18:儚い★




 羽染は、無事に神保が帰郷したという報せを受け取りながら、安堵していた。

「俺も会ってみたかった」

 麦茶を差し出しながら、有馬が告げる。
 その氷が揺れるのを眺めながら、羽染が微笑した。

「すぐに会えるさ。今度紹介する」
「羽染って友達少なそうなのに、案外慕われてるんだな」
「失礼だな」

 有馬の声に、羽染が頬をふくらませた。
 そんな姿が、歳以上に幼く見えて、有馬は喉で笑う。
 今は二人きりで、有馬の部屋にいる。
 穏やかな一時だ。

「俺と付き合ってるって言ったんだよな」
「ああ。さっきそう話しだろ?」
「――おぅ。でさ」
「なんだ?」
「何か言われなかったのか」
「……何か思ったとしても、神保は僕に何か言ってきたりはしない。会津藩の受け止め方までは、俺も関知してないけどな」

 羽染のそんな言葉に、有馬は頷いた。

「良い後輩なんだな、本当に」

 羽染はその声に、静かに目を伏せた。それでも唇に笑みが浮かんだままだったのは、その通りだと思っていたからだ。

 ――当初神保に連絡を取ったのは、他でもない神保皐月のことを疑っていたからだ。

 実際今では、その疑念を、羽染は確信しつつある。会津藩の密偵であるとはいえ、山縣と久阪の関係を何もなく暴けるほど、情報源があるとは考えがたい。少なくともどちらが本筋なのかは兎も角、神保は第二天空鎮守府の諜報部と通じている。羽染はそう理解していた。

 ただ彼の人柄を知る限り、決して保科に害をなすことはないだろうと判断してもいる。
 そうであるならば、それだけで十分だと羽染は考えていた。


 一方の有馬は、羽染の話を聞いているのは、それはそれは楽しかった。
 だが――二人きりで居る部屋の中で、どうしても意識せずにはいられない。

 どうしようもなく、有馬は羽染のことを欲していた。

「なぁ……羽染」
「ん?」
「俺、お前のことを抱きたい」

 率直な有馬の声に、羽染は顔を上げる。

「……そうか」
「嫌か?」
「……」

 羽染は何も答えられないまま、ただ己の頬が熱くなっていくのを実感していた。
 ムードなんてあったものではない唐突な言葉だったが、逆にそれが有馬らしい。

「酷く……しないか?」
「約束する、絶対にしない」
「俺は何をすればいい?」
「何もしなくて良い。とりあえず、今は」
「……分かった。嫌じゃないから……だから……」

 羽染が頬を染めたまま、うつむきがちに答えた。
 すると有馬が、破顔する。

「優しくする」

 そう言って、有馬は羽染の肩に両手を置いた。

「ん……」

 そのまま唇を重ね、羽染は目を伏せた。
 触れるだけの優しいキスを、暫しの間有馬が続ける。
 何度も擽るように口を重ね、それから静かに、どちらとも無く瞼を開いた。

「有馬」
「なんだ?」
「好きだ」

 羽染の言葉に、有馬が目を見開く。

「好きなんだ。だから……今だけで良いから、側にいてくれ」
「――何言ってんだよ、俺はずっと」
「もう何も言うな」

 永遠なんてあり得ないから、羽染はそれ以上聞きたくなかった。ずっと、なんて言葉が、真実にはならないことを理解していたのだ。

 だから少なくとも、一緒にいる、この時だけでも、側にいられればそれで良かった。

「ん、ァ……」

 寝台に押し倒され、胸元の和服の合わせ目を、はだけられる。
 そのまま右胸の突起を唇で挟まれ、羽染は小さく声を上げた。

「あ、有馬……ッ」

 もう片方の左には、有馬の効き手が触れる。

「ぅ……ぁ……」

 舌で転がされ、もう一方は親指の腹で捏ねられて、羽染はきつく目を伏せた。

「ふ、ッ……ァ……」

 不思議な感覚が、這い上がる。
 始めは何とも思わなかったはずなのに、次第に胸の飾りの感覚が鋭敏になっていった。
 そんな時、残った手で、陰茎を不意に掴まれた。

「ぁ、あ!」

 瞬間、全ての感覚が、そこへと直結する。
 胸を弄られて感じる何かが、熱と共謀し、腰から力を奪っていった。

「っ、んぅ……あ、あ……な、」
「羽染。俺の方が、絶対お前のこと好きだ」

 有馬は顔を上げ、そう告げてから、再び羽染の唇を奪った。

「ッ」

 舌と舌が絡み合い、唾液が伝う。
 互いの唇の間に、透明な線が出来るのには構わず、有馬が手の動きを早めた。

「!」

 始めは緩慢に、それから速度を速めて、男根を扱かれる。
 羽染はその感覚に、強く唇を噛んだ。

「待て有馬、も、もう――」
「出る?」
「っ」
「ちょっとだけ、我慢してくれ」

 有馬はそう告げて左手をそのままに、右手で近場に置いてあった香油の瓶をたぐり寄せた。口で蓋を引き抜き、それをシーツの上に転がす。それから器用に片手で、潤滑油を絡め取る。

「我慢できなくなったら、言ってくれ」
「な……! あ」

 滑る冷たい感触が、不意に、他者に触られたことのない後孔へと入り込んできた物だから、羽染は固まった。知識として、男同士であるならば、その場所を使うことは知ってはいた。学舎で聞く猥談の一つだから。しかし聞くと知るとは大違いで、入り込んでくる二本の指に押し開かれる感覚に目を見開く。

