<4>安倍柊の決意(★※?)


 ――無くならなかったが、しかし完全に戦況は落ち着いた。
 どちらが早かったのかは分からないが、安倍九尾家全ての当主が入れ替わろうとしていた。前代・前々代や代行が亡くなって変わる家もあれば、急死して変わる場合もある。

 同時に、安倍本家の邸宅で、”狐提灯”で、双方で、”戦う以外の仕事”に従事していた者達も亡くなり始めた。彼等もそれぞれ後継を指名して亡くなってはいたが、それまで本家から、何らかの行事や儀式以外では一歩も出ずに間近で仕事を見ていた柊の方が覚えている事柄も多く、次第に裏方作業が回ってくるようになった。

 寧ろ柊が申し出たと言える。
 初めこそ『柊様にそんな畏れ多いことは』等と言われていたが、気づけば柊の周りには、柊に強く発言できる者など、ほとんど残ってはいなかったのだ。習い事も一段落し、月に一度ほどに減っていたし、学校に通っていない分、他の誰よりも時間があった。

 そして、実際に柊には仕事が出来た。見ていた効果もあるのだろうが、元来事務処理能力が高かったのかもしれない。それこそ当初『今度は内部から権力を掌握しようとしている』などと噂していた者達も、その圧倒的な実力を見せつけられてしまえば、何も言えなくなっていた。

 今では完全に、各当主の相手は桜がしている。とはいえ、戦況が落ち着いているため、それも半年に一度ほど、何らかの各家の儀式の時のみ程度だ。桜は学校に通っている。

 特に、四條家の当主が代わり、前当主の奥方が再婚してからは、飛躍的に柊の事務処理能力は上がった。四條創助という名の新しい婿が、PCを与え、教えてくれたからだ。

 元々会社の経営や経理が得意だった創助は、みっちり柊にそれを教えてくれた。
 外部からの風だったから、彼だけは、柊にも年相応に接してくれたものである。
 ――他の客のように、肉欲のある眼差しを向けるでもなく。

 すぐに創助は亡くなってしまったが、覚えたことを柊は忘れなかった。忘れないことが、恩返しになるような気もしたのだ。

 また、今となっては安倍本家の資産管理にも関わるようになり、各家の収入は分からなかったが、なんとかして運用していかなければならないことにも気がついていた。

 これまではそれこそ、”戦う事”、”対外的な浄化と言う名の売春”、”古くからの遺産”で、なんとか暮らしてきていたのだと、改めて分かった。最初と最後は兎も角、”売春”など、出来る限り自分の代で終わらせたい悪習だ。

 自分に外部との売春・買春行為を強いていた最後の使用人が亡くなる間際、柊はその側に立っていた。

「――お辛い思いをさせましたな。私は、誰にも後継を指名しは、致しません。本当に済まなかった。申し訳ないことをしたと思っております」

 淡々と、死ぬ間際にそう言われ、そんな事を言われたって何一つ許せるはずがないではないかという思いを飲み込んだ。それ以上に、苦笑してしまいそうになるのを堪えた。吐き捨てるように嗤い泣き出しそうになるのも堪えた。

 ただもう自然と体が覚えた、作られた穏やかな微笑を浮かべる。

「お役目だったことを理解しています。こちらこそ、お辛い思いをさせてしまっていたのですね。謝らないで下さい」

 すると使用人は、一筋涙を零して死んだ。
 死んでしまった。亡くなったのだった。
 だから、柊は以来、自分で自分を売ることにした。
 どうせもう、穢れきった体なのだ。どのように使おうが、自由だ。

 どうせ晴明様のお渡りなんて無い。一部はこれまで通り本宅の生活費やら使用人の給与の支払い、貯蓄へと当てたが、その内の一部の用途を変えた。海外での運用と、株式や国債への投資、不動産運用などに変えたのだ。勿論自分が稼いだ範囲での事だから、損失を被っても何の問題も無かった。同時に、客を――ある意味選ぶようになった。

 身元が確かな者というのは、変わらないが、”夜月時計の世界”についての情報に詳しい者と資産家に絞ったのだ。”浄化”の手法事態は変えなかったが、この頃にはもうとっくに快感なんて忘れてしまっていて、全く覚えなかったから、毎夜毎夜、自分から媚薬を飲むようになっていた。狐栓を開こうが開くまいが、もう何をしても、苦痛しかないのだ。

