<3>”ネコ缶”と”コンポタ”




 ――明らかな、客人待遇だな。

 煙草を深く吸い込みながら、”ネコ缶”は、そんな事を考えていた。

 あれから数日が経った。まだ体調不良との事で、ナナキには会えていない。現在は着物姿だ。人生に一・二度着た事があるかどうか、まぁ七五三できたかなぁ、と言うレベルで、和服なんて着た覚えはなかったが、洗濯に出すと言われて、スーツは奪われた。まぁ有難い事だったし、翌日には戻ってきて、直ぐ側にあるタンスの中にかけてある。

 食事は一々豪華で、想像していた精進料理のようなものではない。
 明らかに高級料亭または、自分が食べた事のある範囲で言うならば、温泉やホテルの夕食レベルのものが、昼夜を問わず出てくるのだ。

 アレが欲しいと言えば、ソレが出てくる感覚で――試しに、赤マルのカートンとipadと言ったら即日で買ってこられた。煙草は兎も角後者は、盗聴器でも仕込まれていたら困るので、すぐに珈琲を零して壊したのだが。その珈琲サーバーだって、言ったら用意してくれた。ついでだと思って、黒いネクタイを100と、スーツを100頼み、盗聴器判別装置でチェックし、安全だと判断して、貰って置いた。

 ――完全に懐柔する気なんだろうな。
 ――”殺戮人形(キリングドール) ”を唯一、止めるという行為だけにしろ、制御できた人間だから。

 そう考えながら、襖を少しだけ開けて左右をチラリと見れば、明らかに見張っているのだろう使用人の姿がある。彼等は一時間前から、同じ膳を抱えて、歩くフリをしてその辺りにいる。こんなもの、嵯峨でなくとも、普通の警察官でも気づくだろうに。

 ただ二点ほど確信できた事がある。

 嵯峨を懐柔する気であるのならば、親戚の四條家関連の”コンポタ”か”天草祐助”を呼べばいいのだ。そして、『此処は安全だから』とでも言わせればいい。直ぐに呼び寄せて。そうならないのは、二人が断っている――または、最低限の付き合いはあるにしろ、親戚関係が基本的に”切れて”いるからなのだろう。


 相手であっても、情報を売りそうな”リスナー”ではある。だが、”リスナー”に関しては、店を出る時に小切手で1000万を置いてきたから、いくら金持ちの”狐提灯”――安倍九尾家が相手であろうとも、すぐには情報を売らないだろう。自分が知っている”贄黒羊”だと、不安要素は”智徳法師”だが、元々”玄米茶”にいる理由にしても、”安倍晴明”関連を嫌っているためらしいから、今回は外せる。

 だとすれば、”狐提灯”だけが、ある種の≪敵≫だ。妙な真似をすれば、それこそ確実に≪敵≫になるやっかいな相手。なにせ”贄羊”の中で一番の力を誇っている上、≪異形≫退治も率先的にやってくれる、都合の良い相手だ。

 ――だが、いくらそんな相手であろうとも、ナナキを渡す気はない。

 仮に”殺戮人形”と呼ばれて記憶がない時に己の事を殺そうとしようが、”狐提灯”を敵に回す事があろうが、他の親しいと勝手に思っている”贄黒羊”と対立しようが。

 その一点だけは、”ネコ缶”の変わらぬ決意だった。

 ――今ならば、しっかりと分かるのだ。自分は、ナナキを愛している。
 そう確信した、瞬間の事だった。

「やっほー、とかって挨拶も古いのかなぁ、”黒キリン”の言葉、俺ちょっと気にしてるんだけど。まぁ久しぶり。元気だった? ネコ缶”」

 ガラッと襖を開けて入ってきたのは、”コンポタ”だった。
 確かに怪しい内の一人ではあったが、いつも通りのその顔を見ていたら、思わず”ネコ缶”は吹きだして笑ってしまった。

