7:色気



 正式な朝倉の副官になった羽染は、今日も、朝倉の隣で食事の準備などをしている。
 それを見据えながら、有馬は舌打ちしていた。
 自身が、朝倉の副官になれなかったことが、無論一番大きい。

 それが理由で、朝倉と羽染が昇格した頃から、気づけば有馬は二人を注視していた。

 羨望。
 憧れていた場所を、羽染に奪い去られた感覚。

 虚無感。
 始めは、ただそれだけだったはずなのだ。

 だが……それ以上に、羽染を目で追っている自分自身に、有馬は気がついていた。
 洗練された物腰も、早い仕事ぶりも、嫌でも視界に入ってくる。
 観察しているのだから当然だ。

 ――ただ観察しているだけじゃなくなったのはいつからだ?
 色白の肌に落ちてくる、羽染の黒い髪。
 ドクンドクンと心臓の音が高鳴るのを、有馬は止められないでいた。

 ――何なんだよ、あの色気は。
 花見の後からは、特に酷い。
 あの公園でのように、声を聴きたくなって仕方がないのだ。

「何見てるんだよ?」

 不意に背後から、山縣に声をかけられて、有馬は背筋を伸ばした。

「あ、え」
「羽染か?」
「あ……」
「最近のアイツ、色っぽいな。なんだ、気になるのか?」
「ち、違います!」
「気になってんなら、早めに手に入れとけよ。じゃねぇと、いつ誰に取られるか分からん」

 精一杯有馬が否定すると、山縣がニヤニヤと笑った。
 有馬は慌てて首を振る。

「別に。気になってませんから!」
「……――要するに、それは今でも朝倉が好きって事か?」
「は、い……え……?」

 頷こうとして、有馬は困惑した。

 元々有馬は、朝倉のことを慕っていた。
 それがあるいは恋心なのではないかと、有馬自身考えたこともある。
 だが、羽染に対しては、これまでそんな事を思ったことがないのだ。
 気になって気になってどうしようもない相手だが、あくまでも”他人”であり”同期”であるとしか、考えてこなかったのだ。

「今、一緒に朝食取ってる朝倉と羽染、どっちに嫉妬してるんだよ、お前?」

 山縣の言葉に、有馬はわけがわからなくなって、息を飲む。

「な、何言ってるんですか、朝倉さんには、山縣さんがいるでしょ?」

 そんな声に、なんて言う勘違いだろうと思いながら、山縣は肩を竦めた。
 自分も朝倉も、”羽染狙い”だと分かっていたからだ。

 ――ライバルは少ない方が良い。
 恐らく自覚しないながらも、有馬もまた羽染のことを好きだろうと
 山縣は踏んでいる。だから苦笑した。

「有馬さぁ……そこまで言うんなら、朝倉のこと堕とせよ」

 山縣のその言葉に、有馬が息を飲む。
 山縣の言葉の真意を、有馬は測りかねていた。
 その様に言われると、やはり周りには、自分が朝倉を好いていると見えるのだと分かる。

 しかし有馬は、どうしようもない違和を感じたのだ。
 朝倉を堕とす、そんなことは、全く考えられない。

「お前が本気なら、俺は応援してやる」
「……山縣さん」
「あ?」
「俺は確かに朝倉さんのこと好きだけど、別に朝倉さんに俺のことを好きになってもらいたいって訳じゃないんです」

 強いて言うのであれば、頼りにされたいのだと、有馬は分かった。

「……」
「そりゃ、嫌われたい訳じゃないけど……」

 有馬のそんな言葉に、山縣が腕を組む。

「じゃあ羽染に取られても良いってことか?」
「なんていうか……」

 もしそれで朝倉の仕事が楽になるのであれば、副官の地位に羽染がいても拘る必要はない。有馬は、ただ朝倉の力になりたいと考えていて、あるいはそれこそ、朝倉のようになりたいと考えていたのだと気づいた。

「逆に言う。羽染を朝倉にとられても良いってことか?」

 だが、続いた山縣の言葉に、気がつくと有馬は息を飲んでいた。

「っ、それは――」
「嫌なんだろ」
「――はい」

 そんなやりとりをしている内に、朝食の時間は終わった。





 花見の直後から。
 どんな顔をして、朝倉大佐や山縣大佐に会えば良いのか分からなかった羽染は、二人の態度がいつも通りであることに安心しながら、生活していた。




 それ以後、羽染の横顔はどんどん色っぽくなっていった。
 気がつくと有馬は、その横顔を眺めていた。

 ――何をやっているんだろう?

 有馬自身がそう考えるようになった頃には、既に桜は散り、周囲を新緑がかこんでいた。

 だから寮の近所の茶屋で、三食団子を食べている羽染を有馬が見つけたのは、本当に偶然のことであった。

「なにやってるんだよ?」

 隣に腰を下ろし、有馬が言うと、羽染が湯飲みの中へと視線を向ける。

「今日は……寮の掃除で、部屋を追い出されたから」
「月に一度掃除されるんだよな」
「うん」
「……それで、団子? 団子が好きなのか?」
「……別にそう言う訳じゃない」

 唐突に話しかけられた羽染は羽染で、どのように対応すれば良いのか分からず、困っていた。答える言葉を探しながら、羽染が俯く。

 その様子に有馬は、もっともっと羽染のことを知りたいと考えていた。

「お前って、基本的に休みの日何やってんの?」
「寝てる」
「一人で? 二人で?」
「一人でだ」
「寂しくねぇの?」
「別に」

 そんなやりとりをしていると、有馬が頼んだお汁粉が運ばれてきた。

「食え食え」

 有馬に促されて、羽染がお椀を手に取る。何故なのか、お椀は二つあった。

「甘い」

 その様にして、休日の午後は過ぎていった。
 それから飲みに行こうと誘ったのは、有馬の方だった。