 そうして少しずつ少しずつ、二度と三役に選ばれた人間が、現在の桜も含めてもう誰も、買春何てしなくて良いように資産を増やしていった。

 そして一つだけ覚えた趣味が、インターネットだった。
 これは創助が教えなくて良かったことかもしれない。

 だがそれを利用したり、あるいは客を利用したりしながら、柊は、”狐提灯”以外のそれまで名前しか知らなかった”贄羊”の組織の詳細を知っていった。それまでにも間諜はいたが、比べものにならない精度だった。各組織全てに内通者を作り、あるいは送り込み、宿敵とまでされていた芦屋とも、正式に縁を結んだ。元々緊急時こそ提携していたが、それを確固たるものにしたのは、柊だ。

「どうして、京都の大学じゃないと駄目なんですか? 俺、東京行きたいんですけど」

 土岐風眞の声が、廊下に響いてきた時、柊はPCから顔を上げた。

「ですから、土岐家は、畏れ多くも安倍九尾家にお仕えする――」

 響いてきた使用人の声に、柊は、PCを伏せて、外へと出た。

「別に良いんじゃないかな」
「っ、柊様」

 慌てたように使用人が膝を突き、傍らにいた風眞も強制的に座らせられる。

「ただし場所によるよ。安倍家の名前を辱めない場所がいいね」
「え、っと、僕が行きたいところは――その、第一志望は――」

 その声に、第一志望の大学よりも少し偏差値が高い大学名を伝え、柊は微笑した。

「君になら、きっとできるよ、そのくらい」
「は、はい」

 真っ赤になって頷き、風眞が帰って行った。
 見送りながら、恐らく今後も都内の大学へと進学する者が増えてくるだろうと、柊は考えていた。あるいは――”させる”必要がある者も出てくるだろうと思っていた。

 それから合格の知らせを聞き、楽しく大学生活を送っていると耳にした頃には、客から聞いた”リスナー”という情報屋と、初めて連絡を取っていた。

 そんな事をしている内に、”榊様”の病状が悪化し、候補探しが始まるのを間近で見た。
 何人も、”晴明様のお渡り”があったとされた者が、暗殺されていった。

 内部から、外部から。またその内の、最も本命だとされていた家の人間が亡くなったと聞いた時、一人を八坂が引き取ると聞いた。より八坂家の能力を色濃く受け継いでいる幼い方の次男を引き取るとの事だった。

 もう片方の進学先を見て、風眞を東京に出しておいて良かったと柊は安堵した。同じく”七木家”の次男である”殺戮人形”と嘗て呼ばれた亮も東京に進学したがっていると聞いて、その大学ならばと許した。祀理という名の、引き取られず残された候補者がその大学を志望していたことは、もう本当に、晴明様のご加護とやらが在るんじゃないのかと思わせてくれて、思わず苦笑させられたほどだった。

 次の年には、最初から亮の進学先に合わせて貰うよう頼んであった芦屋の長男が、護衛と”もしもの際”に備えて、同じ大学へと進学してくれることになっていた。というよりは、同じ系列の、海外の小・中学校にいた芦屋の事を知っていたから、風眞にこの大学を念押ししたと言うこともある。念のため、比嘉も通わせた。万が一芦屋が裏切った時のためにだ。

 そうして、――榊様が亡くなり、次の”榊様”が指名された。

 八坂の舞理か、東京にいる祀理だろうと、柊は思っていた。
 祀理の方だった。
 可能性で言えば、七木家の亮もあり得たが、亮の場合は、”瞳”も一因となっているだろうからと、それなりに除外していたのだ。

 嗚呼、嗚呼、今度こそ、今度こそ、自分のような苦しみを与えずに、済ませたい。

 そればかりを柊は思った。
 桜の場合は病弱だったが、次の榊様にはそんな理由は存在しない。

 少し前に、桜には戦う能力が顕現したから、己のような無力で歳だけ重ねた者とは異なり、本来の意味で”お褥滑り”をしている。今、安倍九尾家の当主は、力が枯渇しかけて、乾いている。無論、本当に緊急事態が来たならば、柊が体を明け渡すが、そこまでの事態も訪れてはいない。その上、丁度行事も儀式も何もなく、本当に”乾いて”いる状態なのだ、彼等は。