「ああ、まぁな。お前の親戚に、いたれりつくせりされてるぞ」
「えー、それってさぁ」

 すると、バチンと音がして、”コンポタ”が盗聴器妨害装置を起動した。
 それを見据え、肩を竦めてから、更に強力な装置を取り出して、”ネコ缶”が、わざと放って置いた盗聴器の、残っていたモノを全て破壊した。

 焦るように、廊下に足音が響くのが聞こえてくる。
 しかしニヤリと笑った”コンポタ”が、そんな技術を持っていたのかと驚くほど早く、その場に結界を入り、誰も入れないようにしたのが、”ネコ缶”にも、分かった。

「僕の母さんは、結界張り専門だったんだよ。で、父親が、攻撃専門。あ、滅多に帰ってこなかった、リアル父親の方で、義父じゃなくてね」
「そうか。確かに天草クリニックの結界は強いな」
「まぁ今は僕が定期的に張り直してるのもあるんだけどね」
「で?」
「ん。いたれりつくせりで、”狐提灯”にハマっちゃった? ”黒キリン”も居る事だしね」
「だったら?」
「死んだら?」

 クスクスと笑いながら、珍しく”コンポタ”がテディベアを出現させた。

「だからさぁ、父親は、攻撃専門だったんだよ。会った事ほとんど無いけど」
「それで年上の祐助に行ったのか。ファザコンここに極まってるって感じだな」
「全く関係ないから。僕たちの愛には!」
「ま、俺の愛も、”狐提灯”なんか関係ない、っていうか、寧ろ邪魔だけどな」
「え」
「なんだ?」
「”ネコ缶”の口から”愛”なんて言葉聞く日が来るとは思わなくて」
「最近殺してないし、今日は死んでみるか?」
「ゴメン、本当ゴメン。今日は、もしアレならさ、僕が殺す気で来てるから」
「お前に俺が殺せるのか?」

 鼻で笑いながら、”ネコ缶”が煙草を銜えた。武器の銃すら出現させていないのは、別に敵意がない証明なんかじゃなくて、恐らくどこかで信じていたからだ。それだけの時間を共に過ごしてきたのだと。なのだから、別に殺されたって良いじゃないか。勿論ナナキの事だけは、死んでも守るつもりだったから、いつでも出現させる準備だけは整っていたのだけれど。

「どうだろ。ま、それよりさぁ、僕がここに来た理由、分かる?」
「血縁だから、だろ。祐助じゃ親戚関係弱すぎるからな」
「そうそう。で、血縁だから来た理由は?」
「入り込める唯一の立場だから、”リスナー”の伝言持ってきたんだろ?」

 ニヤリと笑って”ネコ缶”が言うと、双眸を伏せ、吐息に”コンポタ”が笑みを乗せた。
 四條由唯、それが彼の本名だと知ったのは、最近だ。

「結構時間決まってる計画だから、サクッと読んで直ぐに行動してね。ただ一昨昨日丁度”榊様”が目を覚まして、一昨日”黒キリン”が目を覚まして、今現在面会中なのを組み込んである計画だから、誤差は二十分しか許されないんだけど。だから三分で着替えてよ、”ネコ缶”の着物姿とか、それこそ笑う」
「計画が大がかりすぎて逆にビックリしてる」

 言いながら、スーツに着替えつつ、ポツリと”ネコ缶”が続けた。

「”榊様”を連れて行くのは、実は”贄黒羊”だったからか? あるいは、”狐提灯”の戦力をそぐ、もしくは、人質にするためか? それとも、ナナキの――”黒キリン”の友達だからか?」

 すると”コンポタ”が鼻で笑った。

「一番最後。”黒キリン”が駆けつけちゃうほど大切な友達だからに決まってる。”ネコ缶”が嫉妬しちゃうほどの。こっちに一緒にいれば、もうそう言う事はなくなるでしょ。別に僕らは、”贄黒羊”だから一緒にいる訳じゃないし、”狐提灯”に喧嘩うってもマイナスでしかないし? ま、行かないって言われたら、連れては行かないけどね。それは、どっちであっても」
「ナナキは連れて帰るに決まってんだろ。当然、上の階に住んでるだけの、大学の友達だってな。ただの……ああ、そうだな、親友の座くらいは譲ってやっても良いか。大親友くらいは許してやる度量はある」

