仕事納め、その後


 もうすぐ大晦日だ。
 今年一年は、色々あったなと朝倉は思い出す。
 今年は24日のクリスマス・イヴが仕事納めであり、軍部の忘年会だ。

 クリスマスに恋人が居ない上層部の誰かの策略で、一晩飲み明かしが義務づけられたようなものである。しかしながらそれも既に過ぎ去り、残った仕事を本当に片付けながら、朝倉は27日を迎えていた。

 羽染が副官でなくなって少ししてから、朝倉は有馬を副官に迎えた。
 それからもう半年近くが経つ。

「有馬は、年末年始はどうするんだい?」

 朝倉が尋ねると、有馬が顔を上げた。

「どーせ、暇だろお前」

 冷やかしに来ていた山縣が、窓の正面の応接席で、手を組み肘をテーブルについて意地悪く笑った。

「羽染と過ごします。蕎麦打ってくれるって」

 特使として旅立った保科様の帰国にあわせて、今では別の戸籍を得た羽染もまた、帰ってきているのは知っていた。新年になれば、保科様が国費で独逸に遊学なさることが決まっているため、その準備でもある。

「「うわぁ」」

 しかしそんな事前情報が吹っ飛ぶほど、率直に素直にクールに惚気られたものだから、朝倉と山縣は揃って声を上げた。

「ちょっと有馬。羽染だって、正月くらいは妹と過ごしたいんじゃないの?」
「俺も聞きましたけど、なんでも由香梨様が羽染の妹と仲良くなったらしくって、年末年始お招き下さったらしいですよ」
「ああ、由香梨様、女友達これまで0だったしな」

 山縣が納得したように頷く。

「保科様――と、後は家時様とか紫陽花宮様とか、そうそうたる顔ぶれでの忘年会&新年会&保科様の送迎会らしくって、一段落する正月明けまでは、羽染はフリーらしいです。まぁ、フリーって言っても俺と過ごすんですけど」
「「うわぁ」」

 惚気ている自覚がない様子の有馬を見て、朝倉と山縣が視線を交わす。

「有馬、一日くらい、僕らにも羽染を貸してくれないかな?」
「そうだぞ、有馬。俺達だって、あいつに会いたいんだ」
「何言ってるんですか。朝倉さんは兎も角、山縣さんは諜報部の忘年会で羽染と会うでしょう?」
「なんだそれ羽染から聞いたのか? 機密情報漏洩で処罰決定だな」
「聞いてません。推測です。やっぱりそうなんですか?」
「あーあ、墓穴か」

 山縣が嘆息したのを見て、有馬が肩を竦めた。

「処罰するんなら久阪陸曹に。あいつが、この前俺の家に来て、羽染に忘年会の日程伝えてくれって言ってたんです」
「シめとくわ」
「けどなぁ有馬。今年は、僕たちには色々あっただろう? 暗殺とか暗殺とか暗殺とかなぁ。やから、俺らこそ本当に忘年会すべきだと思うんけど。有馬は僕と酒飲むのは嫌か?」
「嫌じゃないですよ、朝倉さん。じゃあ大晦日と元旦以外空けるんで」

 帝都に初雪が降った日のことだった。



 初雪が降りしける中、朝倉と山縣は、綿雪の上に足跡を残しながら、山縣のマンションへと向かった。


 オートロックをあけ、二人でエレベーターに乗る。
 辿り着いた最上階は、ワンフロアを山縣が借り切っている。

 中へと入り、外観の洋装とは不似合いの、和室へと二人は向かった。
 吹き抜けの硝子窓の向こうには、雪が積もるベランダがある。
 障子が開いていて、積もっていく雪と、緑色の木々が闇夜の中に僅かに見えた。
 しかし室内からの明かりが強いから、硝子に映るのは二人の姿がほとんどだった。

 掛け軸が下がる白い壁を背に、あぐらを掻いて山縣が座る。畳だ。
 軍服を着たままの山縣は、辛口の日本酒を手にしていた。
 冷酒が好きな山縣だったが、今夜は熱燗を用意した。

