<1>執事☆



 大学のゼミを終えて、俺は帰宅した。

「お帰りなさいませ」

 正門前に、黒塗りの車が待機していた。
 みんなの好奇の視線がとんできたが、もう慣れた。

 車に乗り込み、俺の狭いアパートまで移動する。

 なんでも月極の駐車場を借りたそうで、茶丘時雨さんは、一応俺の執事(?)になった。
 俺は、先に降りて部屋へと入る。
 1Kなので、ベッドとテーブルが主な家具である。

 テーブルの上には、あの狭いキッチンでどうやって用意したのか、フレンチが並んでいた。いつも、そうだ。時雨さんが来てから、豪華な食事が常に用意されているのだ。朝食兼昼食のブランチと、夕食。

 すると入ってきた時雨さんに片手を取られて、我に返った。

「お帰りなさいのキスです」

 そう言って、時雨さんが、俺の手の甲にキスをした。
 俺はいまだに照れるのを止められない。普通止められないと思う。

 就寝前は、おやすみのキスだと言って額にキスされるし、大学に行く時は、行ってらっしゃいのチュウだと言って、唇に軽く触れるキスをしてくるのだ。絶対こんなの普通じゃない。だが、困惑しつつも、俺はテーブルの前に座った。ご飯はいつも美味しいのだ。照れていようと困惑していようと。

 ――しかし、二人暮らし。

 時雨さんは大抵、床に自分で買ってきたという布団で寝ている。
 俺はどうして良いのか分からず、ベッドに寝たままだ。

 ――それと。

 一人で抜きづらい。コレが一番の問題点だ。
 もう一人住人がいる以上、ベッドで自慰など出来ない。出来るはずがない。だが、今まではそうしてきたのだ。自慢じゃないが、恋人なんていない(本当に自慢にならないよな……)。強いて言うなら俺の恋人は、右手!

 トイレですればいいのか?
 それとも風呂場?

 考えながら毎日を過ごしている上、安倍九尾の家で散々快楽を教えられた体が疼くのは止められない。だが、時雨さんがここに住むようになってからは、一度も出来ないでいる。

 ――よし、風呂場にしよう。

 俺は決意し、その日の夜は、長めの風呂に入ることにした。
 髪の毛を洗い、体をいつもどうりに洗う。
 泡だらけの全身で、俺は意を決して、自分のそれに触れた。

「っ、ふぁ」

 久しぶりだと言うこともあって、気持ちよすぎて声が出る。
 暫しの間ユルユルと扱いていた時だった。

「祀理様?」

 不意に浴室の扉が開いた。硬直した俺。ポカンとしている時雨さん。

「あ、その……いつもより、お長いので、のぼせてしまったのかと……」
「いえ、その……」

 気まずい! 本当に気まずくて、俺は顔が真っ赤になった。
 だがその時、時雨さんが喉で笑った。

「自慰をなさっていたのですか」
「え、あ」
「それなら、申しつけて下されば良かったのに」
「……え?」
「それも――主人に手を貸すのも、執事の役割なのですから」

 そう告げ、時雨さんが浴室の中へと入ってきた。
 後ろから泡まみれの陰茎をゆるゆると扱かれ、俺はキツク唇を噛んだ。
 しかしそれを咎めるように、時雨さんの手が動く。

「――ンぁ」

 ついに堪えきれずに声を漏らした。声など出してしまったら、まるで恋人同士みたいじゃないか。なにせ時雨さんには、無理に俺とヤる必要など無いのだから。安倍九尾家の人間じゃないのだし。

 そもそも、これも執事の勤めだと言っていたから、向こうにはそんなつもりはないのだろうと、俺は必死で唇を噛む。

「あッ」

 その時手を離され、今度は両手で、それぞれの胸の突起を摘まれた。
 泡の感触も手伝い、優しいその刺激に、背が撓る。

「ふぁ、ああッ、あン」

 安倍九尾家で、快楽を教えきられていた俺には、その刺激が辛い。
 そのままユルユルと乳首を撫でられ、はじかれ、体が震えた。
 単に洗われていただけのはずの陰茎が、自然とそそり立ち、先走りの液が垂れ始める。

「あ、あッ」
「失礼しました。下を洗っていたのでしたね」
「うァ――!!」

 再び泡まみれの手で扱かれて、声が漏れる。

「洗っているだけなのですが……これでは、汚れてしまいますね」

 そう言ってシャワーを出すと、男根に集中的に時雨さんが当てる。
 その刺激すら辛くて、頭を振った。
 シャワーを止めてから、時雨さんが前へと回った。

「そうでした、一人でなさっていたのでしたね」
「っ」
「これも執事の仕事です」

 淡々とそう告げると、時雨さんが俺の陰茎を口に含んだ。
 まずは先端に漏れていた液を舐め取り、それからカリ首を唇で上下させながら刺激する。

「うッ」

 身もだえる俺には構わず、それから奥へと口を進めた。
 その唇が上下する度に、クラクラとしてきて、俺は震えた。

「ああっ、うぁ、止め――」

 しかし口淫している時雨さんの唇は激しさを増すだけだった。

「ンあ――!!」

 あっけなく精を放ち、俺は倒れ込みそうになる。
 その体を抱き留めるように腕を回し、時雨さんは再びシャワーを出した。

「もう宜しいですか?」
「え、あ……ッ」
「流しましょう」

 そう言って泡を流されながら、一人俺は真っ赤になった。

 その後、先に浴室から出ていた時雨さんが、髪の毛も体も拭いてくれた。
 そうして、パジャマ代わりのTシャツと、スエットの下を穿く。

 俺は、それから鏡台の前に座った。
 時雨さんに促されたのだ……いつもの通りに。
 ドライヤーの熱を感じながら、俺は恥ずかしくて俯いていたのに、時雨さんはごく普通でいつものままだった。やはり――あれは、執事としての仕事だったのか。そう納得するしか、俺には出来なかった。

 髪を乾かしてから、俺はミネラルウォーターのペットボトルを手渡された。
 風呂から上がったら、必ず水分を取るようにと、時雨さんが言っているのだ。

 これまで俺には、喉が渇いたら、水道水を飲む習慣しかなかったのだが、時雨さんには、それがお気に召さなかったらしい。

 歯を磨いた後、俺は、今度は寝台へと連行された。
 横になった俺に、時雨さんがブランケットを掛ける。

 そうして額にキスをされた。
 おやすみなさいのキスだ。

「おやすみなさい」

 静かにそう告げ、時雨さんが笑ったのだった――先ほどのことなど、何も無かったかのように。