止まらぬ時計


 あと数分で、クリスマスだ。
 ――くらい執務室に一人きり。

 普段は朝方柄昼間に仕事をする朝倉が、夜の十一時に執務室にいるのは珍しい。
 有馬と羽染は今頃一緒にクリスマスを祝っているのだろう。
 己は一人だ。

 25日、忘年会後の、闇。
 ――一人だと、孤独だと思い知らされる瞬間。
 今年も多くの人びとに、何度も『英雄』だと讃えられた。

 英雄? 誰が? 暗殺されそうになる? 当然だ。

 そう言った意味では、羽染は暗殺を命じられた被害者だ。
 だが、これ以外の行き方を、朝倉は知らない。
 誰も何が正しいのか教えてくれない。
 それが不安だったが、それでも――信じていたかった、自分には、たった一人、一人だけ、心を許せる友人がいるのだと。

 おそらく最初にその友人の闇を紐解いたのは自分のはずなのに、今はその光を己が求めている。共にいられる日常は輝かしいのに、いつ崩れるともしれない。

 だが、そんなことはどうでも良かった。
 ただ、会いたかった。

「朝倉?」

 その時、部屋の電気が音もなくついた。

「二次会三次会いかなかったみたいだな。予定があるんじゃなかったのか?」

 不参加理由を口にしながら入ってきたのは――山縣だった。

「君こそ、情報部の飲み会はいいのか?」

 諜報部だっけ、情報部だっけと思いながら朝倉が言う。

「ウチは、今日のはダミーで、毎年27にやるって知ってるだろ。あなたのために抜けてきましたァ作戦だ」
「ここに来たのも作戦か」
「お前にしかけてどうするんだよ」
「それもそうやな」
「やろ?」

 年末恒例なのか、二人とも方言を隠すでもなく笑う。

「そうやなかったら、羽染を有馬のところにはやれんやろな」

 朝倉の言葉に、山形が喉で笑った。

「まぁな。ま、最初からいましたァ、だけどな。あいつら」
「あの有馬に飲み会を休ませるなんてね。飲み会みたいな場所は絶対に出るのに。変な所で情にこだわるわる有馬だから」
「これで、羽染が39℃の高熱じゃなければ良かったんだけどな」
「もし僕が熱を出したら、山縣はどうする?」
「いい医者を紹介してやる」
「看病は?」
「移ったら困るからな。だいたい俺に看病されて嬉しいか?」
「微妙やな。冷静に処置されそうで」
「いや、有馬とか羽染よりは、世の人が思い浮かぶ形だと思うぞ。そりゃ冷えピタ系より濡れタオルの方が効果あるくらいは知ってるけどな。あいつら普通に、氷、脇の下にぶち込んでくるだろ。さっき、全力で羽染が抵抗して、そのまま押し通されるところまで盗聴して、やめた」

 そんなやり取りをしながら、勝手に山縣が珈琲を淹れた。

「山縣は、その――」
「ん?」
「クリスマスを一緒に過ごす相手はいないのかい?」
「今お前とすごしてるだろ?」
「だから、恋人とか好きな人とか、他にいるやろ」
「いたらここに来る――のは変わらないか。ま、俺、モテるからな」
「………」
「いや、黙るなよ。切なくなるだろ! そういうお前こそどうなんだよ。行動ではわからないけどな、内心」
「どうしようもなく気になって会いたくなるやつはおる」

 朝倉の声は、本気と真剣さと切実さが滲んでいた。

「朝倉にそんなこと思わせるなんて、どうしようもなくいい女か、母親だな。どっちだ?」
「母だったら今頃はむこうにいるかな」
「どんな女だ? 俺よりも格上なんだろうな?」
「なんだいそれ」
「俺から朝倉と過ごすクリスマスや正月を奪う女なんだからな」
「べ、べつに僕らの間には約束なんてないだろ?」
「だからその女は約束を取り付けるほどの相手なんだろ?」

 ニヤリと笑った山縣を見て、朝倉は吹き出した。
 ただこうして――会いたいと思った相手がここにいて、そしてバカな話をするだけで十分だと思ったのだ。約束などなくても会いたいのだ。きっと山縣はそれを知らないけど。

「ま、どっちにしろ、俺は会いたかったら会いに行くけどな。今日ここに来たみたいに」
「え?」

 やはり二人の考えは平行線。
 交わらない二人だった。