天秤(山縣×朝倉)



 最近朝倉の女遊びが激しい。別段それで、情報を漏らすほど馬鹿な奴ではないから、必ずしも監視しなければならないわけではない。

 寧ろ信用している。
 ――なのに監視してしまう理由、それはきっと仕事に私情を挟んでいるからだ。
 朝倉が花街や適当に女の所に足を運ぶたび、盗聴器を乱暴に放り投げそうになりながらも、結局気になり堪える己がいる。

 俺は恐らく、朝倉のことが好きなのだろう。
 ”好き”だなんて優しい名前の穏やかな感情ではきっと無い。
 もっとドロドロとした執着である気がした。
 愛憎、嫉妬。
 朝倉が最も忌み嫌いそうな感情が、俺の胸中には渦巻いている。
 いつかこの心に巣喰う獣が牙を剥きそうで怖かった。

 ――嗚呼、睡眠不足で体が気怠い。


 嫌なことばかり考えているなと思いながら、寝台の上で身を起こし、山縣は嘆息した。
 暗い部屋で、シーツを握りしめ、目を細めた。

 また今夜も今頃朝倉は、女の所にいるのだ。

 別段女に生まれたいと思ったことなど一度もない。嫌、一度くらいはあるか。
 けれど、朝倉に素直に感情を吐露できないこの関係は、性別が問題故ではなくて、自分たちの間には強固な、多分”友情”みたいな名前をした関係性が横たわっているからだ。

 いつからかそれでは満足できなくなり始めた。
 我ながら貪欲だなと山縣は思う。




 朝倉が負傷し入院したのは、そんなある日のことだった。

 知らせを聞き、心臓が止まる思いとはこの事かと山縣は実感しながら、軍病院へと向かった。そこには豪奢な個室で、水色の入院着を来た朝倉が、実に何でもない風に微笑していた。

「山縣、どうかしたのかい? そんなに慌てて。僕は今怪我が酷いから何も手伝えないよ。残念ながら」
「……」

 安堵と同時に、強がる朝倉に殺意が沸いた。
 本来であれば、半身だけでも起こしている場合ではない。きちんと横になっているべきだ。けれど――そんな心配を、朝倉が望まないことを山縣は知っていた。

「ざまぁ無ぇな」
「全くだね。こんな失敗をするとは思わなかった」
「相手が悪すぎたな。どうして一人で行った?」
「話したら君がついてくる気がしてね」
「あたりまえだろう」
「山縣、お前に危ない目にあってほしくなかったんや」
「あのな――」

 ――それは、俺の思いであり、俺の言葉だ。

 山縣はそう思いながらも、ニヤリと笑ったまま表情を崩さない努力をした。
 しかし続ける言葉が思いつかない。
 朝倉は相変わらずいつも通りの微笑だ。きっと本心なんかじゃない。
 単純に自身の生命を賭けたゲームをして、また遊んできただけなのだろう。それでどれだけこちらの寿命が縮まるかも知れないで。

「信じていないね」
「どこに信じる要素があるんだ。実力を過信するな、そこまで愚かだとは思っていないぞ」
「本心なんだけどな」

 その時朝倉の表情に、僅かな苦笑が滲んだ。
 いつもとは異なる表情、小さな焦り、哀しみ。
 そんな色に見えたと直感的に悟った時、何故なのか山縣は体の統制権を失った。
 気づけば病床の朝倉の体を抱き寄せて、無理に強く、胸の中にかき抱いていた。

「山縣?」
「ばーか」
「……離してくれないかい? 傷口が開く」
「いくらでも舐め取ってやる」
「はは、そんなに僕のことが心配だった?」
「別に」
「僕は心配して欲しかった」

 思ったよりも温かい朝倉の温度に、彼の頭に顎を預けて山縣は目を伏せながら、生を実感した。もしも朝倉がいなくなってしまっていたら。己は今頃どうしていたのだろうか、どうなってしまっていたのだろうか。きっと声が潰れるまで泣いただろう。

「一人で逝くなよ」
「どこに?」
「地獄」
「堕ちる時は一緒やろ?」
「だといいな」

 朝倉を山縣が抱きしめたままで、二人はそんなやりとりをした。
 そして――暫しの時間がたってから、互いに互いを見据え合う。見つめ合ったわけではない。ただただじっと互いに見据えたのだ。

「山縣、僕は勘違いしそうになる」
「何をだ?」
「最近の君は優しすぎる。ハニートラップはゴメンなんだけれど」
「俺が優しい? 気でも狂ったのか? 元々優しいだろうが」
「山縣の中で僕だけが特別なんじゃないかって錯覚しそうになるんだよ」

 ああ、バレていたのかと、山縣は目を伏せ苦笑した。まっすぐな朝倉の視線を振り切りたかった。もう無理だった。限界というのはこういう事を言うのだろう。

「特別だと今まで思っていなかったんなら、相当なアホだな」
「フられるのは怖いからな」
「――は?」
「山縣は自分のことになると鈍いからな」

 今度は朝倉がクスクスと笑った。吐息に笑みが載るその姿を、不思議な思いで山縣は見守る。すると朝倉が、入院着の首元をはだけて妖艶に笑った。

「どうしていつも僕が命がけなのかいい加減に気づいて欲しい物だね」
「どういう意味だ?」
「お前の心配する顔が見たかったんや」
「……なんだって?」
「こうでもしないと山縣は僕だけを見てはくれないからね」

 その言葉に誘われるように、ギシリと山縣は寝台に片手を着いた。

「そう言うことを言っていると犯すぞ」
「その度胸があるのかい?」
「無いと思ってるのか? お前を失っていたかも知れない現実と、この今の状況を天秤にかけて」
「今後の友情よりも、”今”の愛を優先する度胸があるのかい?」
「安心しろ。ずっと愛してやるよ」
「ずっと、なんて、あり得ない言葉はいらない。僕が欲しいのは、山縣だ」

 そう口にし微笑した朝倉を見たのが、山縣の中で何かが倒壊した瞬間だった。
 強引に朝倉を寝台に縫いつけて、まじまじと朝倉を見る。

「逃がさねぇぞ?」
「逃げる気なんて無いからね。そもそも捕まえたのは僕の方だ」
「そう言うことにしてやっても良い」

 それから色素の薄い朝倉の透ける肌に唇を落として、山縣は考えた。
 もう――考えるのは止めよう、と。



 ああ、朝倉のことを、俺は愛している。