 無碍に放り込めば、”榊様”を傷つける。

 どうせ何をしようとも傷つけることになるのだろうとは分かっていたが、何とかして、それを軽くできないものか。様々なことを考えながらも、まずは身の安全を考えて、少し前から、もう前代となってしまった榊様の元に仕えて教育を受けていた、茶丘時雨に対し、迎えに行くよう指示を出した。

 そして遺言状公開の直前、早く訪れた一宮と七木を接待するフリをして、柊は口を開いた。

「宗信君、弘君」
「ああ、分かっている。一宮は、本音から素性の知れない輩を認める気はない」
「とりあえず、一宮に同意すれば良いんだな。でもまた、どうして?」
「……今の状態で、君達のような理性ある二家以外の前に晒したら、どうなると思う? 前の代のことを考えても、悲惨だとしか思えない。遺言状の効力は絶対だ。だから、襲名は必須だ。けれどね、その前に、少しだけ時間が欲しい。僕の口からは、強く何か言う事は出来ない。怪しまれる」

 頷いた二人を見て、柊はほっと息を吐いた。
 その後、遺言状後悔の席で、二人が表立って反論してくれた。
 何も知らない桜は、榊の側に立ったが、柊は何も言わなかった。
 言わなかったのだ。言わなかった柊に――祀理が帰った後、舞理が詰め寄った。

「権力の分散を恐れて、桜様の就任を渋ったって言う噂、本当みたいですね。まさか、兄のことも追い返す気ですか?」
「八坂様、その様なつもりはございません――……舞理君、手を離して。じゃないと、君を処罰しなきゃならなくなる。お兄様の身の安全は、絶対に保証するから、だからね、落ち着いて」

 そう告げて、柊は空を見上げた。黒い鴉が飛んでいた。

 その後、日程をきっちりと決めた。
 まず、昼夜嬲られるなんて事が決して有り得ないように。

 乾いていることを考慮しても、一人につき最低三回まで、基本的に一日一人。
 何が何でも、出来れば一回で終わらせるようにと、各家に通達した。

 名目は、今は、”戦禍”が無い事だ。そしてそれで済むよう――襲名披露の日まで嬲り続けられる事など無いように決定してから、祀理に連絡を取って呼びだした。

 現れた祀理を出迎えて、穏やかな作り笑いを柊は浮かべた。

「僕ら二人はね、榊様にご指導してもらったんだ」

 指導してもらったのは茶道を二度だけだけど、とは言わなかった。
 それから、閉ざされた部屋で眠っている青年の元へと、新しい榊様を促した。
 桜のことは、前代の榊様が連れて行ったらしい。
 そもそも連れて行かれたことのない柊は、初めて見るに等しかった。

 一度だけ、何時だったか見た覚えがあるのだが、その時のことは曖昧で、本人にも何時のどんな記憶だったのかが分からない。だから、柊自身、夢、あるいは、記憶のすり替えでも起きたのだろうと思っている。

 ただし説明文はしっかりと覚えさせられていたので、口に出来た。
 その後、素直に祀理が受け入れてくれたため、儀式が済むまで、何とか苦痛が無く終わってくれますようにと願いながら、近くの部屋に柊は待機していた。側には桜もいる。

「お顔の色が悪いですよ、柊様」
「うん……大丈夫かなと思って」
「大丈夫ですよ。晴明様好みの顔立ちですし、あ、えっといえですね、その、別にあのくらいの子じゃ、もう既に僕達の権力なんてそげませんよ。いくら最高位の榊の名を継ぐとは言っても」
「そうじゃなくて……僕はほとんど覚えていないけど……酷くされていないと良いなと思ってね」
「え」

 不安のあまり、よく桜の言葉を聞いていないままで、お茶の中身を見据えたまま柊が呟いた。本気で心配している様子が伝わってくる、蒼白の表情だった。

「その上僕は子供、桜だって比較的子供の部類に入っただろう、あの年齢なら。もう祀理君は、成人してるんだ。いきなりそれで、同性と体を繋げと言われても、きっと……っ」

 苦しそうな顔をした柊を見て、何度か目を丸くした桜が瞬きをする。

「っ――そ、その、柊様? 大丈夫ですよ。晴明様は、お優しいお方ですから」
「そう。何回もお渡りがあった君がそう言うんなら、きっと大丈夫だね」

 自分自身を落ち着けるように柊が頷いた。
 今となっては、それがイヤミでないことを、桜はよく知っていた。

 それから儀式は済み、予定通り、一通りの当主に抱かれ、時に例外的なものもあったのかもしれなかったが少なくとも柊が知らないうちに、日程はすぎた。

 そうして、榊を東京へと帰……正確には、逃がした。
 確実に柊がそうしていなければ、襲名披露までの間、何回抱かれていたかは分からなかった。この九尾の敷地、結界内に、”力”を欲する気配が充満しているのが分かった。