「あ、あ……あ」
「大丈夫か? 痛くない?」
「ん」

 痛みはなかった、けれど。
 どうしようもない羞恥と、押し開かれる感覚に、体が震える。

「や、あ、ん……あ、有馬っ」
「ゆっくり息しろ」
「けど――っ、んぅ」
「きつい」
「そんな、こと、言われ……ても、あ、あンッ、やめ、や、動かすな」

 第二関節の下まで指が入った時、有馬が、小刻みに震動させた。
 その感覚に、羽染が声を震わせる。

「や、あ、ちょッ」
「痛くないんだろう?」
「そうだけ……っぁ……ひッ」

 次第に液体の冷たさが消え、ぐちょぐちょと音を立てながら、ただ指の動きだけが明確になっていく。

「あ、はっ……ぅうッ」
「だんだん慣れてきたな。ちょっと動かすぞ」
「え……ぁあ!」

 グイッと指先を折り曲げられ、羽染は体を揺らして声を上げた。

「ここか?」

 有馬がこりこりと刺激すると、男根に快楽が直結した物だから、羽染が目を見開いた。

「な、なんで……そ、こ、変だ……っ」
「どんな風に変なんだ?」
「や、ぁ……ぅァ」
「気持ちいいんだろ?」

 羽染の自身を握る手と、内部を刺激する指を、有馬が同時に動かす。

「ああああッ」

 途端に、中の刺激が、完全に前に与えられる快楽と同化して、羽染が腰を揺らす。

「あ、うあッ……な、ぅ」
「もっと浅い方が良いか?」

 有馬がそう言い、指の位置を少し変えた。

「!」

 するとそれまでよりも、快感がダイレクトに全身を絡め取り、羽染は目を見開いた。

「嘘だろ、待――っ、ぁ……あ……!」
「ここが好きなんだな」
「え、あ……っ、く……ひゃッ」
「辛いか?」

 何処か切ない顔で笑う有馬を見上げ、羽染は必死で首を振る。
 確かに、見知らぬ感覚は怖かった。だが、有馬と体を重ねることが出来るという現実は、羽染にとって願ってやまない現実だった。

「いい、から……有馬、はやく」
「羽染?」
「大丈夫だから……俺も、有馬としたいから」

 消え入るような声で、羽染が告げた。
 涙がこぼれ落ちそうになっている羽染の目元に、思わず有馬は口づける。

「痛かったら言えよ」

 そう告げ有馬が、ベルトを外し、下衣をおろす。
 それからゆっくりと楔の先端を、指を抜いてから羽染の菊門へとあてがった。

「っ」

 有馬の陰茎の温度と感触に、羽染が息を飲む。
 後孔へとぴたりとそそり立った先端をあてがわれ、体を震わせた。

「良いんだな?」
「ん」
「悪い、止められない」
「んァ――!! あ、ああ!」

 ゆっくりと貫かれ、羽染が嬌声を上げる。

「やばい、気持ちいい」
「あ、はぁ、ん、ン」
「どろっどろ」
「や、やだ、有馬――ッ……!」
「全部はいった。動くぞ」
「ぁ、あ、ん――!! あ、ぅあ!!」

 ゆっくりと抜き差しされ、羽染が腰をひく。

「逃げんな」

 しかしそれを制するように、有馬が、細い羽染の腰を両手で掴んだ。

「ぅあ――あ、や、やだ、あ、有馬! ま、待って」
「無理」
「あ、俺、うッ」

 繋がっている箇所から、ジワジワと熱が全身へと広がり、それが辛くて羽染が涙をこぼした。

「きついか?」
「違、あ、ぅ……体が、変ッ」
「――これはどうだ?」

 羽染の反応を見ながら、有馬が腰を揺らす。
 その上下する刺激に、羽染が頭を振る。

「ぅんゥっ、あ、は……あ」
「こっちの方が良いか?」

 それから先ほど指先で探り当てた、羽染の感じる場所を、有馬が突いた。

「や、あ!! だめだ、それ、いやだッ」
「本当に?」
「怖い、あ、ぅ、あ、ああ!」

 角度を変え速度を速めながら、有馬が意地悪い笑みを浮かべる。

「ここが良いんだ?」
「あ、待って、それは――ッ!! ひゃ、あ、ぁ……あ、俺、何これ……っ、ぅ、やだ、出る」
「出せよ」
「待、ンぁ、あ、うあ――!! や、なんでこんな」
「俺のことが好きだからだろ。だから気持ちいいんだよ。俺も……っ、どうしようもないくらい、余裕無い。なぁ、羽染」
「あ、ん、ぅ、ふァ、ンン……ッ、あ!!」
「愛してる」

 優しい声で有馬が言った。
 そのどこか切なくも甘い表情を見て、羽染が何度も小刻みに頷く。

「俺も、だ……ぅ、ア、あ、や、ぅあ、イく、イっちゃ……ンあ――!!」

 一際激しく有馬に腰を打ち付けられた時、羽染は精を放った。
 ほぼ同時に有馬もまた精を吐き出す。
 そうして肩で息をしている羽染を、じっと見た。
 長いまつげの上に、透明な涙の雫が乗っている。

「大丈夫か?」
「……っ……」
「辛かったか? ごめんな」
「……謝るな。俺が、望んだ……っ、ぁ……」
「そっか」
「ぅッ、ふぁ」

 力が抜けたように、頭をぐったりと寝台の上に羽染が預ける。

「――今だけどころか、生まれ変わろうとも絶対に手放さない」

 有馬が独り言のようにそう口にした言葉を耳にする直前で、羽染は眠ってしまったのだった。

 その寝顔を見据え、有馬は静かに体を引きながら、目を伏せた。
 まるで儚く消えてしまいそうな、壊れ物のように羽染が見えて、怖かった。