 ネクタイを締めながら言った”ネコ缶”を見て”コンポタ”が苦笑した。
 時計を一瞥しながら、肩を竦める。

「”ネコ缶”なら、そう言う気がしてた。何だろうね、この感覚」
「お前、俺の事嫌いになるくらい、大好きなんだろ? 今は、祐助が一番みたいだけどな」
「まぁね」
「きっと、俺とお前と、祐助とお前の違いは、”友情”と”恋”って名前なんだろ」
「え」
「なんだ?」
「……ゴメン、本気で照れたかも僕。僕って、友達いたんだ」
「頭悪いんだな。暇すぎて、俺は、”ナナキ”への愛と、俺の”友達”について熟考したんだよ。お前の場合、グロすぎる関係だけどな、俺とお前の場合、”灯”達とは違うだろ。それは大人だからじゃない。ただの”友達”だからなんだろ。だってお前、俺の中で怪険人物だって判断してても、こうやって着替えてるんだからな」
「何何何、本当、”ネコ缶”、どうしちゃったの!?」
「愛は人を変えるんだろ?」
「う」

 クスりと笑いながら、左の掌に巻かれた包帯の事など気にせず、”ネコ缶”は、スーツを纏い、深緑色の外套を羽織った。いくらダサイと”リスナー”に言われようが、”ナナキ”に文句を言われるまでは、変える気はない。脱ぐ事はあっても。

「二人の面会終了――……というか、俺達が割り込むまで、あと十
分か」
「本当に三分で着替えた”ネコ缶”を僕は今尊敬したよ」
「じゃ、煙草吸っても良いか?」
「ま、暫く吸えないだろうし、好きにすれば」

 ”コンポタ”がそう告げた時には”ネコ缶”は既にフィルターを銜え、いつも通りの気怠い目をしていた。

 なんだか、たった数日の事だというのに、その視線と煙草の香りが、懐かしいなだなんて思って”コンポタ”は自分自身に苦笑してしまう。やっぱり、”友達”なのかもしれないだなんて、執着による好きでも嫌いでもなく、話が出来る相手の、つまり要するに”ネコ缶”の存在は、自分にとって、”友達”なのかもしれないだなんて、ガラでもなく考えたのだ。ただ、そんな概念今まで持ち合わせていなかったから、今度”恋人”に聞いてみようと思う。天草祐助の姿が、何となく脳裏を過ぎった。

「で、この”計画”は、何でこんなに大がかりになったんだ? 確かに”狐提灯”相手なら気は抜けないから、有難い話しだけどな」
「んー、だってさ、普通、困ってたら、助けるでしょ? ”灯”の時だってさぁ」
「あの時”黒キリン”は居なかったし、”榊様”は関係ないだろ」
「あの二人は恋愛相談に乗ってくれたんだよ、ま、”雨”のだけど。それに、会ったこと無くたってさぁ、”ネコ缶”の大切な人とそのお友達なんだから。お礼とかお礼とかお礼とか、ちょっとは、その……”友達”とか? 後は、いつもいる”ネコ缶”が、いないの変だし。まぁ”ネコ缶”からしたら、”黒キリン達”救出計画で、僕達もそれは勿論あるんだけどさ、こっちからしたら、『”ネコ缶”遅いよ、早く戻って来やがれ』計画でもあるんだよ。”リスナー”のお店潰す気? それに殺し合い出来ないのも寂しいしさァ」

 その言葉に、煙草を深々と吸った後、灰皿に押し付けながら、珍しくナナキの前以外で”ネコ缶”が笑った。冷笑でも嘲笑でも何でもなく、ごく普通に。

「要するに、俺には友達が沢山いるって事だな」