 その正面に、卓を挟んで座った朝倉が、低いそのテーブルに片肘を突いて頬杖をした。

「今年も山縣と二人の仕事納めか」
「『今年も』か。去年の今頃お前は、東アフリカにいただろう」
「そうだったね。たった一年の間に、色々なことがあった」
「今年のMVPは羽染だな」
「うん。羽染はよく働いてくれたよ。結局最後まで、僕じゃなくて会津を選ばれたっていうんは――苦々しいけどな」

 山縣が酒を注いでくれた猪口を受け取り、朝倉が苦笑した。

「そうやろな」

 喉で笑って、山縣もまた猪口を手に持つ。
 二人きりでこうして都内にいる時に、互いに方言混じり喋ることは、ほとんど無い。
 それが許されるほど気を休ませることが出来る一時――それが、年末だった。

「結局羽染が僕を暗殺するという賭けに、山縣は勝ったわけだ」
「まぁな」
「その上、それは失敗に終わる、有馬が羽染を手にかける、って山縣が賭けたのも正解、か。やりきれん」
「それは羽染の事を慮ってか?」
「まさか。この僕が賭に負けた事実にだ」

 朝倉はそう告げ笑うと、猪口を煽る。

「羽染が、俺が静かに手をさしのべた段階で素直に折れるような性格だったら、こういう未来は来なかったかも知れないけどな」
「そう言うところが気に入っているんだろう、山縣は」
「まぁな」

 山縣もまた酒を煽った。
 心地の良い熱が、喉を潤していく。

「僕らの世代の裏と表が、山縣と僕ならば、次の世代は有馬と羽染か――……くやしいな、やっぱり僕はそれでも思うんだ。羽染には、真っ直ぐと太陽の下を歩いて欲しかったと。あるいは僕や有馬よりもずっと、正道が似合うから」
「お前や有馬は、太陽の下に堂々と居られる人間だからな。逆に残酷になりきれる。守るモノを守るという強さは、裏を返せば、それ以外を切り捨てる強さを持っているって事だろう」
「そうかもしれない、だけど羽染は違うのかな?」
「ああ。あいつは俺と一緒だ。人を殺すことに躊躇する、だけど絶対に忠義は破らない。それくらいでなけりゃ、ただ冷徹なだけじゃ、やっていけねぇもんだ。諜報部って所は」
「それで病むのか?」
「病んでも羽染には、有馬が側にいてくれるだろう」
「――じゃあ山縣の側には誰がいるんだい?」

 朝倉がそう言って目をスッと細めて笑うと、山縣が双眸を伏せた。
 唇だけが、静かな笑みを浮かべている。

「朝倉、お前は俺に何を言わせたいんだ?」
「なんだろうな」
「俺は逃げ出すことはない」
「国のために、か?」
「ああ、そうだ。お前とこうやって酒を酌み交わすことが出来る日々を、俺は守り抜きたい。俺が弱い人間だから、そんな風に思うのかも知れないけどな」

 クイッと猪口を煽り、山縣が窓へと視線を向けた。

「山縣は、弱くなんか無いさ」
「そうか?」
「全部忘れたふりして、投げ捨てて、僕のことを頼ってきてくれるんなら、僕はきっと山縣のことを大切にしてやるんやろな」
「そうすると思うか?」
「無いな。だとすれば、大切にされてるのは僕の方だ」
「今頃気がついたのか? 俺は朝倉にいつだって優しいだろ」
「――死ぬなよ、僕よりも先に」
「いつ何時死ぬかなんて、何の保証も出来ない。けどな、それを覚悟したらその時は、どんな用事を捨て置こうとも、お前の顔を見にいってやるよ、朝倉」
「ああ、そうしたら、僕は遺言を賜ろう」

 二人は、紛れもない親友だった。
 互いの存在が、互いの中で、いくら大きくなろうとも、その関係性は変わらない。

 二人のそんなやりとりを、ただ大降りの綿雪だけが覆い隠していくのだった。




 羽染が作った手打ち蕎麦を、二人がそれぞれ有馬から受け取ったのは、翌日のことだった。