懐中時計(朝倉×山縣☆)


 ――山縣を愛することが、自分に与えられた唯一である気がした。

 まだ僕らはその頃は幼かったのだと、今でも朝倉は思う。
 ああ、胸に甘い痛みが押し寄せてくる。

 二人で観覧車に乗った。

 あの時に、なぜ、自分は山縣の手を無理にでも取らなかったのだろう。
 あの時、山縣に告白していれば、きっと今の現実は違ったものになっていたと思うのだ。溢れる気持ちが止まらない。

「なにしてるんだ、朝倉」

 窓にぴたりと手を当てて、珍しく関東を襲った雪を眺めていると、山縣がごく平然とした様子で執務室の中へとはいってきた。全く心臓に悪い。

 硝子越しに山縣の顔を見る。
 その瞳は、純粋に疑問を浮かべていた。
 振り返り微笑を浮かべる。それは取り繕ったものだった。

「山縣来る気がして待っていたんだ」
「まぁ有馬が今日は出張という名目で、羽染に会いに出かけたからな」
「ねぇ山縣、付き合ってくれないかい?」
「どこに? 酒か? まだ昼だぞ。お前にとっては体感的にもう夕方くらいかもしれないけどな、俺は起きてまだ数時間しか経ってない」
「恋人になって欲しいんや」
「は?」
「山縣を押し倒したくて仕方がない」
「熱でもあるのか?」
「ないよ」
「……どうしたんだよ、急に」
「別に急じゃない。ずっと思ってた」
「本気か?」
「こんな嘘、私がつくはずがないだろう?」
「――考えさせてくれ」
「嫌だね」
「朝倉……」
「答えなんて、とっくに出てるだろう?」
「それは、」
「山縣。君は迷わない。それにたとえ君の答えがどちらでも、僕はもらいに行く。全力で」
「お前に全力で追いかけられて、逃げ切ったモノを俺は知らないぞ」

 山縣はそう言うと吹き出した。それから、懐中時計を取り出して弄ぶ。

「これはな、俺の大切な男から貰ったんだ」
「誰?」
「父親」
「それが?」
「これを渡してもいいくらいには、多分俺はお前のことが好きだ。だけどな、押し倒されるのはちょっとな」

 その言葉を聞いたから、朝倉は山縣に歩み寄り、その手を取った。

「朝倉――?」
「ここで僕は、山縣を押し倒せる」
「ちょっと待て」

 有言実行。朝倉は、床に山縣を引き倒した。山縣相手にそんなことを出来るのは、好きをつけるのは、朝倉くらいのものだ。

 強引に山縣の軍服の首元を緩めた時、ため息をつかれた。

「おい、鍵」
「鍵をかければいいのかい?」
「ああ、覚悟を決める」
「鍵をかけているうちに、逃げる気だろう?」
「……」
「何年来の付き合いだと思ってるんだい?」

 朝倉の言葉に、山縣が引きつった笑みを浮かべた。
 なにも、こんな悲しい時代に、思いが報われる必要はないと思うのだ。その上、思いが報われたとしても、上下が逆であることを願う。

 しかし朝倉はひかない。ひく気配がない。それを山縣はよくわかっていた。朝倉の真剣な眼差しは、戦場にいるときの顔に似ていたからだ。何度か、見に行ったことがある。もちろん仕事で。ヒヤヒヤしたものだ。それだけ朝倉の手はギリギリだ。

 ただ――自分たちの間にこれまでなかった答えが、ひとつ出た気がした。

「俺は、その付き合いが壊れるのが怖いぞ」
「壊さない」
「そう言って俺のことを捨てそうだぞ、お前は」
「ありえない」
「どうして断言できるんだ?」
「こんなに長い片想いは初めてだからね」

 その言葉に、山縣は柄でもなく照れた。そんな己に気づいて顔を背ける。

「こっちを見て欲しい」
「嫌だ」
「どうして?」
「お前の顔が無駄に綺麗だから」
「ごまかすな」
「別、俺は――」
「壊す気はないけどな、僕は、今のこの瞬間が二度と戻らないことを覚悟してるし、知ってるんだよ。それでも言いたかったし、山縣のことが欲しいんだ」

 そこまで言われてしまうと、何も返す言葉が浮かんでは来なかった。

「朝倉ァ」
「何?」
「流石にここは嫌だぞ」

 顔を背けたまま言う山縣に、朝倉は目を瞠った。
 今度の言葉は、本気だと直感したからだ。朝倉は、直感を外したことがない。
 現実はいつだって、自分を振り回してきたけれど、それでも信じている。己の直感を。だから幸せな言葉を聞いたこの現実に、もう振り回される気はなかった。

 それから二人で、執務室の中に設えられた仮眠室へと移動した。

 そこで性急に山縣の服を向きながら、止まらない自分を朝倉は自覚していた。
 ――山縣は、声を出さない。
 胸の突起に手を添えながら、その事実に朝倉は苦笑した。
 我ながら自分は手馴れていると朝倉は思う。

 だから感じさせている自信があった。
 けれど山縣は涼しい顔で、余裕層にこちらを見ている。それでも、立ち上がった陰茎を朝倉は見逃さない。ベルトを外しながら、手で布越しに山縣のそれを撫でた。

「ン」

 その時僅かに嬌声が吐息に混ざった。それに気をよくして、何度か手を上下させる。
 山縣は少しだけ目を細めて、またため息をついた。

「幸せが逃げるぞ」
「……好きな相手に押し倒されてるのにか? 最高に幸福で、最高に不幸だぞ、今の俺は」
「不幸だなんて思わせない。すぐに気持ちよくしてやるから」
「そういうこと、言うな――ん……っ……」
「声を聞かせてくれないかい?」
「死んでもお断りだ」


 そんな、二人だった。