構えている使用人、”仕え人”の”最強”とされる”時雨”では、分が悪すぎると、”コンポタ”にも、分かった。ナントカして、”ぬいぐるみ”を再構築して、どちらか一方でも相手にしなければと、焦りが冷や汗を流していく。苦しい体で、なんとか立ち上がりながら、”コンポタ”は嘔吐した。胃酸だけが出てきた。

 ――祐助先生は心配してくれるだろうか。怪我をするなと言っていたけれど、きっと、”友達”の為だと言ったら、許してくれる気がした。死ぬのだとしたらもう一度会いたいけれど、この計画を絶対に成功させたいという思いが何故なのかあった。どうせ”昼”の世界でも己が死なない事は自覚していたが、戦闘不能になる事はある。だけど……”ネコ缶”は死んでしまうのだ。自分以外の誰が今、守れるというのか。そんな事を考えていた時の事だった。

「私は、貴方の忠実なしもべです。貴方が望むのであれば――」

 その速度は速すぎて、”コンポタ”にも、”ネコ缶”にすらも、見えなかった。
 七木弘の刀をはじき飛ばし、時雨はその首元へと迫る。
 そして左の首筋を切り裂いた。
 慌てて待避した弘だったが、今度は肩にクナイを放たれ傷を付けられた。

「望むのであれば、お逃げ下さい。私がお仕えするのは貴方だけ、たった、お一人、貴方だけです”祀理”様」
「時雨、貴様」

 無表情の時雨に対して、怒りの表情を弘が向ける。

「私は『時雨』の名を襲名しているのです。安倍九尾家を守るためではなく、三役を、そして中でも最も優先して守るのは、”榊様”なのです。ただ、そんなもの関係無しに、であっても、私は、祀理様が望むのであれば、何でも致します。例え、どんな罰を受けようとも。だって私は、祀理様の、執事なのですから」

 その言葉に、時雨は無表情だというのに、気づけば祀理は涙が筋を作るのを止められないでいた。

「嵯峨刑事、由唯様」

 その時冷静な声で、茶丘時雨が言った。

「現在この屋敷に、貴方達に傷を付けられる者は、私と弘様しかおりません。私が殺されぬうちに、お早く」

 息を飲んだ”コンポタ”に、”ネコ缶”が叫ぶ。

「”コンポタ”、時間は決まってるんだろ。早く榊――祀理の手を取れ」

 その声にハッとして、ギリギリの所で立ち上がっていた”コンポタ”は、意を決して頷き、廊下に上がった。そして祀理の手を掴む。

 前方には、ナナキの手を掴み、走り出した”ネコ缶”がいた。

「嗚呼、ああ分かった。また今度酒でも飲もうな。別の店で、良いところがある。あの時もそれなりに楽しかったぞ」

「……っ、時雨さん」

 その直後、”コンポタ”に手を引かれながら、涙混じりに、祀理が言った。
「戻ってきてよ、俺の執事なら。ちゃんと、生きて戻ってきて、執事やってよ!!」

 一瞬目を見開いたようだったが、優しい笑顔で時雨はしっかりと頷いたのだった。尤もそれは、後ろを走る祀理には、見えなかったのだけれど。