<2>”ネコ缶”の、お買い物


 そんなこんなで、とりあえず”リスナー”と二人で買い物に行くことになった。
 ”コンポタ”と天草は、二人で食事に行くらしい。

「この布は何に使うんだ?」
「ベッドの上に敷くラグ!」
「こっちは? 風呂の前に敷くのなら、あるぞ。しかもデカいし」
「違うよ! ベッドの横に敷くの!」
「これは?」
「床に置く照明」
「じゃあ、こっちは?」
「マガジンラック。ちょっと格好いいでしょ?」
「分からん」
「時計とクッションも、このデザインで統一」

 よく分からないが連れ回されて、嵯峨は疲れた。
 最終的には質問すら諦めて、観葉植物の大きさに、まさかアレを持って帰れと言うのか、しかも世話もしないとならないのかと辟易した。

 その上、食器類まで、ガンガン選ばれ、最早何も言わないことにした。
 何故昼にまで肉体を酷使しなければならないのかと感じつつも、それらを持って帰る。
 そして、”リスナー”が手際よく模様替えしていく様を見守った。

「じゃあ俺帰るから。そろそろ”黒キリン”来るでしょ?」
「いつ来るか何て知らない」
「情報屋、舐めんな」
「ああ、忘れていた」

 その様にして、落ち着くような落ち着かないような、スタイリッシュ(?)な部屋になった室内で、ぼんやりと嵯峨は、ナナキを待つことにした。

 気がついてみれば、最近は、待っている、と言うことも多くなった。
 以前は大抵、扉の前にナナキが座っていたものだ。

 ――ナナキは、すぐにやって来た。

「お邪魔しま――……」

 入ってきたナナキが、部屋を見回し硬直した。
 やっぱりこういうのが好きなのだろうかと、世代間ギャップを感じながら、煙草を吸って出迎える。

「何か食べるか?」
「え、ああ、はい」

 折角食器を買ったんだから使わないとなぁと思い、嵯峨は立ち上がった。

 寝室だの、ナナキ用の部屋(?)のカラーボックスだの、何故なのか浴室や洗面所を歩き回っているのが分かる。

 レトルトの釜飯と、レトルトの味噌汁と、酒のつまみに買って置いた漬け物を用意して、嵯峨はナナキに声をかけた。

「い、いただきます」
「ああ」

 いつもなら、その後ナナキは何かと話しかけてくる物である。
 だが、強ばった表情で、何度か嵯峨の顔を一瞥し、すぐにまたご飯を食べる。

「なんだ?」

 いい加減にこちらをチラチラ見られるのが疑問になって、嵯峨は聞いた。

「あ、その……」
「ん?」
「もしかして……」
「だから、なんだ? はっきり言え」
「恋人が出来たんですか?」
「――は?」
「もしくは、好きな人が出来たとか……だって女の子呼ぶような部屋になってるし、いや、でも、恋人ですよね、きっと。全部二つずつあるし。この箸だって、セットだし」

 予想外の上、哀しそうに言われ、かつ口元だけには笑顔が浮かんでいる。

「ごちそうさまでした。あの……僕、帰ります。ええと、その、用事が……」
「……ああ。そうか」

 食べ終わった食器を見ながら、立ち上がったナナキに答える。
 少しだけ、”コンポタ”の気持ちが分かった気がした。
 哀しそうに笑われると、辛い。

「お邪魔しました」

 そう言って帰って行ったナナキの姿に、残された嵯峨は何となく寂しさを覚えた。


 翌日から、ナナキは来なくなった。
 ”リスナー”の店には来ているのかと思い、出向いてみたら、”リスナー”に笑顔で結果を聞かれた。どうやら、本人の口から聞きたかったのだとかで、盗聴はしていなかったらしい。天草もいた。天草は、一般人だが、比較的この店には良く来るのだ。

「――という結果になったぞ」

 概要を嵯峨が告げると、ジントニックを飲んでいた”リスナー”が咽せた。

「え、ちょっと、信じらんない」
「嵯峨君……あのさ、ナナキ君のために買ったって、言わなかったの?」
「言わなかったな」
「しかも”ネコ缶”帰るの引き留めなかったの!?」
「ああ」
「それじゃあ嵯峨君の部屋にナナキ君がきづらくなったのも分かるね……来ないんじゃなくて、気を遣ってるんだと思うよ。こっちの店にも来ないのは、多分辛いからだろうけど。僕も恋心が辛すぎて、付き合う前は、四條君と会ったら困ると思って店に来なかった時期もあるし」
「きづらい? どうしてだ?」
「だからさぁ、”ネコ缶”に恋人が出来たと思ってるわけでしょ?」
「嵯峨君の恋人とバッティングとか、修羅場……にすら、ならないからね。普通に、友達だとか言われたら、ショックだろうから」

