4:花見と返杯



 ヨモギが道路の端に生えていた。
 タンポポが春の風に揺られている。

 朝倉は、東アフリカの功績で大佐になり、羽染は意図せず大尉に昇格した春だった。

 朝倉の副官となった羽染は、いまだ朝倉の暗殺を依頼されたままだった。
 ――それは保科の命令ではない。

 一人街中を歩きながら、羽染は地を見ていた。
 朝倉は尊敬すべき上司だ、そう彼は思っていた。
 共に戦地を経験して、朝倉が軍部で高名な理由が分かった気がした。可愛がってくれる山縣もいる。

 なによりも、人生で初めて好敵手といえる有馬に出会った羽染は、同階級となった今、心から対峙したいと思っていた。

「草団子いかがですか?」

 和装で歩いていると、そんな声がかかった。
 羽染は別段甘い物が好きなわけではなかったが、足を止める。備え付けの茶屋に視線を向け、少し休んでいこうか考えた。

「――羽染?」

 そこへ声がかかった。
 驚いて振り返ると、そこには朝倉大佐が立っていた。

「はッ」
「此処で何をして居るんだい?」
「午後から暇でしたので、散歩を。寮も掃除で追い出されました」

 率直に羽染が応えると、朝倉が苦笑した。

「今日は予定があるって言っていたのに――午前中に用事があったのかい?」
「はい、会津藩持ち回りの清掃が」
「午後から暇なら、そう言ってくれれば良かったのに」
「はぁ……?」
「まぁいいよ、今は暇なんだね?」
「はッ」
「じゃあ少し頼み事をしても良いかな。護衛をお願いしたいんだけど」
「承知しました」

 歩き出した朝倉の後を、慌てて羽染が追う。
 横に追いつき、羽染は首を傾げた。

「その、どちらへ?」
「すぐそこだよ。この路沿いの、中央公園まで」

 その言葉に、そんな近距離まで何故護衛が必要なのだろうかと羽染は首を傾げる。

 次第に桜並木が見えてきて、辺りに薄紅色の花びらが舞う。

 木々の合間をすり抜けて、公園内へと入っていった。

「遅いぞ、朝倉」

 中央付近まで近づいた時、山縣が声を上げた。
 朝倉は苦笑している。
 驚いて羽染が見渡すと、辺りには旧薩長土肥藩を中心とした軍人達が座っていた。
 なるほど、花見の会場までの護衛だったのかと羽染は納得する。

「遅いと思ったら、大物を釣り上げてきやがったな」

 山縣のその声に、靴を脱ぎながら朝倉が肩を竦める。

「一度は断られたんだ。それを来る途中に見つけてな。お天道様はよく見ていらっしゃる」

 朝倉のその声をかき消すように、立ち上がった有馬が声を上げる。

「何で羽染が立ってるんだよ」

 自分がいては折角の楽しい雰囲気を壊してしまうだろうと考えた羽染は、一歩後ろに下がった。

 ――護衛は終わったのだから、早々に帰るべきだ。

「さっさと座れ」

 だが、帰ろうとしたその手を、有馬に引かれ、強制的に座らされた。

「日本酒か? 焼酎か?」

 すると逆側から山縣の腕が伸び、肩を抱かれる。

「か、帰ります。お邪魔するわけには――」

 羽染の言葉に、既に出来上がっているらしい有馬がニヤリと笑って頬を突いた。

「お前どうせ飲めないからそんなことを言ってんだろ、おら、のめよ」

 ぐいっとコップをあおった有馬が、そこにどぶどぶと酒をつぎ、羽染に差し出す。

「返杯や」
「……」

 羽染が眉を顰める。

「相手が飲み干したら、自分も飲まんとな」

 ドクドクとグラスに有馬が酒を注ぐ前で、朝倉が笑った。
 その隣で山縣は土佐の辛口の日本酒を飲んでいる。

「飲めんのか?」

 有馬が言うと、羽染が唇の片端を持ち上げた。
 グイ、と一気にグラスをあおる。

「返杯、か」

 羽染はそう言うと、酒を注ぐ。
 こうして桜が舞い散る中、羽染と有馬の飲み比べがはじまった。



 それを眺めながら山縣が腕を組む。

「――この二人が大日本帝国で俺たちの跡を継いでくれればいいのにな」
「俺はそれを期待してるんや」

 朝倉がそう言いながら猪口を持つと、山縣が視線を下げた。

「そうなればいいんやけどな。心配なのは、羽染や」
「暗殺、か」

 飲み比べをしている若い二人には聞こえないように、朝倉が呟く。

「国内で権力争いをしちょる馬鹿共に羽染をやるんは惜しい」

 山縣はそう言うと日本酒を飲み干した。
 朝倉も頷くと、飲み比べをしている二人を見据えた。



「いい加減限界だろ?」

 有馬が赤い顔でそう言うと、羽染が唇の両端を持ち上げた。

「どっちが?」
「お前が」
「有馬の方だろう、それは」
「俺はまだまだ行ける」
「じゃあ飲めよ」
「なら――俺が飲んだら、お前脱げよ」
「上等だ。その後俺が飲んだら、お前こそ脱げよ」



 頬を赤くした二人が顔を突きつけ合っている姿に、山縣が声を上げて笑う。

「朝倉、そろそろ止めてやれや」
「自己責任やろ」

 方言を今日は隠そうともせず、意地悪く朝倉が笑う。
 それは山縣も同様だ。ここにいる皆のほとんどが、郷里の人間だからかもしれない。

「お前の副官と、お前に懐いてる後輩やぞ?」

 山縣がクスクスと笑うと、朝倉が空を見上げた。

「だからこそおもしろいんやろ」
「こんな平和な時が何時までも続けばな」

 山縣は猪口を傾け、朝倉の視線を追ったのだった。