<2>一宮宗信


 このようにして、安倍九尾家の各当主は、祀理を誘いデートの計画を立てることになった。

 そもそも仲良くなるという手法に、一宮宗信(いちみやときのぶ) は、納得していなかった。懐疑的だと思うのは、仮に自分の立場ならば拒否するからだ。

 勿論、安倍三役――戸籍を数多持っている安倍晴明の補佐人となることが、いかに名誉ある事なのかは知っている。だが、いきなりその環境に置かれて、こなす気など無いだろう――通常であれば。

 それなのにこなしている”榊様”を、体を重ねろと言われ同意した阿部祀理を”淫乱”に対して以外の呼称は思いつかないし、仲良くなる気など毛頭無い。それこそ人として、泣いていれば、慰めぐらいはする。

 だが、それと”榊様”に対する理解は違う。
 だから急に仲良くなれと言われても困る。

 それも、それもだ。七木家の当主の提案は――デートだ。

 一体どうしろと言うのだ。
 宗信だって、これまでにデートの一つや二つはしたことがある。
 しかしそれすら、”義務”だった。

 一宮の当主として跡継ぎを熱望されているため、これまでに何度も見合いをした。
 そして、全てが破談となった。大概は見合いは三度目までで断られるものだ。

 例えばデート先は、高級料亭で和食を食べたり、ビルの最上階にあるレストランを予約したり、庭で鯉を見たり、と言った物だ。すべて、一宮の誰かが決めた物で、自発的にどこかに出かけたことなど一度もない。

 振られる理由も、大概は当たり障りのない言葉だが、陰では『冷淡な性格が透けて見える』と言われていることも知っている。

 第一、見合いをすることから分かるように、宗信は元々異性愛者なのだ。
 男を抱けと言われれば出来ないことはないし、どちらかと言えば残虐だと言われはするが、あれでも精一杯なのだ。

 そんな自分が自発的にデート? それも男と?

 困惑以外の何も浮かんでは来ない。そもそも恋仲になる気すら起きない。
 マンションを用意したのだって、あくまでもセキュリティ上の問題だ。
 あのマンションには、結界が張ってあるため、≪異形≫から逃避するにも絶好の場所なのだ。

 こうした時、きっと、普通は男友達にでも相談するのだろうと、宗信だって知っている。
 だが、部下しか知人は居ない。強いて言うならば、九尾の各家の当主だが、今回は彼等も同じ状況に置かれているのだから、聞くわけにも行かない。

 そもそも宗信は、服装からして思案していた。
 いつもは基本的に和服を着ているのだ。

 しかしながら、出かけるとなれば、洋服を着るべきだろう。
 まずはそれから揃えようと、名高いデパートの商人を、東京に借りている部屋に呼んだ。そこで、上から足の先まで、コーディネートしてもらう。直ぐに帰した後、姿見を見た。個人的には違和感があるが、こんな物なのだろうか。

 コレまで、スーツしか洋服など着たことがなかったから、よく分からない。
 まぁ良いかと判断してから、続いて、商人が置いていった、数々のプレゼントを見る。
 既に包装されているが、何となく気に入ったのは、黄緑色の扇子と、時計だった。

 ――二つとも渡すべきなのか、一つで良いのか?

 宗信には、それすら、判断が出来ない。
 一応両方を鞄(これも商人のチョイスだ)にしまい、靴を履く(これも略)。

 本日の午後は、暇だと言うことは、使用人に探らせてある。

 マンション前に呼び寄せた車に乗りながら、宗信は溜息をついた。
 膝を組みながら、本当にこんな事で、仲良くなれるのか何て眉を顰めた。
 自分ならば確実にすり寄ってきて媚びているのだと疑う。
 だが雑誌によれば、これが理想のデートらしい。全くもって、意味が分からない。

 車内で七時に料亭の予約を取っている内に、祀理のマンションへと到着した。

 エレベーターで最上階まで上がり、呼び鈴を押してみる。
 中にいることは使用人の調べで分かっている。

 一度目――出ない。
 二度目――出ない。
 三度目――苛立ちながら、二度押したが出ない。

 四度目には五度押したが、やはり出てこない。
 苛立ちながら五回目には、連打していた。

 すると漸く鍵が開き、扉が開いた。

「あ、あの、こんにちは」

 恐る恐ると言った様子で出てきた祀理は深緑のデニムに、フード付きのパーカを着ていた。

 これは――反応的にも、強ばった表情的にも、居留守を使われそうになったことを考慮しても、完全に怖がられている。相手の表情変化くらいは、宗信にも分かる。特に恐れられることに関しては、慣れきっていた。

