11:諜報部ゴシップ




 諜報部には、どんな些細な人間関係でもいつでも何処でも利用できるようにと、日に一度ゴシップを纏めたメールニュースが流れる。

 及びそれについて話し合う掲示板が閲覧できるようになっている。
 山縣は、大抵、ニュースを見て書き込む側の人間だったが、初めて自分がネタになっているところを見た。

 ――原因は、食堂での一件だ。

 嫌われ者の会津藩出身の羽染大尉を、有馬・朝倉――そして山縣が取り合っているというゴシップがトップニュースだった。次点はいつもの通り、会津藩主である保科秋嗣を巡る徳川家時と紫陽花宮隆明、そして鷹司由香梨のニュースである。

 なんだかんだと言って袖にしている風で、鷹司家の由香梨様は、保科のことが好きな様子なのだ。年齢的にも家柄的にも、二人の婚姻には障壁はない。問題があるとすれば、保科と現在衆道関係にある二人だ。どちらも、現政府の実力者であり、多大なる影響力を持っている。

 江戸懐古運動から、衆道もさして珍しくなくなった現代ではあるが、流石に旧将軍家の跡取りと、実質今後の国家元首と関係を持っている保科は、会津藩主でさえなかったならば、とっくに妾として囲われていたことだろう。

「会津って美人が多いのか……いや、無自覚タラシが多いのか」

 山縣が呟くと、隣で彼の情報部においての副官である、久阪歩くさかあゆむが顔を上げた。

「会津は致命的に鈍い人が多いですよね。後は、ネガティブというか。良く言えば、情に深いって事なんでしょうけど」
「何で情に深いとネガティブが繋がるんだよ。まぁネガティブかも知れないけどなぁ、アレでも羽染は結構、カラッとしてたぞ」
「他人を信用しないところがあるんじゃないですか?」
「かもな」

 金髪碧眼の、国籍日米ハーフである歩を見据え、山縣は頷いた。
 英語が堪能な歩は、優秀な副官だ。

「それで山縣少将は、本気で羽染大尉を……?」
「んー、どうだろうな。個人的に好感を持ってるけどな、他人と戦ってまで奪うほどではない、ッて事にしておいてくれ」
「つまりかなり本気なんですね」
「なんでそうなる」
「本気じゃなかったら、諦めるようなこと言わないでしょう、少将は。本気だからこそ、フラれるのが怖くて一歩退いてるんでしょう?」
「うるせぇ」

 見透かされるような副官の言葉に、苦笑しながら山縣は目を伏せた。

「ただ暗殺関連とか色々あるにしろ、羽染大尉の方は、有馬大尉だって真っ直ぐに接してくれてる見たいですし、朝倉大佐もいるから、平穏ですよ、まだ。問題は、会津藩主様の方じゃないですか?」
「……ああ。まぁた、やっかいな二人に好かれたもんだよな、あれは」
「確かに地位・実力・人脈・金銭的に魅力的な将軍家と宮家ですけど、性格がやばすぎて、みんな仲良くなるの拒否ってるって言うのに」
「実際には頭が回るから性格がヤバイふりしてるだけだろ、あの二人は。寧ろ問題なのは、そんな腹黒ドSどもの心を開いた、会津藩主だな。運の尽きだ。あいつらは、両方とも、会津藩を取りつぶして、保科議員を監禁して外に出さないくらいの力があるからな。そこまで考えてんなら、保科様を尊敬するが」
「俺ノーマルなんで、ホモ問題は知りません。ただ、鷹司家の由香梨様だって、なんだかんだで保科様のこと大好きじゃないですか。確かにちょっとまれに見る美少年だし。ノーマルの俺でも、たまにクラッときますよ、あの顔と華奢な体」
「んー俺はあんまり幼いのは無理だわ。だから範囲外だけどな、言いたいことは分かる」
「やばいっていえば、そっち方面でも、羽染大尉は危ないかも知れませんね」
「どういう事だ?」
「だって、保科様の腹心の部下ですよ? わざわざ会津から呼び寄せたんですよ? 保科様の本命は羽染大尉だって噂もあります」
「……なるほど」
「山縣少将、好きならちゃんと守ってあげて下さいね!」
「――出来る限りのことはする」





