<4>赤布の隷属の拘束


 それから俺は、安倍本家という場所の奥座敷に連れられていった。

 安倍九尾のさらに上に当たるのが本家だそうで、柊さんも桜さんもそこに住んでいるらしい。柊の意匠が施されているのが、柊の間、桜の意匠が施されているのが、桜の間――そして俺に宛がわれてのは、榊の意匠が施されている、榊の間だった。

 いまだに半信半疑だが、窓の外には、離れが見える。
 ――安倍晴明が、眠っている部屋だ。

 彼の外見はどう見積もっても二十代半ばだった。

 荷物整理をしていると(日帰り予定なので、ほとんど荷物は無かった)、そこへ声がかかった。返事をすると、入ってきたのは、茶丘時雨 さんだった。

 思えば彼の来訪により、俺の日常は、非日常へと変化したような気がする。ピシッとした黒いスーツを今日も彼は着ていた。

「湯浴みと禊ぎの用意が調いました」

 静かな声でそう言われ、ああ、お風呂だなぁと俺は推測した。

 実際そうで、俺は脱衣所で服を脱いだ後、良い匂いがする温泉へと入った。檜風呂だったが、お湯から薫ってくるのは、檜じゃない気がする。もっと甘ったるい匂いだ。体を丹念に洗っても、その匂いは消えてはくれなかった。なんだろう、コレ。

 少しだけ顔を顰めてから、脱衣所へと再び向かい、俺は息を飲んだ。
 そこには、俺の着てきた服が無かったからだ。え、なんで?

「あ、あのぅ、時雨さん」

 お風呂の外にある俺の部屋で待機していると言っていた時雨さんに声をかけてみた。

「何か御用ですか? ……ッ!!」

 そして、そんな俺を見て、息を飲み時雨さんが硬直した。

「どうかしたんですか――うわッ!!」

 ほぼ同時に、俺も全裸だったことを思いだした。
 しかし頬が朱くなるのをおさめながら、どうせ男同士だし良いだろうと気を取り直す。

「あ、あの、俺の服が無くなってて」
「――ああ。これより、”赤布の隷属の拘束”が、あるからです」
「え、なんですか、それ?」
「三役が、御身を晴明様に宿し、忠誠を誓う儀式です。縛り終われば、薄手の着物が用意されますので」
「縛る……? 俺は、縛られるんですか!?」

 そう言えば確かに、柊さんが――赤い紐を体に巻いて、というような事を言っていた気がした。だが、動揺するなと言う方が無理だった。全裸の体を俺は布紐で縛られるのか……? 唖然としていると、時雨さんが小さく頷いた。

「ご心配なさらないで下さい。”赤布の隷属の拘束”が得意な、五瀬家の御当主である直人様が、直々に赤布で縛って下さいます」

 俺は、一体何に安心すればいいのか、全く分からなかった。

 しかし、何を言って良いのかも分からなかったので、時雨さんが入れてくれたアイスティを静かに飲む。全裸のままで、十五分くらい時が流れた。タオル一枚だ。

 トントンと、ノックの代わりをするかのように、襖から音がした。
 顔を上げると、丁度開いたところだった。

「よ。お前が、新しい”榊様”か。俺は五瀬。遺言状公開の時にはろくに話も出来なかったなぁ。ま、気を楽にしてくれ。時雨は外に待機な」
「承知しました」

 赤い髪と、茶色い眼をした五瀬さんが手を振る。
 すると時雨さんが出て行った。
 不安に思って、五瀬さんとやらを暫し見据える。
 彼の骨張った指には、赤い紐が握られていた。

「んー、縛り甲斐がありそうや」

 クスクスと笑っているのに彼は、どこか意地悪い顔をしているように見えた。
 そのまま近寄ってきた五瀬が、俺の首を手で掴み、上を向かせる。恐らく同じ歳くらいだ。ただ俺よりも、背が高い。

 そんな事を考えていたら、急に後ろ手をとられ、なにかに手首を拘束された。
 呆気にとられていると、赤い紐が、いつの間にか、俺の上半身を絡め取っていた。
 嫌がって動こうとすると、さらにキツく紐が食い込んでくる。

「白いなぁ、今度の”榊”様は」
「なッ」
「ま、俺は、とっくに縛られる必要がない前任の”榊”様しか知らないから、男も女も、練習で縛った事しかないんやけど」

 謎の京都弁(?)を交えながら、五瀬さんが笑う。

「う」

 その時キツく縄をひかれ、俺は四つんばいになった。
 気づけば乳首だけ残して、全身を赤い布紐で拘束されていた。
 驚いて下を見れば、まだ萎えている俺の陰茎の根本にもそれが巻き付いていた。

「な、何を……」
「何って、”晴明”様へのお披露目なんだよな? これはお前ら三役を除けば、五瀬の家、なお言うなら当主の俺しか、今となっては知らんことだけど。縛るお役目で、五瀬は”力”も得られる」

 俺は全身を縛り上げられ、それから無理に立ち上がらせられた。
 そして、和服を着せられる。
 赤い紐が苦しくて、涙が出そうになった。

「ふぅん。顔はまぁまぁ、か。お前は弟には似てないな。母親似なんだ」
「舞理を知ってるんですか?」
「うん、まぁね。敬語じゃなくて良いよ」
「俺も。俺は、祀理って言うんだ」
「俺は五瀬の直人。直人で良い」

 こうして雑談を始めると、あまり紐の感触が気にならなってくる。
 だが吐息をする度に、体が鈍くいたんだ。
 頬が上気するのが、自分でも分かるのに、止められない。

「――色っぽいのな」
「え? な、何?」

 朦朧としてきた頭の片隅で、何とか、直人の声を捉えようとする。
 けれど曖昧模糊とした視界は、何も教えてはくれない。

「正直、何でお前を”前代の榊様”が選んだのか分かった気がするわ」
「?」
「抱きたい、すごい抱きたいって、駆り立てられる。男相手に、俺はどうかしてるわ。きっと晴明様――の力の器になるには、最適なんだろうな。何せお前はこれから、お前の意志には関係なく、抱かれるんだからな。それが嫌でも、いくら泣こうとも、もう逃れられない。一度晴明様の力を受け入れてしまえば、九尾の狐の力を強くするために、お前は俺達とも交わらなければならない」

 何を言われているのか分からないまま、俺はぼんやりとした。