 何せこの反応は部下や、破談になった見合い相手の表情でよく見た。

「どうせ暇なんだろう。出かけるぞ」
「え?」

 宗信の言葉に、祀理が明らかに困惑した表情を浮かべた。
 デートなんだから、宗信としては、兎に角外へ出ようと思ったのだ。
 しかし――スニーカーを履いて鍵を閉め、着いてきた祀理を一瞥し、一体何処へ行けばいいのかと、宗信は溜息をつきながら、眉間に皺を寄せた。

 とりあえず聞いてみるかと思いながら、エレベーターのボタンに触れる。

「行きたいところはあるか?」
「そ、その……ラブホとかですか? いや、普通のホテル? 外でスルのはちょっと……」

 明らかに引きつっている祀理の声に、目を伏せ顔を歪めた。まぁ、今までの自分たちの関係性からしたら、そう思われても仕方がないだろう。

「別に今日はそう言うつもりで来たんじゃない」

 とりあえずきっぱりと否定しておかなければ、何も進展しないだろうと考え、宗信は呟いた。別に仲良くなりたいつもりはやはり無かったが、コレも仕事なのだから、仕方がない。

 何せ相手は、これでも”榊様”であり、自分たちの上位にいる存在なのだ。本来であれば、力を得るために”ヤらせてもらう”相手なのだ。

 今は本人に自覚はないようだが、今後どうなるかは分からない。
 ある種の接待なのだ、コレは。

「え? じゃあまたどうして? こちらに仕事の用事でも?」

 エレベーターに乗りながら、目を丸くして祀理が首を傾げた。こういう表情を見ていると、大学生とはいえ、まだまだ子供じみたところが残っているような気がした。どこか幼さが残っている。柔らかいと知っている髪が揺れていた。

「親睦を深めるために会いに来た」

 淡々と宗信は言ったが、なんだか、おかしな気恥ずかしさを覚えて、デートだとは告げなかった。

「? 誰と」
「貴様の耳は飾りか? お前だ、お前。別に寵愛欲しさに来たわけでもない。気楽にしろ」

 そう言って溜息をついた時、丁度一階に辿り着き、扉が開いた。

 なお、祀理はといえば、いや、この人相手に気楽とか不可能です、と感じていた。

 ちなみに宗信は、最低限、ただ、二葉の人間に負けるわけにはいかないとは思っている。
 ――強いて言うならば、同い年だし、唯一の友達なのかも知れなかったが、こと今回に限っては、好敵手なのだ。

「えっと、行きたいところですよね?」

 一方の祀理は何も知らなかったから必死で考えた。もしかしたら、自分の方が、東京には詳しいのかも知れないし。

「あ、ラーメンでも食べに行きます?」

 もう、五時を回ったところだった。

「食事なら夜……七時に、料亭の予約がしてある」

 淡々と宗信に言われ、祀理は必死で考えた。食事が既に決定していると言うことは、他の場所を考えないと……何が好きなんだろう、この人、そんな心境だった。

「え、ええと……そ、そうだ! 神保町とか行きます?」

 多分、ゲーセンとかは好きじゃないと思い、古書店巡りを思いついた。
 本当は、それは以前に九重さんが好きそうだったな、何て思ったけれど、親戚だし、同じような趣味をしているかも知れないと、必死に祀理は考えたのだ。

「何をしに?」

 エントランスへと向かいながら、気怠そうな瞳を宗信が祀理へと向けた。

「古書とか掛け軸とか色々あるから、古書店を眺めて歩くとか……」

 必死で祀理が提案していることになど一切気づかなかった宗信だったが、古書や骨董品――特に掛け軸は、好きだったのだ。和室が多い自分の部屋に飾る物を色々と思案していると、気分が落ち着くから。しかしまさかそんな案が出てくるとは思わなくて、頬が緩みそうになる。

「ああ。悪くないな。そうするか」

 それに元々古書も好きだったのだ。

 二人で、マンション前に待たせていたタクシーに乗り込み、行き先を告げる。
 それなりに距離があるから祀理は狼狽えた。

「俺、タクシー代、半額だせないかも知れません」
「……マンションもそうだが、金銭は全部一宮で出す。何も気にするな」
「え、でも」
「もしそれを気にするのであれば、今日は親睦を深めるために来ているんだから、その参考になる話の一つでもしろ」