 重い体を引きずって保科秋嗣は、羽染良親と待ち合わせているカフェへと向かった。

「ごめんなさい、待たせましたよね」

 二人で会う時は、嘗て会津で過ごした時と同じ口調になっている保科である。
 今日は保科が、意を決して羽染を呼びだしたのだ。

 羽染が戦地から帰還してからは、二度目のことである。

 現在は、待ち合わせ時刻を二時間過ぎている。
 羽染は三杯目の珈琲を飲んでいるところだった。

「いえ」

 保科が忙しいことを承知していた羽染は、首を振るとメニューを差し出した。

「僕もコーヒーを」
「砂糖とクリームはいくつ頼みますか?」
「いらないよ、もう慣れた」

 そんなやりとりをして、二人は顔を見合わせて笑う。
 保科にとっては羽染と過ごすこの時間だけが、素のままでいられる
 穏やかな時間だった。

 あるいは羽染にとってもそうだった。

「そう言えば、噂を聞いたんだ。良親さんが薩長土肥の人に迫られてるって」

 カップを傾けていた羽染が咳き込む。

「そうなの?」
「勘違いです」

 きっぱりと羽染が言うと、保科が破顔した。

「それならいいけど――……ねぇ、羽染。これは藩主としての厳命だけど。もしも嫌々性的関係を迫られても、それを飲む必要はない」

 保科の瞳に、少しだけ真剣な色が宿る。
 今日はこの話のために呼びだしたのだ。

「承知しました」

 即答した羽染だったが、保科のその表情に、思わず生唾を嚥下した。
 直感が……この幼君主が望まぬ性的関係を持っていることを、暗に訴えている気がしたのだ。心の中がざわつく。自分のことを気遣ってもらっているのは分かったが、本当はどこかで彼こそが助けを求めているのではないかと感じたのだ。

「保科様。保科様が御身を犠牲にしても会津を護ろうとして下さっているのだろうと、その気持ちに敬服しております。ですが会津の皆は、同じくらい、保科様のことを思っております。保科様こそ、お体を大事にして下さい」

 羽染がうつむきがちに言った。
 すると保科が唇に力を込めて、悲しげな瞳で俯いた。

「――良親さん、僕は、僕なりに、きっと何らかの意味があって生まれてきたんだと思うんだ。例えその意味が、役割が、みんなを幻滅させることだとしても。それでも、会津を守れるなら、それで良いんだ。だから、そんな風に言ってもらえるだけで嬉しいです」

 最後は苦笑混じりになった保科の言葉に、羽染は、テーブルの下で、爪を掌に立てた。何も出来ない自分自身が悔しかった。

「これは、妹の同級生に対する、ごく私的な意見ですが――……」

 羽染は俯いたまま続ける。

「無理だったら逃げろ。一人の友人として言う。藩主がいなくなることよりも、幼なじみが平温に暮らしていることの方が嬉しい。理由が必要なら、僕が殺したことにする」
「良親さん……」
「日本も、地元も、僕は大事だけど……秋嗣も大事だ。責任は僕が取るから――限界になったら、言って欲しい」

 そう告げて羽染は、コーヒーを口に含む。

 その言葉に保科は、一生懸命笑おうとして、だけど気がつくと泣いていた。
 ボロボロと涙が、頬を伝ってしたたり落ちる。口元だけが弧を描いていた。

「……有難うございます」

 掠れた小声で、保科が言う。

「……ただ、当然のことを言っただけです。これは、少なくとも会津の僕の友人達皆の考えだと思います」

 淡々と羽染は告げて、細く吐息した。



「なぁ、アレ、どう思う?」

 遠方の席から、羽染と保科の様子をうかがっていた山縣が、正面に座っている朝倉に問いかけた。

「面白くないね」
「だよな。というか、やっぱり保科様は、絶対に将軍家と宮家の板挟みだよな」
「それもあるけど、羽染が故郷に拘る理由が分かった気がして嫌だよね」
「これは、俺たちが羽染をどう懐柔するかとか、恋心をぶつけるかとか、そう言う問題を越えてるよな。それだけ、会津の立場は危うい」
「だろうね。なにせ、会津は第一次戊辰戦争の後は被害者的な立場を取っていた時期もあったりするから……なに言ってんだよこいつらって、少なくとも僕らの長州や土佐は思ってるだろ。勿論真逆の価値観があるのも知ってるけどね」
「因縁ていうのは怖いな。あの二人が悪い訳じゃないってのは分かる。どうにかしてやりてぇけどな」
「まぁ率直に言って、あの二人は敵だと怖いね。味方にしたら、本当に心強いだろうけど。今なんて、海外の情勢も怪しいんだから、国内で差別偏見が横行してる現状なんて嘆かわしい限りだし……ぜひとも味方にしたいね、会津を――というか、すくなくともあの二人を」
「羽染は、お前の副官だし、有馬の押しも強いし、何とか抱き込めるだろう。お前の暗殺の件と、あの藩主様への忠信さえどうにかなれば、大丈夫だ」
「うん。鍵になるのは、保科議員だね」
「徳川の家時様か、紫陽花宮の隆明様を、あの藩主様をだしに抱き込むのが得策だろうな」
「難易度が高い二人だな」
「あの二人の和解はあり得ない、二人とも引き込むことは無理、と俺も思ってたが……案外、保科議員を餌にすればのってくるかもな」
「どうやって餌にするつもり?」
「そこで羽染を利用する。本命が出来たかと思えば、あの二人も焦るだろ」
「確かにこの喫茶店にも、徳川方と紫陽花宮方の探偵さんがいっぱいいるしね」
「保科議員が、あの二人に愛されてるのは間違いないだろ。本人の気持ちはどうあれ」
「僕らには羽染の気持ちすら分からないからね」

 そんなやりとりをして、二人は羽染達には気づかれぬように、少し早く店を出た。