 天草と”リスナー”の言葉に、嵯峨が眉を顰めた。
 嵯峨にしてみれば、計画したのはお前らだし、来なくなったのもお前らのせいだろうという心境だ。きづらい、のではなく、嵯峨にしてみれば、来なくなったが正しく思えた。

「じゃあ俺は、どうすれば良いんだ?」

 こいつらに聞いても悪化しそうだな、と思いつつも、他にあてもないので嵯峨は聞いた。
 すると”リスナー”が答える。

「連絡取ること! 会いたいって言う!」
「連絡先を知らない。第一、来ないんだから忙しいんだろう」
「あーもう、はい、コレ」
「おい、”リスナー”、何でお前がナナキの連絡先を知ってるんだ?」
「普通に聞いたの!」
「その後は? どうすれば良いんだ?」
「会って、連絡先を聞いて、全部”黒キリン”の為に用意したんだって言って、荷物置き場に案内する事! もう今ココで電話して!」

 すると”リスナー”が、自分のスマホから電話をかけ始めた。
 それを嵯峨に手渡す。

『もしもし?』
「……」

 すぐに出たナナキの声に、久しぶりに聞いたモノだからなんだか嬉しいような切ないような気分になり、嵯峨は麦酒を飲む。

『あれ、えっと? ”リスナー”?』
「悪かったな、”リスナー”じゃなくて」

 が、”リスナー”の名前が出たことに苛立った。
 よく考えてみれば、”リスナー”のスマホからかけているのだから、当たり前のはずなのに。

『えっ、嵯峨さん……?』
「ああ。その……久しぶりだな」
『は、はい……え? なんで? 何かあったんですか?』
「会いたい」
『溜まってるんですか?』
「は?」
『ヤりたいって事ですよね?』
「……とりあえず、お前の連絡先を教えてくれ」
『前に書類で見たから、僕の家知ってるって……え? 僕の家でヤるんですか? 壁薄いから、ちょっと……』
「番号とメアドだ」
『ああ、それなら、”リスナー”に送ってもらって下さい』
「分かった。兎に角、来い」
『はい』

 ブツリと通話を打ち切って、”リスナー”を見る。

「お前から連絡先を聞けと言われた」
「……うん、その、会話も聞こえたけど、本当に完全に、セフレ扱いされてると思ってるよね、アレ」
「……」

 そんな事は分かっていると思いながら、嵯峨はジョッキを傾ける。
 ”リスナー”が嵯峨の携帯に、連絡先を転送した。
 すると天草がポツリと言った。

「けどさぁ、この時間に、”リスナー”の電話からかけて、『来い』って言ったら、普通店に来ない?」
「あ」

 ”リスナー”が顔を上げた時、丁度扉が開いた。

「いらっしゃい、早かったね」
「丁度池袋にいたんです」
「あ、そうなんだ? 何してたの?」
「大学の女友達と買い物です」

 瞬間、店の空気が冷えた。
 奇妙な雰囲気に困惑したように、”黒キリン”が周囲を見渡す。

「へぇ」

 嘲笑するように嵯峨が言った。

「出るぞ」
「え?」
「さっさと着いてこい」

 まだ来たばかりだったが、嵯峨の冷たい表情に、ナナキは反論できなくて、着いていった。そもそも、ヤりたいから呼ばれたのだろうと思っていたから、不思議にも思わなかった。

 カノジョあるいは男の恋人と喧嘩でもしているのだろうか?

 そんな思いで、強引に取られた手を見る。きっと嵯峨には何の意図もないのだろうが、手を繋いでいるみたいで嬉しかった。


 乱暴に閉まった扉の向こうでは、”リスナー”と天草が顔を見合わせていた。

「大丈夫かな、アレ」
「うーん、嵯峨君……今更だけど、本当にナナキ君の事が大好きみたいだね。完全に嫉妬してたよね」

 確かになぁと”リスナー”は思った。