 無表情の宗信の声に、祀理は少しだけ考えた。

「そ、そうだ。好きな動物とか、いますか?」
「鳥」
「鳥?」
「鴬だ。お前は?」
「俺は猫が好きかなぁ」
「どんな猫だ?」
「普通の。その辺の道にいるような」
「そうか」

 それから無言が続く内に、神保町へと着いた。

 適当に店を周り、日本画や掛け軸のある店に二人はたどり着いた。
 暫しの間、祀理の事など忘れて、宗信がそれに見入る。
 ついていった祀理は、嗚呼、本当に好きなんだなと思って、少しだけ安堵した。

 特に会話は無かったが――コレって、俺は楽しいが、楽しませているんだろうか? なんて祀理は考えていた。

 その時、全く同じ事を宗信もまた考えていた。
 これまでの間、人生で――相手を楽しませるなんて考えてこなかったな。
 そう思えば、気づけば祀理の表情を観察していた。

 その後向かった先は、宗信が東京に来る度に足を運ぶ、銀座の料亭だった。
 通された和室の個室で、祀理は何故なのか緊張した様子で箸を手にしていた。
 それを暫し見守っていた宗信だが、一つだけ、祀理の好きなところを見つけた。
 箸使いが、本当に上手い。

 宗信は食事をする時に、喋らないこともあって、基本的には無言だった。
 そして祀理も何も話さないから、食べ終わるまで二人の間には沈黙が横たわっていた。

 ただどうしても、宗信は聞いてみたい事があった、
 こんな事は、初めてだった。

「――今日」
「は、はい?」
「楽しかったか?」
「え? あ、はい。俺は、楽しかったです」

 直後真っ赤になった祀理を見ていたら、息を飲んでしまって、不意に羞恥にかられる。
 それから外へと出て、夜の空気に触れ、迎えの車を待ちながら、宗信は、祀理を見据えた。

 ――恐らく、先ほどの祀理が言った、『楽しかった』と言う言葉は嘘だ。

 そんな事を思えば、何故なのか、胸が疼いて苦しくなった。薄い桜色の唇から目が離せなくなる。本心が聞きたくて仕方がない。そう考えていたら、ほぼ無意識に双肩に手を当て、唇を重ねていた。

「っ」

 貪るように、舌を追い詰めキスをする。
 ――その時だった。

 ガン、そんな音がした。

 突然のことに呆気にとられた宗信は、自分が殴り飛ばされた事が分かった。唇の端がきれている。

「あ、そ、その――ごめんなさい、びっくりしちゃって」

 慌てたように、祀理が言った。

 その時、迎えの車がやってきた。
 扉を運転手が開けている。
 一台は、一宮の車で、もう一台はタクシーだった。

「そうか。じゃあな――ああ、俺も、楽しかったぞ」

 宗信はそう言って苦笑すると車に乗り込んだ。

「え?」

 祀理がポカンとした顔をしていた。

「また、その内来る」

 何か言いたそうな顔を祀理はしていたような気がしたが、宗信は静かに目を伏せる。
 拒絶されたことが、これ程までに胸に響いたのは初めてだった。
 他人に二度も会いたいと思うなんて、初めてのことだった。

 ――仲良くなり、心を開いてみたいと思った。

 だが、本来は気の強そうなあの顔を、屈服させて犬のように扱ってやりたいとも、走り出した車の中で考える。

 何故なのか体を重ねた時の、祀理の痴態を思い出していた。

「戻せ――いや、”榊様”のマンションに行ってくれ」

 何故なのか無性に犯したくて、体に熱が満ちていく。
 けどそれは何度も何度も犯し尽くしたい感覚だった。
 多分一晩中犯してそれこそ殺してしまっても足りない予感がする。

 そのまま、マンションへとたどり着いた時、エントランスの正面で、祀理と遭遇した。

「あ、宗信さん」

 しかし穏やかに微笑んでくれた祀理を見ていたら、自分のそんな欲望を、つきつけてはいけないように思った。だから、静かに目を伏せる。最早、絡め取られたのは自分なのかも知れないとすら、感じた。

 声を聴いているだけで、温かい気持ちになる自分が、確かにそこにいたのだ。
 今、そう今は、心から祀理が自分に、本当の笑顔を見せてくれている気がしたのだ。

「忘れていた」

 宗信はそう告げて、用意した二つのプレゼントを手渡した。

「え、これ」
「良かったら、使ってくれ。じゃあ……――またな」

 それだけ伝え、再び宗信は車へと乗り込んだ。
 きっと、これで良かったのだろう。

 祀理と仲が良くなれたのかは分からなかったが――少なくとも自分の中では少しだけ、彼のことが大切になった夜だった。