「どうしよう、柊様。僕まであてられちゃいそうです」
「全ての家と本家、それに使用人達に、しずめる薬を配っているから、それを飲んで」
「え……柊様は、何ともないんですか?」
「何が?」

 見送るために浮かべていた笑顔を消して、きょとんとした顔で柊が桜を見る。
 内心では、時雨に守るよう出した指示が、どう働くのだろうかと考えていた。

「……柊様」
「何?」
「今夜、狐栓からお”力”をいただいても構いませんか? ほら、僕は戦えるのに、僕には誰も供給してくれていないので。無論三役ですから、榊様から頂くことも出来ませんし」
「本来であれば、僕からであってもそれは駄目だよ。戦う力が顕現した以上、早く九尾の中から寵愛する相手を見つけて、満たさないといけない」
「本来であれば、ですよね?」
「まぁね。何度か上げたと思うけど」

 それがここ数年で、唯一の、安倍九尾家内部で、柊が持った性交渉だった。

「っ」
「……本当に、お薬無しだと、柊様、勃たないんですね」
「だから何度もそう言ってるじゃないか。飲んで良い?」
「良いですけど、飲んでも気持ちよくもないんでしょう? 相手が僕だから起たないとかじゃなくて」
「別に、突っ込むのにキツクも何ともないんだよね? だったら、問題ないと思うけど。僕の”浄化”の場合、本来のお役目とは違うから、別に”力”を引き出すために、僕の射精は必要ないし」

 前は萎えたまま、後ろに入れられているというのに、大変へ依然とした調子で柊がいった。桜が入れる側だった。

「――結構締まってますけど、別に本当に気持ち良くも何ともないんですか」
「締め付けた方が喜ぶお客さんが多いんだよ。みんな、清純な体だって幻想を抱きながら僕のことを男娼だと呼ぶんだ。矛盾している限りだね」

 馬鹿にするように柊が笑った。
 その表情は楽しそうだったのに、見ている者を苦しくさせる。

「いつからですか?」
「さぁ。忘れちゃったよ。別に良いじゃないか。襲名制だから子孫を残す必要もないし、媚薬が在れば起つし、凄く強いのを飲めば出せる。何も問題はないよ。狐栓の開閉もできる。自分のも相手のも」

 その言葉を聞きながら、桜は柊の狐栓を開けた。

 そこから全力で”力”を放ち、体を揺すってみる。その辺にいる使用人ならば、腹上死するレベルだ。しかし柊からすれば、最近戦い方を覚えたのだから、この程度の力で当然だろうという感覚にしかすぎない。そのまま桜が果て、男根を抜かれる。

 同時に抜き取られた力は、水で例えるなら、標準的な檜風呂分ほどだった。
 ――ちなみに後に智徳に抜き取られた分は、25mmプール分くらいだった。 

「うぁあっ、あ、ああ」

 目を伏せ声を上げた柊を見て、本当に辛そうにしか見えなくて、桜は苦しくなった。

 さらに苦しいのは、柊の方だった。胸がじくじくと痛むのだ。
 もうこの頃には、何度も何度も血を吐くようになっていて、どす黒い血に手を汚されるのは日常茶飯事だった。手術するほどではないが、胃潰瘍だと診断されている。慢性化していて、もう治る気配がなかった。何時穴が開くか、開かないか、と言う話で、定期的に検査するようにと言われている。

 父も胃の病で亡くなったのだし、本当は検査をきちんとすべきなのだと、柊も分かっていた。だが、別に死んでも良かったし、今から進行するのであれば、最後の榊の儀式を見届けるくらいまでは時間があるだろうからと、気にしないでいた。

 そして力を抜かれる時には、肺も何もかも、全身が痛むのだ。快楽の代わりに、全てが痛みとなって、力が消えゆくのを教えるように。

 グッタリと布団に倒れた柊を見て、桜は気づかれないように溜息をついたのだった。