8:今、二人☆


「大体お前、何であんなのの下でペコペコしてんだよ」

 ほろ酔い気分になりながら、焼酎をのみつつ有馬が言う。

「あんなの?」

 熱燗を飲みながら、羽染が無表情で首を傾げた。
 頬が少しだけ朱い。彼も彼で酔っている様子だ。

「会津藩主だよ。普通、あんな目に遭わされてたら、キレるのが男だろ。少なくとも薩摩男子はそうだ」
「……」

 羽染は、目をきつく伏せる。
 保科には、保科の考えがあるのだと、羽染は思っている。
 そして目に見える行動が、決してあの幼君主の、望んだ行動だとは思わないのだ。

「お前は実力も才能もあるんだから、朝倉さんとか山縣さんについてけよ」
「……そんなもの、ない」

 羽染は呟きながら、猪口の中身を飲み干した。
 もし己に実力や才能があるのならば、今頃とうに会津藩を掌握しているだろう。
 そうなれば、最早朝倉の暗殺方法を考える必要もない。
 同時に、保科の負担も少しは減らせるかもしれない。
 しかしながら、羽染には現実的にそうすることなど出来てはいないのだ。

「イヤミな奴」
「有馬……」
「俺はな、お前みたいなやつ大っ嫌いなんだよ。いっつもすましててさ」
「……」
「だったら、それならそれで、その姿勢を貫き通せばいいのに、殴られるわ、会津の藩主は庇うわ、本当に信じられない」
「……」
「俺は、郷の先人を誇りに思ってる。お前だってそうなんじゃねぇのか?」

 有馬が半酔いでそう言ったとき、羽染が猪口を卓に置いた。

「――そうだ。誇りに思ってる」

 とても小さな声だったが、それはしっかりと有馬には聞こえた。
 今のご時世、表だって会津の偉人を尊敬できないことなんて、本当は有馬だって知ってはいたのだ。どこか辛そうな顔をして、徳利から片手で酒を注いでいく羽染を見据えながら、有馬は眉を顰める。

「お前、明日も休みだよな? 二休が基本だし」
「まぁ」

 羽染が頷く。
 すると険しい顔をしたまま、有馬が立ち上がった。

「出るぞ」
「は?」

 まだ酒を飲み途中だった羽染が首を傾げるが、有馬は強引にその手を取った。

「行くぞ」

 札を卓の上に置いた有馬は、羽染の腕を掴んで、外へと出る。

「お、おい、有馬」

 羽染が慌てたように財布を取り出そうとした。
 暫く歩いてから有馬が振り返る。

「誘った方が、払う。それでいいだろ」
「けど……」
「次は、お前が俺におごれよ」

 次があるのかと、何度か羽染は瞬きをした。

「分かったな? それより、飲みたりねぇ。俺の家に行くぞ」
「有馬……飲み過ぎなんじゃ」
「あ? うるせぇよ」

 そのまま強引に、羽染は、有馬に腕を引かれ、有馬の家へと連れて行かれた。
 有馬もまた軍の寮に住んでいたが、くじ引きの結果一人部屋を勝ち取ったらしい。


「羽染、水」

 完全に酔っぱらった様子で、部屋に着くなり寝台に転がった有馬が言った。
 溜息をつきながら、羽染は硝子のコップに水を入れて持ってくる。

「有難うな」

 羽染からグラスを受け取り、グイグイと有馬が水を飲んでいく。

「お前も飲むか?」

 有馬に問われ、羽染は小さく頷いた。
 すると有馬が、コップの中身を口に含む。

「!」

 そしてそのまま、羽染の頭に手を添え、引き寄せた。
 水が、口の中へと入ってくるのを、目を見開いたまま羽染は感じていた。

「っ」

 流し込まれる水に息苦しくなって、目を細める。
 何とか飲み込むと、直後、有馬の舌が侵入してきた。

「ふッ……っ、ん」

 口腔を蹂躙され、苦しくなって羽染は、有馬の体を押し返す。

「あ……悪い」

 すると我に返ったように、口を離した有馬にそう言われた。

「……俺は、帰る」

 そう言って羽染が立ち上がると、有馬がその手を引いた。
 体勢を崩した羽染を、有馬が抱き留める。

「駄目だ」
「――な、」
「帰さない」
「有馬……?」
「泊まっていけ」

 有馬はそう言うと、羽染を抱きすくめた。

「――有馬?」

 怪訝そうに羽染が呟いた瞬間、有馬が再び羽染を押し倒した。

「……羽染、無性にお前とヤりたい」
「は?」
「抱かせろよ」
「な、何言って――……っ、有馬?」

 言葉を止めた有馬に、鎖骨へと口づけられて、羽染は困惑した。

「ちょ……」
「もう、我慢できない」
「有馬!」

 強引に下衣を引きずり下ろされ、羽染が声を上げる。
 ゆるゆると自身を撫でられ、ゾクゾクと快感が募ってくる。

「いいかげんに――」

 酔っているのだろうと考えながら、羽染が眉を顰めた。
 だが、抗議の声を上げようとしていた唇からは、甘い声が漏れた。

「ぁ……ッ、ん……く」

 唇に力を込めて、男茎を唇で上下されたのだ。
 羽染の体が震える。

「や、やめ……ッ」

 出てしまいそうになった羽染が、咥えている有馬の髪へと手で触れる。

「っぅ、あ」

 しかし、有馬の口淫は止まらない。

「ぁ、あッ――っぁ……!」

 激しく口で嬲られて、羽染の腰が震えた。

「や、あ、出、出る――!!」

 その反応に、無言のまま、有馬が手の動きを早めた。

「んあ、ア、ああ――ッ」

 そのまま羽染は、精を放った。

 ――一体僕は、何をしているんだろう?
 明確に意識を取り戻した羽染は、いつのまにか被っていた布団の合間から、虚ろな瞳で周囲を見渡した。恐らく、この掛け布団は、有馬が掛けてくれたのだろう。

「起きたのか?」

 羽染が瞬きをしていると、有馬が顔をのぞき込んできた。

「悪い、俺……」

 酔っていたと続くのだろうと判断しながら、羽染は何度か瞬いた。
 別に気にする必要はない。
 そう自分自身に言い聞かせるように、羽染は布団を掴む。

 ――本当は、生まれて初めて対等に話せる相手に出会ったから。
 ――出会って以来、有馬に惹かれていなかったと言えば嘘になる。

 けれど同性愛が許容されるようになった社会だとはいえ、家柄重視などは決して無くならない。よって敵対する郷里の出身同士である自分たちが、恋愛関係になることなどあり得ないと、羽染はよく分かっていた。

 その為、有馬が昨日気まぐれで行為に及んだのだとしても、酔っぱらって昂ぶっていたのだとしても、それで良いと思っていたのだ。

「……――思ったよりも、お前のこと好きだったみたいだわ。止められなかった。悪い」
「は?」

 だから続いた言葉に、羽染は目を瞠って首を傾げた。

「俺、お前のことが好きだわ」

 有馬は何でもないことであるように、再びそう告げた。

「好きって……」

 困惑しているのは、羽染だけだった。
 そもそも飲みの席では、大嫌いだと言っていたではないかと、羽染は首を傾げる。
 余程嫌いだと言われた方が、本音に思えた。

「とりあえずお前は俺の恋人になれよ」
「は?」
「だから、恋人」

 断言した有馬の様子に、羽染は眉を顰める。

「……それって、どういう……」
「俺がお前のこと好きだって事だ」
「……」
「これからよろしくな」

 それだけ言うと、有馬は部屋を出て行った。
 一方的にその様に宣言されても、羽染には何も分からないままだった。